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お金ないから単位取れないんだけど



 雨の日だ。




「今年もみなみやま大学の合格発表は大盛り上がりを見せています!一年間勉学に勤しんだ受験生たちの物語が垣間見えるようです!」



テレビからは女性アナウンサーの少し興奮した声が聞こえる。




確か人気アナウンサーランキング2位ですと雑誌に書いてあったアナウンサーだ。




桃色のふりふりな傘をさすアナウンサーの後ろでは、アナウンサー目当ての野次馬が騒いでいる中、合格発表を待ちわびる受験生が寒そうに待っていた。



「今年も合格者の中に各界を賑わす学生が現れるのでしょうか?注目の合格発表はもう間もなくです。

今日の気温は7℃。ご覧になられますように雨も降っています。

まだまだ寒さが厳しい中、カイロを持ちながら待っている受験生に少し話を聞きましたが、出身地は全国津々浦々(ぜんこくつつうらうら)でした。仙台から来たという受験生は、この大学に受かって何をしたいですか、という質問に親の役に立ちたいと答えてくれました。」




メディアが求める答えをしっかりした仙台の受験生は、どこで合格発表を待っているのだろうか。




「私も二十分程前にこちらに到着したのですが、やはり雨がすごくてですね…」




中継レポートを続けようとしたアナウンサーの声が聞こえなくなるくらいのどよめきが起こる。

現場で動きがあったようだ。



「あっ!見てください!今合格者の番号が書かれた紙が来たみたいです!職員の方が大きな紙を抱えています!!」



アナウンサーをずっと見ていた野次馬も思わずそちらの方を見る。受験生が一斉に自分の番号が記載されているはがきを持って、掲示板に近づいた。



カメラはアナウンサーを映すのを慌ててやめ、その様子をなめていた。



喜びと悔しさと諦めと驚きの声がミックスされた受験生の音がテレビから聞こえる。



「いま、合格者が発表されました!様々なドラマの瞬間を私たちは見ているようです!」



興奮した女性アナウンサーのくさめなレポートも、雰囲気に飲まれてまともに聞こえる。






その受験生の群の後ろの方に、佐々木がいた。




雨の日で広がりきった茶色がかった髪が少しの風で揺れている。

猫背を少し正して、遠くから掲示板を見る。番号は、10532。





佐々木はそこにいる受験生の中で、主に驚きの感情を抱いていた。みなみやま大学の偏差値(へんさち)は65である。



佐々木の前回の模試の偏差値は48。ダメ元の受験だった。



「えっ…? そんな、10532…受かってる…?」




10532はそこにあった。なんか当たり前のように書いてあった。

佐々木は合格していた。偏差値10以上のジャーンプ、である。



「…………どうすんだ、行くしかなくなったじゃねえか…。」



偏差値ジャーンプをしたわりにはネガティブな発言をしている佐々木だが、雨と受験生の音でその声はかき消されてしまうのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 「ほんっと、凄まじい運だよね、それ。佐々(ささ)ちゃん一生分の運使ったんじゃないの?」



小島春(こじまはる)は茶色がかった長いポニーテールをくるくる触りながら、メロンソーダをストローを鳴らして飲んだ。


ファミレスのドリンクバーのメロンソーダって何でこんなにおいしいんだろうね?




