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アストリア王国は王政で貴族階級もある一般的な中世国家みたいな国家だ。
だが、一昔前の封建主義とは少し異なり、この国には国王の直轄領しかない。貴族には国王の土地を運営する権利と地位が与えられているのみであり、いわゆる領地や領主といったものはこの国にはない。
もっと言えば、貴族は警備兵以外の私兵を持っておらず国王から与えられた土地を守る兵士はみな国王軍という扱いになる。
しかし、それは建前上の話で一部の国王軍は実質貴族の私兵として使われたりもする。違反だが誰が私兵で誰が国王軍なのか判別がつかないため今のところ放置されているらしい。
放置しても国としての危険はないし、国王が権利を奪おうと思えばすぐにでもできるのでこれに関しては気にする必要はない。
今はじいさんからそう言った話を聞きながら会議を進めている。ニルスも財政以外については専門街なのかじいさんの話を逐一うなづきながら熱心に聞いている。この子は成長するね。ぜったいに。
「とまぁ、我が国の制度は周辺国と違っておっての貴族のなかでは快く思ってない奴もいるのじゃ」
「そ、そうですよね。他の国……西の王国とか北の公国、東の帝国だと貴族には領地が与えられて比較的自由ですよね。あっボクは特に反対してるわけじゃないですよ」
うちの国は王の直轄領にして国軍をまとめることで団結力を強めているわけだ。
農業の保証制度もこうした国の在り方から生まれてきているのであろう。
「次は財政の話じゃが……ニルスやユウヤ王へこの国の収入源について話してほしいのじゃ」
「は、はい! アストリア王国では麦をはじめとした食料を周辺国家に売ることで収入を得ております」
「麦だけか? 収入源は。たしか南には羊の生育を行なっていると聞いたが」
「た、たしかに南方では羊……羊毛はたくさんありますがどの国も良質な羊毛が生産されており、我が国の羊毛が売れる余地がありません」
「それは加工品もダメなのか? 服とか」
「は、はいぃ! 他の国の方が技術が高く衣服についてはむしろ我が国が輸入に頼っております」
「なるほどな」
さすがは弱小国家。羊毛があっても売れないし、加工品では他の国で作った方が良い品になる。
「他に輸出しているものは? なんでもいい。外貨を稼いでいる品は何がある」
「え、えと……麦を除くと木材や染料が少し売れているくらいでしてその……」
「ないのか」
「はい」
うん、詰みだ。
麦以外に主力となる品がなく。木材、染料くらいしか売れてないなんてこの国ほんとにここまでよく耐えてきたな。国民に重税でもかけてんのか?
ん? ちょっと待てよ税金?
「税についてはどうなっている? いちばん儲かっているのは?」
「はい、通行税です」
「通行税……交易都市。たしか、この国は4カ国の真ん中だったよな。つまり、交易の中心ってことか? だったら話が早い。国家間の交易をうちで……」
「あ、あの国王様。申し上げにくいのですが、我が国は条約に基づきまして4ヶ国に所属する商人への税金を軽減しております。通行税や消費税もこちらに含まれます」
「な、なんだと?」
「はい、通行税のほとんどは我が国の国民が支払っております」
「……」
無理ゲーじゃねぇか。詰んでるどころじゃない。
国を存続させるためだけに周辺国家と不平等な条約をいくつもしているなんて信じられない。
ああ、なんだろ。この国はいわゆる崖っぷちなんだ。平然としているように見えていつ転んでもおかしくない。この分じゃ近い未来。革命か財政破綻で王家もろとも滅びるぞ。
「気を落とすことはないぞ。ユウヤ王よ」
「ソリュダス」
「あと数年は問題ないぞ。少なくともワシが生きておるウチは大丈夫じゃ」
いや、大丈夫じゃないって。このじいさんでさえこの国の未来が明るくないって悟ってるってことじゃねぇか。
くそ、クソ姫め。ノンキにお茶なんか飲みやがって。なにがお兄ちゃんだよ。ただ、崩壊寸前の国家を押し付けて遊びつくしているだけじゃねぇか。マリーアントワネットでも崇拝してんのか。
「あ、あの……国王様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……問題ある」
「ふぉっふぉっ……ユウヤ王は聡明じゃのぅ。どうじゃ、お主ならこの国をどうにかできんか」
鋭くて威厳のある瞳。ああそうか。そういうことか。じいさん……ソリュダスの本音がよくわかった。
このじいさんは俺を試していたわけではない。じいさんはティナから俺が異世界からやって来ていることを聞いているんだ。
だから、じいさんは俺に救いを求めているんだ。
異世界の知識を持つ。俺に。活路はないのかと。
沈みゆく泥舟をすくい上げる方法はないのかと。
じいさんは俺に問いかけているんだ。
冗談じゃない。
俺はただの高校生だ。それも工業高校生だ。
将来有望な政治家の子供でもなければ天才科学者の弟子だとかそんな肩書きは一切ない。
