68
マルセルノは椅子の上で反りかえるように天井に見つめ、うーむと唸り続けている。
その前で腕組みするパスクワルは、目を閉じたまま問い掛けた。
「徴兵するのは時期尚早か?」
「んん、被害を受けた部隊はあっても、全体としては一割ほどだろう?」
「そうだな、弱気に過ぎたか。だが、奇妙なのは軍装や魔導具だけではない。壁のような巨大な盾に加え、オーガやミノタウルスは鎧ごと潰すような攻撃を放つ。尋常な相手ではないぞ」
マルセルノは机に肘をつき、厳しい顔つきのパスクワルに向き直る。
「ふー、魔物の軍か……。嫌な相手だな」
「ともかく一度は痛い目に遭わせねば、カレラさまだけでなく、敵も、和睦の話など一蹴するであろう。かといって、今のまま引き込むのは動きを読まれ不利だ。関所口で軍を集結させ、出て来る敵を叩いてみようと思う」
そう告げたパスクワルには、仕方がないといった諦めの色があり、マルセルノは片目を手で塞ぐような格好で眉を顰めて声をあげる。
「小競り合いでは済まぬかも知れんな」
「そうだ……」
もし、7領の軍を集結した防衛線が崩されたなら、突破した敵軍は領内を好きに蹂躙する。
そうなれば、徴兵した民兵をもって軍を編成し直し、紛う事なく戦争となるだろう。
山名領では、表座敷に諸将が集っていた。
豊が考えたことの是非を、軍議にかけているのである。
「敵の対応が迅速になってきた。このまま続けてもいいし、もっと人数を増やして大軍で押してもいい。そのどちらにしても、拠点があれば遂行するのが楽になると思う」
豊の言葉に頷くのは、弾正やドビアス、イザークなどの六人と、オーガやミノタウルスなどの魔物たちである。
「つまりは砦を築くのじゃな。どうじゃろうな、半日もかからぬ距離じゃ、わしは要らんと思うがな」
弾正が首を捻ると、豊は他の面々へと視線を巡らせるが、いずれも難しい顔をして俯いている。
戦いとなれば雄々しく声をあげる彼らだが、戦略上の話になると、とたんに口ごもってしまう。
「半年もすれば根をあげると思うがのう。あるじが焦れるなら、いっそのこと4の村へ軍を進めて、そのまま支配するか?」
顔を傾けて自問自答するように弾正が尋ねると、豊は考えを確認するように答える。
「そうなれば城を攻める前に、まとまった軍勢とぶつかるだろうね。あの村は高い石壁に囲まれているし、足掛りにするにも良さそうだ」
弾正が鷹揚に頷くと、皆も神妙に頷いてみせ、誰からも意見はない。
その様子に、豊は大きく頷き決断した。
「次の目標は4の村占拠だ。三十名ほどの留守部隊を残し、全軍で侵攻する。迎撃する敵とぶつかるか、4の村で防衛戦となるか分からないけど、大きな戦いとなるだろう。入念に準備して、しっかりと備えて欲しい」
これまで大人しかった一同だが、膝を高らかに叩いて猛る者や、壮絶な笑みで闘志をみせる者で溢れた。
あまりの変わりように、豊と弾正は顔を見合わせて苦笑するよりなかった。
ごった返す兵士たちが慌ただしく行き交う。
長屋でも武器を研いだり、具足を磨いたりで忙しなくしている。
豊は色々と顔を覗かせたが、暇そうなのは自分だけらしいと頭を掻いて、気儘に足を運ぶ。
小姓のティモと一緒に、オーガやミノタウルス、魔狼に人間と、種の区別なくぞろぞろと子供たちがついて来る。
これはいつもの光景で、何をしても怒らない豊は、子供たちの格好の遊び相手であった。
その様子に、やれやれと半眼の弾正が近付けば、子供たちは奇声をあげて散っていく。
「鳥どもが知らせて来たぞ。敵の方が我慢の限界らしく蓋するようじゃぞ」
「蓋?」
「河川敷の街道を塞ぐように、敵の軍勢が集まっとるらしい。資材も運んどるらしいから、関所の辺りに砦でも築くのかも知れんな」
弾正の言葉に思案を巡らせば、村々を焼かれた7領の混乱ぶりは相当だろう。もはや、襲撃部隊を追い回すだけでは埒が明かないと思いきったのが窺えた。
「そうか。もう一歩も領内に入れないつもりだね」
「ちょうどよかろう。こっちも準備しておったし、邪魔してやればよいわ」
細い街道を軍列を連ね、どうやって攻め寄せたらいいのだろう、と豊の脳裏には早々に戦場が描かれていた。
戦さ支度を終えたのは二日後であった。
3領から昼過ぎに届いた糧食を積み込み、明くる日の夜明け前に出陣する。
偵察によれば、徴発された人夫が整地しながら、要石を据えている段階であった。
待ち構える敵に飛び込むのは面白くないと、豊たちは日が落ちる前に軍を進めた。オーガとゴブリンメイジ、ロルフたちの六十名で、森の獣道を草木を伐ち払いながら進むのである。
そして、弦月で足元も覚束ない深夜、リザードマンたち四十名が河中を進む。
払暁には、弾正たち人魔混合の百二十名が村を発って進軍を開始した。
待ち受けるのは、人夫と歩兵が三百五十あまり、離れて野営する百四十ほどの騎兵である。




