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15:貴族の手料理と漢の料理

 バルージャの勧めに従い、ラクナスは厨房に立っていた。

 慣れた手つきで、五人分の昼食を作っていく。


 ピラフにジャガイモのガレット、チーズオムレツ、根菜のサラダ。そして主菜は、若鶏のグリルだ。


 厨房の入り口に立ったアンリルが、怪訝な様子で首を伸ばし、それを眺めている。

「あんた、急に何やってんだ?」

「使用人の労をねぎらうのも、貴族の務めだ。君たちは今日一日、のんびりしていてくれ」


 ハッと、アンリルが鼻でせせら笑う。

「なんだよ、ご機嫌取りかー? 言っとくけどなぁ、俺は湿っぽい料理でほだされるような、チョロい男じゃねーんだよ」

 ご機嫌取りはその通りなので、ラクナスは黙して笑う。手だけは、慣れた様子で動かし続ける。


 だが、厨房へズカズカと入って来たアンリルは、皿に盛り付けされているサラダと、調理中のガレットを眺め、何度も目を瞬いた。

「……旨そうじゃねーか」


──ほだされたようだな。想定以上に、チョロい。

 もちろん本人に、そんな感想は伝えない。顔は、笑いを押し殺すのに精一杯であったが。


「料理が趣味でね──あ、こら」

「あぁ?」

「そのフライパンの中身はピラフだ。蒸している途中だから、まだ開けないように」

「っと、わりー」

 叱られると、素直に蓋から手を放した。こいつは本当に悪魔なのか、という疑問が脳裏をかすめる。


「ってかあんた、いちいち貴族っぽくねーよな」

 呆れつつどこか感心している声音は、決して不快なものではなかった。


 ルビアンの鉄拳制裁が効果てきめんだったのか、ここ最近のアンリルは文句を言いつつ素直であった。

 またラクナスのことを、「おめー」や「てめー」ではなく、「あんた」と呼ぶようになっていた。まだまだ品性下劣の部類に入ってしまうものの、大きな躍進である。


 たしかに彼から、平穏を脅かされ続けていた。それに対して、全くわだかまりがないわけでは、ない。

 実際のところ、今でもたまに思い出しては、腹が立っている。

 だがラクナスは、魔界に帰れなくなったこの粗忽者を使用人にすると、自ら決めたのだ。

 だから彼の日常を、安寧としたものにする義務はラクナスにあった。


 ラクナスは、ルビアンの評する通り「クソ真面目」なのだ。


 クソ真面目が密かな達成感を抱きつつ、オムレツ作りに取り掛かっていると、その脇腹をアンリルが突いた。

「どうした。昼食は十二時からだ。もう少し待ちなさい」

「そうじゃねーよ。なあ、あんたの飯は期待できるって分かったけどよ……」

 吊りあがり気味の灰色の目が、口の代わりに物語る。


 彼の視線の先にいるのは、ルビアンだった。

 本人たっての希望で、スープ作りを任せていた。だが

「あづぁっ!」

勢いあまって海老と一緒に、指を鍋へ突っ込んでいた。叫びと同時に、その場でやたらめったら飛び跳ねている。


 また、妙に火の勢いも強い。炎神でもあるメイトリス神の孫ということで、強火がお好きなのだろうか。


 あいつの料理は食べられるのか、と悪魔の怯えた目が訴えかけて来る。

 訴えられたところで、答えに困る問いかけだ。


「あいつの指とか、スープん中に入ってねーだろうな?」

 ひそひそと、耳打ちでもアンリルに尋ねられる。


──まさかこんな至近距離で、悪魔と会話する機会が来るとは。


 だが、もっともな心配であるとも言える。

 隣で調理風景を見守っていたラクナスも、彼女の手際に関しては「なんとも雄々しい、猛々しい」としか褒めようがなかった。


 つまりは乱暴で、色々と雑であるのだ。


「……入っていないことを祈ろう」


 だからラクナスも小声で、そう言うに留めた。

 この言葉に一瞬、アンリルは泣きそうな顔を浮かべる。

 否、眼の縁に水分が溜まっている。本格的に泣き出す、半歩前の様相である。


──悪魔も泣くんだな。

 その顔を見下ろし、ラクナスは詮無いことを考えた。

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