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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第39話

月曜投稿です。

「ほんで、お前さんの用事は何だ」


 頭を掻きむしる朱の死神さんに、トール君が質問します。

 胃痛の方は大丈夫ですかね。

 まあ、私が薬を差し出しても、受けとるとは思いません。

 後で、痛い竹箆返しが待ち受けていそうです。

 薬の中身を毒薬に変えて、暗殺者にされたくはありません。

 同情はしますが、自己保身はしないとです。


「カズバル村への移動手段だ。陸路での移動は、時間が掛かりすぎる」

「んで、対価はなんだ」

「金銭では動かないだろうから、例の卵でいいか」


 随分と妥協してきました。

 思惑は、なんでしょう。

 トール君も、訝しんでいます。


「昨日、聖女が何処からか、卵らしき物体を手に入れたのは事実だ。ご機嫌で、言いふらしている」


 死神さんは、語ります。

 私達の部屋に突撃した聖女さんと勇者を、離宮に押し込み、皇帝陛下の勅命に従えと説教をした。

 聖女さんは自分の立場を脅かす私を、何としても排除したくて暴挙にでたのを、お兄さんと供に叱責されてふて腐れていた。

 けれども、水の精霊石狙いに湖に下調べさせていた精霊が、一抱え出来る物体を持ち帰り、狂喜乱舞した。

 それからは、その物体に掛かりきりで、騒動を起こしたのは忘れていた様子だった。

 周囲には、邪神討伐に不可欠な聖獣だと言っている。

 まさか、盗みを働き、使役しようとしていたとは、思いもしていなかった。

 要約すると、こんな感じです。

 言葉のはしはしに、聖女さんへの悪態をつきながら、死神さんは渋い表情です。


「あれに、古代竜(エンシェントドラゴン)が使役できるとは思えん。帝国は、無闇に古代竜とは争わない」


 どうやら、死神さんは聖女さんの魅了魔法には、囚われていない様です。

 ラーズ君の睡眠魔法にもかかっていませんでしたから、状態異常耐性が高いのでしょう。

 もしくは、何らかのアイテムを所持しているのかもです。


「古代竜を使役出来る器ではないのは、確かだな。幼生体とはいえ、孵った瞬間に親を呼ばれて、殲滅されるだけだ」

「それでは、王宮に被害が出てしまいます。賢者様、なんとか取り成していただけませんか」


 黙っていられなくなりました宰相さんに、訴えられます。

 蒼白な顔色をしています。

 フランレティア王宮に、古代竜が出現したら阿鼻叫喚処ではないです。

 卵を盗まれた水竜さんには、誰が盗人か判断はつきません。

 王宮にいますから、フランレティア王族も関与していると思われても仕方がありません。

 被害は甚大となる可能性は非常に高いです。


「分かった。カズバル村への移動手段の対価に、古代竜の卵を求める。今すぐに、対価を支払えば、明日出発する」

「ああ、それで構わない。では、一緒に離宮に来い。紛い物を渡す気はないが、念の為に見ていろ」

「そうだな。ラーズ、同行しろ」

「? 分かりました」


 アッシュ君が、ラーズ君を促します。

 罠を仕掛けると言っていましたので、ラーズ君の幻惑を使用するのかもしれません。

 善は急げ。

 死神さんは、足早に退出しました。

 アッシュ君とラーズ君が、続きます。

 残された私達は、明日の準備をしましょうか。

 ホッと一安心された宰相さんが、椅子に座られました。


「安堵したとこ悪いが、帝国は無理難題言ってきているか?」

「はい。カズバル村への移動手段の対価に、村での食糧問題、住居環境等々数えあげたらキリがありません」

「食糧は、自分等が持ち寄ってきたのがあるだろう。住居は、テント暮らしに慣れて貰うしかないな」


 食糧輸出を停止したのは帝国です。

 人気取りに食糧を支援しようとしたつもりが、先を越されてご立腹していますのを、使い魔さんが報告してくれました。

 時間停止の無限収納(インベントリ)ではなく、時間が緩やかに流れる空間収納(アイテムボックス)を持参して来ています。

 食糧は、それで賄えば良いのです。

 住居にしましても、宿屋暮らしには向かないでしょうから、フランレティアまでの旅程で使用したテントを利用すれば良いのです。

 村への移動手段は、アッシュ君が対価に卵を選択しましたので、フランレティアは手配無用でよくなりました。

 問題は解決しました。


「後はお花畑ちゃんが、どれだけ我が儘な文句を言ってくるかだな」

「聖女殿でしたら、目に付いた容姿が優れた騎士の勧誘に勤しんでおられますよ」

「まだ、集める気かよ。どんだけ、強欲なんだかな」

「婉曲に断れば、身分を声高に吹聴して、罰を求めます。今は、容姿が劣る騎士を周りに配置しております」


