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「ねぇ、お兄ちゃん。これはどこへ向かってるの」


小石だらけの山道は馬車にとって残酷だ。石を弾くたびにガタゴト揺れるわ尻は痛いわ。いろいろと最悪。


国王専用の高級馬車って言われても見た目だけが豪華なだけで乗り心地は高級でもなんでもない。ただの乗り心地が最悪な乗り物だ。


「うぷ……どこってそりゃ、この国の重要施設になるべき場所だよ」

「じゅーよーしせつ?」


ハテナマークを浮かべながら首をかしげる我が妹ティナ。めちゃくちゃ可愛い。


「うぷ……ゲロゲロ。こりゃ、道路整備も早めになんとかしなきゃな」


腹から溢れてきた酸っぱい液を拭きながら俺はようやく質問を浴びせてきたティナへと視線を向ける。ティナは馬車に慣れているのかぜんぜん平気そうだ。


それにしてもお兄ちゃん契約なんて難儀なものだ。


国王を押し付けてきたティナに対して湧く憎悪がいつのまにやら妹への愛情に変わってるんだからな。


どこまでが自分の感情でどこからが契約によるものなのかがわからないのもタチが悪い。

なにせティナの見た目は美少女だ。まごうことなき美少女だ。


もしも、俺が元の世界の街中で見かけていたら間違いなく惚れるほどの女の子だ。そんな子が俺の妹だなんてめちゃくちゃうれしい。


かといって俺を騙したことをチャラにするつもりはないが……なんていうか複雑な気分だ。


「この国の根幹となす施設だよ。今日はそれを作るための視察ってとこかな。それと確認したいこともあるんだ」


俺が電撃的に出かけることを決めたのはソリュダスとニルスとの会議を終えた後だった。

政務初日であとは事務作業だけだったのでさっさと終わらせて出かけることにしたのだ。


護衛がどうのとか周りはうるさかったが国民へ正式なお披露目をしていないわけだし、俺の顔を知っている人が少ないからとりあえず条件付きで許可が降りたのだ。


こんな自由が許されるのは最初のうちだけだろう。


「んー根幹。お兄ちゃんの言ってることはわかんないけど、なにかすごいことなんだね!」


金髪の天使はそう微笑む。ああ、可愛い……じゃない!

たしかに可愛いけど、こいつはそういう風な扱いをすべきじゃない奴……クソ姫だ。いくら天使顔負けの笑みを浮かべられても俺は……俺はま、まけ……ああ、可愛い! 可愛いよ。こんちくしょう!


