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ナタリーは巨大な竜巻を挟んでマーキュリーと対峙していた。
「やはり、あの時の魔法使いはあなたでしたかマーキュリー殿……いえ、風の剣士」
「魔眼の騎士。君とは3年前からいろいろと縁があるみたいだね」
「魔眼……不名誉な称号です。3年前、あなたの攻撃を見切ったことでつけられた称号ですがこれほど不愉快なものはありません」
剣を抜き、【イレイス・ウィータ】と呪文を告げた。
ナタリーの持つ剣には魔石が埋め込まれており、それを用いることで魔法を発動させることができるのだ。
巨大な竜巻がナタリーが放った見えない魔力の刃で一刀両断され、霧散する。
「相変わらず君の魔法は強力だね。イレイス・ウィータ……消滅の刃。君にしか見えない刃だね」
「説明は結構です。今度こそ死んでいただきます」
「疾いっ……けど!」
ステージから飛び出したナタリーはマーキュリーへと剣を振るうが寸前のところで避けられる。
「……ボカンッ」
「なにっ!?」
マーキュリーが投げた魔石が爆発する。
威力は弱く、ダメージはない。だが、避けるために後ろへ下がらなければならなかった。
その隙にマーキュリーは剣を抜いた。
「……ひさびさに剣を握った気がするね」
「風の剣士、マーキュリー」
マーキュリーは風、大気を操る魔法の天才である。
魔石を利用して燃える空気を集めて一気に爆発させたり、竜巻を起こしたり、身体を風で浮かしたり、彼の魔法の用途は様々だ。
しかし、それらはただの技の一つでしかない。
マーキュリーが近衛騎士時代、もっとも恐れられたのは剣と魔法を一体に使った戦闘だ。
その戦闘スタイルはナタリーのものと似ており、マーキュリーがまだ現役だった頃はどちらが強いのかで賭けが起きたほどだ。
「行くよ魔眼の騎士」
「その名で呼ばないでください。風の騎士」
ナタリーが魔法を発動させながら斬りかかる。
消滅の刃。
マーキュリーはそう言い表したがナタリーの使っている魔法は魔力を刃に変換するものだ。
通常、魔石に宿っているエネルギー、魔力は目に見ることができないし、測ることもできない。
かつて多くの魔法使いが魔石に宿っている魔力を測るためにさまざまな研究をしたが、結局成功しなかった。
ナタリーは生まれながらにして魔力を見ることができる貴重な性質の持ち主であった。
といっても目に見えているものが魔力である保証はどこにもないため、本人も魔力が見えるとは思っていない。
だが、その特性がナタリーの魔法を強くする要因であった。
見えぬものにとって魔力を加工し、刃状にすることは非常に困難なのだ。
ナタリーの師匠も10年以上の歳月をかけてようやくイレイス・ウィータの魔法が完成したくらいに難易度が高い。
しかし、ナタリーはできた。いとも簡単にそれができたのだ。
普通の魔法使いであれば苦労するところを天性の才能で成し遂げた。
イレイス・ウィータはナタリーの師匠が亡くなった今、扱えるのはナタリーただ1人だけである。
ゆえに王国最強。
ナタリーはそう呼ばれている。
「うれしいよ。3年前の雪辱を晴らせるなんて」
ナタリーが現れるまでマーキュリーが王国最強と呼ばれていた。
強力な風の刃と竜巻や天空移動など、騎士の中でもズバ抜けた魔法の才能があった彼に敵うものはいなかった。
消滅の刃ほどではないが見切れぬ風の刃は圧倒的で空から一方的に攻撃することも可能。
5年前の近衛騎士団長を試合で圧勝し、彼は最強の名をほしいままにした。
しかし、その栄光が彼の心に曲がった正義心を植え付けた。
彼は貴族でも一般市民でもなく、貧民街の生まれだった。
アストリア王国では比較的優遇される農民生まれでもなく、王都の端っこにあるスラムで彼は生まれたのだ。
幸いにも住むところ、食べるものに困ることはなかった。
