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「お兄ちゃんにしてはよくやったじゃないの! 褒めてあげようか! ほら、えらいえらい!」
「おいコラやめろよ。クソが移るだろ」
戴冠式も終わり俺はいそいそと舞台裏へとにげかえっていた。
あのままあの場所にいたら多分、配下共に囲まれてただろう。今はもう夜だ。政務とかは明日から本格的に始まるそうだし今日はこの荒んだ心を休ませた方がいいだろう。
そう思って寝室へ向かおうと思ったのだが困ったことに王の居室の場所がわからない。
昨日は客室に泊まったのだが、今日からは国王なので当然、客室で寝るわけにもいかない。
「なぁ、王の居室ってどこなんだ」
「んー? お父さんが使ってたところはまだお掃除とかが終わってないから……どこだろう?」
どうやらティナでも知らないらしい。
こんなときに限ってメアリーは周囲にはいない。
どうするか……。
「おっあれは……」
ちょうどいいところに人がいた。
メイド服や執事服ではないが貴族が着るような服でもなさそう。たぶん、使用人なのだろう。あいつに案内を頼むことにするか。
「なぁ、俺の部屋ってどこだがわかる?」
「はぁ? なんですかいきなり……って国王様っ!?」
その人物は俺が国王であることに気づくとすぐさま膝をついた。
「ご無礼を働きました国王様。私は近衛騎士団所属のナタリー・ウォルマーと申します」
そう言って彼女……ナタリーさんは紅く綺麗な瞳をこちらへ向けた。
真っ赤に燃えるような長髪。年は自分より上なのだろう。大人びていて毅然とした態度はまさに騎士と呼べるような人物だ。
ってかよくみると腰に剣がある。柄に青い宝石が埋め込まれた立派な剣だ。さすがは騎士。
「ナタリーだな。これからよろしく」
「はっ! ありがたきお言葉をいただきありがとうございます。私のような者に声を掛けてくださるとは、国王様はなんとも懐の広いお方でしょう」
「堅苦しいな。年齢も近いしもっとフランクでいいよ。俺は王になりたかったわけじゃねぇし」
「ご謙遜を。あなたのような立派なお方こそこの王に相応しいと存じ上げます。先ほどの演説は見事でございました。国王様の素晴らしい理念と信念に私は感服いたしました」
「よしてくれよ、俺はそんなに立派なんかじゃないさ。それよりも近衛騎士ってことは城の中に詳しいのか」
「はい、私は明日より国王様の身辺警護を担当させていただきます」
「ってことは俺の部屋ってどこだかわかるか」
「はい、必要とあらば護衛を兼ねて案内をいたしましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
ってな感じで近衛騎士のナタリーが俺の部屋まで案内してくれることになった。
着ている服からして今日は非番なのだろう。それなのに俺の戴冠式に参加してなおかつ部屋まで案内してくれるとはいい奴なのだろう。
「あ、ナタリーだ。こんなところで何してるの?」
「え、あ。ひ、姫様。どうしてこちらに」
ひょこっと俺の後ろからティナが顔を出す。もしかして、2人は知り合いなのか。若干、ナタリーさんの顔が引きつっているのはティナがクソ姫であることを知っているからなのだろう。
「え、だってお兄ちゃんだよ。妹の私が一緒にいても不思議じゃないでしょ」
「た、たしかにそうでございます。うっかりしておりました」
「それで、どうして謁見の間の裏っ側にいるのかなぁ? あれれ、もしかして、もしかしなくとも……」
ティナが煽るように言葉をまくし立てる。この表情なんかムカつくな。さすがはクソ姫だぜ。
「迷子かなっ!」
「う“」
ティナの言葉でナタリーさんは一気に赤面した。恥ずかしそうな表情と赤い髪とが相まって先ほどまでの毅然とした態度が嘘のようだ。
「し、仕方ないじゃないですか。このお城広すぎるんですから!」
「あれれー、ナタリーって城勤め何年目だっけ? たしか2年だよね。もう2年だよね! それなのにいつも迷子になってるよねwwwこの前も訓練で新人をボコボコにしたのにその後でその新人に迷子を助けてもらったんだって。しかも、その次の日にまた迷子になってまた同じ新人に助けてもらったなんだって。もう、傑作よwww」
ティナが草を生やしながらナタリーさんを煽る。ナタリーさんの顔はすでに真っ赤で今にデオ泣き出しそうな表情をしている。
ってか、自分が迷子なのに俺を案内しようとしていたのか天然なのか馬鹿なのかわからないな。
俺の中でのナタリーさんの評価がガクッと下がった。
「ひ、姫様ぁ。もうやめてくだしゃいぃ」
「ふー、すっきりした。やっぱりナタリーはいぢめがいがあるよね」
ツヤツヤとした笑顔でティナが手で額の汗を拭った。
やっぱりティナはクソ姫だ。
「で、迷子が俺を案内するのか」
「ひぃい、も、申し訳っご、ごじゃいません!」
泣きじゃくりながら謝り倒すナタリーさん……ってかもうナタリーでいいよね。最初は大人びた印象もあってナタリーさんって心の中で思ってたけどもういいよね。
