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高校生になってはじめて後悔したのは入学式の前日、教室に顔を出した時のことだ。
うちの高校では入学式の前日にこうして、教室に集合して将来クラスメイトとなる人たちと交流を深めるのが恒例で参加が義務となっている。
案内の上級生に教えてもらった教室に入った瞬間、すでにたくさんのクラスメイトが集っていた。
そして、その瞬間、後悔した。
「な、なんで男子ばかりなんだ!」
教室には男子生徒しかいなかった。
定員40名のクラスのうち、もう9割ほどはいるだろうか。
坊主頭の男子、黒毛短髪の男子、黒眼鏡のオタクっぽい男子。
そこは野郎どもの巣窟であった。
おいおい、ここは男子校か?
うちの学校、共学だぜ……工業高校だけど。
後から知ったのだが工業高校それも俺が所属する機械工作科には絶望的に女子がいないらしい。
創立以来女子生徒がこの科に入ってきたのは2人のみ、それも2人とも女子の少なさのせいでクラス内で孤立し、退学したらしい。
学校自体は共学で他の科には数は少ないけれど女子はいた。
しかし、しかしだ。
男子校でもないのにクラスに女子がいないなんてどういうことだ!
返せ! 俺のバラ色の高校生活を返せ!
そう、俺の高校生活は工業高校に入学してしまったせいでネズミ色にそまってしまったのだ。
そんな俺でも3年も過ごせば大概のことには慣れてしまう。いわゆる住めば都というやつだ。
もともと機械いじりとかは好きだし、授業でFA機械を触ったり何かを作ったりすることは楽しかった。
クラスの馬鹿共ともなんだかんだで仲良くやり女っ気は全くなかったけど充実はしてたと思う……たぶん。
高校生活が終わりに近づいてきた時、俺は一つの決断を迫られた。
就職するか、進学するかである。
ほとんどの友人は就職を選んだ。
学内に来る求人は名のある企業からも多く。高卒でも十分な就職先が望める。
しかし、俺は進学がしたかった。
ものづくりがとても好きだったのだ。
悩んで相談して、俺は高校から推薦でいける工業系の大学へとすすむことにしたその矢先のことだった。
その日の俺はいつもどおりだった。
いつもどおりに朝メシを食って学校へいって馬鹿やって帰ってきて夜メシ食って風呂入って寝る。
そんなありきたりな1日だった。
けれども、眠りから覚めると見知らぬ天井が目に入った。
「ここは……どこだ」
なにもない真っ暗な部屋。
かろじて俺はベットに寝ていることに気づいた。
俺の部屋ではない。俺の部屋にあるはずのものはないし、そもそも俺の部屋は周りが見えないほど真っ暗ではない。
「アストリア王国へようこそ、お兄ちゃん」
ボッとロウソクに明かりが灯った。
それと同時に美少女が暗闇から浮かび上がった。
白くて透明感のある綺麗な肌に綺麗な金髪。年は俺と同じか少し下くらいだろう。
一言で言えば美少女で二言で言えば理想的な美少女である。
「お、お前は……誰だよ」
「はじめまして、私はクリスティナ・ソフィーリィ・アストリア。お兄ちゃんの妹だよ」
ニコッ
女子耐性のない俺にとって美少女から向けられた笑顔の破壊力は抜群だ。
眩しすぎてまともに脳みそが働かない。
けれども、あまりの自体に大きな疑問が浮かぶ。
「アストリア王国に……お兄ちゃん?」
「うん、ここはアストリア王国でお兄ちゃんは私のお兄ちゃんだよ」
待って、待ってくれ。意味がわかんない。
王国にお兄ちゃん。そして、美少女。
俺は日本の自室にいたし、俺には従兄弟を含めて妹と呼べる存在なんていない。そして、美少女なんて間近で初めてだ。
何がどうなってこんなことになっているのだ。
「えーと、クリスティナさん?」
「ティナでいいよお兄ちゃん」
「ティナ……あの、これは一体なんなんだ」
俺のぎもんにティナは困ったような顔を浮かべた。なんというか愛らしい。
「うーん、そーだねー。お兄ちゃんには簡単に説明しといたほうがいいよね」
どうやら、ティナには説明する意思があるらしい。
「簡単に言えば、お兄ちゃんは私が召喚したの。理由はもちろん、私のお兄ちゃんになってもらうためだよ」
「え///」
待って、可愛い! 可愛すぎる!
