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直家は重々しく頷いて、その目に憐憫の色を見せた。
「レッテリオの手中にあるは痛ましい限りでありますが、よもや手に掛けることはありますまい」
「仰る通りです。追い詰められた宰補にとって、最後に縋る相手でしょうから。もし、エルルーンさまが御隠れになれば、この9領の民衆全てが怒りの剣を向けるでしょう」
エルルーンの命を奪うような者がいれば、蜂起する民衆も含めて相手になると、サバスの強い目は直家を捉えて離さない。
穏やかに見つめ返す直家からは考えが読めず、サバスは、お願いがあると前置きして口を開いた。
「これ以上、ウキタ殿の手を煩わすのは忍びなく、宰補に講和の使者を出して、諍いを治めようと思っております。ご賛同いただけますか?」
「誠に良きなさりよう。今ならばレッテリオも降伏するにやぶさかでないでしょう。城を攻め、兵の命をいたずらに散らすこともありますまい」
サバスは小さく安堵の息を吐いたが、この男から、エルルーンさまに害意はないと言質を取らなくてはならない。
そんな思惑を秘めていると、微笑んだ直家が感情の色のない目を向ける。
「降伏の条件や、その後の領内のあり方は御考えですか?」
「無論です。レッテリオには宰補を辞してもらい、縁者にも官職を退くか、地方での職務に就いてもらいます。そして、補佐官を数名付け、エルルーンさまに御親政いただきます」
「私としては乱が治ればよろしい。しかし、レッテリオの首は必要だ。主立った将官の首も貰い受けたい」
サバスは考えを巡らせたが、よい結果となる道筋が見えない。困惑気味に内心の疑問を口にした。
「レッテリオも死罪となれば、必死に抵抗するのではないでしょうか? 将官たちも揃ってとなれば、決して降伏しないでしょう。ウキタ殿は講和することに反対ですか?」
「左様なことはございません。調停に乗り出した殿は、乱の首謀者を許しません。命じられた私は、手ぶらで殿へ伺候するわけにはいかないのです」
「お立場はわかりましたが、それではレッテリオを降伏させるのは難しい」
露骨に嫌そうな顔を向けるサバスだが、直家は不思議そうに首を捻った。
「はて、左様でしょうか? 私の調べでは退却の途中で多数の兵が逃散し、レッテリオに往時の力はありません。城攻めとなれば、徴兵された者たちが故郷を目指し、更に城より兵が逃亡するでしょう。彼我の勢いを見れば、奴も終わりを察することが出来ましょう」
どれほど劣勢となろうが、レッテリオが必死に防戦することに変わりないだろう、心の内で、サバスがうんざりしたように毒づくが、直家は気にした様子もなく言葉を続ける。
「したがって、抗おうが従おうが、レッテリオは死なねばならない。奴とて、兵の命が助かるとあらば、乱の責任を取り、潔く命を差し出すでありましょう」
直家は微笑みを浮かべ、確信に満ちたように頷いてみせた。真意を窺おうとするサバスは、激しく混乱してしまった。
いったい誰が、兵士の身代わりに命を差し出すというのか。しかし、からかっている風でもなく、直家は至って真面目な様子だ。
正気を疑ったサバスだが、直家の端正な顔には奇妙な自信が見える。
「ともかく、講和のこと、エルルーンさまの身命を御救いすること、同意下さいますか? 講和の条件については、ウキタ殿のお立場も考慮して進めたいと思います」
「異存はございません。私どもからも同行させましょうか?」
進捗が滞るまでは任せて欲しい、と必死に説得するつもりであったが、直家はあっさり引き下がった。
残る二将に何と説明したものか、使者は誰がなるか、サバスは脳裏でまとめながら、直家のもとを辞した。
レッテリオが対話の求めに応じ、使者を案内させた一室は会議室であった。
長いテーブルの奥にレッテリオが座り、少し離れてモデストとサバスが左右に座らされた。
政策や軍議で何度も使用し、ふたりにも馴染みのある広い部屋であるが、今日はびっしりと武装した兵士が並び立っている。
「随分な歓迎だな。わしもサバスも寸鉄も帯びておらんというのに。これ程まで小心だとは思わなかったぞ」
「つまらん挑発はよせ。貴様らは8領を呼び込み、領内を蝕んだ下衆どもだ。それなりの持て成しをせねばなるまい」
眉間のしわと吊り上がるまなじりが、レッテリオの憤怒を物語っていた。モデストは白い髭を震わせ、笑みを含んだ声をあげる。
「思ったより元気そうだな。尻尾を巻いて逃げ出したのに、気位だけは高いままとは呆れるわい」
「レッテリオ殿、私たちが来たのは話し合いの為です。私たちは城外での布陣を終え、この城を攻める用意があります。もし、交渉が決裂すれば兵に号令するしかありません」
くだらない舌戦の末に開戦となるのを危惧して、たしなめるようにサバスが言った。
敵軍の動きはレッテリオも承知していて、苦り切った顔で胸を反らした。
「それで、何を話し合うというのだ。お前らの腹など読めている。8領の軍を後ろ盾に、俺を表舞台から引き摺り下ろし、お前らが領政を牛耳るというのだろう」
鼻を鳴らすレッテリオだが、サバスの顔は強い緊張で固まっている。訝しんで視線を転じれば、腕組みして目を閉じるモデストの姿が、何か不吉な気配を漂わせていた。