「まっさか、数学の問題で14(けた)と9桁をカンで当てるなんてさあ。宝くじ買ったらマジで当たるんじゃないの?」



ハキハキ喋る彼女は、向かい側に座る猫っ毛の猫背を見ながらにやにやしている。




「俺も当たってるとは思わなかったんだよ…。適当にマークシート書いたんだから。成績開示したけど、数学がぶっちぎりでよかったんだよなあ。」




佐々ちゃんこと佐々木は微妙な顔をして答えた。


ちなみに、佐々ちゃんと呼ぶのは春だけである。中学の頃のあだ名の名残だ。



「ほんとに数学だけで受かったようなもんだよ。他の点数合格点に届いてないやつばっかだったからなあ。いや俺本当は数学が一番苦手なんだけど…。」



「14桁と9桁ってことは、23桁当てたって事でショ?ロト23とかでもクソ佐々木は一等当てれるって事ネ。クソ佐々木、その時は金くれよろしくナ。」



佐々木をクソ呼ばわりするのはハーフの金髪美少女だった。



エリ・中野・ミンゴスはみんならからエリとかミンゴスとか呼ばれている。



口が悪いのは悪気があるからではなく、口の悪い日本語しか知らないからである。



美しい顔立ちで汚い言葉を使うもんだから、音と画像がズレたアニメを見た気分になる。

発音も独特だった。




「あ、それ春も欲しい。多分ロト23なら一等20億円くらいもらえるでしょ!春はいま馬が欲しい!馬買いたい!それで乗りたい!」



「ワタシは食品サンプルがクソ欲しいネ!こないだ行ったラーメン屋の食品サンプル、出来が緻密で過ぎて殺すテメエ思ったヨ!」




運動大好き少女と食品サンプルオタクの夢は尽きない。まあロト23は存在しないし、佐々木が当てたのは数学の入試のマークシート解答である。



「…まあ、運が良かったことは認めるさ。だけど受かってよかったかはわからないんだ!この一年通っただけでもう卒業は絶望的だし…」



げんなりした顔で佐々木はオレンジジュースの入ったコップをつんとはじいた。



「一年間で卒業が絶望的って、佐々木どう考えても財力も学力もうちの大学にそぐわないよなー。せめて財力でもあればいいんだけどなー!ははー。」



ドリンクバーからちょうど戻ってきた姥谷巧(うばたにたくみ)が持ってきたコーヒーと大量のミルクと砂糖を机の上に置く。



細目の長身眼鏡。


わりとストレートにひどいことを言っているが、なぜか腹が立たない。



姥谷巧(うばたにたくみ)はそういう奴だった。


わざとらしく延ばした語尾と棒読み気味な口調でアホっぽく聞こえるが、ここにいる誰よりも頭が良い。



今日持ってきている姥谷(うばたに)のパソコンに入っているレポートデータも、佐々木には何を書いているのかさっぱりわからない。



「二回生になるし、必修科目はそろそろ取っておかないとわりとまずいのではないのかー?」



「…そんなことは本人がいっっちばんよくわかってるんだよ!でも俺の脳みそじゃどうしようもない授業しか履修できないんだってば!おい姥谷、お前が全然わかりやすい授業履修してくれないからじゃないか!なんだよ日本語喋ってくれよって教授が多すぎるんだよ…なんだこの大学…」



ファミレスでじたばたする佐々木を尻目に、姥谷はコーヒーに砂糖とミルクを入れている。



砂糖は8本、ミルクは…いま7個目を入れた。もうコーヒーではなくカブトムシが飲む樹液に近くなった液体を作っている姥谷を、春はうげっという顔をしてみていた。



「そりゃー、佐々木よ、俺っちはそのやたら難しい授業を受けにきてるからさー。俺っちと履修合わせたりするから、そんな風にしんどいのだよー。小島と履修合わせるとか、そういうことをするべきだぞー。」



「春と履修を全部合わせたらどうなるか、お前わかってるだろ…。」




「うーむ。確かに破産する前にバイトは必須だろうなー。でもほら、取れない単位を半期かけて取るよりもだぞ、取れそうな単位をバイトして取った方が良いのではないかー?」



「お、佐々ちゃん春と履修合わせる?春は全然オールおっけーだよ!!」




「ハルと履修合わせるは、ワタシともだいたい授業同じネ、クソ佐々木。半期の間、よろしくナ。」




「…まあ俺もできればそうやりたい。でもまあいろいろ問題があるってのは、わかってるだろ?」




まあね、と首を引っ込める春とミンゴスを見ながら佐々木は続けた。




「…てか、今日その話をしにきたんだよな?二年の履修登録まであと二週間だし、どの授業取るか戦略決めようって。円頓寺(えんどうじ)優里(ゆうり)ちゃんはどうした?今日呼んだよな?まだ来てないみたいだけど。」