こんな美少女がお兄ちゃんにするために俺を召喚するなんて。
話には聞いていたけどこれがいわゆる異世界召喚ってやつか?
こんな嬉しい展開なら小説借りておくんだった。
俺は高校の友人である黒眼鏡オタクを思い浮かべる。あいつはいい奴だった。しょっちゅうサムズアップするキモオタだったけど俺は嫌いじゃなかった。
「ねぇ、私のお兄ちゃんになってくれる?」
ズキュン
文字通りハートが射抜かれた。
だって。だって、美少女がいきなりお兄ちゃんになってなんて言うんだぜ。
こんなのハートを射抜かれない男子高校生はいないだろ。それに俺のような女子耐性の無い工業高校生なんかは確実に落ちる。
だから、俺は脊髄反射的に答えを口にした。
「いいぜ、お兄ちゃんになってあげるよ」
そして、それが俺の過ちだった。
俺が答えた瞬間、美少女は不敵な笑みを浮かべ堪え切れないように笑い声を漏らした。
「ウフフ……アッハッハー!」
「へ? ティナ?」
「やったー、言質とれた! 契約成立よ! メアリー、私やれたよ!!」
「ええ、ティナ様。充分でございます」
「え? え?」
パッと部屋の明かりがついた。ろうそくのちいさな揺らめきだけが明かりだったのが一気に広がる。
周りにはティナ以外に1人だけ人がいた。
メイドだ。メイド喫茶で見かけるようなメイドだ。
年は俺とそう変わらないくらいでこちらもティナに負けず劣らない美少女だ。
彼女はティナへパチパチと拍手をおくる。
ってか、何が起きてるの?
説明を求めて俺はティナへと視線を向ける。
「あ、お兄ちゃん。ありがとね。それとこれからがんばってね」
「頑張るって何を……」
「ティナ様、兄君様にも詳しい説明をしたほうがよろしいかと。これから兄君様には頑張っていただかなければなりませんので」
「うん、そーだねー。じゃあ、メアリー説明よろしく!」
「はい、僭越ながら私、メアリー・アンジュワーズよりいろいろとご説明させていただきます」
よくわからないうちにメイド……メアリーがお辞儀をする。
「まずは陳謝を述べさせていただきます。この度は我らアストリア王国のティナ様の兄になっていただき誠にありがとうございます。主人に代わって私よりお礼を申し上げます」
「あ、どーも」
丁寧に挨拶されたら返事をしてしまうのが日本人の常なのだろうか。
「ご説明をいたしますがその前にお前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
「あ、私もお兄ちゃんの名前聞いてなかったわw」
いろいろ突っ込みどころはあるけれどとりあえず自己紹介くらいはしといたほうがいいだろう。
「俺の名前は斉藤裕也だ。あ、家名が斉藤で裕也が名前な」
こういう異世界モノだと苗字と名前が逆転しているからな、きちんと説明しとかないとな。
「はい、承知致しましたユウヤ様」
ユウヤ様。なんて響きがいいんだろう。生まれてこの方呼び捨てにしかされていないからすごく新鮮だ。
「では、これからユウヤ様に頑張っていただくことについてご説明いたします」
「ああ、何がなんだかさっぱりだからな。簡単に教えてくれ」
「ご要望とあらば……端的に申し上げますとユウヤ様にはこれからこの国の王になっていただきます」
「えと、もう一度頼む」
今、なんて言ったこの人。何か不穏な単語が聞こえてきたんだけど。
「はい、ユウヤ様にはこの国の王になっていただきます」
「はぁ? 王? 俺が?」
「はい、そうです」
「ちょっと待て! どうして俺が王なんかやらなくちゃならないんだ! はっ! もしかして召喚された異世界人は英雄的なポジションで強制的に王になるとかか!」
「いえ、たしかに異世界人は重宝されますが英雄的なポジションではありません。ましてや強制的に王にさせるといったこともございません」
「じゃあ、なんで王なんか」
「それはユウヤ様がティナ様の兄君であるためです」
「は?」
あんぐりと口を開け俺はつまらなさそうに自分の髪をクルクル回しているティナへと視線を向けた。