アストリア王国は食料大国だ。スラムの人間でも生きるのに必要なくらいの食料が手に入った。
そのため、スラム街でまともに育った彼は魔法の才能と剣の腕だけで近衛騎士に入団するまでに至った。
そんな彼だからこそこの国が貧しい弱小国であることを十分に理解していた。それなのに一部の貴族は私腹を肥やすためだけに活動していた。
彼にはそれが我慢ならなかった。
ちょうどその時、そんな我欲を貪る貴族たちのひとり、騎士団長を試合で倒した。
悪い貴族に勝てる。
この国に蔓延る害虫たちをこの手で倒せる。
そうして、彼は彼の目から見て悪いと思われる貴族を斬った。
中には本当に悪い貴族もいたがそうでもない貴族もいた。
すべては彼の偏見によって正義はなされていた。
彼を当時の王は許さなかった。
曲がった正義は毒であると彼は断罪されたのだ。
それでも彼は自分の正義を信じたかった。
自分にはなにかを成し遂げる力がある。
その力をこの国のために使うのだ。
王が信じなくとも良い。
いずれ、みなわかる。
彼は彼の正義を信じてくれる者へと逃げ込むことにした。
その脱出劇が3年前に起きた事件である。
彼はそこで人生で初めての決定的な敗北を覚えた。
己が信じた風の刃がいとも簡単に避けられ。
飛んで距離をとっても敵の刃が飛んでくる。
あの場で生きて逃げられたのは運がよかったからだ。生きられたのだからまだ正義を成せる。
そう心を震わせたのだが、彼の心には敗北したという現実が重く重石のようにのしかかった。
年下の少女に負けた。
自分の正義は正しいはずなのに。
マーキュリーは3年分の想いを込めて魔石を周囲へ撒き散らす。
「風の剣士。私は悔いております。3年前。まだ若かった私があなたを撃ち漏らしたことを」
「それはこちらも同じだよ。3年前。君から逃げたことを」
マーキュリーが魔法を発動させた。
青い燐光がマーキュリーを包み込む。
風の魔法。風の加護によってマーキュリーの身体能力が上昇する。
「【イレイス・ウィータ】」
「風の刃よ!」
魔力の刃と風の刃がぶつかり合い相殺する。
その刹那、今度は金属と金属の刃がぶつかり合った。
「やるな」
「やりますね」
マーキュリーが持つ剣とナタリーが持つ剣はどちらも業物。紅鉄から一流の職人が鍛えあげた名品だ。
たった一度の刃合わせだけでは刃こぼれの一つも起きない。
「巻き上がれ」
鍔迫り合いから後ろへステップしたマーキュリーが小さな竜巻を発生させる。
「【イレイス・ウィータ】」
魔力の刃で小さな竜巻を斬り、そのまま先へと踏み込んだ。
「甘いぞ、吹き荒れろ」
竜巻を越えることを予想していたマーキュリーはすぐに突風をナタリーへと浴びせた。
「ぐっ……」
踏み込もうとした足を止め、剣で受け止めた。
「さすがは魔眼の騎士。やはり、風が見えるのか」
魔力の刃と同じく風の刃や突風は風であるため普通の人間には見ることができない。
それが彼の強さの秘訣のひとつでもあるのだが、魔力を見ることのできるナタリーを前にしては意味をなさなかった。
さらにナタリーの魔力の刃は風よりも優れている。
目には見えないし、魔力には気配がない。突然、現れて突然斬れる。
一方で風の刃は風を固めたものであるため、風の動きがある。
達人であれば少しの揺らぎも感知され見切られる。しかし、そんな達人は王国にはいない。彼が最強になったのは当然であった。
「風の剣士。尊敬に値します。これだけの技を次々と出すことができるなんて……」
「君に言われたくないね。さぁ、続きをしよう」
魔石を再び周囲へばらまく。マーキュリーの魔法は強力だが魔力の消費が激しい。
戦うなら持久戦を狙うべきだ。
そう判断したナタリーは冷や汗をかいた。
(もう、魔法の残弾が少ない)
ナタリーは魔法主体ではないため、魔石をあまり持ち歩いていない。剣についた魔石だけで十分なのだ。
ほとんど魔法なしで持久戦をするしかない。そんな状況なのだ。
