9
鉱山の街、ラグルドを出た時にはもうすでに夕方になっていた。
馬車で2時間という近場にあるからと言ってこんなに長居するつもりはなかったのに、工房ではしゃぐティナに連れ回されているうちにいつのまにか時間が経ってしまっていたのだ。
城には夕方くらいには戻ると話をしていたのでかなり遅刻。もしかしたら俺に何かあったと勘違いして兵士を集め始めてるかもしれない。
それを考えるとため息しか出てこれない。
「馬車でよく寝れるな。俺の方が疲れてるはずなのに」
遅れる元凶となったティナは俺の目の前で爆睡している。
はしゃぎすぎたのだろう。
見た目が可愛いので寝顔もとても可愛い。
もしも、契約で妹だと意識を縛り付けていなければいまごろ襲っていたかもしれない。
そう思ってしまうほどの美少女だ。
「にしても、腑に落ちないな」
ため息まじりでそう呟く。
この世界に来て戴冠するまではあまり気にしていなかったがいろいろと気がかりなことが多い。
王都までの道筋。時間を持て余した俺は少しばかり考え事をすることにした。
この世界に来てからゆっくりすることなんてなかったからな。
(まず、俺はなんで召喚されたんだ)
俺を召喚した理由。
ティナは俺を兄にして王にするためだと聞いているし一貫性はある。
しかし、この件はソリュダスにも話をしており、ソリュダスも王が王になることを了承している。
今日の会議で俺のことを試していたようだが、それをやるなら戴冠する前にしておくべきことだろう。
しなかったということは何かしらの裏があるということだ。
裏なんてまったくなく。なんとなく俺を王にした可能性もあるけど、ソリュダスがそんな無謀なことをする人には見えないしボケているようにも見えない。
考えても答えが出るようなものでもないのでとりあえずこの問題は棚上げしておく。
で、次に腑に落ちない点。これはかなり手になっていることだ。
(この世界はなんでこんなに進歩していないんだ)
俺は召喚された。それも弱小国家に。
うちのような弱小国家でも異世界人を召喚できるというならほかの国でもできるはずだ。
そして、俺のように異世界の知識を世界に広めているはずだ。でも、それは現状確認できていない。
もしも、この国にのみ伝わる秘伝の魔法があってこの国以外では広まっていないという話ならまだ納得できるがソリュダスの口ぶりからすると俺の世界に魔法がないことについて知っている風だった。
これにも何か特別な理由があるのだろうか。
もしも特別な理由があるというなら、ソレを知らなければ俺はこの世界から元の世界に戻ることなんてできないであろう。
一部の組織、国家だけが独占しているとか想定はいろいろできるけれど納得のいく答えにはならない。
これもおいおいってところか。
そんな風にいろいろと考え事をしていると急に馬車が止まった。
「ナタリー? なにかあったのか?」
「ユウヤ様。御隠れください。賊です」
「盗賊か?」
「そのようです。約10名。こちらの戦力は私を御しゃを含め2名です」
護衛を減らしたのが裏目に出たようだ。
盗賊に襲われるなんて。いくらナタリーが強くても多勢に無勢。
俺はもちろん戦えないしティナも無理だろう。
「ナタリー、無理はよせ。相手が盗賊なら金目のものを渡せば返してくれる可能性が高い」
「いえ、問題ありません。私はこれでも近衛騎士です。この程度の賊にやられたりはしません……はっ」
俺の返答を聞くや否やナタリーが馬車から飛び上がる。
見事な跳躍力だ。そして、体操の選手よりも綺麗な着地。
ここが日本ならオリンピック選手を目指せるほどだ。
「おいおい、ついてるぜ。今日の獲物は大道芸人みたいだぜ。じゅるり」
盗賊のひとり、一番前にいた男がやけに長いベロで手に持ったナイフを舐める。
やけにキモいなこいつ。多分、これまで彼女とかいなかったタイプだ。
「素人だからといって油断はしません。全力で戦います」
腰から剣を抜く。
柄に青い宝石が埋め込まれた西洋風の剣。ナタリーの武器だ。
「ひゃっはー!! 狩るぜ狩るぜ! 女狩りだ!」
世紀末なセリフを吐きながら盗賊たちは一斉に襲いかかった。
盗賊たちの武装はナイフ、弓、ロングソード、棍棒に槍、鎧や兜をかぶっている。
ごくごく普通の盗賊装備といったところだろう。
だが、数がいるうえに遠距離武器を備えているとなればいよいよナタリーが心配だ。
でもそれは杞憂だった。
先頭にいたナイフ男は駆け出した瞬間、斬られた。
目にも止まらぬ疾さ。
ナタリーの目の前に一閃が走った。
「あ、れ……?」
疑問符を浮かべながら自分が斬られたことに気づかないまま倒れこむナイフ男。
傷は深い。きっと彼はもう立ち上がれないだろう。
「ヒーハー!!」
肩パッドをつけたゴリマッチョな剣士がナタリーを背後から襲う。
完全な死角であるのにもかかわらずナタリーは花を摘むかのように平然と彼の斬撃をかわす。
そして、すかさず彼を斬った。ほんの一瞬で彼の肩パッドは破裂し、赤い花が咲いた。
さらに遠くから狙っていた弓使いの矢がナタリーの頰をかすめる。
あと少しずれていたらナタリーの顔に直撃していたであろう。
弓使いとナタリーの距離はそれなりに離れている。
近距離武器と遠距離武器では明らかに遠距離武器が有利だ。
それに敵はまだまだいる。遠距離武器を構えた敵を守るように立ちはだかっている。