そんな感じで乗り物酔いを我慢しながらティナと馬車旅を楽しんでいると目的地についた。


城から王都を出て東に馬車で2時間ほど。

ここには鉱山の街ラグルドがある。


王都から近く東の鉱山地帯に近いこの街は国内唯一の鍛冶の街でもある。

東から運ばれてきた鉱石がこの街で加工され販売される。

そのため、うちの国の中でも経済が活発な街だ。


「なぁ、ティナよ。もう一度聞きたいんだが、鉄が安い理由ってなんだっけ」

「えと、みんな紅鉄っていう金属を使ってるの。鉄よりも軽くて鉄よりも丈夫でいっぱいあるんだよ。だから、鉄よりも紅鉄のほうがほしいの」

「で、うちの国ではその紅鉄はとれない……でいいんだよな」

「うん。大きな国は大体、紅鉄がとれるんだけどこの国にはないの」

「なるほど。ありがとう」


紅鉄という鉄の上位的存在があるため、鉄の需要が減っているそうなのだ。

たしかに鉄よりも軽くて丈夫なら紅鉄は優秀だ。みんなそっちを求めるのも無理はない。


俺の元いた世界に紅鉄なんて存在しないから紅鉄の性質どころか街中に普及している金属のほとんどが紅鉄であることも知らなかった。


見た目は鉄と変わらず硬く、軽い。素材としても武器としても使える。


そのせいでこの世界での鉄の扱いは脇役どころか裏方だ。

お金を持っていない貧民が使ってたり単なる装飾として使ってたりがほとんどで城にすら使い捨ての道具以外で鉄を利用しているところはないと聞く。


まぁ、そんな鉄でも紅鉄とは違った特性があるのだがどうやらこの世界の住人はあまり重要視していないようだ。


そして、それこそが俺が紅鉄ではなく鉄を求めている理由でもある。


「みてみて、お兄ちゃん! お店がいっぱいあるよ!」


ラグルドの街に降り立った瞬間、元気よくティナは飛び出した。

ここは鍛治の街。鉄や紅鉄をはじめとしたあらゆる鉱石が東の鉱山地帯から輸送され加工される街。


当然、金属加工品を扱う露店は多く。市場は賑わいをみせている。

そして、人がたくさんくるなら食べ物の露店がやってきてさらには土産物なども売り始める。


活気だけならこの国一番だろう。


「肉串! ねぇ、お兄ちゃん! お肉食べたい!」

「ちょっと待てって、遊びにきたんじゃねぇぞ」

「いいじゃない。お兄ちゃんだって食べたいでしょ」


グゥ。

お腹の虫が鳴る。

先程、盛大にぶちまけたせいか腹の中はからっぽだ。口にはまだ酸味が広がっているが食欲を止めるほどではない。


「いや、だから。仕事だよ仕事。さっさとしないと帰りが遅くなるぞ」

「ぶぅ、あれだけ仕事やりたくないって言ってたのに……いぢわる」

「勘弁してくれよ」


頰を膨らませたティナも可愛い……じゃない! また、危うくティナカワイイに引っ張られるところだった。


「それにお兄ちゃん。ナタリーも食べたそうだよ」


グゥグゥグゥー。

一際大きな腹の音がなった。発信源は護衛として俺たちの後ろについてきた近衛騎士のナタリーだ。


護衛はいらないと問答した結果、ナタリーをつけるという条件で皆に納得してもらったのだ。


「いえ、私は……そのぅ……」


グゥグゥグゥー。

否定はすれど腹の音は正直だった。


「仕方ない。食うか」


2対1。多数決で俺の勝ち目はなかった。



肉串を食べながら俺たちは露店が立ち並ぶ市場を歩いた。

食べ物よりも金属加工品の露店の方が多く客も寄り付いているようでお目当のものを探すのに一苦労した。


「ねぇ、お兄ちゃん。施設を作るための視察っていってたけどなんで露店ばかり見てるの?」

「施設も作るけど、施設で使うものがどれくらい揃ってるか確認したいんだ。それにあるものが市場に出回ってるのか確認したいし」

「あるもの?」

「ああ、それがあるならこの先ずいぶん楽になるからな。なければ代用するしかないが」


そう、産業革命においてアレは必要なものだ。

これから作る施設でも使うし、今後のことを考えるなら大量に確保しときたいものだ。


「んー、アレって何?」


プクーとフグのように頰を膨らませる。さっきもやってたけど流行ってるのだろうか。可愛いからいいけど。

そんな姿をみているとついからかいたくなる。

可愛い子はいじめたくなるものだ。


「なら、クイズだ」

「え? クイズ! やるー!」

「私にもやらせてください」


そんなに目をキラキラさせるなよ。それに後ろにいるナタリーも地味に参加してるし。


「じゃあ、まず聞きたいけど鉄をはじめとした鉱石はこの国だとどこでとれる?」

「そんなの東の鉱山に決まってるよ」

「じゃあ、東の鉱山でとれた鉱石はどうなる?」

「鉱山からこの街まで運んで加工するよ」

「よし、じゃあここで問題。なんでこの街まで鉱石を運ぶ必要がある?」

「え? んーと……」


悩んでいる。どうやらこの話はティナも知らないみたいだ。


「あの、私が答えてもよろしいでしょうか」

「いいよ。ナタリー」

「はい、王都に近いからだと思います。金属はさまざまな用途で使えます。兵が使う武器もそうです。矢の先などは鉄で作っておりますので王都より近いこの場所で生産することでコストを抑えているものだと思います」

