第40話 ラーズ視点
水曜投稿です。
甘ったるい魔力が僕と兄さんを包む。
だけど、すぐに霧散した。
帝国の騎士に連れられて、辿り着いた聖女一行の部屋は、濃密な甘ったるい魔力がふんだんと撒き散らされていた。
離宮に入った途端に漂う魔力に、兄さんは眉をしかめていた。
僕も、鼻が曲がる匂いに嫌気がさしていた。
部屋に着くまで、兄さんは無言。
何故、僕が同行しなくてはならないのか、教えてはくれなかった。
朱の死神と言う二つ名持ちの騎士に、配慮したのかもだけど、僕としては、説明が欲しかった。
セーラの身は、リーゼと先生がついているから、心配はしなくてよいけども、聖女に対面するのはごめん被りたい。
あの、人族が持つには厄介な魅了魔法を、肌で感じるのは一回で充分だ。
僕も幻惑魔法を使用するから分かる。
聖女は、自分の欲求に正直だ。
欲しがるままに、魔力をタレ流ししている。
抑制を全然していないから、余りある魔力は外に放出している。
はた迷惑な行為だ。
警護のフランレティアの騎士が、離宮の中にいないのは、魅了魔法を警戒しているからだろう。
入口に待機していた騎士は、体調が悪そうだった。
頻繁に交代していると、耳が拾う。
フランレティアの人間は、聖女の魔力を不快に感じている。
魔力を外に放出出来ないセーラとは対称的だ。
セーラは先天的な魔力放出障害だが、身の内に余りある魔力は召喚体の僕やリーゼに渡され、人型をとり続ける魔法の源になっている。
聖女の魔力が甘ったるいなら、セーラは豊かな大地の恵みと穏やかな海原な雰囲気。
だから、ジェスも落ち着いた空気に包まれて安心している。
とても、ジェスが聖女に慣れるとは思わない。
セーラの元に来れて良かった。
「何度も言わせるな。盗んだ卵を渡せ‼」
「何でよ。これは、私の守護聖獣よ」
現に、騎士に怒鳴られているのに、自分の所有物だと訴える聖女の表情は醜い。
卵を抱えて離さない。
口を開かなければ、可愛いと評される部類だろう。
珍しいピンクブロンドの髪。
零れ落ちそうな碧の瞳。
陶磁器な肌に小降りな桜貝の唇。
庇護欲をかきたたせる顔立ち。
決して美人ではない。
美醜を問われたら、実兄の方が整っている。
騎士と妹の諍に端正な面持ちを歪めている。
周りの取り巻きも美男子だけはあり、それぞれの顔をしかめていた。
聖女騎士団はと言うと、やり取りを不気味な眼差しでみているだけだ。
魅了魔法にどっぷりと浸かり、正常な思考が出来ずに人形のように能面である。
比較的浅いはまり具合の騎士は剣呑な目をしているが、手は出せない。
兄さんの威圧に晒されて、動きを制限されていた。
勇者は既に気絶している。
「お前が勝手にそう判断しているだけで、卵の親にしたら単なる盗人だろうが」
「何故よ。聖女の私に使役されるのよ。親にとって、誉れじゃないの」
「馬鹿娘。聖女の威光が効くのは帝国内だけだ。属国とは言え、同盟国に対する背信行為で処断されても可笑しくはないのだぞ」
幾ら言葉で説明しても、聖女は理解しない。
古代竜が、人の世の誉れに関心が湧く訳がない。
一体、どう言った教育をしたら、我が儘放題な人間が出来上がるのか、不思議だ。
蝶よ花よと、箱入りに育てられたのは分かる。
だけど、一般常識を身に付けていないのは、可笑しい。
敢えて、教えられて来なかったのか、邪推してしまう。
「アンジェ。ハーヴェイ殿が仰っているのは、本当かい? 君は守護聖獣だと言うけど、何の卵なのかな」
「……」
「『アンジェ。答えなさい』」
「……水竜の卵で、聖属性の卵です」
ん?