「ですから、ユウヤ様はティナ様の兄君であらせられます。つまりは先日逝去した国王陛下の息子……王子様であらせられます。現在、我が国の王族はティナ様のみとなっており、そのティナ様の兄ということはこの国の第1王位継承者となります」
「あ、えーと……お姫様の兄だから王子で王様が亡くなったから王子が王になるってこと」
「ザッツライトでございます。これからユウヤ様には戴冠していただき我が国の王として過ごしていただきます」
「え、えぇ! 俺は王なんてやんないぞ! だったら、兄なんて辞めてやるぅ!」
「それは無理だよ、お兄ちゃん」
「なんだって?」
「お兄ちゃんはもう私のお兄ちゃんになるって契約したんだから辞められないよ」
「いや、契約なんてしてーーってさっきの口約束のことか!」
「さすがは異世界人、頭がいいねお兄ちゃん。かしこいお兄ちゃんは大好きだよ。それでね、さっきお兄ちゃんに対して王族由来の契約魔法を使ったの。これでお兄ちゃんは私のお兄ちゃんってことに決まったの」
「そんな横暴なことあるか! それにお前だって王族なんだろ、王様なんてお前がやればいいじゃないか!」
「ヤダよ、めんどくさい」
「じゃあ、貴族と結婚して相手にやらせればいいだろ。それに俺じゃなくても他に方法がーー」
「その点に関しては私から補足いたします。我が国では血統が重きに置かれます。こと国王に関しては直系でなければなりません。ゆえに王族が断絶したなどの事態がなければ王族以外から王を選出することはありません。それにティナ様は……」
「王として働きたくないし、結婚なんてヤダもん。一生、ダラダラとお城で遊んでいきたいもん」
「ダメ人間じゃねーか!」
「ダメなティナ様……可愛い(ポッ)」
「なんで、頰を赤らめるの? いま、そんなシーンだっけ!」
「失礼。ご本人も嫌がっておりますので代案を私が考えた結果、このようなことになりました」
「メアリーは最高よ。だって、直系がいなければ直系を作ればいいって!」
「どこのマリーアントワネットだよ……だからってどこの馬ともしれぬ俺が急に国王の息子です。王様になります。じゃあ、周りも納得いかないでしょ!」
「そこは問題ありません。前国王には30名の側室を持っておりました。隠し子の1人や2人いてもおかしくないかと思います」
「30人も側室いて王族1人って……なにがあったんだよ」
「ナニはしていたと存じ上げますが何かが起きたことはございません。現に御生れになったのはティナ様のみでございます」
「ちょ! 王位継承権争いで全滅したとか想像した俺がバカじゃん!」
「とまぁ、そんな感じなのよ。だから、お兄ちゃんは王様がんばって(ハート)」
「うまくまとめてんじゃねぇ! (ハート)ってどんなに媚びてももうお前なんか信じないぞ!」
「ぐすんっお兄ちゃんのいじわる。私にはお兄ちゃんしかいないの」
「え、ティナ」
「だから、私を王族としてずっと養って。私、結婚もしたくないしお城でずっと遊んでたいの」
「このヤロッ! 俺を騙しやがったな!」
「てへぺろ。なによ可愛い妹の可愛いイタズラじゃない。少しくらい大目にみてよね、お、に、いちゃん」
「あーもう、なにがお兄ちゃんだよ! お前は今日からクソ姫だ! この寄生虫! ダイオウグソクムシ!」
「クソだなんてひどいよお兄ちゃん。それにダイオウグソクムシってなによ! 私、虫なんかじゃないのよ!」
「ユウヤ様、いくら次期国王だからといってティナ様への暴言、私は許しません!」
「ああ、もう! なにがどうなってるんだよ!!! 収拾つかねぇぞこれ!」
「ですから、ユウヤ様が責任を取られ国王になるのが一番かと」
「てめぇは黙ってろメイド!」
「しょぼーん」
「あ、お兄ちゃん。メアリーをいじめちゃめっだよ!」
「ああ、もう次から次へと。わかった、なってやるよ国王に。もうそれしかないんだろ!」
「うん! ありがとお兄ちゃん!」
こうして、俺こと斉藤裕也はアストリア王国の国王になってしまった。
これが弱小国家アストリア王国の覇権の始まりだとはこの時の誰もが知らなかった。