15
「国王様、本日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
城を囲む城壁の上にはステージができていた。
大きな正門の上は平たく広い。こうしたイベントでよく使われているらしい。
その正門から続く大通りにはたくさんの国民が集っている。彼らはみな、俺が登場するのをいまかいまかとまちわびているのだ。
前王が崩御してから数週間。王不在のまま、国内の雰囲気は最悪だった。
経済は停滞し、夜には酒飲みがそこらじゅうに溢れた。
前王は国民に愛されるほど優秀だったのだ。
その次の王が戴冠し、ようやく国民の前へと出てくるのだ。それを見ない国民はいないといっても過言ではない。
ステージにはすでにこの国を代表する各大臣や俺もまだ会っていない大物貴族が勢揃いだ。
今ならこの国の中枢を全滅できてしまいそうだ。
もちろん警備にはかなり気を遣っている。国民を刺激しないように私服の警備員をいたるところに配置し、鎧をまとった近衛騎士たちが威圧をする。
これで野心を抱く小物はだいたい黙るであろう。もっとも、俺を暗殺しようとしている連中にはまったく意味をなさないが。
俺を暗殺しようとしている奴……そのトップはおそらくこのステージにいる。
大臣の誰かかもしれないし、大貴族かもしれない。
「ユウヤ王様、私も挨拶をよろしいですか」
そう周囲に目を見張らしていると白髪の少女が声をかけてきた。
この人物のことは知っている。セシリア・ウェスト。前王の後ろ盾の一つであった大貴族家の現当主。
雪のように綺麗な白い髪と透き通るような蒼い瞳をもつ少女とウワサ通りの人物だ。
「よろしくな。セシリアさん」
「もう私を知っていただけているとは光栄です」
優雅なお辞儀。白鳥のような彼女に似合うドレスも相まって天使のようだ。もちろん、ティナには及ばないが。
「此度は戴冠おめでとうございます。戴冠式の方出られず申し訳ございませんでした」
「こうして挨拶に来てくれるだけでも十分だよ。忙しいって話は前々から聞いているから」
「ありがとうございます。ユウヤ王様。今後は私の職務にも励みますゆえよろしくお願いいたします」
ウェスト家は代々、城の整備や使用人達の統括などを行なっている家で現当主の彼女もまたそれらの仕事を行なっている。
忙しいのも当然だ。
「ああ、これから城のことでいろいろとお願いするかもしれないからまたよろしくな」
「はい。害虫駆除からなんでもお申し付けくださいませ」
「が、害虫駆除!? それくらいは使用人達に頼むよ」
「ふふ、ただの冗談でございます。最近、我が家では害虫駆除にやっきになっておりまして」
「そういうことか。なら、今度害虫駆除に使えるものでも持っていくよ」
「うふふ、ありがとうございます。でも、もう必要ないかもしれません」
「そうか。まぁ、困ったことがあれば言ってくれ。王だからって気にしないでくれよ。それと多忙なときほどゆっくり休んだ方が良いよ。今度、休暇でもとりなよ」
「はい、わかりました」
セシリアの白い髪と綺麗な蒼い瞳は浮いているが悪い人ではなさそうだ。
「では、私は失礼いたします」
「え……あ、じゃあな」
彼女の去り際、嫌な予感がした。
なんだろう悪寒?
これは誰かに見られている気配か?