今、聖女の兄が何らかの魔法を行使した。
激昂していた聖女がおとなしく答える。
これは、操心の魔法かな。
だいぶ、アレンジしてあるけど、言霊に違いがないな。
そうだった。
トリシアで、領主の補佐官を操り、隷属していたのは彼だ。
単なる、策略家ではなかった。
聖女以上に、警戒していないと駄目だ。
妹が強烈過ぎて忘れてしまうから、隠れ蓑にしていたな。
まあ、保有魔力が違うから、兄さんや幻獣の僕には効かない。
「『申し訳ない。許して貰えないだろうか』」
浅慮にも、僕と兄さんに言霊を行使した。
兄さんの眉が跳ね上がる。
聖女の魔力を散らした様に、言霊も受け付けない。
「盗んだ卵を渡せ。古代竜と喧嘩したいのなら、構わんがな」
「古代竜⁉」
「そうだ。なんてモノに手を出したのか、思いしれ。帝国を古代竜に襲わせるつもりか!」
「アンジェ。今すぐに、返しなさい」
「お兄さま、どうして? わたしが古代竜を使役すれば、お兄さまの思い描いた未来に近付くのよ」
盗んだ卵が古代竜の卵と知った聖女側に、動揺が走る。
当たり前だ。
古代竜は、神に等しい存在だ。
帝国がどれだけ繁栄していても、古代竜に手を出さないのは、出せば殲滅させられるからだ。
人海戦術も、物量作戦にも動じない、圧倒的な差がある。
帝国の帝都が水中に沈むのは、目に見えている。
古代竜とは、争わない。
賢明な判断だろう。
「アンジェ。帝国は古代竜とは、矛を交えないよ。君がしたことは、ぼくの未来に陰を呼ぶ。返しなさい」
「嫌です。お兄さま。守護聖獣がいなくては、邪神討伐に行けません。シルヴィータでも、守護聖獣を得られなかったです。皆、死んでしまうわ」
「愚かなことは言うものではないよ。聖女を守る為に、魔族側の英雄が来てくれたんだ。君を必ず守ってくれるよ」
「本当ですか?」
何の茶番だろうか。
聖女の魅了魔法が、僕と兄さんを包む。
両手を組んで、首を傾げる。
気味が悪いな。
獣人や、魔人は、差別対象だろうに。
取り込む気満々だ。
「自分の身は自分の取り巻きに守らせろ」
「何故、僕が守らないといけないんです」
「えっ?」
僕と兄さんの態度に、聖女が怯む。
魅了魔法は、これっぽっちも効いてはいない。
「ラーズ。魅了には、幻惑で返せ」
「分かりました」
自慢の魅了魔法を、幻惑魔法で撃ち破る。
までもなく、怯んだ聖女は簡単に幻惑された。
その場に崩れ落ちる聖女。
状態異常にかかり易いなぁ。
何も対策されていない。
こんなのが聖女とは、実りの女神は何を基準に選んだのだろうか。
頭がお花畑なお子様ではないか。
「アンジェ?」
「卵を渡せ」
「……は、い」
ノロノロと聖女が卵を差し出す。
兄さんは、卵を取り返した。
そして、空いた手に何かの塊を乗せた。
「『お前には似合いな卵だ。大事に持っていろ』」
「は、い」
「なっ。アンジェに何をした」
塊を抱えて聖女が倒れた。
兄さんの言霊は、威力が強すぎたようだ。
慌てて、聖女の兄が喚く。
「言霊を使えるのは、自分だけだと思ったのか。此方に、手をだしたのだからな。報復は当然だろうが」
「くっ。だが、アンジェは、神に認められた正式な聖女だ。守護聖獣を望んでも仕方がない」
「だから、聖獣を恵んでやったろうが。竜には、劣るがな」
「おい。魔人。何を選んだ」
騎士が詰め寄る。
兄さんの破天荒さは理解しているみたいだ。
堂々と、企んでいると宣言したし、警戒されている。
