12
「改めまして国王様。こちらが僕の姉であり財政大臣のレイナ・バーティです」
「よろしくユウヤ」
「姉上! 国王様だから敬称つけてよ!」
レイナ・バーティとの衝撃的な出会いから十数分後。俺たちはおしゃれな貴賓室のテーブルを向かい合っていた。
もちろん、レイナは服を着ている。
青色のリボンがあしらわれた白いワンピースだ。
ティナの格好と比べるとラフだが、着てないよりかは目のやり場はラクだ……といっても、薄着でちょっと肌の色とかが透けてるからちょっと気になる。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、レイナさんの裸見たんだよね……どうだった? やっぱり見た目通りだった?」
耳元でティナがニヤニヤ笑いながらコソコソ言う。ムカつく顔だ。妹で天使のように可愛くなかったら今頃殴ってたところだ。
「これから仕事の話済んだから茶化すなよ」
「ちぇ。じゃあ、後でメアリーと一緒に聞きに行くからね」
メアリーと一緒か。あの腹黒メイドのことだ。俺がレイナの裸を見たとしればいじってくるだろう。
ってか、たぶんそのためにわざとレイナのことを教えてくれなかったのだろう。
「ユウヤ。あなたが相談したいことなんとなくだけどわかるよ」
「姉上!」
「いいよ、ニルス。俺もそのほうが気が楽だよ」
「ですが、国王様。僕と姉上は……」
「ニルス様。ユウヤ殿がそのようで良いとのことですのでそれ以上はお控えください」
「は、はい……」
ナタリーも俺のことがだんだんとわかってきたのかニルスの発言を諌める。
「ぷぷっ……裸を見た間柄だからね」
「ティナは黙っててよ」
「で、レイナ。相談したいことがわかるって何がわかってるんだ」
「単純。石炭を集めて何か大きなことをしようとしている。考えられるのは燃料をたくさん使う事業」
「なるほど、石炭を集めてることは特に隠しているわけじゃないからね」
「それに密かに鉄鉱石も集めている」
「!」
「ニルスも気づいていないみたいだけど、いろんなところからちょくちょく集めてる」
金色の瞳が俺を貫く。天才。たしかに天才だ。
石炭に関しては隠さず堂々と集めているが鉄鉱石に関してはティナ経由でアダムに少しずつ集めるように言ってある。
それもアダムからさらに知り合いの工房に頼んで市場が不思議がらないよう調整しながらだ。
俺もこんなことをやるのに慣れているわけではないがこうもあっさりと見破られるとは思いもよらなかった。
「鉄は紅鉄よりも脆いけど扱いやすい。でも、石炭だと弱い鉄しかできない」
意外と製鉄の知識も持っているようだ。
ここまで理解しているのなら見積もりを頼んでもよさそうだが……。
「ニルス、ナタリー」
「はい」
「いかがいたしましたか」
「席を外してくれないか。3人だけで話したい」
「はっ」
「ぼ、僕もですか」
「ごめんな。ニルスには荷が重い内容なんだ」
見積もりを作るにあたってニルスと協力することを一度は考えていた。
でも、ニルスはまだ能力的に不足している。そう思ったから話せなかったのだ。
そして、この話もまたニルスにはまだ早い。能力もそうだがニルスの性格上、責任を持ちすぎて潰れてしまうからな。
だから、ニルスを外す。ナタリーは武官だからという理由だ。
俺の視線に頷くとニルスはナタリーとともに席を外した。
「人払い。そんなに聞かれたくない話?」
「それもあるが、2人には理解できない話だからだ」
その話を発端に俺はこれから作る反射炉についてと今後どうするかについてレイナへと語った。
まさに産業革命の話をしているのだ。
石炭からコークスを作り、反射炉で鋼鉄を精錬する。
それが当面の目標で産業革命の根幹をなす部分でもある。
この目標を達成するには反射炉を建造し、運営するだけの資金が必要だ。
一時的に資金を得ることは難しくないが継続的にとなるとどうしてもレイナみたいなプロの手が必要なのだ。
「……なんとなくわかった。それで作ったのがこの見積もり」
俺が持ってきた紙を一枚一枚確認しながら呟く。
そこには反射炉建造のための資材と人件費、工数などの見積もりが書かれている。
また、運営資金や売上の予想なども記載している。
「ダメね。この人件費はもっと削減できる。単純な設計だから魔法を使った方が安くなる」
魔法で建造か。
それは盲点だった。
「あと、売上についてだけど。反射炉でできる鋼鉄がここに書かれているとおりのスペックなら、大幅上昇が見込める。国内……主に城からの発注だけでも黒字。国外からも受け付けるなら大黒字ってとこ」
すげぇ。レイナはただの露出狂のヘンタイなんかじゃなかったんだ。
「国外は当分なしだな。鋼鉄を生産できても紅鉄の優位性が崩れるわけじゃないからな」
鉄にも種類がある。
含有する炭素濃度によって強度などが変わるのだ。
紅鉄と呼ばれるこの世界特有の金属はたしかに鉄よりも硬く軽い。しかし、鉄よりも加工は難しく比較的量も少ない。