もしかしたら、もうマーキュリーのやつがどこかに潜んでいるのかもしれない。
ナタリーにはそれとなく警戒するようには伝えてあるから杞憂かもしれない。
これまで会ったことのなかった貴族たちとの挨拶も終わり、お披露目イベントが始まった。
お披露目イベントという名前のとおり、これはイベントだ。そう、お祭りのようなものだ。
前王がお披露目イベントをするとき、格式張ったツマラナイ式をやるくらいならおまつりにしてやれという一声から決まったことだがみんなまんざらではないようだ。
特に大臣や貴族たちはこの日のために服を新調し、王の前で忠誠をアピールする。
前の時は現国防大臣とソリュダスがタッグを組んで大道芸を披露したらしい。
(今回はやらないらしいが……)
そんな感じでなんでもアリなイベントだ。
俺を中心として偉い順に左右に席が割り振られる。
俺の右隣がティナで左隣がソリュダスだ。
ソリュダスは大臣筆頭の大貴族でティナは王族だからこんな席順。
なお、護衛としてナタリーを含む近衛騎士が2人、俺の背後にいる。
ソリュダスの後ろにも強い騎士がおり、ティナの後ろには騎士の代わりになぜかメイド服姿のメアリーがいた。
あまり信じていなかったが本当にメアリーはティナの護衛だったんだ。
ただの万能メイドじゃなくてウルトラ万能メイドだったわけだ。
ティナの右隣からは貴族たちの席だ。
さきほど挨拶したセシリアがティナの隣に座りその隣から有力な貴族がズラリ。
逆にソリュダスの隣は国防大臣をはじめとする大臣連中の席だ。
その中にはレイナもいる。
よかった。今日は服を着ているうえに薄着じゃない。
いつも半裸か薄着なので今日もそんな格好なのかとヒヤヒヤしたが安心。やっぱり腐っても貴族なんだな。
ニルスは副大臣なのでここに席はない。おそらく、どこかの貴族席に座ってるだろう。
『それでは王都の皆さま、ご覧ください! こちらがアストリア王国の新たな王でございます!』
司会役を務めている綺麗なお姉さんの声が拡声魔法で増強されて響く。
魔法は意外と便利でうちの世界のように映像を撮ることができるらしい。今日も俺の顔を国民に広めるためにカメラっぽい物が設置されている。
仕組みは知らないがめちゃくちゃ高級な物で映すにも撮るにも魔石が大量に必要となるのであまり使われないそうだ。
カメラモドキに灯がともり、俺たちを塞いでいた幕が上がる。
お披露目だ。
幕が完全に上がり、俺の姿が完全に国民の前へとさらされる。
大通りからどよめきの声が聞こえる。
若い。
そういった声も聞こえる。
どうやら新しい王の情報はあまり出回っていなかったようでほとんどの人が驚いていた。
司会のお姉さんもそれなりに驚いているが彼女はプロ、すぐに持ち直して俺へとやってきた。
『お初にお目にかかります国王陛下。失礼と承知いたしておりますが、おことばを賜ってもよろしいでしょうか』
事前の打ち合わせのとおり、俺の演説から始まる。
言いたいことはなにも決めていない。
戴冠式のように堅苦しい場でもないし、軽く挨拶をして終わらせればいい。
『えーと……』
それは俺が拡声器を介して声を上げようとした瞬間だった。
爆発が起きた。
大通りのど真ん中で大きな爆発が起きた。
俺を見にやってきていた国民達はいきなりの事態にパニックとなる。
あるものは悲鳴をあげながら逃げ出し、あるものはその場に蹲った。
はじめは爆発の周囲の人だけだったがすぐに波のように広がった。
集団パニックだ。
それが起こりつつある。
おそらくこの爆発は俺を狙ったものあるいは政治的なテロだろう。
なんとかしなくては。
『全員、止まれ!』
気付いた時には声を上げていた。
偉そうな言葉とか心に染みるような言葉ではなくただの命令。
こんなに混乱している中では通じないと思った。
けど、集団パニックになりつつあった国民たちは俺の言葉を素直にうけいれた。
悲鳴をあげて逃げ惑っていた者もその場に蹲っていた者も俺の声を聞き、俺の方を見ていた。
不思議な感覚だ。
大勢の前で立っているというのに緊張しない。
まるで見えない何かに突き動かされているような感覚だ。
冷静にみると爆発は一度きりで被害は少ない。遠目で見る限り怪我人はいそうだが音と見た目がハデなだけで大した爆発ではない。
みんなそれに気がつき、パニックは収まっていった。
「へぇ、やっぱり素晴らしい」
突風。突然、大通りに風が吹き荒れる。
台風のような突風が走り、モーゼが海を割ったように人々の間に大きな道が出来上がった。
その道を通るのは黒のフードを被った男。マーキュリーだ。俺を狙っていた男である。
「私の仕事ではないけど、もっとハデにしてやろうか」
彼は両手に複数の魔石を持つと勢いよく上空へと投げた。
淡い光を放ちながら魔石が砕ける。
「いけない、高級魔法です!」
「なんだと!」
ナタリーが警告したときにはもう遅かった。
