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篝火の照らされた敵営では、火縄銃の轟音が響いていた。
豊は自分の体力に絶望し、篝火を恨めしそうに遠目にすると、喘ぎながら声をあげた。
「おれはロルフ隊と行く。この隊は早々にハウザー隊に合流するんだ」
兵士たちは、豊をひとり置いていくことに躊躇したが、背後のロルフ隊の気配を感じ、応と強く声をあげて迷いを振り切るように駆けて行った。
敵営は三百五十もの敵兵がひしめき、檄の声に応えて、多数の兵が忙しなく矢を放っていた。
街道へと意識が向いたその敵軍の真横に、突如として二十丁の火縄銃が火を噴いた。
凄まじい轟音とバタバタと倒れる味方に、ギョッとしたように敵兵は固まったが、
「たったそれだけの敵に何をしとる! さっさと踏み潰せ」
上官の声に意識を取り戻すと、思い思いに叫びながら剣を煌めかせて殺到した。
しかし、僅か二十名には動揺もなく、悪鬼のような笑みを浮かべて金棒を手にした。
「距離を詰めれば弓は使えぬ。踏み込むぞ」
恐るべき剛力でぶんっと唸る金棒が、敵兵を薙ぎ倒し吹き飛ばしてゆく。振り上げる剣と一合も打ち合うことなく、ひと振りの金棒が数人の敵兵を砕いていった。
「グオオオーーー!!」
凄まじいオーガの咆哮が轟き、本能的な恐怖に敵兵は顔色を失くした。
オーガたちが猛威を奮う反対側では、ゴツゴツとした鱗に雫をしたたらせ、リザードマンたちが河から姿を現した。
「我らも遅れるな」
金色の瞳に縦長の虹彩がギョロリと見やる。
気付いた敵兵が慌てて声をあげ始めたが、それを無視するようにリザードマンの隊列が揃ってゆく。
グガアッと吼えるのに応えて、連なる火縄銃が怒声も喚きも掻き消して大気を震わせた。
かろうじて盾で弾いた者以外は、崩れ落ちて地面に赤い染みを作った。
「怯むなっ! 魔物どもを河に叩き返せ」
必死の叫びにも、剣を持って進む兵の足は鈍く、先頭を譲り合うかのようであった。
なけなしの勇気をあざ笑うかのように、後列のリザードマンが立ち撃つと、再びの轟音と倒れる仲間に恐怖して後ずさった。並ぶ筒先に蒼白となり、進んで挑もうという者は誰もいなかった。
弾正は煩わしそうに籠手を翳し、途切れぬ矢の雨を盗み見ていたが、遠く火縄銃の轟きが響き渡ると、途端にその勢いが弱まった。
「あるじも、鬼も蜥蜴も突っ込んだぞ! 遅れをとるな! 行けえい!」
ビリビリと兵を震わせるような怒声に、森を飛びして全力で駆ける。
ドシュ!ドシュドシュ!っという音が聞こえるのと、ガガァーンと金属音が重なるのと同時であった。
三体のミノタウルスのが吹き飛び、その巨体が続く兵を巻きこんで転がった。
多数の兵が、弾け飛ぶ巨体の衝撃を浴びて呻き、さらに舞い上がった鉄盾に打ちのめされたが、全軍が振り返りもせずに敵営に雪崩れ込んだ。
弾正も流れに押されるように駆け、バリスタに向かって一直線に突っ走る。
次々と街道を抜ける弾正の軍に対して、敵兵が応えたのは悲鳴の叫びであった。凄まじい圧力と仲間の叫びに、狼狽えて一歩足を引くと、たちまち反転した。
「退くな! 逃げる者は斬る!」
崩れる味方を留めようと、憤怒と焦燥による激しい檄をあげる。
しかし、連鎖した恐怖は上官の叫びを呑み込み、剣を抜いたまま、押し退けて逃げる兵たちに引き摺られてゆく。
弾正は逃げる敵を尻目にバリスタのもとへ突っ込み、僅かに踏みとどまった兵を軽々と突き伏せて死体を量産した。木製の台車を見やり、大きく息を吸う。
「集えい! 追うな! ここまで戻せ!」
弾正は槍を天高く掲げ、喧騒を物ともせず大音の下知を轟かせる。
逃げる敵に視線を送り、兵たちは惜しそうな表情で追う足をゆるめ、弾正のもとへ駆け戻ってゆく。
「深追いするな。味方の鉄砲にやられるぞ。わしらは間断なく弾を浴びせながら、正面だけ相手にする」
弾正の命に従って繰り押して火縄銃を放つが、逃げる敵兵の集団は遠く逃げ去り、疎らになった敵兵だけが残っていた。
深手を負った兵が這いずり、銃弾や鎧通しが無慈悲に命を消していると、ようやく昇り始めた太陽が戦場へ光を注いだ。
ひしめいていた敵兵に代わり、弾正のもとへ、オーガやリザードマンが足を運んで来た。
「おう、ご苦労。わしのとこは少々やられた。ここで陣を敷いて、手傷を負った者たちを手当てさせる。お前らも怪我人を集めたら、大楯を並べるなり、陣幕を整えるなり、手を貸してくれ」
弾正が視線を巡らせば、荷車や戸板に乗せられて呻く兵が続々と運ばれている。想像より多い死傷者に顔を顰めていたが、ふと、何かに思い当たったように首を傾げた。
「はて、あるじはどうした?」
「む……」
ハウザーもずっと気に掛けていた問いに、改めて辺りを見やった。
「トノは、ロルフの隊と来るとかで、先に兵だけが合したのだが。ふうむ、さすがに遅すぎるな。我らの隊で、すぐに迎えに行くとしよう」
「待て待て、今しばらくすれば馬を引く者たちが来るはずじゃ。何にせよ、あるじにも馬が要るじゃろう」
去ろうとするハウザーに右手をあげ、遠目に見える荷駄や軍馬が、街道を進み来るのを指差した。
ハウザーは指差す先を辿り、険しい表情で眉を寄せる。
「待てぬ。我らは先に行く。空馬を何頭か連れて後を追ってくれ」
ハウザーはひと声吼えると、猛然と駆け出した。
慌ててハウザーの後を追うオーガたちを見やり、弾正は呆れたように肩を竦めて苦笑した。
「やれやれ、心配症な奴じゃ。あるじのことじゃ、必定、途中でへばっとるに決まっとる」