当たらなかったとはいえ、夜の暗闇の中で仲間の合間を縫うように射った弓使いは相当の腕の持ち主であろう。
それを悟ったのかナタリーは襲いかかる盗賊どもを適当にあしらうと真っ先に弓使いの下へと向かった。
速い。ウサインボルトも真っ青な速さだ。
弓使いとの距離が瞬時につめられた。武術をやっていない俺からすると魔法を使ったかのような速さである。
一気に詰め寄ったナタリーはそのまま斬撃を一斬放った。
銀色の刃が弓使いへと吸い込まれると夜の黒へ鮮血が飛び散る。
適当にあしらわれた盗賊たちは少しでもナタリーを止めようとナタリーの背中へ攻撃を企てる。
ナイフで剣で棍棒で。複数の攻撃が一斉にナタリーを襲う。
【イレイス・ウィータ】
ふいにナタリーが言葉を放った。
戦闘中は無言を貫いていた彼女がはじめて紡いだその言葉は聞きなれないものだった。
その声に応じるように青い宝石が光る。
剣に描かれた幾何学模様が青い光を放ち、彼女の周囲にも同じ色の光が現れる。
「うえっ! 魔剣だ!」
ナタリーの剣の異変に気づいた盗賊が手を止めようとしたがすでに時は遅し。
瞬きをした次の瞬間、盗賊たちは倒れていった。
「なんだ、今の?」
不思議な青い光。
ナタリーは剣を振るわずにあの数の盗賊を倒した。
目にも見えない速さなら納得はできるが、速いのではなく動いてすらもいないように見える。
「あれは魔法でございます」
「うおっ!? なんでメアリーがここに! 城で待っていたはず」
「私はティナ様の護衛です。座席の裏に隠れることなど朝飯前です」
「ずっと、下にいたのか……」
この万能メイドは馬車の座席の裏で俺たちを密かに護衛していたようだ。こわやこわや。
「ってどうでもいい。あれが魔法なのか?」
この世界に来て初めて魔法を見た気がする。
青い光に幾何学模様。ナタリーの呪文。なるほど、たしかに魔法と言われれば魔法だな。
「はい、ナタリー様の剣に埋め込まれている青い宝石は魔石です。それも貴重な壊れない蒼魔石でございます」
「壊れない魔石ってあれか、魔力エネルギーを使い切った後でも時間さえおけばまた使えるようになるやつだろ」
まさかこんなすぐ側に高級な魔石を持ったやつがいるとはな。
普通の使い捨ての魔石なら何度か目にしているけど、やっぱり見た目だけだと違いがわからんってか宝石とも見分けがつかない。
「まだ、やりますか?」
残りの盗賊どもへ向けてナタリーがその切っ先を突きつける。
圧倒的なまでの力の差。俺もビビりそうだ。
「ひ、ひぃいい!」
案の定、残りの盗賊たちは武器をその場に放り投げて逃げていった。
「ユウヤ様、終わりました」
肩の力を抜いて剣を収めるナタリー。城の連中からの口うるさい護衛をつけろという発言がナタリーを護衛にした途端に引き下がったのもこの強さのおかげなのかもしれない。
「強いな。ナタリーはうちの国でどれくらい強いんだ?」
「間違いなく10本指に入るかと思います丸」
「なるほどな。近衛騎士って名目もダテじゃないってことか」
「ええ、極度の方向音痴ではございますが戦地へたどり着きさえすれば百戦錬磨でございます」
ナタリーの方向音痴はちょっとした城内の名物だ。城七不思議の一つに道を覚えられない近衛騎士がいるって話があるくらいだからな。
ちなみに他の七不思議には謎の異世界生命体“ピクトさん”で溢れた廊下の存在や神出鬼没のメイドさんなどがある。その二つに心当たりはあるのでなんとも言えないが残りの4つは眉唾ものばかりだ。
目が動く貴賓室の肖像画に素っ裸で歩く美少女とか誰も知らない秘密の部屋に逆立ちで歩くマッチョとか。
話を戻そう。
とにかくナタリーは強いのだ。それだけがわかれば今回の襲撃にも付加価値が加わるものさ。
「賊も追い払いましたし城へ急ぎましょう」
「ああ、そうだな……にしてもティナのやつ、この騒動でも爆睡なんて信じられん。ごていねいにヨダレまで垂らしやがって」
「相当お疲れなのでしょう。数年ぶりの外ですから」
「数年ぶりの外? 監禁でもされていたのか」
「……いえ、単純にひきこもりだっただけです」
「ただのクソニートじゃねぇか」
***
「ユウヤ様。ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
あと少しで城だというところでメアリーが珍しく自分から口を開いた。
「ユウヤ様は元の国では何をやられていたのでしょうか? これまでの発言などを考えますと国でも要職についていたのではないでしょうか」
「いや、ただの学生だよ。それも工業高校っていういわゆる作業員の養成学校だよ」
「学生ですか。工業高校というものはよくわかりませんが。ユウヤ様は前王と比べ明らかに上手です。それこそ類い稀なる王の素質を持っているのではないかと思います」
「王の素質なんて大層なもんは持ってねぇよ。俺は向こうでは普通、平均、特徴がない学生だったよ」
俺は特別なんかじゃない。
ものづくりとか発明とかが好きなだけの高校生だ。
「そうですか。では、もう一つよろしいですか」
「なんだよ」
「ユウヤ様は元の世界に帰りたいのですか」
元の世界に帰りたいか。
そう聞かれれば俺は帰りたいと思う。
ティナによるお兄ちゃん契約がなければ王様なんてやってないだろうし、帰り方をさがしていたであろう。
「帰りたいかな。やっぱり、生まれ故郷だからねあそこは」
俺の答えに満足したのかメアリーはそれ以上言葉を続けることはなかった。