マーキュリーを中心として大きな魔法陣が広がり、風が渦を巻き始めた。
「あれは竜巻か!? く、くそ【全員、早く逃げろ!】」
竜巻ができあがると俺がいるステージの方へと向かって直進を始めた。
「ユウヤ殿。ここは私が食い止めます! ティナ様や他の方々と一緒にお逃げください!」
「し、しかし……」
大通りにはまだたくさんの人がいる。
何人かはすでに竜巻に巻き込まれ、どこかに飛ばされてしまったようだ。
「ユウヤ殿!」
強い口調。これまでにない必死の表情に俺は頷くことしかできなかった。
すでに俺以外の人は逃げ出しているようで入り口には俺を待っているティナとメアリーしかいなかった。
「お兄ちゃん! 早く!」
「ユウヤ様。お早く」
ティナとメアリーの助けもあって俺はステージの上から逃げおおせることに成功した。
しかし、ステージの奥……つまり、城壁の中は予想外の光景が広がっていた。
「え、なんでソリュダスが捕まってるの!」
ティナの叫びでソリュダスを包囲していた黒装束の剣士たちがこちらに気付いた。
彼らに殺気のようなものは感じられない。少なくとも俺以外に対しては。
俺は今日のために持っていた国宝の剣を抜く。
ソリュダスから聞いたのだがこの剣は飾りだ。見た目は綺麗で強そうな剣だが刃がなくきれない。
鈍器としては使えるかもしれないけど、マトモに戦えるシロモノではない。
「ユウヤ様、ティナ様。お下がりください」
俺を押しのけてメアリーが前に出る。
いつのまにか両手には短剣。柄には魔石らしき宝石が埋め込まれている。
「メイド、邪魔をするなら殺すぞ!」
「申し訳ございませんが、ここから先は私を倒してから進んでくださいお客様」
「てめぇ!」
剣士がメアリーへと向かって剣を振るう。メアリーは軽くかわすと短剣で一閃。剣士は倒れた。
「ユウヤ様。そちらに隠し扉がございます。ティナ様とお逃げください!」
「メアリー、メアリーも一緒に!」
「申し訳ございません。私はお客様のおもてなしをせねばなりませんので」
「ティナ、行くぞ!」
「お、お兄ちゃん!?」
グズつくティナを抱えて俺は隠し扉へと逃げ込んだ。
メアリーは強いし、それに……大丈夫だろう。
気になるのは外のマーキュリーだ。
魔法で起こした竜巻の威力は強かった。
犠牲者も確実にでているだろう。
まさか、やつらがこんなに派手に動くとは思わなかった。
そして、国民に犠牲者が出ている。
俺や俺の近辺を狙うだけならともかくなにも関係のない一般人を狙うなんてもう彼らに正義はない。
俺を襲ってきている彼らを逆に捕えるのだ。
そのためには考えるのが大事だ。
まず俺は今日に向けていろいろと準備をした。
だが、彼らは呆気なくコトを起こした。
コトが起きるのは防ぎようはなかったが、まさかど真ん中でテロを起こし、城壁内に侵入までするなんて。
やはり、裏にいるのは大物。
そして、彼らが望んでいるのはティナ。
彼らとはティナを王にしたいと思っている連中である。
本来であればティナが王になるべきなのにならず、ポッと出の俺が王になったんだからな。
反発が表立って起きなかったのはティナ自身が王になりたくないと思っているからである。だから、ティナを支持する者でも穏健派は俺が王になることを許容した。
俺が愚王ならば穏健派も刃を向いていただろうがそうではなかった。
理由はピンとこないが穏健派は俺を認めたのだ。
だから、過激派の連中だけでは戴冠式に暗殺することができずここまで長引いたのだろう。
憶測ではあるがたぶん、正解。
実際、彼らは襲ってきているのだから。
ここまでが分かっているコトの復習だ。
裏の人物が大物であるコト以外は予想できていたので対策をしたが破られた。
それで今回の騒動に至ったわけだ。
じゃあ、これからどうする。
鎮圧されるまで待つコトもできるがそれでは前々からあった膿を出し切ることはできない。
この件はここで終わらせないと後で俺を殺す毒になる。ここで芽を摘んでしまわないといずれ俺はやられてしまう。
「ティナ。よく聞いてくれ。メアリーは大丈夫だ」
「お、お兄ちゃん?」
「メアリーは強いし、あの程度の敵なら勝てる。ここに敵がやってくることはないはずだ」
「な、なにを言ってるの?」
「だから、ティナにはここで待っていてほしいんだ」
「ふぇ……ヤダよ……お兄ちゃんがまたいなくなるなんてヤダよ」
「大丈夫だティナ。ここでグッスリと寝てくれ。昼寝の時間だろ」
「お、お兄ちゃ……ん」
俺の腕の中でティナが眠りについた。目からは小さな涙が零れおちる。
俺はティナのことを全然知らない。
ティナの言う“お兄ちゃん”が本当は誰なのか知らないし、知りたくもない。
俺こそがティナのお兄ちゃんなのだから。
ゆっくりとティナを壁にもたれ掛けさせる。
この騒動を綺麗に終わらせるためには裏にいる大物を釣らなければならない。
俺は隠し通路から外へと出て行った。