「そよかは少し遅れるってさっき連絡来たよ。ええと、今文章読み上げるね。お父様との会食が長引いていますの、申し訳ありませんけどすこし遅れてしまいますわ。って。あ、今日行くカフェは遅れるお詫びに貸し切って全額払いますのでって。」




「いや貸し切るって、ファミレス貸し切られても…。円頓寺(えんどうじ)来るまでに店変えた方が良いかもしれないな…。どれくらい遅れてくるんだろう?」




そもそもファミレスをカフェと呼んでいいのかは割と疑問である。そよかは、今佐々木たちが集まっている店がどんな店なのか知っているかも怪しい。姥谷がぼやく。




「…というかいつも思うんだが、円頓寺の履修を聞いたところで、俺っちたちとはかけ離れすぎていてどうにもならないのではないかー?まあ円頓寺が合わせるって言うならいいのだがなー…。」



円頓寺そよかはおもちゃ会社の社長令嬢である。



つまりもんのすごい金持ちである。本人はのほほんとしていてあまり自覚がないらしいが。



ショートカットにカチューシャを光らせながら、今頃お父様と高いイタリアンでも食べているのだろう。




「それで優里ちゃんは?」



佐々木の問いかけに、春はわかりきったことを問いかけるなよという顔をした。



「優里ちゃんはまあいつも通り、あそこでしょうね。」



「いつものところだろうなー。したいこと終わったらちゃんとくるだろうし、連絡だけ入れておいたぞー。」



「あの野郎のどこが良い、全くわからんネ。正直クソよりクソだと思うのネ。」



優里ちゃんが待ち合わせ時間にちゃんと来たためしがないので、みんな慣れっこである。その理由もいつも同じだ。黒髪前髪パッツンストレートヘアの彼女は、今頃いつもの場所にいるのだろう。




「よし。でははじめるぞ。みんなパソコンとシラバスと通帳は持ってきたな。」



「うむ。」



「うん。」



「はいナ。」



「じゃあ二年春学期の履修登録の作戦を立ててくぞ。まず、」



ここで言葉を切って佐々木は続けた。



「みんな予算はいくらだ?」










私立みなみやま大学。






緑豊かな中にある、偏差値65の文系大学である。

文学部、法学部、社会学部、経営学部の四つがあり、一見は普通の大学だ。ある点を除いては。




単位。




大学生が最も欲しがり、必要とするものである。

それがなければ卒業できず、卒業式への切符になるそれは、本来学生が四年間かけてじっくり取るものだ。





私立みなみやま大学では、単位は金で買う。





人気な単位であればあるほど高価になり、そうでなければないほど、単位は安くなる。




その人気度に応じて価格は常に変動する。



だから、いかにして履修を組むかは、授業の人気をいかに操作して読むか、どれほどの予算を使うかを考えなければならない。



単位数によって使える大学の設備も変わってくる。


多ければ多いほど、良い施設が使えるのは言うまでもない。



また、大学の中でアルバイトをすると、お金ではなく単位がもらえる。



一時間ごとに、0.01単位、というように。


学食も単位で買う。






また、みなみやま大学にはもうひとつ変わったところがある。





「生きる術を覚えたまえ」




みなみやま大学の校訓である。





入学式で毎年理事長に話されるその校訓は、ある特徴を反映しているものだ。



学生は、法律の範囲でならどんな手段を使って単位を取ってもいい。




これがクセモノで、みなみやま大学が「人によっては入るよりも出る方が難しい大学かもしれない」と言われる理由だ。



最初なので少し長くなってしまいました。


まだまだ続きます

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