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もうひとりの日本人、和服の少女がおずおずと口を開いた。
「秦泉寺香です。大学生でしたが、神様にこの地で生き返らせてもらいました」
黒髪が肩にかかり、長いまつ毛と大きな黒目が特徴的な童顔の女性である。
高校生くらいだと目ぶみしていた豊は会釈を返し、香の左右に屹立する従者に目を向けた。
香の左には、苦み走った痩躯の男。髭を神経質に整え、華美な和服を着崩して鋭い眼光を放っている。
右の男は、二十代の美丈夫といえる青年で、向こう気が強そうな様子で胸を張っていた。
「戦国武将ですか?」
豊の問いに、香はぱあっと明るく顔を綻ばせ言う。
「第六天魔王信長と、真田幸村です」
「何じゃと?!」
思わず弾正が怒気を発したが、豊は目を剥いて驚いてる。光輝も有名人の名に目を見張り、感嘆の声をあげた。
「信長とかマジかよ。はー、そういのもありか」
「ちょっといいかな。第六天魔王とか、幸村ってどういうこと?」
豊は転送された直後から、武将然としたふたりには気付いていた。そして彼らの容姿から、ある程度の目星もつけていたのだが、驚愕したのは名前である。どうにも嫌な予感を伴い尋ねた。
「質問の意味がわからないのですが」
訝しむ香に、豊も眉をひそめて問いを重ねた。
「織田信長と、真田信繁ってことなのか尋ねたんだけど。どうして、ふたりにそんな名前を?」
豊は尋ねながらも、アニメやソシャゲをもとにして呼び出したのだろうと予測はしている。
問題は彼らの能力だ。ゲームのように人間離れした力を持っていれば対処できない。
香は不快そうに頰を膨らませ、豊を睨んだ。
「信長は信長だし、幸村は幸村ですけど。あなたの方のお連れは誰です?」
「松永弾正少弼、宇喜多和泉守のふたりだよ」
「そう………SRキャラ」
香が小さく呟いた声は届かなかったが、僅かに上がった口角が内面を表していた。
薄笑いを浮かべる香に含むものを感じ、豊の左右からはぴりぴりとした殺気が放たれる。
豊は肘ついた両手で口を覆い、弾正と直家だけに聞こえるように囁いた。
「あそこに立つ男は、ふたりの知る右府とは違う。狡猾な知恵も無ければ、狂人じみた言動もしないだろう。隣の真田安房守の息子もそうだ。巧みな籠城戦や策士ぶりを警戒する必要はない」
豊の落ち着き払った声が、弾正と直家に平静を取り戻させた。
「あれの見た目が違おうと、記憶が欠けていようと、わしらと同じなのであろう?」
「いや、そうじゃないんだ。なんていうか、猿楽能や狂言から呼び出しと思えばいい。別人だと思って間違いない」
様々な例をあげて弾正に説明していると、他の領主は豊から興味を移したようで、それぞれに質疑を交わしていた。
しかし、エルルーンたち9領の三人は、そこだけ温度が低いかのように豊を注視したままである。
「8領のご領主にお尋ねします。いつになったら9領から出て行ってくれるのですか? はっきり言って、あなたの干渉は迷惑なのです」
青い皮膚でありながらも、エルルーンほどの美少女が目を潤ませて悲痛な声をあげると、他の領主からも豊に向かい一斉に非難じみた視線が集まった。
「エルルーンさん、貴女の命が危ういという噂はご存知ですか? 9領の誰もが心配していますよ」
「くだらん流言に過ぎん。8領が軍を退けば、それで領内は治まるのだ」
豊が打ち合わせ通りに答えると、戸惑うエルルーンに代わり、隣に座る男がすかさず声を荒げた。
すると、豊の方でも直家が代わりに声をあげる。
「エルルーンさま、お初にお目にかかります。9領にて軍を率いる宇喜多和泉守にございます」
凛とした声が響くと、皆が沈黙して直家へと視線を注いだ。直家は微笑して、その視線を柔らかく受けとめる。
「宰補レッテリオが貴女さまを弑すると、9領では子供すら知る噂にございます。三将軍を討てば誰はばかることなく、エルルーンさまを亡き者にするであろうと」
「き、貴様!!」
怒声を放って立ち上がる男に、弾正が肩を震わせて言う。
「くっくっく。お前がレッテリオか。くだらん流言と申しておっただろう? その本人が顔を真っ赤にすることもあるまい」
レッテリオは激昂して体を震わし、エルルーンは涙目で狼狽えた。エルルーンの哀れみを誘う姿に、光輝が豊を厳しく見据える。
「あのさあ、彼女が出て行けって言ってるんだから、おじさんは軍を領地に戻しなよ。見なよ、彼女を。何とも思わないの?」
「おれたちは9領のことを調べて介入してる。今は牽制してるから動きがないけど、軍を戻せば彼女は死ぬかもしれない。そこの野心家の男が9領を掌握する為、彼女を始末するだろうからね。君がどこまで分かって意見してるのか知らないけど」
豊が真剣に答えると、光輝は面白くなさそうに睨みつけたが続く言葉はなかった。
続いて口を開いたのはエルルーンで、声を震わせて訴えた。
「私の心配などどうでもいいです。これは私たち9領で考える問題で、あなたの軍事行為は平和を脅かすものです。どんな理由であろうと、他領に侵攻するなど許されません」
光輝は痛ましそうにエルルーンを見やり、メイソンや香も同情を寄せた。自然と豊には批判的な目が集中し、これ以上の無法を許さないといった空気が場を支配した。