「半分当たりで半分外れだ。たしかにその理由もあるけどあまり問題じゃない。ヒントはこの街の周辺だ」


ナタリーの答えは悪くない。しかし、もっと重要なことがある。


「周辺……山に囲まれてるよ鉱山じゃないけど」


この街は山に囲まれた盆地にある中心には川が流れ人にとって住みやすい環境である。住みやすい環境ってのも重要なファクターだけど俺が言いたいのはそこではない。


「そうだな。山には何がある? もっと言えば鍛治をするにはなにが必要だ?」

「鍛治……あっわかった! 木だ!」

「正解。エラいぞ。東の鉱山付近は岩石が多く木が少ない。つまり、鍛治の燃料である木炭が少ないんだ。この街周辺は緑豊かな山に囲まれ木が多い。つまりは鍛治の燃料には困らない。それとさっきナタリーが言ったように王都から馬車で2時間ほどと近いのもある」

「えへへ」

「勉強になりました。感服いたします」

「じゃあ、お兄ちゃんの言うアレって何?」


そんなもの決まっている。

現代人のほとんどが知っているだろう。

最近は使われなくなったがかつてのイギリスではそれがないと国の機能が停止するほど重要だったあの資源だ。


「ほら、ちょうど見つけた」


俺はさまざまな鉱石を販売している露店にある黒い石を指差した。


「それって」

「石炭だ」


石炭。人類……特に産業革命期におけるイギリスにおいて燃料としてもっとも重宝されたものだ。


木炭よりも優秀で石油よりも使いやすく大量に手に入る。


これがあれば俺の考えている計画はもう半分は成功したも同然である。


「待ってください」

「どうした。ナタリー?」

「ユウヤ様。石炭はたしかに燃料ですが精々ストーブや調理用のかまどにしか使えません。鍛治の燃料にも適しませんし、森が近いこの街では木炭の方が優秀です」

「ほう詳しいな」

「はい、実は私の親戚がこの街で鍛治職人をやっておりまして子供の頃、よく遊びきたのです」

「そうか、でもそれは間違いだな」


ナタリーの指摘のとおり、石炭が木炭より単に優秀であるならもうすでにこの世界でも石炭を大量に利用しているだろう。


俺の元いた世界でも産業革命がはじまり燃料不足に陥るまでさほど重要視されていなかったくらいなのだ。


「間違いですか?」

「ああ、お前らはまだ石炭の使い道を知らないだけなんだ」


石炭を効率的に利用するには加工する必要がある。


そして、この世界の露店での扱いを見る限り雑売り。山ほどゴミのように積まれているところをみればまだ石炭の加工法が存在していないか広がっていないということだろう。


「これはやりがいがあるなぁ」


石炭の加工法を広める。

ものづくりが好きな俺にとってこれほどやりがいのあることはない。


「ナタリー。親戚のうちには精錬用の炉はあるか? ちょっとみて見たいんだが」

「はい。少し街から離れておりますが案内します」


ナタリーに案内されて向かったのはこの街でも1位2位を争うほど大きな鍛治職人の工房だった。


十数人の職人たちがあくせくと働くその職場はなんというか野郎臭い。上半身裸で筋肉ムキムキの野郎共が汗水垂らしながら働く姿はあまり良い風景じゃない。


「ん、お兄ちゃんどうしたの?」

「いや、ちょっと目の保養でもしようかなと」


ティナの金髪をなでてやると目をつむりながらえへへと口元に笑みを浮かべていた。

うん、まさに天使だ。これでティナがクソ姫じゃなかったら天国にいる気分になれるのに……残念。


「おおぅ、ナタリーお嬢様じゃねぇーですかぃ。今日はどうしたんですかぃ」


工房内へ足を踏み入れるとやけに間延びした声をあげる青年が話しかけてきた。


「ああ、紹介しよう。こちらは私の知り合いでとある高貴なお方です」

「と、とある高貴なお方ぁ! こりゃ、こんな汗クセェところにわざわざ出向いてもらってありがとうござんますぅ」

「ユウヤ様。こちらは私の従兄弟のアダムです。彼の父……私の叔父に代わってこの工房の筆頭を務めております」

「筆頭にしては若いな。叔父に代わってということはすでに……」

「オレを殺すとはいい度胸じゃねぇか貴族の坊ちゃんよォ」

「お、オヤジぃ! 高貴なお方ぁに失礼ですぜぇ」

