18
第1砦は領地の北西にある。
目の前には大河があり、左は深い森が広がっている。そして唯一、人馬が通れそうな河川敷の街道が隣の7領へと繋がっていた。
この街道を扼するようにして第1砦はあった。
往き来する人々を調べて通行税を徴収し、関所のような役目も果たしている。
その第1砦の中では、直家と守備隊長のカルロが向かい合っていた。
長い机を挟んで、カルロ側には砦の守備兵たちが座り、直家の方にもラウレンツと部下ふたりの姿があった。
「お初にお目にかかる。私は8領領主が家臣、宇喜多和泉守と申します」
「それで、わざわざ何をしに来た」
恰幅のいい体の上には、カルロの迷惑そうな顔が乗っている。
「我が殿は、貴殿らの臣従を求めておいでだ。両軍司令ダミアーノが叛意を持っておること、既に存じておろう」
「ハッ、何故、俺が領主の味方をせねばならん。しかも頭を下げて仕えろというのか」
いやらしい笑みを浮かべたカルロの顔には、はっきりと嘲りの色があった。
直家は少し驚いたような表情を浮かべたが、その顔にはすぐに微笑みが戻った。
(なるほど、思った通りだ。この世の理とやらも信仰心の薄き者には通じぬと見える。欲深き者ならば尚のことであろう)
「左様。しからば利をもって説こう。ダミアーノは話し合いに応じながらも、実際には軍旅を率いて現れるだろう。戦になるのは避けられない。そして、ダミアーノは近いうちに敗れ討たれる。その時、孤立無援となった貴殿の立場は不幸なものになるだろう」
「馬鹿らしい、討たれるだと? 両軍司令ダミアーノさまは代々8領の軍事を司ってこられた名家のお方だ。しかも、度々9領と戦ってこられた歴戦の勇者よ」
カルロは侮蔑の色を強め、愚か者を憐れむかのような視線を直家に向けている。
「貴殿の言はダミアーノのみを知るもの。殿にお会いしてから旗幟を明らかにしても宜しかろう?」
じろじろと舐め回すように直家を見るや、カルロは鼻白んだように吐き捨てた。
「余所の世界から領主がわざわざ連れてきたというから、どんな奴なのかと思っていたが、それがお前のような優男とはな。会うまでもなく、領主の器量が知れるというものだ」
「よく分かりました。それでは、味方したい者があるか守備兵に尋ねて回ってもよろしいでしょうか?」
「なかなかしつこいな。ダミアーノさまに剣を向ける馬鹿はここの兵には一人としていない。それでも無駄骨を折りたいなら好きにしろ」
「見つかれば早速に連れ帰りますが、これもよろしいですか?」
嘲笑って頷くと、カルロはうるさそうに手で追い払った。
領主の命は風前のともし火だ。
ダミアーノの憐憫にすがれば命だけは助かるかも知れないのに、領主が選んだのは交渉ではなく、愚かにも兵馬をもって臨むという。
そんな領主の命を受けて、あの男は徒労に終わると知りながら駆けずりまわっているのだろう。
ふと、ダミアーノさまへの手土産に殺せばよかったな、と、先ほどの優男を思い返していた。
「この時間なら第1砦の兵士たちは食堂へ集まります。ちょうどいい、そこで兵を募りましょう」
ラウレンツの案内で食堂へ向かい、列を連ねて入る兵士たちに声をかけていく。
「ダミアーノさまが暴挙に出るを恐れ、領主さまは御身を守らんと兵を求めている。第2砦でも忠勇を尽くさんとする者たちがその声に応じている。ここに居る者で、志を同じくする者は名乗り出よ」
ラウレンツも声を張り上げている。
だが、芳しくない。すでに兵士たちにはダミアーノの意思が伝わってるのだろう。話を聞いて、目を剥いて怒る者もいる。
開戦こそしてないが、敵地も同然であった。
それでも、ふたりの兵が周囲の威圧的な視線に晒されながら名乗り出た。
「二人か」
呟く直家の顔は平素と変わらず、食堂では兵士たちが食事を手に、さわがしく席につき始めている。
新しく部下となったふたりに囁く。
「荷物を纏めたら厩舎へ来い。特に弓矢の類いは忘れるな」
荷物を手にふたりが走り急ぎ厩舎へ向かうと、そこでは馬から降ろした荷をほどき広げて、直家たちが話し込んでいた。
「素早きこと重畳。さて、お前らの弓はなかなか良き物のようだし、使い慣れた物がよかろう。だが矢は置いてゆけ、代わりにこの箙(矢筒)を背負うのだ」
ふたりが手に取ってみれば、矢には巨大な鏃がついている。その鋭利な光を一目見れば、自分たちの鏃と段違いなのは瞭然だった。
この鏃の元にある二股刃が逆さまなのに気がつくと、
「それはな腸繰といって、刺さった矢を引き抜くときに腹わたが出るのだ。面白かろう」
嬉しそうに笑う直家に、厩舎に集う者たちは一様に青ざめ、苦しげな笑みをようやく返して頷いた。