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長く伸びる雲が朱色に染まり、それぞれの陣で炊煙があがり始めた。
各陣を見廻るように使番が走り、夕餉の用意で慌ただしいモデストの陣にも黒母衣が靡いた。
「城門付近に?」
「敵味方を問わず、動きがあれば全軍にて矢を集中させます。それと、この陣は篝火の数が少ないようにお見受けします。用意がなければ、ヤマナ軍より持って来させますが?」
「いや、篝火は我らの手で増やそう。それより、夜戦にて城門を攻めるなと? 敵が打って出ても付け入ることも出来んが?」
「我が軍では無理攻めせず、持久の構えをもって対峙するよう決しております」
モデストはぎょろりとした目を向け、底冷えするような声を放った。
「わしらはヤマナ軍の命に従う謂れはない。それを承知で我らの背を射るのだな?」
「ご不満ならご随意になされませ。仰るように命じることは出来ません。ただ、我が軍に協力を願うのみですので」
使番の男はモデストの剣幕に顔を顰め、一瞥をくれて去って行った。
モデストは荒々しく兜を脱ぎ、がりがりと頭を掻き毟ると、怒鳴り散らしたくなる自分を懸命に抑えた。
(夜襲するレッテリオは、変事を感じてすぐに軍を返すであろうか? それとも、我らが入場できるよう槍を合わせるまで進むであろうか? 何にせよ、事を成せば被害は甚大であろう。それよりも、傍観してレッテリオの不信を生むことは避けねばならん)
城壁の上の守備兵が眼下の軍勢が闇に溶けるのを遠目にする頃、彼らの背後では、城内の精鋭を集めて出撃の準備を整えていた。
「宰補殿、他にも同文の物が何通か……」
レッテリオに手渡たされたのは、いくつもの折り目がついた一枚の書状であった。
矢に巻きつけて撃ち込まれたそれには、"中止せよ、備えあり"と、短い文が記されている。
「どう思う? 三将軍からだと思うか?」
「間違いないかと。8領の軍からすれば、城を出た我々を押し包む好機であり、三将軍の軍に紛れて乗り込む好機でもあります」
「それもそうだな。しかし、これを信じるなら、予定通りに夜襲するわけにはいかんな。まあいい、機会はいくらでもあるだろう」
レッテリオが若干の不満を含んだ声で言うと、同意する集う将官たちにも悲壮感はなかった。
城には食料も充分あるし、豊富な地下水を汲み上げる井戸を複数備え、水の手も問題ない。
城に寄せられ窮地にあるとはいえ、敵は本拠を8領とする遠征軍だ。防戦に努めて敵の疲弊を待てばいいし、9領の民も決起するだろう。
集う将官たちは決死の覚悟を霧散させ、出撃予定だった部隊に解散を命じた。
静かな夜であったが、直家は狼狽して床几から立ち上がった。
「しかし、今は屋敷にお戻りあって一命を取り留め、宝玉にて回復されました。ウキタさまの要請にも早急に対応するとのお言葉でした」
「そうか………ご無事か」
小さく呟いて座り直すと、メロウズに向ける顔にはいつも通りの微笑があった。
だが、俄かに直家から笑みが消え、凍えるような眼差しが向けられた。
「もし、私が独り立ちして、殿に叛旗をひるがえしたらどうする?」
メロウズは息を呑み、直家に気付かれないよう辺りの気配を察した。兵を配している様子がないのを確認し、苦しげに直家を見据える。
「個人としてはお味方したく思いますが、我が一族はヤマナさまにお仕えする身。ただちに飛び去り、今後、お会いすることは叶わぬでしょう」
「それならばよい。そんなお主なれば尋ねよう」
直家は僅かに微笑んだが、その眼差しは尋常ではない。メロウズの緊張は高まり、直家を凝視しながら言葉を待った。
「お主のことだ、7領との戦にも興味を持ち、詳細に知っておろう。そのお主からみて歪なところはなかったか?」
「どういう意味でしょう?」
「殿は窮地に陥いるべくして奸計に嵌ったのではないか? つまりだ、弾正殿が死地に送り込んだのではないかと尋ねておるのだ」
メロウズは理解すると同時に戦慄した。
これは容易ならざる質問である。
答えを間違えれば、どのような事態を引き起こすか想像も出来ない。
背中に流れる汗を感じながら、言葉を探した。
「私は、ダンジョー殿の忠誠を疑っておりません。河川と森からの挟撃は、ヤマナさまの策にございます。別働隊に加わることもヤマナさまの希望とのこと。ダンジョーさまは、屋敷で留守居するよう諫言したそうです」
メロウズの言ったことを吟味するような視線は、心の奥底まで射抜くように鋭い。
呼吸することを忘れ、激しい重圧にメロウズは身を固くした。
「ふむ。つまらぬことを訊いてすまなかった。しかしながら、これより、そうした含みを持って殿の様子を知らせてくれ」
直家の眼差しと低めた声に、メロウズは頷くしかなかった。ようやく落ち着きを取り戻すと、メロウズは失念していたことを告げた。
「ヤマナさまから、領主会議が八日後に迫ったが参加の有無をお尋ねでした。9領攻略に心を砕いているだろうから、無理に戻らなくても大丈夫とのこと。安全は保障され、顔合わせのみであるから安心して欲しいと」
「ふふ。死ぬような目に遭ったと聞かされ、安心もあるまい。殿には当日までに戻ると伝えてくれ。いや、少し待ってくれ、書をしたためる」
直家が文箱を求め背を向けると、メロウズは安堵の息を吐き、少なくない疲労を感じていた。




