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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第44話

金曜投稿です。

「やっと、俺の冒険が始まるんだ!」

「はい。勇者様」


 勇者が両手を突き上げ、叫びました。

 ワイルドベアに伸された勇者は、翌朝には昨日の事を忘れたかのようです。

 聖女さんを傍らに、如何に自分の活躍が頼もしいか、声高に宣言しています。

 昨日と違うのは、追従する聖女騎士団の人数が少ないことです。

 昨夜、密かに出奔したのを、アッシュ君の使い魔に確認されています。

 たった一度の戦闘で、聖女さんの魅了魔法が解けるとは思いもしませんでした。

 人間、命が掛かると魅了魔法に対抗し得るのですね。

 感心させられました。

 まあ、出奔したとしましても、陸の孤島と化したカズバル村から、安全に逃れられないと思います。

 魔素に取り囲まれていますから、通常の魔物ばかりとは思ってはいけません。

 ランクが高い魔物が出現してもおかしくありません。

 朱の死神さんは、出奔した聖女騎士団の失態を、追及しませんでした。

 どころか、大いに推奨しています。

 自身の部下とは違う指揮系統は、戦闘時には混乱をもたらすだけです。

 これからは、危険な邪神討伐が待っています。

 足手纏いは必要ありません。

 私達も、卑怯、卑劣だと貶められましても、助けてはあげられないでしょう。


「あの、元気が何時まで持つか」

「遺跡までは、援護するさ」

「だな、遺跡までは、持って貰わないとな」


 大人二人は悪巧みしています。

 死神さんは聖女さんのお兄さんと、なにやら相談をしています。

 これからの道筋を、どう魔物をやり過ごすか、懸念しています。

 帝国の騎士団が聖女騎士団を取り囲み、私達が遊撃する。

 勝手に決めつけています。

 言葉を拾ったラーズ君が、教えてくれました。

 勇者には、本番となる遺跡で活躍して貰うと、説得するそうです。

 話のけりがついた死神さんが、私達の方向へ歩いてきます。

 自然と、リーゼちゃんが私の前に出ます。


「魔人。話がある」

「なんだ。おれ達にも、命令か」

「どうせ、聴こえていたのだろう。勇者と聖女を遺跡まで安全に運んでくれ。それ以降は、勝手に活躍してろ」

「あんた、投げ槍だな」


 見も蓋もない発言に、トール君は呆れています。

 死神さんは、渋面で肩を竦めました。


「昨日の戦闘を見たら、誰でも討伐が失敗するのは分かる。賢者が、帝国への恨みを晴らす絶好の機会だろう」

「此方は、帝国が二度と関わりを持ちたくはないと、分からせるだけだが。あんた、討伐失敗の責任を負わせられるのが、確実となっていいのか」

「ふん。フランレティアに左遷された身だ。後は、身分剥奪で奴隷がいいとこだな」


 あまりにも、潔いですね。

 少し、同情してしまいます。

 帝国にとって邪神討伐は、世間に貢献する一大アピールの場です。

 失敗が赦されないのは分かりますが、実戦を経験してはいない勇者を投入したのには、疑問が沸きます。

 皇帝は何を思い、何を企んでいますのか。

 甚だ、警戒してしまいます。


「あんた、産まれた場所が悪かったな。同情するが、信頼はしないでおく」

「生きている、時代もな。それでは、出発する。遊撃を頼んだ」


 死神さんの去っていく後ろ姿に、軍人ならではの苦労が伝わります。

 あの人は、生きて帰る気がないのでしょう。

 名誉ある戦死で、勇者による邪神討伐失敗の責任を、自ら被る気でいます。


「何だか、気分が悪いですね」


 思わず、言葉がでます。

 ここに、調薬師がいるのです。

 安易な死で、逃げるのは赦しがたいです。


「あれは、死地に赴く覚悟をしているな」

「楽な死は、赦しませんよ」

「だな。アッシュ、気をつけて見ていろよ。あいつは、これから起きる奇跡の証人になってもらわないとな」

「分かった。影に使い魔を忍ばせておく」


 アッシュ君の影から、使い魔が移動しました。

 死神さんに気づかれず、使い魔は影に忍びました。

 団体の塊が動き出します。

 いよいよ、邪神討伐に向けて移動です。


「んじゃ、俺も準備するわ」

「ああ、また後でな」


 トール君とは、別行動をします。

 帝国への意趣返しの準備をしに、ミラルカに戻るのです。

 私達年少組の頭を一撫でして、転移しました。

 トール君の企みも気になりますが、先ずはお荷物軍団を遺跡まで護衛しないとなりません。

 後に続きます。

 薄暗い鬱蒼とした森の中に入ります。

 昨日の戦闘で魔物の数も大分減りました。

 比較的安全に道中は進んでいます。

 ですが、少し困った事が起きています。


「君は、調薬師だったね。腕は上級と聞く。どうだい、一度帝国の調薬師と意見交換をしてみては」

「君が開発した薬は、病魔に侵された皇太子も救ったのだよ。陛下は感激して、亜人蔑視も見直されたのだよ。君が望むなら、帝国の学院に留学しないかい」


 等、何故か聖女さんのお兄さんに付きまとわれています。

 気が付いたら、側に寄ってきていました。

 急に話しかけられて驚きましたよ。

 律儀に、アッシュ君が死神さんと話していたり、ラーズ君とリーゼちゃんが私の側を離れた隙をついてです。

 神子ではないかもしれないけど、賢者の弱点となりうる愛弟子を確保しようとしているのかもしれません。

 生憎と、その手の勧誘はお断りします。

 帝国産の薬草には未練がありますが、承諾などしたら監禁間違いなし。

 両親と一族を奪った帝国に、行きたいとは思いません。

