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いつの間にか現れたのか。
村の真ん中には大の字に寝転んだ男が、沈みかけた陽に照らされていた。
やがて、男に気づいた村人たちが集まった。
が、見たこともないような異風な姿に、きっと、新しい領主の客人だろうと頷きあう。
皆、心配そうに声をかけた。
騒めく声に反応して、男は薄く目を開け、ひとつ身じろぎした。
「おお、気がついたようだぞ!」
一層、大きくなった騒めきに、うるさそうに体を起こすと、右膝を立てて片胡座をかき、村人たちをジロリを睥睨した。
「よかったよかった」
喜びの声が次々と上がる。
村人たちに促されるようにして、人混みから金髪の女の子が顔を出した。
零さないようにと、慎重に両手で持ってきたグラスを差し出す。男の鋭い眼光のせいで、おっかなびっくりといった様子だ。
「あの、お水です。ど、どうぞ」
グラスを無造作に掴みとった男は、ゴクゴクと喉が鳴らし、ぷはっと、一息ついて口をぬぐった。
「かたじけない。美味かった」
わしわしと、女の子を乱暴に撫でる。
女の子はほっとしたように見上げている。
だが、男の方は心配して群がった村人たちを見るや、舌打ちしたくなるような思いであった。
(これは、南蛮坊主どもの国ではないか。
あの、ヴィレラやザビエルどもと同じような奴らが集まっとるわい)
膝をひとつ叩いて立ち上がる。
鷹揚に立つ男は、村人たちと変わらぬほど大柄であった。
村をぐるりと眺めた大柄な男の視線は、ある、異風な屋敷に注がれて止まった。
(あれか!)
男は村人たちを無視するように、大名屋敷らしき物へ、のしのしと進んで行く。
その姿に、先程の女の子と幾人かの村人から、クスクスと笑い声が起きた。
「なに、あの人、変なの」
理由は男の歩き方にあった。
右手と右足、左手と左足を同時に出しながら歩くのである。
この笑われてしまった歩き方だが、『なんば歩き』という戦国時代では一般的なものであった。
目当ての大名屋敷の門前まで来ると、男はゆっくりと息を吸って、震えるような大声を張り上げた。
「御免! どなたかおられるか! 御免!」
戦場錆びが効いた凄まじい大音が響き渡る。
すぐに、誰か飛び出してきても良さそうなものだが、男が焦れるほど待っても、ただ静寂があるのみだった。
「ふうむ。小姓の一人もおらんとみえる」
御免つかまつる! と、ひと声叫んで、男は門内へと入りこんだ。
仔細げに辺り眺めるや、迷うことなく上屋敷へと歩みを進めてゆく。
シュタッと、いくつかの襖を開いていては、覗き見るのを繰り返した。
やがて、表座敷で小柄な男がうたた寝をしているのが見えた。
小柄な男の姿を目にするや、男の体は痺れ、ビリビリと天啓のようなものが貫いた。
(間違いない!かの御仁がわしの仕えるお方のようじゃ)
「お側の方もおられぬよし。お寛ぎのところ勝手に参上いたした段、お許しいただきたく!」
またも、辺りが震えるような大音で告げる。
優雅な所作で、座敷の端へと這いつくばるように頭を下げた。
さすがに目を覚ました様子で、上座の方では慌てて起きあがる気配がしている。
「あ、ああ、武将の方ですね?」
寝ぼけ眼をこすり、小柄な男が答えた。
しかし、ささやくような声は座敷の端にまで届かないのか、土下座にも見える大柄な男は身動ぎひとつしない。
不気味な沈黙が続く。
「あ、あの…」
声をかけようとした矢先である。
大柄な男の額が、わずかに畳から上がった。
「されば直答にて御免つかまつる。
それがし松永弾正少弼と申します!
忠を尽くし、犬馬の労も厭わぬ所存にて、これより、よろしくお願い申します」
座椅子をガタリと揺らすほどに驚き、茫然自失といった様子で、小柄な男はわなわなと呟いた。
「んなっ!? ギ、ギリワン!!」