17
連れ立って茶室を出れば、辺りにはざわめきが生じている。豊は目を見開くと、弾正ににっこりと満面の笑みを向け、人の集う気配を求めて足早に駆けていく。
行き交う人々が豊の目に飛び込んでくる。
何度も目を瞬かせ、確認するように眺めると、間違いなく村々から急ぎ集まった様子だ。
居ても立ってもいられないとばかりに、笑顔を弾ませて声をかけてゆく。
「ありがとう、来てくれてありがとう!」
近寄って、次々と声をかけてゆく。
豊の純な笑顔に、村人たちは照れ臭そうだ。
それぞれが武器を自慢し合ったり、具足を幾人かで着せ合ったりして笑みを交わし合っている。
その軽やかな雰囲気は、戦いを前にしてどうかとも思うが、豊は満足そうに眺め続けた。
一方の弾正は、武器を振りかざす者たちを叱り飛ばし、刀を取り上げて槍を手渡してゆく。
「お前らの持つ剣も刀も要らぬ。それぞれに槍を持て。それと鎧通しは必ず身に付けておけ。鎧通しは幾つ持ってもよいぞ」
ヨロイドオシ…?と、村人たちは首を傾げてる。弾正は鎧通しを手にすると、皆に見えるよう高く掲げて怒鳴り散らした。
「これじゃわい。おう、お前の腰にあるそれでもよい」
指差された村人がナイフを手に取り、恐る恐るといった様子で弾正に示した。
「それじゃそれ。他の者へもしっかり伝えて、必ず違えぬようにせよ。手のかかる奴らじゃ、元服前の童の方がまだ良いわ」
苛々とした様子を隠そうともせず放言する。
そして、ある一点を見つめ、うんざりしたように顔を顰めた。
「もっと手のかかりそうなのが控えておったわ。人の気も知らんと呑気そうにしておる」
弾正の視線を辿ってみれば、にこにこ顔の豊が佇んでいる。白髪頭の老人や村人たちが周りを囲み、ひどく楽しそうに語り合っている。
「うーむ、まあよいか。あるじに色々と教えるのは殊更に骨が折れそうじゃ」
そう呟くと、うろうろと品定めでもするように村人たちを一瞥して歩いて行く。
眼鏡にかなった者を四人呼び寄せると、弾正の前に集め車座にさせた。
「ざっと見たところ、二十より少し多いくらいの人数が集まっとる。そこで五人をひと組とするから、お前たちが上に立ち纏めるのだ」
視線を移しながら四人を見れば、青い目や、緑の目が弾正に向けられている。弾正は深々とため息をついて、内心の苦々しさを抑えた。
「よいか、槍が得てな者は突けばよい。顔や喉を狙え。そうは言っても、敵も動いておるし、こっちも動いておるから、腕に覚えがなければそうそう狙って突けるものではない」
理解を促すように、一人ひとりに目を合わせていく。一様に頷いたのを確認すると、にやりと笑って四人の前に槍を突き出し注目させた。
弾正はカッと目を見開くと、剛力に任せて槍を地面に叩きつける。
唸りをあげてしなった槍が、ずどんっと重い音を響かせ砂埃を舞い上げた。
「不得手な者は槍を叩きつけるようにせよ。敵の頭を目掛け力の限り振りおろすんじゃ。外れて肩に当たろうとも、呻いて動きが鈍るわい」
色とりどりな目を丸くして驚いている。穂先によって抉れた地面を見れば、生半可な冑が受け返せるような威力ではない。
「わかったならよい、次は鎧通しじゃ。お互い裸身ではないゆえに刃が通らず、大抵は組み打ちとなる。そこで、鎧通しを用いて急所を刺し、鎧の隙間を刺す。これもお前たちが皆に教えよ」
四人は真剣な表情で話を聞き、互いに目配せして頷いている。
「夜半にも遠き者たちが、この屋敷へと到着するやも知れん。そうした者たちには、お前たちが伝えて同じように五人の組みとするのだ」
戸惑った様子で一人が口を開いた。
「槍の使い方は分かりました。自分の組の四人は、どう決めたらいいのでしょうか」
「んなっ、そんなもん好きに決めい。親しき者、見ず知らずの物、勝手に選んでゆけ」
村人たちを掴まえては怒鳴り散らす弾正を見ていた為、彼らは自己判断を控えて尋ねたのだった。
無論、弾正の方はそんなことは棚に上げ、目を剥いて腹を立てている。
もう用は済んだとばかりに立ち上がると、腕を組んで考え込んだ。
「敵が目と鼻の先とあっては、夜も迂闊に眠れぬであろうし…。とりあえず、飯を喰わせねばなるまい。気が利いた者がおれば支度が出来ているものを」
忌々しそうに嘆息し、あちこち声をかけては指示を飛ばして歩き回った。
斥候に出した者の話を聞いては小首を傾げ、
(戦慣れしてない者たちでは埒が明かぬ。わしが自ら出向かねばどうにもならん、かの地の様子くらいはこの目で見たいが…)
やる事は山積みで、地形の確認で不在と言う訳にもいかない。指示しても異文化ゆえの食い違いが多々あり、逐一、弾正が確認しなければならなかった。
(宇喜多の奴はまだ戻らぬか)
弾正は苛立ちと焦りを募らせ虚空を見つめた。