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5

日本にいた時はとにかく普通だった。普通の男子工業高校生だった。

街行く女子高生を遠巻きに見つめながら淡い青春に思いを馳せる健全男子。


そんな俺がなぜか異世界に転送されてほんの2日のうちに一国の王へとなってしまった。

あれもそれもティナのせいなのだが何故かいまの俺はまんざらでもない。

これもお兄ちゃん契約によるものなのだろうか。


「……ん」


冷たい視線。どこからともなく感じた視線によって俺は目を覚ました。

天蓋の合間から差し込むわずかな太陽の光。ぼんやりとだがクッキリと、そこが俺に与えられた部屋であることを認識した。


「そうか、俺は王になったんだっけ」


実感が沸かない。進学を控えた高校生だったのに国王。

国王なんて正直いえば嫌だ。やりたくはない。でも、心の奥底では国王になることを心地よいと思っている。自分でも制御できないワガママな心。ああ、なんていうかブルーだ。


ベットから起きようとして気づいた。


「えっ」


冷たい視線。感情のこもっていない真っ黒な瞳。

見上げるとメイドのメアリーが冷たく静かに俺を見下していた。

そう、見下しているのだ。断じて、見降ろしているのではなく見下しているのだ。心なしか彼女の周囲にはどす黒い何かオーラ的なものがユラユラと漂っている。


間違いなく怒っている。


「あ、あの……メアリーさん。その瞳は一体……」

「おはようございます。国王様。昨晩はお楽しみでしたね」

「え……」


ふに。

手を動かそうとしたら何か柔らかいものに当たった。いや、その感覚は手だけではない今までボンヤリとしていたため気づかなかったが俺の身体全体が重い。そして、柔らかくて生暖かい。まるでだれか俺の上に覆いかぶさっているような感覚だ。


まさかと思いフトンをめくるとそこには金髪の天使がいた。

ああ、我が妹よ。どうしてそんなに可愛いんだ。

ってそうじゃねぇ!


なんで、ティナがここにいるんだよ。おかしいじゃないか。ここは俺の部屋なんだぞ。

そう思いを巡らせていると少しだけ思い出した。

たしか、昨日はティナが部屋に入ったまま先に寝たのだ。そして、その時、ティナが俺に対して何か言ったので曖昧に頷いた記憶がある。


まさか、その時にーー


「あ、あの……違うんだよっ!」

「違うとは何がでしょうか国王様。まさか、ティナ様に何か粗相をしたのではないしょうか」

「い、いやっそんなことしないって! 断じてしてないからな! これはアレだ。ティナが勝手に入ってきたんだ!」

「……なるほど、そういうことでしたか」

「ふぇ?」


溜飲を下げるメアリー。あれ、なんだかあっけない


「そういうことだろうと思っていました」

「え、俺のこと信じるんですか?」

「はい、国王様がティナ様にちょっかいかけるとは思ってもおりませんでした。それに国王様にはティナ様の兄になる契約が魔法でなされてます。普通、兄は妹にちょっかいだしませんよね」

「な、なるほど。たしかにそうだな」

「ええ、ですが」

「あ、れ……なんでまだ怒ってんの? その問題は解決したんじゃ……」

「いくらご兄妹であってもティナ様と同衾なされたことはなんともうらやま……いえ、破廉恥な」

「ちょ、いま、羨ましいって言いそうだったよね! ね! それって全くの私怨じゃないか!」

「ふふふ……私でさえ同衾はこれまで192回しかしたことがないのに」

「192回って意外に多いよ! それにもうそれ主従超えてるよ!」

「あと、国王様は平静を装っておりますが国王様の本性は私には見え見えです」

「な、何がだよ!」

「もちろん、ナニです。ずいぶんご立派になられておりますよ国王様。ティナ様との同衾がとてもそれはもうとても楽しかったのですね」

「いやっこれはっっ! ほら、契約で俺って妹に手出しできないじゃん! だからこれはただの生理現象だって」

「生理現象ですが、例え布越しであろうともそれをティナ様に向けるなど万死に値します!」

「いや、向けてないから! いますぐしまいますから!」

「国王様、お覚悟を!」

「い、いやぁあああやめてぇえええ」



……。


はぁ、一時はどうなるかと思ったよ。

まさか、メアリーがあんなに暴走するとは思いもよらなかったよ。


「ほら、お兄ちゃん。私に感謝するのよ。あと少しでお兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃうところだったんだから」

