13
子供の頃、初めて作ったものが小型の蒸気機関車だった。
親父が買ってきた蒸気機関車製作キットを組み立てて家の中を走らせたのだ。
一言でいうなら感動した。
自分が組み立てたものに火を入れたときはドキドキしてたし、少しづつ走り出していく様をみたときにはワクワクが止まらなかった。
そう、あのときから俺はものづくりが好きになったのだ。
蒸気機関の歴史について調べ。産業革命という言葉を知って、機械とか歴史とかをもっと調べた。
調べたものを自分でも作りたくなっていろいろと試したりもした。
真鍮板を買ってきて蒸気機関を自作してみようとしたり。石炭……コークスを手に入れて鉄を溶かしてみたり。
危ないことはいろいろあったけどとても楽しかったのは覚えている。
だからなのか、この世界にやってきていきなり王様にされたけど産業革命をすることになって少しだけ楽しいと思い始めている。
こればかりはティナによるお兄ちゃん契約の影響ではないと自分でも言い切れるくらいだ。
そもそもお兄ちゃん契約だけなら今頃ティナのようにグータラ国王生活を満喫していたところであろう。
まぁ、それでも産業革命も終わってこの国が安定したら楽隠居するつもりだ。
ものづくりも隠居してからでも十分できるはずだ。
とりあえず今は国王の権限を使って産業革命を推進せねば。
***
執務室。
産業革命とかで忙しい最中ではあるが決済書類への承認など地味な作業をちまちまと片付ける。
国王の仕事は見栄ばかりではなくこうした地味な仕事も多いのだ。
正直ゲンナリしている。
思っていた国王の仕事って、いばり散らして即断即決、どんなときも唯我独尊みたいなものだったからこの地味な事務作業は想定外だ。
もっとも、ティナに聞いたところ国によっては事務作業をほとんどしない王もいるらしい。
この国の王がこんなに事務作業をしているのも前国王の方針だったらしい。
まったく、悪しき風習ってやつだ。
こんな風習はさっさとなくすべきだ。
とまぁ、文句を垂れつつも俺はひたすら仕事を進める。
作業BGMはティナの寝息。
産業大臣となったティナだが実際の作業をメアリーやアダムに押し付けて自分はほとんど寝こけている。
今日も俺が執務室にいることを知るや否や昼寝にやってきた。執務室にある会議用のソファはもはやティナの寝床とかしている。
これはまぁいい。ティナは可愛い妹だからな。クソだろうがなんだろうが可愛い寝顔を崩させるほどのことではない。
問題はその向かい側だ。
ティナが寝ている反対側のソファにはやけに肌色が多い美少女がなにか書類仕事をしている。
彼女のために言っておくが今日の彼女は裸ではない。
肌色は多いけど、白塗り黒塗りが必要な場所にはきちんと布がある……いや、そこにだけにしか布はない。
今日初めてこの執務室へとやってきた彼女は我が物顔で服を脱ぎ、真っ白な下着姿で事務作業を始めたのだ。
「なんで、ここにいるんだレイナ」
ずっと無視していたが流石に我慢の限界だった。
おっと、我慢といっても下心のある意味じゃないので誤解しないでくれ。
「単純。ユウヤに頼まれた作業をやっているだけ」
「それはわかった。じゃあ、なんで下着姿なんだ」
「それも単純。裸の方が作業効率が高い。けれどもここは公共の場。だから、間をとって水着にしたの」
「それ水着だったのか。どうみても下……ゲフンッ……わかったそういうことにしといてやろう」
これ以上、彼女の性癖を詮索するのはやめておこう。
たとえあの下着にクマの刺繍がしてあってもあれは水着なのだ。
それにここに来るまでは服(わりと薄めのワンピース)を着ていたわけだし、ギリギリ問題ない……だといいな。
「ところでユウヤ」
「なんだ」
「あなたの見積もりほんとに甘々」
