第42話
月曜投稿です。
「きゃあ。勇者様!」
「アンジェに何をする」
「聖女様! 早く此方に避難して下さい」
昼食後のまったりと寛いでいました処に、悲鳴が沸き上がりました。
どうやら、コテージの外に聖女さん一行が現れた様子です。
窓の外を覗きます。
団体さんが結界を抜けて、畑へと出ていました。
「おい。賢者。居るのだろう。出てこい」
何気に命令口調です。
トール君の表情が、怒気に染まりました。
村での亜人発言然り、命令口調然り。
そろそろ、我慢の限界でしょう。
結界の範囲外のコテージは、独立した魔物避けがありますから、魔物に襲われる心配はありません。
窓の外では、小型の魔物に躊躇する団体さんがいます。
倒せば良いのに、何を躊躇っているのでしょうか。
勇者の腕前に適正な魔物です。
一振りすれば良いだけです。
「何をしている。拠点でおとなしくしていろと、伝えた筈だ」
朱の死神さんの怒声が響きます。
魔物に躊躇いもなく、剣を一閃しました。
さすがは、職業軍人さんです。
見事な腕前でした。
「明日は、邪神討伐するんだろ。勇者の装備は賢者が与えると聴いた。本番でしくじらない様に、慣らしをしないといけないだろ」
「そうです。明日は、勇者様の晴れ舞台です。なにかしら、不祥事があってはいけません」
「なら、魔物に怯えていないで、戸を叩け」
「怯えていない。アンジェが心配なだけだ」
外のやり取りに、空気が静かになりました。
小型の魔物に怯える勇者。
なに、それ。
です。
さては、実戦経験がないと見ました。
同郷のセイ少年はなぶれても、魔物の命を奪う行為は躊躇う。
何て、歪な勇者でしょう。
「勇者の装備は、了承した覚えはないのだかな」
「彼方は、自分の都合しか考えていないのさ」
「勇者なのに、魔剣を所持していたしな。さて、どうするかな」
「一応は、装備品を用意してありましたよね」
ラーズ君の問いに、トール君は頷きます。
帝国は、否定しても肯定と受け取る国です。
万が一を考慮して準備はしていました。
コテージの外では、結界の範囲内から勇者が叫んでいます。
己が一番だと、肥大した思考を前面に押し出しています。
無駄に装飾が煌めく鎧は、式典用なのだと思います。
汚すのを嫌っているのかもです。
「賢者、魔人。いるなら出てきてくれ」
思案していましたら、コテージの戸が叩かれました。
死神さんです。
その口調は、懇願に近いです。
彼も勇者と聖女さんを、持て余しているみたいです。
矢面に立たされてお疲れさまです。
「んじゃ。ちょっくら、からかってくるか」
「程々にしておけよ。本番は、明日だ」
「ん。そうする」
トール君が、立ちあがります。
交渉役のラーズ君も、続きます。
「はいよ。お待たせしたな」
「いたか、賢者。聴いての通りだ、勇者の装備は何処にある」
死神さんが、親指で結界から出て来ようとしない、団体さんを指します。
興味が沸きましたので、半開きの戸口から覗き見してみました。
私の頭の上にはリーゼちゃんがいます。
リーゼちゃんは、私に釣られて護衛をしてくれています。
ジェス君は、姿を見せては厄介な事になりそうですので、アッシュ君の亜空間に避難です。
使い魔のお兄さん、お姉さんに遊んで貰ってください。
「その事だがなぁ。俺は勇者の装備をまともに見た事もないし、親父から聴いた事もない。知らないもんを、どう作れと言うんだ」
「なっ⁉ 装備がないと、邪神討伐出来ないじゃないか。邪神が復活したら、お前の責任だからな」
「黙れ、勇者。邪神討伐の前に、魔物を討伐して見せろや。そうしたら、手持ちの装備を販売してやる」
「はぁ? 何で販売なんだよ。勇者様が使ってやるんだぞ。ただに決まっているだろう」
頭が痛くなる会話ですね。
自己中心過ぎです。
死神さんも、額に手を当てています。
「賢者何て呼ばれているが、本職は商売人なんでね。無料で大事な商品を手放しはしないんだよ」
「賢者が、商売人? アンジェの兄さん、こいつ本当に賢者なのか?」
「間違いなく、賢者だよ。勇者殿の世界は、勇者だからと言って、無料で物がもらえるのかい?」
いましたね。
聖女さんのお兄さん。
団体さんの中に埋没していました。
ですが、お兄さんも結界から出て来ようとはしません。
「い、や。それは、違う。けど、俺は勇者だ。勇者に協力するのは、当たり前だろ」
「帝国人なら、それは通じるだろうけど。賢者殿は、天人族。我々人族よりも、神に近しい種族だ。礼儀はわきまえなさい」
珍しく、お兄さんが嗜めました。
心境の変化は、勇者の扱いに苦慮しているからですかね。
天人族は、滅多に空の聖域から地上に降りません。
ある地域では、神の見遣いさまと神聖視されています。
トリシアでの一件もありますから、神罰を与えられるのを、懸念しているかもです。
「賢者殿。対価を支払えば、勇者殿に装備を融通して貰えるかな」
「おう。適正な対価を支払えばな」
「今は手持ちが少ない。宝石でも、良いかな」
「まあ、そこはこっちが折れてやるよ」
「では、商談といこう。済まないが、宿屋に来て貰いたい」
「分かった」
トール君の譲歩を受けて、交渉は進んでいきました。
ラーズ君の出る幕はありませんでした。
けれども、宿屋にもラーズ君を同行させるみたいです。
見極めの良い機会と思っているかもしれません。
「アッシュ。リーゼとセーラを任せた」
「ああ。魔物の間引きでもしておく」
いつの間にか、私達の背後にアッシュ君がいました。
軽くこずかれましたので、気配察知を怠る失態を侵していました。
「魔物の間引き。俺も行く」
「邪魔、足手纏い」
勇者の発言にリーゼちゃんが一刀両断しました。
団体さんを引き連れての行動は、私も嫌です。
手なり足なりが滑り、背後からの危害は加えられたくはありません。
絶対にないとは言えませんし、信頼もしていません。
「勇者殿は、装備の試着をして貰わないと。商談には、肝心な勇者殿が必要だよ」
「えー。俺も魔物の討伐に行きたい。冒険がしたい」
「アンジェを、放って冒険かい。どうせ、明日には、嫌と言うほど活躍できるのだから、待ちなさい」
「そうです。勇者様。魔物の間引きは、亜人にやらせればいいのです。戻りましょう」
「……アンジェが言うなら、戻る」
渋々と勇者は引き下がりました。
団体さんに促されて、宿屋に戻っていきます。
トール君とラーズ君は、最後尾にて歩き出しました。
ん?
