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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
93/197

第42話

月曜投稿です。

「きゃあ。勇者様!」

「アンジェに何をする」

「聖女様! 早く此方に避難して下さい」


 昼食後のまったりと寛いでいました処に、悲鳴が沸き上がりました。

 どうやら、コテージの外に聖女さん一行が現れた様子です。

 窓の外を覗きます。

 団体さんが結界を抜けて、畑へと出ていました。


「おい。賢者。居るのだろう。出てこい」


 何気に命令口調です。

 トール君の表情が、怒気に染まりました。

 村での亜人発言然り、命令口調然り。

 そろそろ、我慢の限界でしょう。

 結界の範囲外のコテージは、独立した魔物避けがありますから、魔物に襲われる心配はありません。

 窓の外では、小型の魔物に躊躇する団体さんがいます。

 倒せば良いのに、何を躊躇っているのでしょうか。

 勇者の腕前に適正な魔物です。

 一振りすれば良いだけです。


「何をしている。拠点でおとなしくしていろと、伝えた筈だ」


 朱の死神さんの怒声が響きます。

 魔物に躊躇いもなく、剣を一閃しました。

 さすがは、職業軍人さんです。

 見事な腕前でした。


「明日は、邪神討伐するんだろ。勇者の装備は賢者が与えると聴いた。本番でしくじらない様に、慣らしをしないといけないだろ」

「そうです。明日は、勇者様の晴れ舞台です。なにかしら、不祥事があってはいけません」

「なら、魔物に怯えていないで、戸を叩け」

「怯えていない。アンジェが心配なだけだ」


 外のやり取りに、空気が静かになりました。

 小型の魔物に怯える勇者。

 なに、それ。

 です。

 さては、実戦経験がないと見ました。

 同郷のセイ少年はなぶれても、魔物の命を奪う行為は躊躇う。

 何て、歪な勇者でしょう。


「勇者の装備は、了承した覚えはないのだかな」

「彼方は、自分の都合しか考えていないのさ」

「勇者なのに、魔剣を所持していたしな。さて、どうするかな」

「一応は、装備品を用意してありましたよね」


 ラーズ君の問いに、トール君は頷きます。

 帝国は、否定しても肯定と受け取る国です。

 万が一を考慮して準備はしていました。

 コテージの外では、結界の範囲内から勇者が叫んでいます。

 己が一番だと、肥大した思考を前面に押し出しています。

 無駄に装飾が煌めく鎧は、式典用なのだと思います。

 汚すのを嫌っているのかもです。


「賢者、魔人。いるなら出てきてくれ」


 思案していましたら、コテージの戸が叩かれました。

 死神さんです。

 その口調は、懇願に近いです。

 彼も勇者と聖女さんを、持て余しているみたいです。

 矢面に立たされてお疲れさまです。


「んじゃ。ちょっくら、からかってくるか」

「程々にしておけよ。本番は、明日だ」

「ん。そうする」


 トール君が、立ちあがります。

 交渉役のラーズ君も、続きます。


「はいよ。お待たせしたな」

「いたか、賢者。聴いての通りだ、勇者の装備は何処にある」


 死神さんが、親指で結界から出て来ようとしない、団体さんを指します。

 興味が沸きましたので、半開きの戸口から覗き見してみました。

 私の頭の上にはリーゼちゃんがいます。

 リーゼちゃんは、私に釣られて護衛をしてくれています。

 ジェス君は、姿を見せては厄介な事になりそうですので、アッシュ君の亜空間に避難です。

 使い魔のお兄さん、お姉さんに遊んで貰ってください。


「その事だがなぁ。俺は勇者の装備をまともに見た事もないし、親父から聴いた事もない。知らないもんを、どう作れと言うんだ」

「なっ⁉ 装備がないと、邪神討伐出来ないじゃないか。邪神が復活したら、お前の責任だからな」

「黙れ、勇者。邪神討伐の前に、魔物を討伐して見せろや。そうしたら、手持ちの装備を販売してやる」

「はぁ? 何で販売なんだよ。勇者様が使ってやるんだぞ。ただに決まっているだろう」


 頭が痛くなる会話ですね。

 自己中心過ぎです。

 死神さんも、額に手を当てています。


「賢者何て呼ばれているが、本職は商売人なんでね。無料で大事な商品を手放しはしないんだよ」

「賢者が、商売人? アンジェの兄さん、こいつ本当に賢者なのか?」

「間違いなく、賢者だよ。勇者殿の世界は、勇者だからと言って、無料で物がもらえるのかい?」


 いましたね。

 聖女さんのお兄さん。

 団体さんの中に埋没していました。

 ですが、お兄さんも結界から出て来ようとはしません。


「い、や。それは、違う。けど、俺は勇者だ。勇者に協力するのは、当たり前だろ」

「帝国人なら、それは通じるだろうけど。賢者殿は、天人族。我々人族よりも、神に近しい種族だ。礼儀はわきまえなさい」


 珍しく、お兄さんが嗜めました。

 心境の変化は、勇者の扱いに苦慮しているからですかね。

 天人族は、滅多に空の聖域から地上に降りません。

 ある地域では、神の見遣いさまと神聖視されています。

 トリシアでの一件もありますから、神罰を与えられるのを、懸念しているかもです。


「賢者殿。対価を支払えば、勇者殿に装備を融通して貰えるかな」

「おう。適正な対価を支払えばな」

「今は手持ちが少ない。宝石でも、良いかな」

「まあ、そこはこっちが折れてやるよ」

「では、商談といこう。済まないが、宿屋に来て貰いたい」

