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与えられた家臣は梟雄でした  作者: 梅を愛でる人
領内平定
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8

 松永(まつなが)弾正少弼(だんじょうしょうひつ)久秀(ひさひで)ーー。


 戦国三大梟雄(きょうゆう)と呼ばれる者の一人である。


 畿内の大名、三好長慶(ながよし)に右筆として仕えると、たちまち異能を発揮して重用され、大和国を任されるまでになる。

 長慶の死後、その権勢は主家である三好家をも牛耳らんとするほどになると、その矛先を幕府に向け、足利義輝(十三代将軍)を亡き者にした。


 そして、後の三好三人衆との争いでは、彼等が陣を構えた東大寺へと奇襲をかけ、大仏殿を焼き払った。


 やがて信長が上洛するや、たちまちに恭順するのだが、結局は二度の裏切りをする。

 余程に有能だったのか、一度目の久秀の裏切りは許された。

 二度目は信長が降伏を呼びかける際に茶器を要求したが、久秀はこれを良しとせず最後を迎えている。


 そしてギリワン(義理(ワン))とは、歴史ゲームにおいて松永久秀の義理が最低値であり、隙あらば裏切りを繰り返す挙動からきた異名である。

 ちなみにもう一つ、久秀は、信長の要求した平蜘蛛釜(ひらぐもがま)の茶器を叩き割って自刃したのだが、この凄まじい人物像から、茶器に火薬を詰めて爆死したと創作され、爆弾正(ばくだんじょう)という異名もある。






(忠誠MAXって、義理1なんですけど…)


 遠く伏す弾正を茫然と見つめることしか出来ない。心中の動揺を隠し、豊は精いっぱいの勇気を振り絞って声を上げる。


「あのー、弾正さん。顔を上げてもっとこっちでお話ししましょう」


 声は届いたようなのだが、弾正は顔を薄く上げただけで、近づく様子もなく、その場でもぞもぞと総髪が動くだけである。


「参ったな…」


(すわ、わしとしたことが、伊勢流の殿中作法など介せぬ御仁であったわい)


 呟きを捉えた久秀は、のしのしと豊の前まで進み、蔦紋(つたもん)肩衣(かたぎぬ)をひるがえしてドッカと座った。

 目前で見る弾正の引き締まった顔は、あご髭さえも整えられ、鼻筋の通ったその容姿は充分に美形といっていいものであった。

 ただ、猛禽の如くに炯々(けいけい)たる眼光が豊を怯えさせるには充分な光を放っていた。


「名前で呼ぶのは失礼ですよね。えーっと官職名で弾正さんと呼べばいいですかね? それと、改まった感じは苦手なんで…、そう!朋輩のように話してもらえれば気楽です」


 鋭い視線から逃げるように、豊は尋ねた。


「あるじがそう望むなら、話しぶりはそうのようにさせてもらおう。しかし、朋輩ではないのじゃから、久秀とお呼び下さってもいっこう構いませんぞ」


「いや、やっぱり弾正さんとお呼びします。それで弾正さんも影みたな奴に会いましたか?」


 問いながら、所在なげに転がっている抜き身の太刀をそそくさと片付ける。

 それを、眉をひそめながら眺め、久秀は思い出すように答えた。


「ふむ。あの魍魎(もうりょう)の如き者が、冥府よりわしを呼び戻したといっておったな。あるじに選ばれたとかなんとか…」


 黒き悪魔を思い出して、寝ぼけ眼だった豊の目がにわかに険しさを増した。

 その様子に、少し訝しんだ弾正だったが言葉を続ける。


「そうじゃな、しきりに戦えと囃しておったな。しかし、こうして来てみれば南蛮坊主の国らしき様子。

 この世では勝手が違うようじゃから、わしが如何程の役に立つかわからんが……」


 そこまで話すと、ハッと気づいた様子で首を捻った。


「ところで、あるじの御名は何と申すのかのう」


「あっ! 山名、山名豊といいます」


 久秀は感心したように鷹揚に頷いた。


「ほう! 清和源氏、新田の流れじゃな。あるじはなかなか名家のようじゃ」


 ブンブンと首をふって豊が否定していると、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。


「おっと、弾正さん、晩ごはんみたいです。食事に誘われてるんで行きましょう」


 そう言葉を受けて、同じように立ち上がった弾正だがぴたりと動きを止めた。そして、苦しげな顔で豊をまじまじと見つめる。


「あるじ、その珍妙な格好は何とかならんか?」


「ああ、そういえば弾正さんだけ、何で(かみしも)なんでしょうね。とりあえず待たせるも悪いので、今日はこれで」


 空腹を感じた豊が、軽く流して玄関に向かおうとすると、弾正がその肩を掴んで止める。


「あるじ、どこへ行くのか知らんが、得物もなしでは不用心じゃろう。わしもそうじゃが、刀でも手槍でも下げねばなるまいて」


 満面の笑みで福岡一文字を手にすると、豊は奥へと駆けて手招きする。小部屋まで案内するとご機嫌なようすで胸を張りビシリと指差した。


「ほら、弾正さん、あの刀箱のなかは名刀がいっぱいですよ」


  笑顔の豊に刀箱まで背中を押されて蓋を開ければ、なるほど刀がびっしりと詰まっている。

 ごそごそと何振りもの刀を手にとったが、やがて、弾正は一振りの刀に目を見開いて感嘆の声を上げた。


「ほう! これはなかなか」


 覗きこんだ豊によれば、刀匠は長曽祢興里(ながそねおきさと)


「弾正さんより少し後の時代の人で、この人の号から、通称は虎徹(こてつ)と呼ばれています」


 よし!と、ひと声あげると豊に虎徹を握らせ、福岡一文字を取り上げた。豊が猛烈に顔をしかめ抗議すると、


「この太刀はあるじには、いささか長過ぎるわい。わしが持っとこう」


 頭一つ分は高そうな弾正を、豊は不機嫌そうに暫く見上げていたが、拗ねた様子でくるりと背を向け、足早に玄関へと向かった。

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