表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

姥谷くんの舌は腐ってます



「そういえば去年、教授と結婚して単位取った人、どうなったの?」


通帳の金額を確認しながら、春が首を傾げた。



「ああ…秒殺で離婚したらしい。離婚届を自分のところだけ書いて郵送したとか。」


佐々木も頭をかきながら言う。春は元々大きい目をさらにぱっちりした。



「離婚したの!?はっ、はっや!?それ、結婚してた時期どれくらいなの!?」


「7日間らしい。」


「7日間…。なぜ…。」


「テスト期間が一週間だろー。それで、テスト週間が終わり次第、さよならってことだなー。その人、半年間結婚できないのが悩みってとこだろうなー。」


「ん?半年間?ウバちゃんそれどういうこと?」



ウバちゃんこと姥谷はカブトムシが飲む液体(元々はコーヒーだっだはずだが)を飲みながら足を組み替える。


「そりゃー、女性は法律で離婚後半年は結婚できないからなー。」


「えっ?女性だけ?」


「そうだぞー。民法だぞー。」


「何でそんなこと知って…ってそうかこの人頭良いんだった…。」


民法なんて常識だぞー、とカブトムシの液体を飲みながら姥谷はにやにやした。


私たち文学部なのに民法をすみからすみまで知ってる事が意味不明だよ、と春。



「それで話戻すけど、みんなどうする。まず二年次の必修科目は絶対取らなきゃいけないとして…おえっ。必修科目高すぎかよ!?」


持ってきたノートパソコンで大学のサイトを見ながら佐々木が吐きそうな顔をする。


「英語リーディング見てみろよ。野中先生のとこ。テストレポート出席すべて免除で30万…。」


テストレポート出席免除履修とは、履修さえすれば勝手に単位が取れるという事である。



「一単位30万とかバカみたいな世界過ぎて俺、泣きそう…。」


「落ち着け佐々木ー。テスレポ出席免除は円頓寺みたいな金持ちが見るとこだろー。俺っちたちが見るのはこっち。」


姥谷が画面を指差しながら言う。テストレポートのみ免除20万、出席のみ免除10万と並ぶ横を指している。普通履修5万。


「俺っちたちは、おとなしくレポートも出してテストも受けてだな、出席もしないといけないのだよー。普通履修だぞー。ほれほれまずは5万だろー。」


「5万…。五万もなかなか高いだろ…。いや待て!野中先生じゃなかったらもっと安いんじゃないのか!?ちょっと待て調べる…!」



佐々木は慌ててパソコンをカタカタ言わせだした。



「見ろ!ギリシャ語の授業!…ええと、なんて読むのかよくわかんない名前の先生!普通履修500円だぞ!ワンコイン!すごい!」



はしゃぐ佐々木のパソコンに、春が近づく。



「へえ…。たしかにね。必修科目の語学はどの言語でも選んでいいから、ギリシャ語でもいいよね。」



「だ、だろ!?500円って、そんな夢のような」



「「で、単位取れるの(かー)?」」



春と姥谷の声が重なる。


うっ、と動きが止まる佐々木の隣で、春が机の上にあったシラバスを開いてぱらぱらし始めた。


姥谷も横から覗き込む。



「ギリシャ語ギリシャ語…っと。あ、あったあった。ええと、シラバス見ると、毎回テストがあるみたい。で、そのテストが悪いと落単。それから、欠席も診断書が出る病気と忌引き以外1回しか認めないって書いてあるわね。」



「授業時間も1限だなー。朝の8時半からの授業に、佐々木が毎回出られるとは思わんのだがー?」



とても真面目で勉強のできるタイプの子が受けてもしんどそうな授業だ。



「……。聞いてるとすっげー地雷の授業なのがありありとわかる気がする…。」



「いいか佐々木、安いのには理由があるのだぞー。みんなが履修しないから安いのだー。だから適度に取りやすくて予算内の授業を探すのが、履修のコツだってわかるはずだぞー。」



