15
八人の者が村へ戻らず留まり、弾正と連れ立ち屋敷へ向かって歩きだす。
数名は家長であったり、戦闘未経験の者だったりと条件から外れていたが、領主さまの力になりたい、と強く懇願されると豊はあっさり折れた。
白壁に沿うように蔵が並んでる。
そのうちの一つの蔵の前に立ち、身を反らし息を大きく吸う。
扉に手を掛けると軋むような音を立てて開いた。
中は長箱に収まった刀剣類がびっしりである。
人を覆うような木製の盾、和弓、矢。
さすがに三間槍(5・5メートル)は見当たらないが、それでも長柄の類いもしっかり揃っていた。
三メートルほどの騎馬武者用の槍、それより少し短い足軽用の槍がいくつもある。
弾正たちも他の蔵から、具足櫃を次々と出していた。装備の方は充分である。
「ロルフさん、ちょっといいかな?」
歩き寄ってくると十文字槍が気に入ったようで、豊の前で誇らしく掲げている。
ロルフは髪も髭も真っ白になった老人だ。話したところ、領軍で兵士だったらしい。だが、歳のせいで退役させられたと矍鑠として笑っていた。
「ラウレンツさんの装備が領軍の正式な兵装なのかな?」
ロルフが頷くと、豊は小さく笑った。
領軍の装備は十三世紀前後の物だ。戦国時代の具足の方があらゆる点で優れている。もっとも、豊は同時代のフルプーレトメイルにだって負けてないと思っているのだ。西洋では一般的なこの鉄の全身鎧だが、柔軟性に乏しく衝撃に弱い。日本では腐食しやすい為に金属を控え、あらゆる素材で強度を補い欠点を克服した。
「じゃあ、オイゲンさんが来たら報せに入って下さい」
オイゲンは自警団のメンバーと一緒に偵察に出ている。
偵察に出たオイゲンが、もしも軍勢を見つけたなら足掻いても終わりだ。大名屋敷にこんな小勢で籠城というのも夢物語だろう。
いつもの悲観的な考えに支配されながら、衣装棚をパタパタと鎧下を漁る。早速にロルフが叫ぶ声がした。選ぶ間もないと毒づきながら、急ぎ着がえて足を運んだ。
オイゲンが上気した顔で報告する。
「領軍の姿はありません。3の村にウキタさまが入られるまでを確認して、先ずはお伝えしようと戻って参りました」
「ありがとう。あとは他の人たちに引き継いでくれる? それから、村の人たちと避難するようにエルマーさんに伝えて下さい」
「俺も、親父も村に残りますよ」
オイゲンが訝しそうな視線を向ける。
「もしも、ってことがあるから」
豊の消え入りそうな声にオイゲンは不満そうだ。
どうにも思い詰めたような顔で頷かない。
「殿!」
豊の顔が救われたように輝く。
「話し合いに応じるよしに御座います」
「そっか」
身が竦むような思いは変わらないが、恐怖という重石が少しだけ軽くなった。だが、直家の暗い顔に内心慌てながら尋ねる。
「3の村で会談ってことかな?」
「いえ、此処まで出向くとのこと。奴は呼びつけるつもりのようでしたので、殿が酷く怯えているので難しいと伝えると、既に噂を耳にしていたのでしょう、嘲笑とともに承諾しました」
「そう、ありがとう。さすがに敵中で話し合いなんて怖いからね。ああ、よかった」
片膝ついた直家が、怜悧な目で見上げる。
その目に射られた豊はたじろぎ、悪い予感に身震いした。
「よくは御座いませぬ。殿と誼を結ぶことなど考えておらぬでしょう。ましてや、殿の下につくなど及びもつかぬこと」
道が閉ざされたように四肢から力が抜けていく。定まらぬ視線のまま、かすれた声で呟いた。
「ど、どうして…、おれを殺しても次の領主が来るだけじゃないか」
直家は冷たく地を見つめ、淡々とした口調で語った。
「殿は百二十年振りに現れた領主だそうです。前領主の死後、領軍がすべての政権を握り、それは今も変わらぬようです」
豊はぺたりと力なく座り混んだ。
「先ほど話していた税も領軍に納めていたようです。領軍司令のダミアーノは、お告げに関しても忌々しそうに語っており、何ら気にしておらぬ様子」
豊の顔を歪め、恐怖に染めようとも、分からせねばならぬ。自らを鼓舞して直家は声を励ます。
「かのダミアーノは豺狼の如き者。その目は邪なる欲に満ちて濁り、邪魔者を排除するのに躊躇わぬでしょう」
虚ろな豊に活を入れるように、裂帛の気合いとともに肩を揺さぶる。
「抗わねば、虫けらの如く殺されます!」