表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/48

17:キツネの君の秘密

 どこかへ家出されていたらどうしよう、と不安がよぎったものの、幸いルビアンは自室にこもっていた。


──いや、彼女も私も、他に行き場なんてなかったんだ。


 遅れてその事実を思い出し、苦い気持ちになる。

 元書斎に居を移した、彼女の部屋の扉を三度叩く。


「ルビアン? 今良いかな?」

「駄目って言っても、合鍵で入るんでしょ。どうぞ」

 返って来たのは、いつになく刺々しい言葉であった。


 ためらいつつ扉を開くと、ルビアンはソファでふて寝をしている。これまた珍しい。

 彼女はそっぽを向いているため、こちらから伺えるのは、艶々とした深紅の髪とクリーム色のドレスだけだ。


「ルビアン、なんというか……さっきは、すまなかった」

「迷惑だと思ってるなら、料理を作っている時に言ってほしかったです。皆さんがいる場所で言われたら、恥ずかしいし……悲しいです」

 曖昧な謝罪は、ぴしゃりと跳ね返された。しかし彼女の主張はもっともだ。


 ためにラクナスは一つ息を吸い、彼女のそばに跪いて、再度名前を呼んだ。

「ルビアン……迷惑だったわけではないんだ。危なっかしいと思ったのは……事実だが」

 ルビアンは無言だが、背中から漂う怒気が増した──気がする。


 それに心を折られつつも、彼は続けた。

「ただ、妻に恥をかかせたお詫びとして、告白したいことがある」

「……なんでしょうか?」

 ソファから体を浮かせ、ちろり、と肩越しに視線が向けられた。少しばかり安堵する。


「実は私は、音楽が苦手なんだ」

「音楽、ですか?」

「ああ。この耳では大きな音が騒音にしか聞こえず、貴族の嗜みでもある演劇やオペラですら、観に行けなくなった次第だ」


 つまりは、誰にだって不得手なことはある。そう言いたいのだ。

 随分と回りくどい弁解に、身体を起こしてこちらへ向き直ったルビアンも、怪訝な顔である。


 ぺたりとキツネ耳を倒しつつ、訝しげな彼女をじっと見つめた。

「だが、君の作ったスープは旨かった。これも本当だ」

「ありがとう、ございます」


 気のせいだろうか。いつも泰然自若としているルビアンの頬が、うっすら赤くなっていた。

 少しうなだれた、そのしおらしい姿に、ラクナスもつい動悸を覚える。


 だが、赤らんだ頬のまま顔を上げた彼女は、悪戯少年の笑みを浮かべていた。

 

──良かった、いつものルビアンだ。


「それじゃあ、機嫌を直すので、好きだと言ってください」

 突拍子もない要求に、ラクナスは目を白黒させて狼狽えた。


「なっ、何故そんなことを」

「私言いましたよね。ラクナス様は肝心なことを言わないって。惹かれてる、とは言ってもらっても……好きだと言ってもらったことが、ありません」

 後半、表情はまた儚げなものになっていた。


──言っていなかったのか? いや、確かに言っていない気がする……態度で伝わるかと、思っていた節があるな。


 額に脂汗をにじませ、自己を振り返りつつ、ラクナスは無意識につばを飲む。

 右手が覆い被さる彼の顔は、真っ赤であった。


「あー……その、君のことは、誰よりも……いや、やめてくれ。改まって言うのは……気恥ずかしいと言うか!」

「だからこそ、言って欲しいんですよ」

 ルビアンは攻撃の手を緩めない。とうとうラクナスは、白旗を上げた。


「頼む! 私が悪かったから、許してくれ!」

「わっ──んんっ」

 羞恥心の限界に達してしまった彼は、ルビアンを抱きしめ、そのまま唇を重ねる。


 結局今回も、態度に打って出てしまったラクナスであった。


 だが、改めて口にするのも気恥ずかしいぐらい、ルビアンに惹かれている。

 彼女と結婚出来て良かった、とふとした時に噛みしめる。

 毎朝彼女の寝顔を見ることに、たとえようもない幸福感を覚えている。


 そんな気持ちが少しでも伝われば、と優しく口づけを続けた。

 白い首筋から頤、そして耳介を優しく撫で、唇を甘噛みし、舌を絡める。

「ふぁっ……」

 時折甘えを含んだ声が、さくらんぼのように艶やかな唇から零れた。


 すっかり耳まで赤くなったルビアンは、くたり、とソファに沈んだ。彼女の上へ覆いかぶさったまま、ラクナスは唇を離す。


「……ラクナス様は、ずるいです」

「ん?」

「だって、料理も口づけも、上手だから」

 そう言ったルビアンは、赤い顔のまま彼をにらむ。その眼差しすら、扇情的だ。


 しかし、なんだか遊び人だと言われているみたいで、少々不本意であった。嬉しいか嬉しくないか、と問われれば……嬉しいのだが。


「言っておくが、火遊びの類は断じてしていないぞ。断じて」

「それはもう、人柄で十分分かってますって」


 苦笑を浮かべるルビアンは、間近にあるキツネの耳を優しく撫でた。彼女の手は優しすぎず強すぎず、絶妙な強さで耳の和毛をくすぐる。


「君こそ、撫でるのが上手だな」

「孤児院には猫ちゃんもワンちゃんもいたので、慣れております」

「なるほど」


 そう言って鼻をこすり合わせてはにかみ合い、もう一度口づけをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