まぁ、こんなアホ騎士のことよりも俺の部屋だ。まさか、迷子に案内してもらおうとしていたなんてなんて恐ろしい。
今回ばかりはティナがクソ姫でよかった。
「では、私が案内いたしましょう」
「メアリー! てめ、いつからここに!」
「最初からでございますユウヤ王様。私はティナ様の護衛も兼ねております。野蛮な男と可憐なティナ様を2人っきりにするなんてことを私が許すとお思いですか」
「なんだか貶されてる気がするけどまぁいい。今日はもう疲れたよ」
「はい、ついでに迷子の騎士様も案内させていただきますがよろしいですか」
「ああ、放っておくわけにはいかんだろ」
「では、こちらに」
メアリーのお陰ですぐに俺の居室は見つかった。
ってかほとんど歩いてない。目の前じゃん。それに道はほとんど一本道で所々には道を示す看板が置かれている。これでどうやって迷えばいいんだ。
「こちらの看板は2年前から置かれております」
「へぇ」
「バカでもわかりやすいようにピクトさんもいらっしゃいます」
「ピクトさんをバカにするなよ! ってかピクトさんいるのかよ!」
「はい、2年前に国王の名を受けて私が召喚いたしました」
「召喚っ! ピクトさんって召喚するものなの! それにメアリーって召喚師かなにかなの!?」
「えへんっメアリーはね。私の従者で万能メイドさんなんだよ! この城にいるピクトさん兄弟も街にいるピクトさん姉妹もメアリーが召喚したんだよ」
「へ、へぇ」
もう何も突っ込まないぞ俺は。ピクトさん兄弟とかピクトさん姉妹だとか。もう、ピクトさんってなんなんだよ。ゲシュタルト崩壊してしまいそうだ。
「ん? 2年前? なぁ、この城に看板とかピクトさんが置かれたのは2年前なんだよな」
「そうだよー」
「ナタリーが城勤めになったのも2年前だよな」
「うん……そうだよー」
「じゃあ、なんでナタリーは迷子になってるんだ」
「国王様。世の中にはどうしようもない人もいるのです。たとえ前の王様がどこかの誰かのためだけに看板設置やピクトさん召喚をお命じになられたとしてもこの世の中には解決できない問題があるのです」
どんだけアホなんだよこの騎士は。よくこれまで無事に生きてこれたな。
よし、もうナタリーはアホ騎士で確定だ。これからはアホ騎士ナタリーと呼ぼう。
俺の心の中の呼び名が決まったところで俺は俺の居室へと向かう。
「じゃあ、今日は寝るわ。おやすみ」
「はい、ご愁傷様です。私はナタリー様をお見送りしてきます」
「ご愁傷様って死なねーよ。ナタリーについては頼む。無事に送り届けてくれ……無事にな」
「承知しております。ナタリー様は私の部屋の隣なのですぐに届けてまいります」
メアリーの部屋がどこなのかは知らないがたしか城の中に使用人用の部屋があるはずだ。おそらくそこだろう……ってかナタリーって城勤めで城に住んでいるのに迷子になるのか……ほんとに救い用がないな。
ナタリーはペコリと俺に一礼するとメアリーと一緒に廊下の奥へと行った。
頼むから無事でいてくれ。
「じゃあ、お兄ちゃん。お部屋に入ろうか」
「ああ、そうだな」
「お兄ちゃんの部屋、今日急いで整理したんだって。調度品とかベットとかも新しい物をこしらえたんだって。楽しみだねっ!」
「まぁ、そうだな。前の世界だとなかなかないからな。こんな本格的な洋風。ちょっと緊張するぜ」
「じゃあ、私が扉開けてあげるね」
「ああ、よろしく頼む……ってなんでティナも入ろうとしてんだ!」
「長いノリ突っ込みだねおにいちゃん」
「いやいや、自然すぎて気づかなかったわ」
「そ、それってお兄ちゃんが私のことちゃんと認めてくれてるってことなのかな!」
「いやいや、どう考えても契約のせいだろう。俺はティナの”お兄ちゃん“なんだから」
俺とティナが結んだ契約……お兄ちゃん契約の強制力は忍者のように静かに俺を”お兄ちゃん“へと導いてるようだ。
もう呪いの類だな。これは。
「見るだけならいいでしょお兄ちゃん。さすがにこの年で一緒に寝るのはちょっとはずかしいよ」
「その発言だと年の問題さえなければ一緒に寝れるってことに聞こえるんだけど間違いだよな」
「うふふ。内緒だよ(ハート)」
「はぁ……まぁ、見るだけならいいか。俺は疲れてるから早めにな」
「わーい」
ティナが扉を開けると豪奢な部屋が目に移った。
天蓋付きのベットに見るからに高そうなツボや絵画。
まさに王様の部屋って感じでなんだか新鮮な気分だ。
「ベットが意外と柔らかいな」
試しにベットに腰を預けてみると深く沈み込んだ。正直、日本にある俺の部屋のベットよりもよく寝れそうだ。
中世風の世界観を予想していただけにベットが柔らかいのは盲点だった。
「さてと……寝るかな」
「は、早いよお兄ちゃん! もうちょっとお部屋を探検しよーよ!」
「またにしてくれ。俺は眠いんだ」
そう俺はベットに全身を預けた。
気持ちいい。フカフカだ。香水みたいなものがふりかけてあるのかいい香りがする。
目を閉じる。ティナが何か言ってる気がするけど今度でいいだろ。
そのまま俺の意識は夢の世界へと沈み込んだ。