技術書とかものづくりが好きなだけの一般人なんだ。そんな俺に大役を押し付けるなんてむちゃくちゃだよ。
「お兄ちゃん……」
心配そうに俺を見つめるティナ。優雅にティータイムをしているのかと思ってたが違う。
ティナは俺に期待しているのだ。だから、遊びたいとかいいながら俺の政務へ着いて来ているのだろう。
メアリーはどうだろう。彼女は思った以上にポーカーフェイスだ。心の奥底で俺に対してなにか希望を寄せているということもあるかもしれない。
彼女が俺を手伝ってくれているのはティナのためだ。メアリー自身がどう思っているのかは関係ない。
でも、彼女の綺麗な瞳の奥底には何か。何かがある。俺に対して何かを求めている。
ニルスはおそらく無関係だ。今の状況を何もわかってはいない。それどころか、彼は目の前の黒字にだけしか見ておらず、この国が詰んでいるとは気づいていないだろう。
いや、多分。この国のほとんどの人間はこの国はまだ大丈夫だと思っているのだ。
これまで大国に囲まれて来てうまくやれていたから今後もきっと大丈夫。
そんなわけない。
この国は不平等条約を結ばされており、大国にいろいろと搾取されているのだ。
4カ国がもしも相反し大戦争が起きればこの国は戦場に変わる。4カ国がこぞって攻めて来てこの国の覇権を求めて争いあう。
そうなったら破滅どころじゃすまない。
国民は死に、貴族はどの国につくかで分裂し、王は処刑台。
そんなアンハッピーな未来しかこの国には残っていないのだ。
「活路か……」
不思議と笑みが溢れる。本来の意味での笑みではない。
暗い未来をあざ笑うような笑みだ。
「何かあるかの」
あるかないかといえばわからない。
それがいまの答えだ。
この国の財政についてはわかったがまだこの世界については何も知らない。
例えば魔法があるとか……って魔法あるじゃん!
俺呼ぶくらいこの国って魔法大国じゃなねぇのか。
「なぁ、魔法はこの国どうなんだ?」
「魔法。残念じゃが我が国では魔石はほとんどとれないんじゃ」
「魔石?」
「おお、そういえば。お主の生まれた所には魔石がないんじゃったな」
俺は魔石について説明を受けたがどうやら魔法を使うためのエネルギーみたいなものらしい。
鉄とか銀みたいに山に鉱脈があり採掘する。
純度や色といった種類はあるもののその性質はほとんど同じで魔法を使うときに消費されてエネルギーが尽きると割れてただの石になる。
例外としてエネルギーが尽きても割れず時間経過でまたエネルギーが溜まる魔石もあるらしいが数が少なく高価であるため、魔法使いでも中々手が出せないシロモノらしい。
で、この国には魔石の鉱山はあるが産出量が少なく現在は閉山しているとのこと。
やっぱりこっちにも活路はないようだ。
「ってことはウチの国は麦以外は他の国に対抗できるようなものはないってことか」
「残念ながら、じゃ」
経済力もダメならば魔法もダメ、土地も他の国に比べると小さいし、ほんと麦以外勝てる要素はない。
やっぱり詰んだか?
いっそ、火縄銃でも作るか?
いや、魔法が発達している時点で原始的な銃を作っても対抗できるわけがない。かといって現代のアサルトライフルとかミサイルなんて技術的におそらく不可能だ。
銃が無理なら大砲?
筒に玉を入れるだけならいけるか。けど、どうしても火薬が必要だな。火薬の代わりに魔法を使うっていうのもアリだけど自国で魔石が賄えないんじゃ量産も維持も難しい。むしろ、他の国に技術を盗まれた時のリスクが高い。
そもそもこの国の技術力よりも他国の技術力の方が圧倒的に高いはずだ。
羊毛の加工品も負けているくらいだ。武器の基礎である製鉄技術もあまり高くないはずだ。
ん、製鉄技術?
「なぁ、この国って鉱石はとれるのか?」
「とれんことはないが他の国でもとれるからのぅ。それに高価な鉱石はぜんぜんとれんぞ」
「高価でなくてもいい。鉄とか銅は?」
「鉄? 銅? そんな安物鉱石なら東側の鉱山地帯で山ほど取れるぞい」
「っ!」
「ど、どうしたんじゃ急に立ち上がりよって」
あった。
このチンケな国にも活路があった。
鉄があるなら工業が興せる。
もっと 言えばタングステンやニッケル、ボーキサイトがあれば現代文明の工業技術を再現できる。
そうだ、産業革命だ。
鉄を量産し、蒸気機関を作り大規模工場を作る。
内燃機関を作りさえすれば車も戦車も作れる。
それにこの世界には魔法がある。
魔石の入手は難しいが現代技術と魔法を組み合わせればこの弱小国家も強国にできるかもしれない。
産業革命さえ起こせばパパッと富国できちゃうし国王だって誰かに押し付ければ引退も簡単だろう。
引退できれば功績を残した王としてウハウハな異世界ライフを満喫できるだろう。
そうだ、産業革命を起こそう!
こうして、俺の国王としての方針が決まった。
ティナやじいさんの期待に応えられるかどうかはわかんないけどやれるだけのことはやってやるさ。
お兄ちゃん契約のせいで国王はやめられないのだ。自分のためにも精々足掻いてやろうじゃないの。