「グサッ……痛いところついてくんな」
「昨日も言ったけど魔法でどうにかできる箇所もあるし、交易ルート関連への投資については子供の遊びレベルね」
「わるいな。俺は素人なんだよ」
「別にいい。そこを直すのが友達の役目」
「仕事じゃなくて友達なんだ」
「ん。友達」
レイナの感性はよくわからないけど信頼はされているみたいだ。
まぁ、俺もなんだかんだ言いつつレイナに関しては少しづつ心を許しつつあるな。露出魔だけど。
しばらくして、俺の仕事は大体片付いた。
レイナは下着姿でまだなにか作業をしている。
財政大臣だから仕事が多いのだろう。
ティナは相変わらず寝ている。幸せそうな寝顔だ。ちょっと遊んでやろうか。
そう思ってティナのところへ行くとレイナが口を開いた。
「ユウヤ。仕事終わったの?」
「ああ、もうそろそろな」
「少しだけ良い?」
レイナは窓の外に顔を向けた。
執務室にはベランダがあり、日向ぼっこをしながらゆっくりできるスペースがある。
レイナは下着のままベランダへ赴くとイスにペタリと座った。
やっぱりレイナには恥じらいってやつがないらしい。
気にせず俺もレイナの向かい側へ座った。
「気づいてる?」
「何のことだ?」
主語もなくいきなり言われてもなにも言えない。
「じゃあ、言い方を変える。国民へのお披露目は明後日だったよね」
「ああ、そうだな」
国民へのお披露目。
戴冠式はあくまで城の中でのイベントだ。
国民の代表を名乗る連中はやってきても一般国民は参加できない。
つまり、国民に対して新たな王をお披露目する必要があるのだ。
そして、そのイベントが明後日予定されている。
俺がこれまでお忍びで外に出れていたのも国民へのお披露目がまだだったからだ。
俺の顔を知っている人が少ないから最低限の護衛でも大丈夫だったのだ。
「この前の話は聞いたけど、ユウヤは気づかないの?」
いちいち遠回しな言葉ばかり使ってくる。
ここは城の中だから警戒しているのだろう。
俺は適当に相槌をうっておく。
レイナの言いたいことは大体わかってる。
「つまり、明後日までがリミットなんだろ。あいつらにとって」
国民へお披露目されると俺の顔は広まることになる。それはつまり、お披露目するまでであれば俺の顔が変わっても国民に対して言い訳が立つということだ。
俺が王になることを反対している奴らにとって明後日というのは混乱を一番少なくできる最後のチャンスだ。
もしも奴らにそのつもりがあれば明後日までに何かあるはずなのだ。
「わかってるならいい。少なくとも私の耳にも良くないウワサは入ってきている」
「ウワサ?」
良くないウワサが流れているとなれば本当に危ないかもしれない。
「うん。ある有名な騎士が反対派にいるって。私も全容は知らないけど、少し前まで城付近でその騎士の目撃情報があったみたい」
「有名な騎士か。どんな騎士なんだ」
「マーキュリー・オケアノス。元近衛騎士。3年前に貴族殺害の容疑で逃亡して以来行方不明。だけど、目撃情報だけは時々出てた人物」
「近衛騎士ってことは強いのか」
「魔法と剣術のスペシャリスト。特に風の魔法が得意と聞いている」
「ふーむ、少なくともそいつは俺をこころよく思っていないってことか」
「そう。彼はもともと正義感の強い人。殺害した貴族も周りからいろいろと恨まれていた人だったから彼を擁護する人も多い。そんな人だから急に王となったユウヤのことは気になっているはず」
「なるほど。でも、俺は別に悪いことはしてないんだけどな」
「単純。彼にとって悪いことであれば彼は正義の鉄槌を下す」
「……ありがとう」
「別にいい。友達だから」
マーキュリー・オケアノスか。名前だけでも覚えておいた方が良いだろう。もしかしたら、俺の命を狙っているやつかもしれない。