「しかも佐々ちゃんの頭じゃ英語以外取るの無理でしょ。野中先生は英語で一番人気だから無理だろうけど、他の先生でちょうど良さそうなの取りましょ。」



「うああああ!これだからこの大学やなんだよ!入るつもりなかったのに!!」



「はーい、佐々ちゃん、なら受験した自分を呪おうね。そんなことより必修言語は一応みんなそろえたいんだけど、ウバちゃんどう?」



頭を抱える佐々木をさらっと流すと春は姥谷を見た。



「英語でもう良いかーって思ってて。はら、佐々ちゃんの脳みそ的にはそれしか無理じゃない?」



「そうだなー。俺っちは正直、ギリシャ語でも大丈夫なんだがー…。あとあるのはフランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語だなー。他の語学の方が安いんだが、まあ佐々木のベイビー脳みそではなー…」



「なにも反論できない事が悲しい…。うん…ごめんだけど英語で頼む…。ごめん…」



割と普通にひどいことを言われているのに、佐々木はしょんぼりするだけで何も反論しなかった。


仕方ない。だいたい言ってる事が正しい。



ちなみに佐々木は去年フランス語の単位を全部綺麗に落としている。


何も知らない一回生の頃、履修登録に大失敗したのは苦い思い出である。



「ワタシ、正直英語は助かるネ。ほぼ母国語、楽勝過ぎてマジクソヨ。」



履修を全く考えずにファミレスに来てしまったせいで、いままで黙ってパソコンをカタカタさせていたミンゴスもうなずいた。




そんなわけで必修科目の語学は英語になった。





「まあそれが決まれば本題はここからだぞー。」



姥谷が樹液もどきにさらに砂糖を入れている。



ウエイトレスが姥谷の頼んだ餡蜜スペシャルシュガーパフェを運んできた。



なんだが末恐ろしいほど甘そうである。




春がメロンソーダを取りにドリンクバーへ行こうとしながらうなずく。



「どの英語を狙うかってとこだよね。英語の授業は何種類かあるし。ウバちゃん、英語の授業、いくつある?」



「英語は今、一番人気の野中先生、二番人気吉田先生、それからなんか全然人気ない榊原先生の三択だなー。…っておい小島、聞いておいて遠くに行ったら聞こえないぞー…。」



喋ってる相手が自分を無視して離れて行ったので語尾がどんどん小さくなっている。



姥谷の喋っている途中で愛しのメロンソーダを取りに行った春が、ドリンクバーコーナーから何聞こえなーい!と叫んでいた。



小島ってなんであんなにマイペースなんだー…?と姥谷は樹液の入ったコーヒカップをとんとん叩いた。



慣れっこの佐々木は全く気にしてない。



「春はいつもああだろ。そんなことより、英語の話だ。問題は単位価格を今からどうやって下げるかだよな。結局どれで受けるんだ?テスレポ出席免除…はないよな。テスト免除?レポート免除?出席免除?普通履修?」



「とりあえず、シラバスを見てみたんだが、英語はどの授業もテストで評価されるみたいだなー。つまり、テスト免除か出席免除かその両方が免除かー。あ、あと普通履修ってことになるぞー。ふんふん、佐々木はどれで履修したいとかあるかー?」



