31:友人の憧憬とトマト
獣人となったラクナスに、武神の孫娘であるルビアン、そして屈強な軍人のティルウスにかかれば、四阿の修繕など児戯に等しかった。
作業は順調に、サクサクと進んでいく。
不思議なことにルビアンが傍にいると、獣に転じたラクナスの思考も、定まりやすかった。
──家族がいてくれるという、安心感故だろうか。
そんな風に、幾ばくかさっぱりした脳内で考える。
ラクナスも計画立てて動くことが出来たため、放置されていた倒木も薪にする、余力の残りようであった。
なお悪魔は肉体労働が苦手らしく、アンリルは草むしりに従事していた。
普段は嫌がる作業であるものの、両肩に角材を載せて歩くルビアンを見ていれば、自ら進んで手も動くというものだ。
「旦那もオッサンも筋肉えげつねーし、ルビアンは脳筋だし、オレが一番マトモじゃねーか……」
そんな彼の愚痴は、幸か不幸か誰にも耳にも届かなかった。届いていれば三度、ルビアンの拳が唸りを上げたであろう。
無事に倒木の片づけも終わったところで、ラクナスは人に転じた。
作業が終わり、緊張感が解けたことで元に戻れたようだ。
何事もなく転化が解けて、安堵の吐息を零す夫へ、ルビアンはそこはかとなく恨めし気な目を向けている。
「今日こそは、しっぽに顔を埋めたかったのに。ちぇっ」
「そう言ってくれるのは恐らく、君ぐらいだろうな」
ルビアンの奇妙な嗜好に、アンリルが運んで来た紅茶を受け取りつつ、ラクナスは困った顔で笑う。
「いや、孫娘様が仰る通り、転化というものは素晴らしいな」
彼女のぼやきに、何故かティルウスが賛同した。本当に何故だ。
──まさか、顔を埋めたいと言うつもりなのか? それは私が嫌だ。
ラクナスが思わず尻を庇いつつ、警戒するように彼を窺う。意外にもまつ毛の長い目が、好奇心で輝いていた。
輝く瞳のまま、ティルウスはずい、とこちらへ顔を寄せて来る。やはり、しっぽが目当てか。
「膂力が上がるなんて、案外便利なものだな! 俺もなってみたいかもしれんぞ!」
転化したことを悩んでいるラクナスに対して、不躾なことこの上ない言葉だが。
こういう性分こそが、ティルウスのティルウスたる根幹でもある。故にラクナスも、おざなりに宥める。
「君のような怖いもの知らずでは、転化できないのがオチだろう」
専門家の意見を求め、ちろりとアンリルを窺うと、いつになく険しい顔だった。
「どうした? アンリル?」
「……このオッサン、頭おかしいだろ」
暗い顔の彼が、びしりとティルウスを指さす。不敬と叩きのめされても仕方がない言動だが、豪放磊落なティルウスは一切気にしていない。
むしろアンリルの言葉の意味が分からず、ただ首を捻っているだけだ。
「俺がおかしいのか?」
「ああ。転化したがるニンゲンなんて、初めて見たぜ。オッサンこわっ! シージェ並みにこわっ!」
最後は声を裏返し、自分の両腕をさすっている。鳥肌でも立ったのだろうか。
ただ、実際にラクナスを転化させた張本人が、こう言っているのだ。事実であろう。
「あんな情緒不安定さんと一緒にしちゃ、ティルウス様でもさすがに可哀想ですよ」
やんわりルビアンが擁護するも、あまり精度の良い援護射撃とは呼べなかった。
仕方がない。彼女の中でも、変人認定されているのだろう。
「それもそーだな。じゃ、シージェの次の次におっかねーってことで」
「シージェの次は誰なんだい?」
急降下で下落する、友人の評価に胃をキリキリさせつつ、ラクナスは尋ねた。どうしても気になったのだ。シージェとティルウスの間が。
──まさか、私たちではないよな。
恐々と、ルビアンを再度盗み見た。
「トマト。あのグニョッとした感触が、死体みたいで気持ちわりーんだよ」
「そう、か」
つまり唯一の友人は、トマトと情緒不安定悪魔よりもマシ、な程度の存在らしい。
たまらず、ティルウスへ同情の目を向けるも
「なんだかよく分からんが、三位なんだな? 一位を目指して邁進しようではないか」
見当違いの宣言を、朗らかにしていた。
──本人が気にしていないのなら、うん。もういいか。もういいよ。
獣人に転化して、働いて、疲れているのだ。
ラクナスは投げやりだった。