 興味無しです。


「昨日は、騎士団の怪我人を救ってくれた礼がまだだったね。君の回復薬のお陰で、皆助けられた。ありがとう」

「調薬師として、当たり前のことをしたまでです」

「だが、君の保護者殿と帝国は不仲だよ。怒られたりしなかったかい」


 黙っているのも礼儀に反するかと思い、答えてしまいました。

 お兄さんは、待っていたかの様に言葉を重ねます。

 ああ、ラーズ君。

 早く戻って来てくださいな。

 斥候を任されたラーズ君なら、きちんと苦言を言えましたのに。

 私は、言質を取られないようにするので、手一杯になってきました。


「賢者様は、怪我人を放ってしまう方が怒ります。それに、帝国人だから手当てをしない。そうしてしまうと、差別を産んでしまいます」

「そうか。君は優しい子だね」


 感じ入っているのは悪いですが、私はお兄さんより歳上ですから。

 種族差を忘れないでください。

 外見で判断すると、痛い目にあいますよ。

 この人と話していると、気分が優れなくなってきました。

 苛立ちます。


「ウォルト伯爵。魔物が多くなってきた。中央に入ってくれ」

「やれやれ、無粋な魔物だ。可憐な妖精姫との会話にすら水を差す」

「魔物に食われたいなら、勧誘でも何でもしてくれ。妖精姫」

「はい」

「魔人が呼んでいる。ここの警護は自分がする」

「分かりました」


 見かねた死神さんに助けられてしまいました。

 鋭敏な耳は、アッシュ君が呼んでいる話題は出ていないのを拾っています。

 駆け出した背後で、場所を弁えろとお小言を言う死神さんがいます。

 対して、お兄さんは邪魔するなとのこと。

 諦める気は無さそうです。


「悪かったな」

「いいえ。アッシュ君は悪くありません」


 アッシュ君の元へ並ぶと、頭を撫でられました。

 私から、ラーズ君とリーゼちゃんを離したのを謝罪されました。

 まさか、お兄さんが安全な中央から出て、話して来るのは見破れなかったようです。

 団体で行動しているせいか、思ったほどに進んでいないです。

 ラーズ君とリーゼちゃんは、斥候の役目で休憩に適した場所を見つけに離れていました。

 遺跡までは、徒歩で数時間。

 魔物に襲われても、発見次第死神さんの部下とラーズ君が駆逐しています。

 勇者と聖女騎士団の出番はありません。

 安全な中央にて、文句が飛び交っていますが、無視です。

 彼等には、遺跡で活躍して貰わなくてはなりません。

 体力は温存していてください。

 後で、お望みの冒険が待っています。

 楽しみにしていて欲しいです。

 と、拓けた場所に到着しました。

 四隅に魔物避けの魔導具が埋められています。

 ラーズ君とリーゼちゃんが作りました休憩所です。


「よし、ここで休憩する。だからといって、各自警戒は怠るなよ」


 引率者の死神さんが、声を張り上げました。

 特に、勇者辺りに宣言していますが、理解していることか分かりません。

 ただ歩くだけでも、体力は消耗します。

 充分に鋭気を養って欲しいものです。


「セーラ。無事?」

「何か有りましたか? 少し顔色が優れない見たいです」


 合流しますと、真っ先にリーゼちゃんに抱きつかれました。

 ラーズ君も、私の額に手を当てます。

 過保護で心配性なお兄ちゃんとお姉ちゃんは、私以上に私の体調に敏感です。


「ラーズ君とリーゼちゃんがいなくなりましたら、聖女さんのお兄さんに纏われつかれました」

「それは、災難」

「帝国に勧誘でもされましたか」

「はい。帝国への留学も示唆されました」

「セーラ、言質は取られてはいないですね」

「はい。そこは、ずっと頭に入れておきました」

「ん。いい子」


 リーゼちゃんに撫でられながら、ヒップバッグから水筒を出します。

 一方的に喋られていましたのに、私の方が喉が渇きました。

 清涼な柑橘水を飲みます。

 ラーズ君とリーゼちゃんも、水分補給をします。

 小腹が空きました。

 携帯食でもかじりましょうか。

 長方形の堅めに焼いた蜂蜜入りの固形食も取り出します。

 戦闘の最中にお腹を鳴らしたくはないです。

 リーゼちゃんは、豪快に干し肉にかじりついています。

 立ち食いになりますが、外では当たり前の行動です。

 ですが、聖女さんの一行はシートを敷いて、本格的にお茶をする見たいです。

 携帯用の魔導具でお湯を沸かしています。

 あの人達はほんとぉに、何しに来ているのでしょうか。

 死神さんの部下は休憩の意味を理解しています。

 皆さん立たれたままです。

 一度座ってしまうと、再び歩き出すのに時間がかかります。

 ましてや、お湯を沸かしてなんて、ピクニックではあるまいし。

 進言する人はいないのでしょうか。

 とうとう、お茶菓子まで出てきました。


「死神。ピクニックなら、帰るぞ」

「やらしておけ。末期の水になるかもしれんからな」

「そうか。そうだな。納得するか」


 賑わう一行を見やり、引率者二人は妙に息があってきました。

 白けた表情で、打ち合わせをしています。

 聖女さん側の引率者を抜きに、今後の予定を話しています。

 休憩でも警戒はしなくてはならないのは、死神さんが宣言しています。

 靴を脱いでリラックスし過ぎているお花畑一行は、警戒なんて全然していません。

 我関せずなんですね。

 気にするのが阿呆らしくなってきました。

 此方も、関わりを持ちたくはないですし、見てみぬ振りです。



ブックマーク登録、評価ありがとうございます。

来週も、月、水、金投稿します。


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