「分かった」


 トール君の譲歩を受けて、交渉は進んでいきました。

 ラーズ君の出る幕はありませんでした。

 けれども、宿屋にもラーズ君を同行させるみたいです。

 見極めの良い機会と思っているかもしれません。


「アッシュ。リーゼとセーラを任せた」

「ああ。魔物の間引きでもしておく」


 いつの間にか、私達の背後にアッシュ君がいました。

 軽くこずかれましたので、気配察知を怠る失態を侵していました。


「魔物の間引き。俺も行く」

「邪魔、足手纏い」


 勇者の発言にリーゼちゃんが一刀両断しました。

 団体さんを引き連れての行動は、私も嫌です。

 手なり足なりが滑り、背後からの危害は加えられたくはありません。

 絶対にないとは言えませんし、信頼もしていません。


「勇者殿は、装備の試着をして貰わないと。商談には、肝心な勇者殿が必要だよ」

「えー。俺も魔物の討伐に行きたい。冒険がしたい」

「アンジェを、放って冒険かい。どうせ、明日には、嫌と言うほど活躍できるのだから、待ちなさい」

「そうです。勇者様。魔物の間引きは、亜人にやらせればいいのです。戻りましょう」

「……アンジェが言うなら、戻る」


 渋々と勇者は引き下がりました。

 団体さんに促されて、宿屋に戻っていきます。

 トール君とラーズ君は、最後尾にて歩き出しました。

 ん?

 死神さんは残られています。

 まだ、何か用事がありますか?


「魔人。正直に言え。あの勇者は生き残れるか」

「無理だろ。実戦を経験していない。魔物の命を奪う行為を躊躇った。操心のままでは、勇者の本領発揮には、ならん」

「やはり、未熟なままか。本国で、何を学んできたのやら」

「愚痴を溢されても困る。亜人には、皇帝の意は計り知れん」

「ふん。どうせ、帝国内の情報を把握しているだろうが。死んだ筈の勇者の片割れみたいに、保護はしないのか」


 ドキリ、と心臓が跳ねました。

 嫌味の応酬かと思いましたら、とんでもない発言が。

 セイ少年は、帝国で死を擬装しました。

 アッシュ君が、足を掴まれる筈はないと思います。

 見上げれば、問われた本人は涼しい顔をしています。


「何の事だかな。取り敢えず返答するなら、人格の違いだな。あれは、助けてやろうとする気が沸かない」

「魔族は、人族の子供に寛容だと聴いていたが、随分と嫌われたな」

「そうしたのは、帝国だ。いや、至高神と崇める神の責任だ。加護を与えたのだから、最期まで面倒を見てやればいい」


 アッシュ君は、そう忠告しました。

 もう、助ける気は皆無なのでしょう。

 セイ少年と別ちたのは、環境に適応したかです。

 セイ少年は、帰還を望みました。

 聖女さんの魅了に抵抗し、同郷の勇者に苦言を呈し、加護を剥奪されました。

 アッシュ君に助けだされなければ、本当に命を奪われていました。

 勇者と煽てられ、セイ少年を見捨てた経緯には、不快しかありません。

 アッシュ君も同様に感じたから、セイ少年は助け、勇者は見捨てた。

 これから、現実を見ないでいる勇者の身には、経験したことのない事象が起きるでしょう。

 幾ら、トール君の装備が優秀でも、精神までは救えません。

 果たして、死神さんが危惧した通りに、命で購うやもしれません。

 悲惨な末路には、聖女さんも同様になるかもです。

 勇者と聖女を代償に、邪神討伐を成功させる。

 華々しい葬礼を贈る傍ら、豊穣の神子を掌中におさめ、大陸の覇権を手にいれる。

 帝国の考えそうなことです。

 人族至上主義な帝国ですから、神子は監禁状態でもして富を貪るのでしょう。

 嫌どころの問題では、ありません。


「セーラ、大丈夫?」


 リーゼちゃんが、顔を覗きこみます。

 思考の淵に陥り過ぎまして、心配されてしまいました。


「大丈夫ですよ。大人の会話に、どう対処して良いか迷っているだけです」

「ん。皆、勇者の末路を気にしすぎ。最終的に、勇者は見捨てられない」

「どういった仮定の話だ。お前達の保護者は見捨てる気だぞ」


 死神さんが責任の所在を、アッシュ君に押し付けています。

 私も初耳なのですが。

 リーゼちゃんは、言葉を続けます。


「先生の意趣返しには、勇者と聖女の生存が大前提。セーラは、弱いもの苛めは、嫌い。兄さんは、セーラに甘い。きっと、最終的には、人的被害は最小になる」


 断言されました。

 見透かされています。

 お花畑なお子様が、危機的状況になってしまえば、助けてしまうのだろうな、とは思います。

 救いの手を差し伸べるのは、トール君の役目だとも思います。

 私は、帝国は大嫌いです。

 しかし、実りの女神に、帝国に、利用されています聖女さんと勇者が、哀れに見えて仕方がありません。


「大人は、子供を助ける。当たり前、死神も心配だから、兄さんに態とらしい話題を提供した」

「……ふん」

「リーゼに、一本取られたな」


 苦笑したアッシュ君の手が、リーゼちゃんを撫でます。

 私が気落ちしていましたから、元気付ける目的で沢山話してくれました。

 私には、暖かな兄妹がいてくれます。

 心の支えがいてくれます。

 聖女さんも顔の美醜に拘らず、心から信頼を出来る相手を作るべきです。

 ニホンジンに拘っていましたから、勇者がそうであれと願います。

 満たされています私が言うのも何ですが、祈らずにはおれませんでした。

ブックマーク登録ありがとうございます。

今週も月、水、金、投稿します。


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