死神さんは残られています。
まだ、何か用事がありますか?
「魔人。正直に言え。あの勇者は生き残れるか」
「無理だろ。実戦を経験していない。魔物の命を奪う行為を躊躇った。操心のままでは、勇者の本領発揮には、ならん」
「やはり、未熟なままか。本国で、何を学んできたのやら」
「愚痴を溢されても困る。亜人には、皇帝の意は計り知れん」
「ふん。どうせ、帝国内の情報を把握しているだろうが。死んだ筈の勇者の片割れみたいに、保護はしないのか」
ドキリ、と心臓が跳ねました。
嫌味の応酬かと思いましたら、とんでもない発言が。
セイ少年は、帝国で死を擬装しました。
アッシュ君が、足を掴まれる筈はないと思います。
見上げれば、問われた本人は涼しい顔をしています。
「何の事だかな。取り敢えず返答するなら、人格の違いだな。あれは、助けてやろうとする気が沸かない」
「魔族は、人族の子供に寛容だと聴いていたが、随分と嫌われたな」
「そうしたのは、帝国だ。いや、至高神と崇める神の責任だ。加護を与えたのだから、最期まで面倒を見てやればいい」
アッシュ君は、そう忠告しました。
もう、助ける気は皆無なのでしょう。
セイ少年と別ちたのは、環境に適応したかです。
セイ少年は、帰還を望みました。
聖女さんの魅了に抵抗し、同郷の勇者に苦言を呈し、加護を剥奪されました。
アッシュ君に助けだされなければ、本当に命を奪われていました。
勇者と煽てられ、セイ少年を見捨てた経緯には、不快しかありません。
アッシュ君も同様に感じたから、セイ少年は助け、勇者は見捨てた。
これから、現実を見ないでいる勇者の身には、経験したことのない事象が起きるでしょう。
幾ら、トール君の装備が優秀でも、精神までは救えません。
果たして、死神さんが危惧した通りに、命で購うやもしれません。
悲惨な末路には、聖女さんも同様になるかもです。
勇者と聖女を代償に、邪神討伐を成功させる。
華々しい葬礼を贈る傍ら、豊穣の神子を掌中におさめ、大陸の覇権を手にいれる。
帝国の考えそうなことです。
人族至上主義な帝国ですから、神子は監禁状態でもして富を貪るのでしょう。
嫌どころの問題では、ありません。
「セーラ、大丈夫?」
リーゼちゃんが、顔を覗きこみます。
思考の淵に陥り過ぎまして、心配されてしまいました。
「大丈夫ですよ。大人の会話に、どう対処して良いか迷っているだけです」
「ん。皆、勇者の末路を気にしすぎ。最終的に、勇者は見捨てられない」
「どういった仮定の話だ。お前達の保護者は見捨てる気だぞ」
死神さんが責任の所在を、アッシュ君に押し付けています。
私も初耳なのですが。
リーゼちゃんは、言葉を続けます。
「先生の意趣返しには、勇者と聖女の生存が大前提。セーラは、弱いもの苛めは、嫌い。兄さんは、セーラに甘い。きっと、最終的には、人的被害は最小になる」
断言されました。
見透かされています。
お花畑なお子様が、危機的状況になってしまえば、助けてしまうのだろうな、とは思います。
救いの手を差し伸べるのは、トール君の役目だとも思います。
私は、帝国は大嫌いです。
しかし、実りの女神に、帝国に、利用されています聖女さんと勇者が、哀れに見えて仕方がありません。
「大人は、子供を助ける。当たり前、死神も心配だから、兄さんに態とらしい話題を提供した」
「……ふん」
「リーゼに、一本取られたな」
苦笑したアッシュ君の手が、リーゼちゃんを撫でます。
私が気落ちしていましたから、元気付ける目的で沢山話してくれました。
私には、暖かな兄妹がいてくれます。
心の支えがいてくれます。
聖女さんも顔の美醜に拘らず、心から信頼を出来る相手を作るべきです。
ニホンジンに拘っていましたから、勇者がそうであれと願います。
満たされています私が言うのも何ですが、祈らずにはおれませんでした。
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