やっぱり国王なんてなるもんじゃないな。
知らないうちに狙われるなんてガラじゃない。
けれど、王都の兵は増強しているし、護衛にナタリーもいる。
そんなに心配しなくてもいいかもな。
対談が終わるとレイナは服を着て家へと帰っていった。もしかしたら、今日は忠告するためにきてくれたのかもしれない。
俺は平和そうな顔をして寝ているティナの下へ行き頰を突っついてみた。
「ムニャムニャ……お兄ちゃん。もう、食べられないよぉ」
夢でもみているのだろうか。
何度突っついてみても起きる気配はなかった。
ティナの頰はプニプニしてて気持ちいい。冷たくてスベスベしているし、この暖かい時期にはうってつけの気持ち良さだ。
もっと頰を堪能したいと思っていたのだが、書類仕事を放っておくわけにもいかないので席へと戻る。
国王の仕事は忙しいけど、高校生だったあの頃よりも充実している気がする。パソコンもなければ漫画もないしスマホもないけど、女っ気が増えたのはグッドだろう。
ティナは何度も言うようだけど美少女だし、メイドのメアリーも綺麗だ。ナタリーも騎士だけど可愛い。レイナに至っては18禁な映像を脳内に納めることができている。
この世界にきてほんとよかったかもな。
そう、悔いはない。
少なくとも女子の裸は見れたのだ。
それだけでもグッジョブだ。
だから。
「隠れてないで出てきたらどうだマーキュリー」
俺は執務室の影に隠れていた彼を呼び出すことにした。
「まさか、気づかれていたとは。さすがは異世界より呼び出されし勇者様ですね」
優しい風が執務室に吹いた。
春の訪れを告げるような穏やかな風。その発生源は彼からだった。
「五分五分ってところだったよ。この世界にきてから第6感がやけにざわつくんだ。とくにこっちを観察するような視線はわかりやすい」
「なるほど、もしかしたらそれがあなたの異能力かもしれませんね」
「異能力? チートみたいなものか? まぁいい。あんた、戴冠式の時にもいただろ。あん時も嫌な視線送ってきてたからな」
「驚きました。あの時は周りの魔法使いに気づかれないようにしていたのですがまさか気づいていたとは……魔眼の騎士もそうですがなかなか素晴らしい」
「御託はいい。用件はアレだろ。俺を殺しにきたんだろ」
さっきのレイナとの話で俺を暗殺したいと思う勢力がいることは確信した。
それがどれほどの規模なのかはわからないが少なくとも目の前にいるマーキュリーなる元騎士はその勢力にいる者だろう。
つまり、こいつは俺を殺しにやってきたのだ。
「ははっ……今日は違いますよ。ただの観察です」
「観察か……なら、安心した。俺はまだ生きられるってことだろ」
「聡明ですね。ええ、今日はお暇いたしますが近いうちにいずれ」
「近いつっても明日か明後日か、はたまた今日の深夜ってこともありうるな」
「素晴らしい……置き土産ではありますがひとつだけ言葉を残しておきましょう。あなたは王にふさわしくない。そう考えるお方は一体誰が王になるべきだと思いますか」
それだけを言い残してマーキュリーは淡い燐光を放って消え失せた。おそらく魔法だ。使い切った魔石が床に散らばっている。
「……」
俺が王にふさわしくないのなら誰が王になるべきか。
その答えは決まっている。
おそらく、敵はあいつを王にしたい人物なのだろう。
マーキュリーはたしかに正義感だ。俺にこんなヒントをくれるなんてな。それにあいつのセリフのお陰で俺を暗殺する日程もある程度目星がついた。
まったく、産業革命で忙しいってのに仕事を増やしてほしくないのにな。
俺は布石を打つためにある者を呼び出した。
ここで殺されることを少しは覚悟したがまだ生きられるというなら足掻いてみせよう。