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与えられた家臣は梟雄でした  作者: 梅を愛でる人
領内平定
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12

 揃ってエルマー宅へ足を向ける。

 一度は冷めた興奮だったが、同郷の者たちを見つけて心弾んでいる。


「いやあ、なんか日本人がいると思うと嬉しいよね。おれと同じような事情なのかな?」


 弾正はぽかんと心底呆れた様子だ。直家も怪訝な色を浮かべて豊に視線を向けている。


「あるじ、其奴らの首を取るんじゃぞ? 日ノ本の者であろうと関係なかろうに」


 うっ、と呻いて豊が返す言葉に詰まると、直家が助け船を出した。


「まあ仕舞いはそうでありましょうが、盟を結ぶということも御座いましょう」


 微笑む直家に向けて、豊が感謝の色を浮かべた。それを見るや、弾正は面白くなさそうにフンと鼻を鳴らす。


「はて、何やら騒がしげな様子。何事かあったやもしれませんなあ」


 笑みを消した直家の視線の先には、剣を掲げて大声で叫ぶ男や、狼狽(うろた)えた様子で行き交う村人たちが急ぎ家に戻って行くのが見えた。

 その中にはオイゲンの姿もあった。向こうでも気がついたと見えて駆け寄ってくる。


「ご領主さま、お気をつけ下さい。川向こうにゴブリンが現れたようで、我ら自警団でこれから討伐へ向かいます。念の為どうぞお屋敷にお戻り下さい」


 想像を飛び越した言葉に、もはや何度目となるかわからぬ衝撃を受けた。

 こぶ…?と弾正は首を捻り、直家はいつもの微笑を浮かべて頷いている。


「えっと、緑の小鬼みたいな…?」


 頷くと、サッと踵を返して走るオイゲンに、


「あるじ、わしも行ってくる」


 袴の股立(ももだ)ちを持って弾正が追って行った。

 元々この世界にいたのか、悪魔が戯れに作ったのか、そんなことを豊が考えていると、隣で直家が小さく唸った。


「ううむ、馬で行けばよかろうに」


 と、豊とは別のことを考えていた。


「多分、大丈夫でしょ。おれたちはエルマーさんのとこに行こうか」


 落ち着かない様子で刀を弄り、引きつった笑みを直家に向けた。顔色悪く、青ざめてさえいる主君の様子を見て迷う。しかし、直家の頭の中にあるゴブリンの姿に何程のこともなかろう、と頷いた。


「宇喜多さんはゴブリン知ってたんだね。弾正さんは知らなかったみたいだけど」


「左様ですな。頭の中に書でもあるような様、もっとも絵草紙を眺めるのと変わらず、物の役には立たぬでしょう」


 寂しげに笑う直家に、豊の胸が少し痛む。

 しかし、そんなあやふやな知識でも、何代にも渡って積み重ねて来た現代知識の欠片だ。決して無駄ではあるまい。

 豊は想いを込めて背中を押し、先へと歩みを促した。

 道すがら、豊は思い出したように砥石城や沼城のこと興味のままに尋ねた。

 直家は清らかな微笑を保ったまま頷く。

 時々、思い返すように空を見上げ、在りし日のことを丁寧に教えつつ歩いた。

 豊もそれに応えるように笑みを深める。

 この和やかな時間は、厳めしい叫びで止められた。


「あるじー!あるじぃーー!」


 声の方に視線を移せば、弾正が息急き切って駆けてくる。服には幾ばくかの血の跡が見え、その手には西瓜(すいか)の様な物を縛って下げている。

 手に下げられたそれが、ぶらぶらと近寄って来るのを凝視した豊に悪寒が走る。

 猛烈に悪い予感がする。背中に汗を流しながら、ごくりとつばを飲み込んだ。


「あるじ、これを見てくれ。地獄の餓鬼ぞ。まさか此奴らまでおるとは驚いたわい」


 弾正が手に下げたそれはゴブリンの生首。

 豊は耐える間もなく盛大に吐瀉物を撒き散らした。

 呆れた様子で弾正が傍らへと足を向ける。

 弾正と共に近付いてくる生首は、苦痛に顔を歪め、怨嗟を帯びた眼光で睨んでいる。

 その壮絶な視線と交差した豊は、目を剥いて気絶してしまった。






 豊が意識を取り戻せばベッドの上だった。

 不透明なガラスからは午後の日差しが注がれ、石壁の部屋を明るく照らしている。

 隅にある木造のチェストには花が飾られ、ベッド脇の台には水差しが置いてあった。


 (また、目が覚めたら何処かわからない所か)


 と、しかめっ面で部屋を見回していると、隣の部屋から話し声が聞こえた。


「いやはや、あれほど柔弱とは驚いたわい。まるで公家の姫の如き御仁であるわ」


 笑いを堪えるような弾正に、宇喜多が冷ややかさを含んだ視線を向ける。


「あのような、物の数にもならぬ者を討ったからというて首実検することはあるまい」


「わしは、あるじが珍しいかろうと思うて見せたのじゃ。まさか昏倒するとは思うまい」


「思慮が足りぬ。だいたい何故、殿と呼ばぬ」


「殿という響きは、三好の殿を思い出すから堪忍せい。あるじも何も言わぬじゃろう」


 普段の弾正とは違う物哀しい雰囲気に、直家もそれ以上は言えなかった。

 弾正はひとつ嘆息すると、すぐに自分を取り戻し腕を組んで直家を睨んだ。


「宇喜多よ、これから余所に踏み込んで切り取らねばならぬこと分かっておろう。あるじを甘やかしても為にならんぞ」


「殿の世は人を殺さなくても生きられたのだ。生まれて初めて殺生を見れば、不覚を取っても仕方あるまい」


「ふん、まあよい。宇喜多よ、わしが手並みを見ておれ。あるじを剛の者にしてやろうぞ」


 弾正は獣の如く壮絶な笑みを浮かべる。

 一方で、聞き耳を立てていた豊はすっかり顔の色を無くした。再び、悪い予感が警鐘を打ち鳴らしたのである。

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