「ははぁ。ティナ様のおかげで俺の尊厳は保たれました。ありがとうございまする」

「よきかなよきかな」

「それとメアリーも過保護なのよ。もう、メアリーと添い寝してあげない」

「ガーン……ティナ様それはあんまりでございます」

「……う、じゃあ。おおまけにまけて1ヶ月禁止ね」

「はいっ! 1ヶ月もティナ様の温もりを感じられないとなると私の理性が持つかわかりませんが頑張ります。1ヶ月後の添い寝のために!」

「1ヶ月後添い寝するのは確定なんだ……まぁ、いいのよ」


メアリーも静まりティナも起きたことだし、そろそろ活動を開始しよう。

そういえば、王になったはいいけど何をすればいいんだろう。

今日から政務をするという話は聞いているが何をするのか何も話を聞いていない。


教えてメイドさん。

そんな視線を送るとメアリーは察したかのようにお辞儀をした。さすがはプロのメイドさん以心伝心もお手の物。


「失礼します国王様にティナ様、まだ政務開始まで時間がありますし、勉強でもいたしましょうか」

「んー、お兄ちゃんには私が教えてあげるよ! 何から知りたい?」


何から知りたいと言っても全部というのが答えになる。なにせ俺はこれまで異世界人だったのだ。


「じゃあ、この国とか周辺諸国について教えてくれ」

「うん! わかった!」

「その前にメアリーいいかな」

「なんでしょうか国王様」

「その国王様ってのはやめてくんないかな。前みたいにユウヤ様って呼んでくれ」

「ユウヤ様がそうおっしゃるのであればそういたします」

「よし、じゃあ。ティナ、始めてくれ」


俺の言葉にうんと頷くとメアリーに用意させた地図を机に広げた。

うーん、なんというか地図を見ただけでこの時代の技術レベルやらが一発で理解できた気がする。

一言で言うなら子供の落書きを清書したような地図。

陸っぽいところには国の名前や都市の名前っぽい記号(文字)が羅列しているけれどいたるところに動物やら怪物が描かれている。

まるで子供の描いた絵を大人が一生懸命、綺麗に書き換えたような地図だ。


「なぁ、うちの国はどれなんだ」

「お兄ちゃんは字が読めないの? ほら、大きくここにアストリア王国って書いてあるでしょ」

「異世界人だからな。この世界の字は読めないみたいだ」

「お話はできるのに字は読めないって変なの」


それはアレだ。たぶん、大人の事情だとか、神様の都合なんだろう。深い意味はないはず。


「この中心にあるのがこの国なのか」

「うん、そーだよー」


俺はティナの指先を追いながら聞く。この地図は世界地図ではないようだ。この国を中心にして周辺諸国のみを書き込んだものだ。


「一つ聞いていいか」

「ん、なぁに?」

「この国の周り大国ばかりじゃないか?」


そう、ティナの指差すこの国の周りには国土が2倍以上ありそうな国に四方を囲まれていた。


「うん、北にはドラリオ公国、東にはセヴァンスイースト帝国、南にはアスンシオン共和国、西にはリオミヤ王国があるよ」

「なぁ、それと聞いていいか」

「うん、いいよ」

「この国って四面楚歌とか……八方塞がりじゃないのか」

「あーえーと……ニコッ」

「ニコッじゃねぇ!」

「ユウヤ様。私より補足いたしますとその通りでございます。我が国は四方を大国に囲まれそのうちの3国とはあまり友好ではありません」

「3国……ってことは1国は友好的なのか?」

「はい、南のアスンシオン共和国は我が国とは友好的でございます。貴族間の婚儀も多く、少なくとも敵対することは当分ありえません」

「その言い方だと味方になることはないってことか」

「ザッツライトでございます。彼の国は四方4国の中では中立です。どの国とも不可侵条約を結び友好関係を築いております。ですので、我が国に3国のいずれかが攻めてきても援軍を送ってくることはないでしょう」

