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22:少年悪魔のゆらぎ

 相変わらず仲睦まじい──どころか、使用人が覗き見しているのにも気づかず、公然イチャイチャを始めた二人に、アンリルは胸やけを覚えつつも安堵した。


──あの怪力女のことだから、刺し傷程度で『こんな目に遭うぐらいなら、離縁だ!』なんて言いだしゃしねーとは思ってけど。


 しかしこれで、心置きなく出て行けるというもの。

 手早く荷物をまとめたトランク──ラクナスから買い与えられた衣類や日用品、また律義に支払われている給金が入っている──を抱えなおし、彼は柱の陰から一歩踏み出す。


 ラクナスは優れた聴覚の持ち主であるはずなのに、そこでやっと、第三者の存在に気付いたらしい。

 ルビアンを抱き寄せ、なおも口づけを重ねようとしていた彼は、アンリルへ驚愕に強張った顔を向ける。次いで大慌てで一歩退き、彼女と距離を取った。

 顔も真っ赤である。


 その慌てぶりが愉快で、アンリルはにやりと笑う。

「全部見てたから、気にせずイチャイチャしとけよ」

「するか、馬鹿者!」


 耳といわず、髪が逆立っている。相当動揺しているらしい。

 最後に良いものが見られた。


「アンリル、その荷物はどうしたの?」

 睦言を目撃された程度で動じぬルビアンは、彼の荷物に着眼した。まっすぐな眉を、かすかに潜めている。

 彼女の問いかけに、アンリルは肩をすくめた。


「何って、荷物だよ、見たまんま。あのバカ女に居場所を知られたんだ、オレは出て行くぜ」

「そんな、いきなり」

「仕方ねーだろ。女主人サマを傷物にしちまったのに、居座れるワケねーじゃねーか」

 深刻になり過ぎぬよう、冗談めかしてそう言った。


「この前は拳王だって、言ってたくせに」

 ルビアンも軽口で応酬するが、その声も表情も、どことなく湿っぽい。


「魔界にも帰れない君が、ここを出てどうする気なんだ?」

 落ち着きを取り戻し、アンリルへ問いかけるラクナスの口調は、平素よりも優しい。


──そんな声で話しかけんじゃねえーよ、気色わりい。決心鈍るじゃねーか。


 胸中で毒づき、アンリルはこみ上げるものを押さえる。


「ほっときゃ、そのうち加護も切れるんじゃねーか? それまで、適当にぶらぶらしてるよ」

「だったら、出て行くのは加護が消えてからでもいいじゃない」

 ルビアンの声の、悲哀の色が強まる。


 視界が潤むのをごまかすように、アンリルは目をしばたいて首を振った。


「できるかよ、んなこと。悪魔だって、それぐらいの礼儀はあるんだよ」

 鼻で笑おうとしたのに、声が鼻声になってしまった。


 慌てて目じりを拭う彼の、発育途上の小さな肩へ、ラクナスは手を重ねる。

 そして身をかがめ、涙目の彼に目線を合わせる。

「君はもう、サマルカンド家の一員だ。今後何があろうと、君達は私が守る。だから、安心してここに残りなさい」


「けどよ……」

「勝手に出て行ったら、私たちだけじゃなくて、じいやさんたちも悲しいはずだよ? お年寄りには優しくしなくちゃ」

 にっかり、とルビアンも笑う。

 分かっていたことだが、怪我なんて微塵も気にしちゃいない。


「……ありがと」

 年甲斐もなく、アンリルは涙を拭い、鼻をすすった。

 泣きじゃくる彼の頭を、ラクナスがゆっくり撫でた。その表情は、優しい笑顔のままだ。

「君は本当に、根が真面目なんだな」

「うるてい! オレが真面目なわけあるかよ!」


 キャンキャン吠える彼に、剛毅な夫婦は揃って笑った。

「いつもこんな風にしおらしいと、悪ぶってる可愛い弟って感じですよね」

「だな」

 ルビアンの言葉に、ラクナスも楽しそうに頷く。


 ムッとしたアンリルは、ラクナスの手を振りほどく。

「誰が弟だ! 言っとくけどな、オレの方が年上なんだぞ!」

「しかし、精神年齢は一番下だろう?」

「背の順もね」


 そう言ってラクナスに額をつつかれ、ルビアンには頬を優しく引っ張られた。

 歯ぎしりして、アンリルはそれに耐える。


 年少者扱いされても、癪に障らないことが何よりも癪に障った。

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― 新着の感想 ―
[一言] サマルカンド夫婦の温かさ、ブレなさにほっこりしました(*´∀`*) 二人に弄られるアンリルも可愛いですw
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