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村長たちも、立って傍聴している者たちも、一様に悲痛な視線を向けてくるところを見れば、心情的にはこちらの味方らしい。
長らく続いていた妙な雰囲気によって、豊もすっかり冷静さを取り戻していた。
考えてみれば当然である。領軍司令とやらは、領内の大部分の兵を掌握している。突如として現れた領主に従うことに納得出来ないのは理解できた。むしろ、お告げだからと、唯々諾々と従う村長たちの方が、豊には余程に不思議だった。
「領軍司令は兵を挙げると思うか?」
然しもの直家からも笑みは消え、その尋ねた表情には緊張の色が濃い。ラウレンツはあちこち視線を彷徨わせて、
「わかりません。ただ我らには、領軍司令以外の命には従わぬようにと伝令が来ました。恐らくは第1砦も同様かと…」
そう言って、申し訳なさそうに歯を食いしばった。ゼロどころかマイナスからの領主生活に豊は頭を抱えたくなった。
「兵もおらん。飯も向こうが抱え込んどる。こりゃ、あるじの悪運が試されるわい」
まるで人ごとの様に、弾正はにやにやとした笑いを貼り付けている。
「私が領軍司令と第1砦の隊長に会って話してみましょう。ラウレンツには両名へと執り成しを頼みたいがよろしいか?」
直家の中性的な顔から、魅了するような笑みを向けられ、ラウレンツは慌てたように頷いた。
「それが良かろうて。向こうがやる気なら、今頃ここは兵に囲まれておろう。あるじと我ら揃って、領軍司令とやらに拝跪しておるところじゃ」
一番遠いであろう村でも、馬を使ったにせよ村長たちは一日で到着している。この狭い領内では、何を為すにもあっという間だ。豊は命の危機の恐怖によって全力で思考を巡らす。
「それぞれの村で三人でも五人でもいい。兵を出して欲しい」
居並ぶ者たちがさざ波のように揺れ動き、あちこちから囁き合う声が聞こえる。
「参加した家ものは次回無税とします。でも、条件があります、信用のおける者、次男三男など家長でない者、そして一度でも戦闘経験があるもの」
(無い知恵を絞ったがどうだろう? 信用のおける者というのも基準がないし…)
戸惑いながらも幾人か手を上げた。
隠居している者はよいのか、税として金銭を納める商家は一年の免除となるのか。
それぞれに答えて、了解を得たことにホッと安堵の息をつく。
騒めきは大きくなり、幾人かは慌ただしく動き始めた。
逸るように村に戻ろうとする者たちを制して、豊はグッと目に力を込めた。
「最後に、これが一番大事なことです。『新しい領主は怯えて人を集めてる。命を惜しんで屋敷を守るだけで、領軍司令と敵対することなど決してない』と、声高に村で伝えて下さい」
ほとんど事実だ。村人たちも伝えやすい。
直家の方を見れば、にっこりと笑みが深い。弾正も呵々と笑って、豊の肩をバシバシと叩いた。
どうやら及第点のようだ。
村人たちは固い表情で了承し、三々五々、急ぎ村へと戻っていく。
聞いたいことがまだまだあったが、村長たちにも帰ってもらった。殺されれば用などないのだ。
直家もラウレンツとその部下数名で出て行く。
疎らに人がいるだけとなった集積所内を眺めて、豊はズルズルと椅子に背中を滑らせ、弾正に顔を向けた。
「もう心底、疲れた。ほんと領主とか、こいうの向いてない」
「そりゃあ、見たらわかるわい」
立ち上がった弾正は肩をグルグルと回す。
太刀の鞘で肩を叩きながら、悪戯そうな笑みを浮かべた。
「驚いたわい。わしなら領軍司令の前に這い蹲って頭を下げるわ。従うから命だけは、とな。地に伏して力を蓄えたのち抗えばよい」
弾正が信長に降伏した時の言葉を思い出した。
「日ノ本一の正直者ゆえ、義理や人情という嘘はつきませぬ。裏切られるは、弱きゆえ裏切られるのです。裏切られたくなくば、常に強くあればよろしい」
弾正はズイっと豊に顔を近づけると、まじまじと不思議そうに眺め、小首を傾げた。
「あるじー、死んだら終わりぞ。わかっとるのかのう?」
豊の顔は目に見えて蒼白となった。