「なるほど。なら、この国がまだ存在している理由はなんだよ。こんな弱小国が生き残れるなんてどこかの国が独立を保障しているか、攻める価値がないほどに貧弱かだろ」

「ユウヤ様は聡明でいらっしゃいます。たしかにこの国の独立を保障してくれる国はおりません。ですが攻める価値がないわけでもありません。今の均衡が保ててるのは我が国の外交努力によるものです」

「外交努力だけでこの国を維持するなんて無理だろ。だって、この大国に囲まれた中心地。軍事的価値は大きい。それこそ他の4国が全員仲間で軍事的な価値がないかぎり」

「はい、軍事的価値はあると思います。とくに北、東、西の大国は全て野心溢れる軍事国家です。隙あらば他の国を攻めようとするほどに好戦的です」

「じゃあ、外交努力だけでこの国を守ってるってことか。めちゃくちゃ優秀じゃねぇか」

「いえ、この国が維持できているのは……」

「麦だよ」

「麦?」

「うん、この国はね。このあたりで一番農業が盛んで麦がいぱい取れるんだよ!」

「はい、ティナ様のおっしゃるとおりです。花丸でございます。我が国には他国の2倍以上の麦や農作物の収穫があり、それを輸出することで国を維持しております。3国に対して輸出を行なっているため、どの国も手出しが難しい状況を作り出しております」

「ふむふむ、ってことは案外、うちの国って裕福じゃないか。軍は食料を消費するからな。貿易黒字でうちの国はウハウハ」

「いえ、我々は3国が攻めてこないように相場より安く麦を輸出しております。ですので財政はあまりよくありません。いろいろなものを絞っておりますので赤字にはなっておりませんが豊かというほどではありません」

「んー、だいたいわかったかな」

「はい? 今の話でご理解されたのですか?」

「ああ、まぁな。それと国の農業が盛んな理由って土地だけじゃないだろ。こう、なにか優遇処置をしてるだろ国が」


いくら土地が豊かだからといって周辺の大国に輸出できるほどとなるとどうしても理由が足りない。

となると何か国が支援とかしているはずだ。


「よくおわかりで。我が国には農民皆保障制度というものがありまして、農家は皆、国の労働員という扱いになります。農作物を全て国に収める代わりに国から給料を支払っております」

「それか。この国が維持できている理由は」

「え?」

「だってそうだろ。食料が豊富に取れる土地を欲しがらない軍事国家はない。いくら他の国が睨みをきかせているからといって攻めない通りはない」


豊かな食糧源を欲しがらない軍事国家なんてまがいものだろう。それに国を取る方法はいくらでもある。それをしないということは……。


「この国の農業は国の支援によって成り立っている。つまり、この国の農民は高い。属国にするならともかく併合しようものなら併合したその国の財政を圧迫するほどにな」

「財政を圧迫するほどですか?」

「ああそうだよメアリー。もしも、他国がこの国を攻め滅ぼしても同じ制度でこの国の農民を養わなければならない。そうしないと今ほどの豊富な食料は手に入らないからな。けれどもある不都合が生じる。それはなんだと思う?」

「財源不足ですか?」

「ぶっぶぅ〜。ハズレだ。財源ならある。そもそもウチはいまそれでやりくりできてんだろ」

「あ……はい、お兄ちゃん! 私わかっちゃったよ!」

「ほぅ、なんだいってみろよ」

「その国の農家の人が怒っちゃうと思うの」

「おお、さすがは我が妹だ。正解だ。どこかのメイドさんとは頭の出来がちがうなぁ」

「えへへ、ほめて〜もっとほめて〜」

「はぁ……では、その出来の悪いメイドにわかるように説明できますか国王様」

「はいはい。国内の農民が反発する。そんなの明解だろ。ほら、“向こうには優遇制度があるのにうちにはない。同じ国なのにどうしてこう違うんだ“ってなるだろ。うちの国の農民はたとえ不作であっても給料が出てずっと同じ暮らしができるんだ。自国とは関係ない他の国の制度がそうならまだ反発は少ないが同じ国内でそうなると生産性はガタ落ち。だから、同じ制度を国内の農家にも適用する必要が生じる。で、そこまでしてこの国の食糧源を他の2国に睨まれるというリスクを抱えて確保するわけにはいかないってことだ」