「だから、似合いな守護獣だ。制御出来るか知らんがな」
鑑定持ちではない僕にもわかる。
鶏の卵に似た大きさな塊は、聖獣の柔らかな魔力を放っている。
うん。
今の聖女の実力に似合いな聖獣だ。
真っ直ぐに成長すれば、聖女の能力を底上げするだろう。
僕は、兄さんが聖女に温情をかけたことに驚いた。
騎士や聖女の兄は訝しんでいるが、何らかの画策はしていない。
純粋な聖獣を渡しただけ。
「貴様がなにも企んでいないとは、どうしても思えん」
「ぼく等に害がないのか?」
ぼく等ねぇ。
聖女の兄は、聖女が気を喪い取り繕うことをしなくなった。
そこは、聖女を案じないと。
実妹を自分の野心を満たす駒にしか思っていないようだ。
歪な兄妹関係が、垣間見える。
聖女も兄に洗脳されているのが、見え隠れしていた。
お兄さまの思い描いた未来。
聖女はそう言葉にした。
気付いていないと思っているのか。
さらりと流されたが、忘れてはいない。
「害があるに決まっているだろう。聖女の思考誘導ができなくるさ」
「思考誘導だと?」
「何の事かな」
「そらとぼけるのなら、構わん。身に余る魔導具に頼りきりだと、いずれ聖女は魅了に填まった人形と同じ穴の狢になる。聖女は人格崩壊、代わりの神子は手に入らん。帝国の求心力も低下するな」
「だから、何の事だか」
無意識だろう。
聖女の兄は頻りに、右手の中指に填まる指輪を弄っている。
鑑定持ちなら、何の魔導具か分かったかも。
生憎と、その手の能力は僕にはない。
妹二人に頼っているのが現状だ。
僕も最低限の鑑定は習うかな。
「所詮は、皇帝の意のままか。もういい、対価は支払われた。明日の早朝に出発する」
興味を喪った兄さんは、言い捨てると踵を返した。
僕も従う。
結局、同行した意味は分からない。
聖女に幻惑をかけただけ。
何がしたかったのだろう。
「ラーズ」
「はい。兄さん」
離宮を抜けた処で、兄さんは足を止めた。
真剣な眼差しが、僕を射抜く。
何だろうか。
「あれ等を見てどう思った」
「我が儘な聖女と、妹を野心の導具にする兄。では、ないのですね」
「ああ。ラーズが気をつけないといけないのは、聖女ではなく兄の方だ。セーラに近付くのを、排除しておけよ」
兄さんが忠告してくれるのは、聖女の兄の言霊に対してだけではないのだろう。
聖女が強烈過ぎて兄の観察はお座なりになってしまった。
明日にでも、リーゼに人物鑑定をしてもらおう。
「無害そうに見えて、そうでない。言霊がセーラに有効だとは思いませんが、言質は取らさない様に気をつけます」
「そうだ。警戒しておけ。あれは、何としてもセーラを取り込む気だ」
「セーラが神子ではなくてもですか?」
「……神子ではなくても、儀式の生け贄にはなる」
儀式。
嫌な響きだ。
セーラの命と引き換えにして、帝国は何を願うのか。
どうせ、僕等にしたらろくでもない願いだろうな。
新たな勇者召喚か、自国の繁栄か。
そう、易々といかせはしない。
セーラとリーゼ。
僕の妹は、奪われた一族の分も幸せにならなくてはならない。
その為には、敵は排除しないといけない。
トール先生は、盛大な帝国への意趣返しを望んでいる。
僕も片棒を担わせられている。
先ずは、聖女一行を排除する。
要注意人物は、聖女の兄。
再確認した。
気を引き締めてかからないと。
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