「いや正直値段によるな…。そりゃ全部免除がうれしいけどさ。野中先生は30万だろ。そんなには払えないしなあ。」



英語の他二人の先生も、全部免除履修は結構値が張る。


吉田先生25万、榊原先生20万。



「全部免除だったらどんなに難しい授業履修しても結局単位は取れるからなー。どんな人気のない授業も全部免除履修は値段が下がらないのだよー。」



「そりゃそうだよな…。ギリシャ語だって、全部免除履修は20万だったし…。でも、吉田先生と榊原先生の授業の安さは何だ?野中先生と何が違うんだよ?」



「シラバスと我が大学の履修口コミ掲示板見てみればわかるぞー。野中先生はテストが悪くても、5回以上休まなければ単位が取れるみたいだなー。」




つまり行けば単位がもらえるということである。




「吉田先生はテスト重視型で、欠席回数は見ないがテストの点数が75点を下回れば落単みたいだぞー。榊原先生はそもそも履修者が少ないのか全然情報が出てこないが、シラバスでは3回以上欠席すると落単、テストもあるみたいだなー。テストの難易度はなんとも言えないところだなー。正直言ってわからんー。」




おそらく全く情報がないので怖がる生徒が多く、履修者も少ないのだろう。



「よっし。そうときたら俺たちはまず榊原先生を狙うぞ!」



佐々木はオレンジジュースを一気に飲み干すと、机に強めに置いた。


ダンッという音がする。



メロンソーダを大事に抱えたドリンクバー帰りの少女が、びっくりしたように佐々木を見た。



「…ちょっとちょっと佐々ちゃん、どういう話になってるの?榊原先生、難しいから人気ないし安いんじゃないの?それを狙うって、」



「いや、これから榊原先生の授業の履修者を増やして授業の値段を上げるんだ。そうすると他の値段も下がる。俺たちが真に狙うは野中先生の授業だ。榊原先生の授業を人気にして、野中先生の授業の値段を下げる…!」



つまり履修者を散らして一番人気を安くさせるということである。



「そりゃまあー理屈はわかるネ。でもクソ佐々木、そんなことどうやってやル?一番人気の野中はみんな受けたい決まってるネ。」



「そ、それは…それはこれから姥谷が考える!!!」



「はあ…!?俺っちが考え…!?いやなんでだよ意味わからぬぞー!」



言葉に詰まる佐々木に無茶ぶりされた姥谷は、樹液の入ったカップをあやうく落としそうだった。



「頼むよ姥谷、お前ほらめちゃくちゃ頭良いだろ?なんかをなんちゃらして、英語だけでも値段下げてくれよ…!あ、でもできたら他の必修科目も、」



「頭良いとか悪いとか関係ないだろそれー!単位の値段操作ってめちゃくちゃ難しいのだぞー!それを俺っちひとりでは何ともできないに決まってるのだぞー!」



普段冷静な姥谷の声が若干大きくなっていた。



「単位の値段操作は、毎年履修登録期間みんながやるのだぞー…。あらゆる手を使って自分の良いように値段を変えようとするのだー。その流れを汲み取って、全部をやりきることなど…!」






「あら、面白そうですわね、それ。そよかも混ぜてくださる?」







姥谷が説教垂れる横で声がした。






そして気付く。





いつのまにかファミレスの客は佐々木たち以外誰もいなくなっていた。



さっきも確かに客はまばらに座っていただけだったが、誰もいない事に気付かなかったのは店内BGMが大きすぎるからだろうか。



「遅れて申し訳ありませんわ。一応、貸し切りにしたのですけれど。それにしてもなんだか変わったカフェですのね。ほら優里ちゃん、一緒に飲み物を何にするか考えましょう。」



「ん……。優里、ココア……。」



「ここのカフェに来る途中、優里ちゃんが歩いているのを見つけて車に乗せましたのよ。どうしてあんな遠いところから歩いていたのかはわかりませんけど…。」



真っ白なワンピースを上品に着こなした円頓寺そよかが、だぼっとした服を着た身長の低い桃崎優里(ももさきゆうり)と立っていた。



「それで、面白い話をなさっていましたよね!ぜひ聞かせてくださる?」



キラキラした目をしながら尋ねるそよかと、真剣なまなざしの佐々木を見て、姥谷は観念した。




「わかった、わかったのだー…。やってはみるが、全員でやるのが条件だぞー…。」





こうして貸し切ったファミレスで、作戦会議が始まった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