「いくよ。まき上がれ、吹き荒れろ」
魔石を大量に保持しているマーキュリーの手が休まることはない。
竜巻が発生し、突風が吹き荒れる。
直撃しても死にはしないが確実にダメージとなる。そんな攻撃だ。
可能な限り避けるか防ぐ。
ナタリーの戦法は決まった。
竜巻をギリギリまで誘導して躱し、剣で突風をかき消す。
「【ウィータ・エスト・ヴァルド】」
オリジナルの身体強化魔法で動きを強化し、躱した竜巻を剣で破壊した。
「まだだ! 今度は3本!」
3本の竜巻が同時に発生し、あらゆる角度からナタリーを襲う。
「くっ……」
強化した身体で竜巻の射線から逃れる。
しかし、まるで生きているかのように竜巻が動きはじめ、ナタリーを追尾する。
「【イレイス・ウィータ】」
3本の竜巻が集まったところで残り数少ない魔法を放ち破壊する。
「そろそろ弾切れが心配ではないか? 今度は5本だ」
5本の竜巻。
それが乱数軌道を描きながらそれぞれナタリーへ向かう。
まず1本。ナタリーは剣を力づくに振るい破壊。
2本目と3本目はうまく誘導し互いに互いをぶつけさせた。
4本目は一度躱したのち、剣で軌道を曲げる。これでしばらくナタリーへは向かってこないだろう。
5本目。サブウェポンである短剣を投げ破壊する。無力化には成功したが短剣はもうない。
折り返してやってきた4本目。
1本目と同じく力づくで破壊する。
「っ!」
無茶をしすぎたようで右腕に痛みが走る。
いくら肉体強化をしていてもこの竜巻を破壊するのはキツい。
そう油断した瞬間、6本目の竜巻が静かに近づいてきた。
「6本目!?」
想定外。はじめは5本だと思っていたのにまさかもう1本あったとは。
ナタリーは痛みが走る右腕を無理やり動かして剣で弾こうとする。
しかしーー
「残念だったな魔眼の騎士」
首筋に冷たい金属の感触。
ナタリーの背後から投げかけられた言葉には感情がなかった。
目の前にあった6本目が霧散する。
どうやら、フェイクだったようでこれまでの竜巻ほどの威力はないみたいだ。
「殺せ。風の剣士よ。あなたはあなたの正義をつらぬくのだろう」
「言われなくともそうするよ。君の後は愚王ユウヤだ」
「ユウヤ殿……あの方以上にこの国の王にふさわしい人はおりません」
「へぇ、こちらからには彼は愚王にしか見えない。あんな奴についていくなんて魔眼の騎士……君はやっぱり悪だったんだね」
「あんな奴? あなたにはそう見えるのですか」
「それはもちろん。王の血を引いていないばかりかなんだい彼の執政は? 王都に兵を集め自分の身を守ることばかりを考え、石炭や鉄とかいうゴミを大枚叩いて購入する。それが愚王でないと言い切れるのかい君は」
「ふ、ははっ……そんなことですか」
「なにがおかしい」
「あの方のすることには意味があります。王の血を引いていないということもウワサでしたが耳にしたことはあります。けれども、あの方がなそうとしていることは前王以上のことです。私はただの近衛騎士ですから詳しいことはわかりませんが
姫様もソリュダス殿もあの方の目指す道を信じております。私も見えないなりに信じております」
「もういい黙ってくれ」
「悪者の話は聞くもんじゃないな……妄想に浸り幻想を騙る。君は現実が見えていないおろか者だ」
「たとえ幻想でも希望のある未来なら信じるのも悪くはありません。あの方は希望を現実にできるお方ですから。それに……」
「いいよ、ここで終わりにしよう」
首に当てた剣を押し付け、力一杯引く。
ただそれだけでナタリーの生命は潰える。
「あの方は……人を……見捨てない方です」
ナタリーは最後まで言葉をマーキュリーへと告げる。
それは独り言だったのかもしれない。
ただの願望だったのかもしれない。
いずれにせよその言葉は現実となった。
「止まれ、マーキュリー」
背後から力強い声が響いた。
マーキュリーの背後にはユウヤが立っていた。