「ふんっオレらは職人じゃあ。身分なんぞクソくらえ!」

「ずいぶんと面白い人ですね……」


いわゆる頑固親父、職人のおっさんのテンプレみたいな人だ。隠キャな俺にとって天敵のようななタイプ。


「ユウヤ様。申し訳ございません。叔父はこういう人でして」

「いや、いいよ。たしかに苦手だけど敬われるよりかはマシだよ」

「ほぅ、坊ちゃんにしては根性があるじゃねぇか。どうだ坊主。今夜オレと付き合わんか」

「あいにくとお酒は飲めない質でして……」


元いた世界で俺はまだ高校生だ。この世界では飲んでもいいかもしれないけど、やっぱり抵抗がある。


「ガハハッ! 何も酒だけが漢のつきあいじゃねぇ。ハッスルもマッスルでも構やぁしねぇぜぃ!」


アレ、なんだか急に話が別の方向に飛んでる気がする。もしかしてこれの人……いや、やめよう。あっちの世界には興味なんてこれっぽっちもないんだ。


「オヤジぃ! あっちぃ行ってろよぉ! ……すみやぁせん。オヤジはちょいっと変わってぇまして」

「いや、いいよ。追っ払ってくれたからな」


去り際に俺の方へ熱い視線を向けてくるオヤジ。なんだか身の危険を感じる。今日はこの街の方角に尻を向けて寝ない方がよさそうだ。


「ねぇねぇ、ナタリー。ハッスルマッスルってなに?」

「ティナ様。それはお気になさらないでください。それはただの職人たちの戯言ですよ」

「うん、わかった。ハッスルマッスルだね」

「えと、決して城では使わないでください……ね。お願いですから」


あまり教育にも良くないなあの人は。もしかしたらレーティングに影響があるかもしれないので今度会ったらモザイクでもかけよう。


「ところでアダム。精錬炉を見せてもらってもいいかな」

「あいっさ、よろこんでぇ!」


気を取直して本来の目的へと向かう。

精錬炉とは鉄鉱石などを溶かして目的の金属を取り出す炉のことで、人類の金属文明にとって必要なものだ。


「こちぁは東の国から輸入したん紅鉄石を精錬してインゴットを作ってますぜぃ」


レンガでできた塔のような炉。高さは4000ミリ……4メートルくらいか。


「……原始的な炉だな。日本のたたら製鉄にも似てるが」

「たたら製鉄ですかぃ?」

「いや、なんでもない。風はどういう風に送っているんだ?」


精錬の基本は材料が溶けるまで炉の温度を上げることだ。そのためには新鮮な風……酸素を送り込んで火の勢いを増すことが必要だ。


日本のたたら製鉄ではあの有名なアニメ映画であるも◯のけ姫に出てくる女たちが足で押している木の板がその役割を担っている。


あれは足で踏んだ時の動力で風を炉に送り込んでいるのだ。


「風ですかぃ? 工房に水車がありましてそれでフイゴを動かしてんです」


どうやらある程度は機械化されているようだ。魔法があるからあまり機械文明は進んでいないと思っていたが案外そうでもないらしい。


「うん、いいな」

「ありがとぅござぁやす」


工房内をザッと見回してみるが悪くない。炉自体の技術はまだまだだが使っている道具などはそれなりに上質なものを使っているようだ。


「よし、決めた。アダム、俺に力を貸してくれないか?」

「力ですかぃ?」

「ああ、この工房に新しい炉を作りたいんだ」

「えぇっ!?」


そう、今日俺が急にこんな街まできたのには理由はいくつかあるが最大の理由が施設……つまりは炉を作るための場所を探すことだ。


「お兄ちゃん。炉を作るためにここにきたってことなの?」

「そうだ。石炭があるならコークスは作れるし、レンガや道具の質を見る限りここの設備なら十分だ」

「しかし、ユウヤ様。炉でしたらすでにここにあります。この炉は大国の技術者を招いて数年前に完成したばかりの最新式の炉です。これ以上のものなど……」

「問題ない。この炉は残したままもっと最新の炉……反射炉を作る。それが産業革命の第一歩なんだ」

「さんぎょーかくめい? はんしゃろ?」


ハテナマークを浮かべるティナとナタリー。俺の言葉で呆気にとられているアダム。


この場所からはじめるんだ産業革命を。

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