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怯え叫ぶ群れは、人を押しのけ、ぶつかり合いながら、先を争うように逃げる。
ダミアーノも真っ青になって馬を駆り、味方の領軍兵を蹴散らしながら逃げていた。
馬を泡吹くほど飛ばし、恐慌する群れから距離をとってゆく。充分に離れたところで、蒼白な顔をやっと後ろに向けた。
だが、僅かな安堵には冷水が浴びせられ、殺意の眼光に貫かれる。
「あれだ! 必ず仕留めよ」
直家に雄叫びで答えたのは二人。
人のよさそうな顔を殺意で歪め、駿馬を潰すように追うラウレンツ。
兜から覗く金髪は汗で顔に貼りつき、血走った目で大太刀を持つテオドルフ。
「死ねええ!」
テオドルフが追いすがり、ダミアーノの背を大太刀の切っ先が激しく穿った。
苦痛に呻き声をあげ、馬首に顔を伏せたが、
「ウオォー!」
ラウレンツが雄叫びをあげるや、大太刀が重く唸り、ダミアーノを叩きつけるように斬り裂く。
渾身の一撃によって、ダミアーノは馬上から弾けるように転がり落ちた。
いち早く馬を返したテオドルフが、天を仰いで唇を噛んだ。
虚ろな目で血溜まりに転がるダミアーノは、鎖帷子を半ば断たれ、胸元まで斬り裂かれていた。
「首を刎ねるがよい」
ラウレンツは荒い息遣いに肩を上下しながら、ダミアーノへと足を向ける。しゃがみ込むラウレンツを見やり、直家が高らかに声をあげた。
「領軍司令ダミアーノ討ち取ったりい! 首をあげたるは山名家臣ラウレンツなるぞ!」
名乗りの声が風に乗り、人影の遥かな平原を駆け抜けていった。
一歩でも死から遠ざかろうとする兵と、一人でも多く殺そうと追う兵。
彼らにはダミアーノの死は届かなかったが、知ったとしても何も変わらない。
足の遅れた者から殺され、苛烈な死の追撃は、追う者すら落後者が出始めていた。
「待て!待ってくれ、五十人長の首だ。俺たちは投降する」
追撃兵の濁流のなか、首を掲げ持ち、手を交差するように動かす三人が必死に叫ぶ。
馬を潰し、駆け通しであった弾正が息を荒げて三人に向き合った。
「他の者は判断つきかねたか…」
激しい呼吸の合間から呟くと、無慈悲な視線を向けた。
「お前たちは聞こえなかったか? 降伏は許さぬと告げたんじゃが」
「俺たちは領主に…、領主さまに逆らうつもりはない。ほら、五十人長の首だ、頼む!これで許してくれ」
膝を折り、拝むように懇願する。
だが、三人が仰ぎ見れば、弾正は軽蔑の色を浮かべ嘲笑った。
「もらい首は要らぬ」
槍を叩きつけて頭を割り、残る二人を瞬きする間に突き殺した。
(上役の首を土産にするほど崩れたか。とりあえず、領軍も終いのようじゃ)
猟犬のように追う兵たちと駆けながら、満足そうな笑みで顔を歪ませた。
逃げのびた者や、隠れやり過ごした者へ、容赦なく銃弾が浴びせられた。
完全に置いていかれ、豊には味方の後姿すら見えない。
だが、生き永らえたと安堵する者には、その位置こそが悪夢であった。
鉄を編んだ甲など意味を為さず、銃声を響かせては命を消した。その音が鳴り止んだのは、空の主役が変わってからであった。
「もう充分だろう。見えないなか撃てば、仲間に当てるかもしれない。荷駄も置いてあるし、あの森まで戻ってみんなを待とう」
淡い月光に浮かぶ平原を警戒しながら戻り、森で足を休めていると、直家たちも合流した。
ダミアーノの首をあげたと聞いて、ロルフたちと一緒に歓声をあげた。
「じゃあ一番の勲功はラウレンツさんだね。ローマンさんも大武勲だし、これで領軍も力を落としただろうね」
笑みを溢すラウレンツを、第2砦の兵たちが誇らし気に見つめている。ローマンは、悔しそうなテオドルフをからかって笑っていた。
「いえ。領軍は壊滅でしょう。3の村の軍部に戻る者はおりますまい。殿のもとに集うか、故郷に戻るか、盗賊にでもなるか…、こんなところでしょう」
「そっか、これで終わりか。やっと他領に備えて動き出せるね。弾正さんが戻ったら、また相談しよう」
ようやく心からの安堵に、豊は相好を崩した。
一方、待ち人の弾正は喉を枯らして叱咤し、月光の仄かな光を頼りに、夜中まで敵を追い回していた。
歩けぬほど追撃した兵たちは、足を止めた場で倒れるように眠り、全員が森まで戻ってきたのは、太陽が中天にかかる頃であった。