鉄の種類の中でも最も丈夫でさまざまな資材として扱えるのが鋼鉄である。
炭素含有濃度が約2パーセント。
強度はおそらく紅鉄には及ばないがこの世界で使っている鉄よりもはるかに丈夫。
しかし、この世界の製鉄技術では鋼鉄……ハガネの生産は難しい。というよりもできない。
鋼鉄を作るには高温を保つ必要があるからだ。
ふいごで風を炉に送り込み温度を上昇させる手法でも高温は維持できるが、大量の木炭が必要となるし、時間もかかる。
それを克服するのが反射炉だ。もっと言えば転炉がほしいのだがこの世界の技術で再現できるか怪しいのでとりあえず簡単な方からとする。
反射炉を用いればハガネの生産が可能となる。
燃料にはコークスを使い、鋼鉄を量産する。
それが俺の考える産業革命の第一ゴールである。
他にもやるべきことはたくさんあるがおそらくそれを作れる技師があまりいないだろう。
アダムに腕の良い職人を探してもらっているがまだ俺の希望に叶うような人物は見つかっておらず、そっちの計画はまだまだ先になる予定だ。
「協力してあげてもいい」
「ホントか?」
正直、まだレイナへの評価は定まっていない。能力は申し分ないがやはり、この国の命運をかけたこの計画にふさわしいのか決めあぐねている。
メアリーは人格的にもふさしいとは言ってたけど……。
「条件がひとつだけある」
「条件か。なんだ」
やはりそうきたか。
無欲そうな顔をしているがレイナもまた人間。欲しいモノはいくらでもあるだろう。
さて、予算のスリム化で浮いた金か? それとも地位? 名誉? 女ってのはなさそうだし……男?
「友達になってほしいの」
「ふぇ?」
気が抜けた。
いや、まさかそんなセリフが出てくるとは思わなかった。
「私とユウヤとティナ。友達になってほしい」
「い、いいけどなんでだよ。もっと欲しいものないのか?」
「ない。お金もあるし、地位も持ってる。名誉はいらない。私が欲しいのは友達なの」
ヘンな奴だとは思ってたけど度肝を抜かれた気がする。
「私も友達になってほしいわ! レイナ!」
「うん、友達♪」
いつのまにかティナもレイナの友達発言に賛成。
ティナはいつもお遊びしてるようなもんだからな。
「ユウヤ。ダメ?」
「お兄ちゃん、レイナと友達になってくれる?」
「う“」
上目づかいのダブルコンボ。
ティナは目をウルウルとさせて俺を見上げてくる。確信犯だゼッタイ。
レイナはティナとは違いほんとうに友達になってほしそうな瞳だ。
綺麗な金色の瞳が揺れている。
「わかったよ。友達になればいいんだろ」
「うん、ありがと」
こうしてレイナが協力してくれることになったのだが……母さん俺、女友達なんてはじめてだよ。
それに女の子の裸。生で見れたよ。
今日の収穫は想定以上のものだった。
帰ったらさっそく部屋に隠らなければ。
***
「そういえばレイナ聞いてもいい?」
あらかた話を終えた後、ニルスとナタリーを呼び戻した俺たちは少しだけ談笑していた。
それはティナがレイナを質問攻めしていたときに起きた。
「私は見てないけど、レイナってなんで庭で裸になってたの?」
!!
それは触れてはならない禁忌。
弟のニルスでさえアワアワとしている。
「単純。ティナは生まれた時から服を着ているの?」
「さすがに生まれた時は裸だったわよ」
「そう、人は生まれながらにして裸。だから、裸は原始の姿。私たちの起源。裸であることは悪いことではないの」
「え、あ……うん! そうだね!」
いや、そこ相槌うっちゃあかんだろ。ティナの額には汗が浮かんでいる。
レイナの話はまだ終わっていなかった。
「裸じゃないとダメなの。仕事するときも寝るときも食事のときも。むしろみんななんで服を着ているのか理解できないわ」
「え、あ、うん……そうだね」
「服なんてただの飾り。飾りだから舞踏会とかパーティでは着るけど普段は着る必要もない。わかる」
わかんねぇよ。
とりあえず、レイナが筋入りの裸族であることはわかったな。
「あ、あの……レイナ。今日、お兄ちゃんに裸見られたけど恥ずかしくなかったの?」
ノゥ! マイシスター!
それは一番、聞いてはいけない話題じゃないか。
「恥ずかしい? 本来の私を見るだけだから別に恥ずかしくないわ。それにたまにだけどお城でも裸でうろつくことがあるわ」
「そ、それはやめなさいよ! レイナ、友達からのお願いよ。今後、家の外で服は脱いだらダメよ!」
「え……王都の噴水広場でもダメなの?」
「ダメよ!」
「商店街前の大通りでもダメなの?」
「ダメよ! ってそんなところでも裸で歩いていたの!?」
「うん。だって気持ちいい」
あれ?
やっぱり変質者?
まごうことなき変質者だよね。
っていうか城にある七不思議の一つ素っ裸の美少女ってレイナのことだよね。
やっぱり、レイナに協力してもらうのやめた方がいいのかな。
レイナとティナの会話を聞きながら俺は小さくため息をついたのだった。