その瞬間
時代が新元号に変わるまであと僅か、そんな歴史的な瞬間を皆と祝おうと、街は若者で賑わい溢れていた。
若者達は名前も知らぬ相手とハイタッチをし、他愛ない話に花を咲かせた。
そんな中、一人の青年がいた。青年は突然、近くを行く女性の胸を触り、店の看板を蹴り飛ばし、駐車してある車の上に乗り騒いだ。
青年をそんな行動に駆り立てたのは、若さであり、酒の力であり、何より目立ちたいという欲求願望であった。いずれにしても誉められた事ではない。
そうこうするうちに、時間は元号の変わる新時代を迎え、周りは「おめでとう」と祝い、盛り上がりは最高潮に達していた。
青年はふと気が付くと、自身が、上も下も、右も左の概念も何もない、ただ白い色だけが無限に広がる空間にいる事を知った。
一体何故、自分はこんな場所にいるのか…。確か、さっきまでは酒を飲んで騒ぎ、街の中にいたはずだが…。酔っているのだろうか…。しかし、それにしてはハッキリとし過ぎている。
自分の身に何が起こったのかを理解出来ないでいる青年でも、何故か一つだけ漠然とした確信があった。それは時代が変わった瞬間、抗う事の出来ない絶対的な力が、自分をこの何もない空間に放逐した、という事だった。
それから青年は、助けも来ない、白が支配するつまらない空間を一人漂い続け、数日後に息絶えた。
新時代の到来を祝っているカップルがいる。彼女が彼氏に聞いた。
「ねえ、さっきこの近くで、一人でお店の看板を蹴ったりして暴れている若い男の人がいなかったかしら」
彼氏は意に介さず答えた。
「さあ、そんな奴いたかな。もしそんな迷惑な奴がいたら、新時代には来てもらいたくないものだね」