「では、先ほどおっしゃっていた属国にするという手段はいかがでしょうか。それでしたら自国に制度を適用する必要はございませんし、食糧も自国にのみ輸入すれば他の2国に対して優位に立てます」

「そこが俺も引っかかるところなんだが、外交努力でどうにでもできる範疇だから多分、外交官ががんばったんじゃねぇの」

「た、たしかに我が国の外交官は優秀ですが……」

「外交官の腕前は信じてるけど俺の説明を聞いたら腑に落ちなくなったのか?」

「ええ、私もこれまで外交官が頑張っていたとしか把握しておりませんでしたのでこうも現実的に考えるとこの国が現存しているのはとてもすごいことなのではと思います」

「なるほどな。けど、属国以外の選択肢がほぼ封じられているなら意外と楽だぜ」

「楽ですか?」

「属国というのはつまり、守ってやるから金よこせってことなんだよ」

「ええ」

「なぁ、メアリー。この国に他国の兵は何人いる? ……いや、何部隊いる?」

「えっ……」

「その反応。いるんだろ。周辺諸国から派遣された駐留軍が。それも1国だけじゃない。周りの国家4国若しくは中立の1国を除いた3国の駐留軍が」

「……おります。中立も含め4カ国の兵が各々、我が国内に親交目的のために駐留しております」

「それだよ。この国は国を維持するために他国に首根っこを渡しているんだ。いつでもクビは差し出せるので格安の麦だけで勘弁してくださいってな」

「メアリー……それってもしかして5カ国交流条約のこと?」

「……はい。5カ国が親交を深めるために我が国に交流用の領地を設け国民同士の交流を行うというものです。駐留軍はその領地を守るためにそれぞれの国から送られてきております」

「親交じゃなくて侵攻の間違いだな。たしかに親交を深める目的もあるとは思うが。その条約の真の目的は国家の存続と自治権の維持。他の4国は他の国がこの国を攻めないようにする楔ってとこだな」

「お、お兄ちゃんすごい! どうしてそこまでわかるの! もしかして本当に勇者様!?」

「驚くなよ妹よ。ただの推測だよ。間違ってることもあるだろうし、真逆のことを言ってるかもしれないしな」

「いえ、ご謙遜を。ユウヤ様の思慮深さ。不肖、私めも粗末な脳裏にきざみこみました。これまでのご無礼ご容赦ください。こんなちんちくりんな若造が王になれるはずがないと思い込んだ私がバカでございました」

「ん、なんかひどいいわれようだけどありがとう。素直に褒めてくれるなんて久々だよ」

「いえいえ、これからはティナ様の次に忠誠を誓います」

「それでも俺はティナの次なんだ」

「はい、申し訳ございません。私はティナ様以上の忠誠をユウヤ様へ誓うことができません。ですが、人として心より尊敬いたします」


綺麗な所作で忠誠を誓うポーズをするメアリー。さながら神へ祈りを捧げる聖者のようだ。


「お兄ちゃん! 私もお兄ちゃんのこと尊敬するよ! お兄ちゃんはお兄ちゃんだから忠誠は誓えないけど愛ならあるよ!」


ティナの方はなんというかちょっと愛らしい。まるでふざけているように俺へお辞儀をする。


俺を無理やり王にしたクソ姫だけどなんだか憎めないな……ってこれもお兄ちゃん契約のせいかあぶねぇ。ティナが本当の妹のように見えてしまったじゃねぇか。


まぁ、おだてられても俺は木に登るだけ。こいつらに褒められてもすこしもいや少しはうれしいかな……うん。


しかし、本番はこれからだ。

やるからにはさっさと王の仕事をやらねぇと。

今日は初日だから多分、忙しいだろうし。


ぼちぼちやっていこう。

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