 聖女騎士団と名乗る騎士さんは、実力ではなく容姿が重要視されています。

 亜種の竜も狩れない二流の腕前だそうです。

 基礎の型通りしか習っておらず、臨機応変な組み合いはお粗末です。

 これから、相手になるのは縦横無尽に動く魔物です。

 決められた型での腕前は通用しません。

 神の加護を持つ勇者でさえ、型通りの降り下ろしでした。

 あれでは、あっさりと交わされてしまいます。

 邪神討伐は、夢のまた夢になりそうです。

 死神さんは、手柄は私達に渡ると諦めていました。

 彼が見ても、結末は変えようがないのですね。


「まあ、暫くの辛抱だ。カズバル村へ移動してしまえば、苦情は……。誰にいくかな?」

「死神」

「だな。あいつ、胃に穴が開かないといいな」


 今頃は、引率者に選ばれたことを、後悔しているでしょうね。

 因縁あるアッシュ君に、頼ざる逐えないのですから。

 そして、自国の我が儘放題で問題を起こす聖女さんの、尻ぬぐいをしなければなりません。

 確実に、胃にダメージがありそうです。

 やっぱり、こっそりと胃薬渡すべきでしょうか。

 むむむ。

 悩みますね。


「それじゃあ、此方も明日に向けて準備をするか」

「トール君も、同行するのですか? ミラルカに戻らないのです?」

「あー。工房が心配だがな。それ以上にセーラが心配だ。さっきのあいつに、絆されて胃薬渡しかねんだろ」


 うっ。

 見破られています。


「薬、駄目」

「そうだぞ。薬は駄目だろ。てか、口に入るもんは、自重しろ。そっから、取り込まれるだけだ」

「はい」


 トール君に叱られました。

 でも、回復要員として、招集されたのです。

 遅かれ早く、ポーションの出番になりそうです。

 聖女騎士団の腕前は、邪神討伐の役に立たないですし。

 被害が出るのは避けられません。

 時期が早まっただけでは、駄目でしょうか。


「魔族側の引率者は、アッシュだ。アッシュが約定を取り付けるまでは、ポーション類は手渡すな。取り替えられて、いちゃもんつけられるのは、避けたい」

「ん。先生の言う通り、与し易いとつけこまれる」

「私的に、それも有りかと思いました」

「「駄目」」


 うう。

 二人から、駄目だしされました。

 こう内側から敵を食い破る作戦は、無しですか。

 面白そうかと思ったのですよ。

 自分が一番大事にされている聖女さんの前で、神子だと持て囃されて矜持を折ってみたい気もするのです。

 分かってはいるのですよ。

 危険な行為であるとは。

 けれども、一矢報いてみたいのです。

 シルヴィータで精霊を駒扱いして、使い潰した聖女さんに。

 トリシアの水源地の魔素は、浄化されずに汚染されて、農耕地に大打撃を及ぼしました。

 近隣の村も、少なからず被害を受けています。

 豊穣のお母さまの罰もあり、シルヴィータの農業国の名声は地に堕ちました。

 私も巻き込まれただけに、無害な人々が哀れでなりません。

 聖女さんは水源地に束縛された精霊を、可哀想だと言う理由で連れ出しました。

 司る場から離れた精霊は、魔素浄化からは逃れましたが、約定を放棄したことに変わりがありません。

 あの、甘ったるい魅了魔法に囚われたのでしたら、冷静な思考で約定を放棄したか分かりません。

 精霊も、階級があります。

 精霊王を筆頭に、高位精霊、上級精霊、中級精霊、下級精霊です。

 格が上がるほど、自然界への干渉は高くなります。

 そして、世界の(ことわり)に縛られています。

 聖女さんは、理解していますでしょうか。

 自身の欲求を満たすだけに、精霊の力は使用してはなりません。

 精霊術師なら、一番に習う理です。

 ですが、古代竜の卵を盗ませました。

 水の精霊王は事態を重く受け止め、階級の降格を判断するでしょう。

 下手をしたら、存在消滅も有りうるかもしれません。

 また、聖女さんに関わりました精霊が、消滅を逃れられなくなります。

 可哀想だと想うのならば、解放してあげれば良いのです。

 自分中心の聖女さんですから、それはないでしょうね。


「どうした。静かになって」

「聖女さんの、大馬鹿者だと。叫びたくなりました」

「ん。気持ち、分かる」


 消沈していますと、リーゼちゃんに撫でられました。

 トール君にも、頭を撫でられました。

 気分は最低です。

 ああ。

 モフモフなジェス君を、満足いくまでブラッシングしたいです。

 生憎と肝心なジェス君は、ポーチの中でお休みです。

 宰相さんには、只の子猫だとは思われていないでしょうが、聖女さんが狙っていた子猫です。

 おいそれと、ポーチ外にだせれません。


「セーラ。少し休む。それから、準備する」

「だな。これから、長丁場になる。必然的に、聖女一行と関わるんだ。休めるのは、今しかないな」

「我が儘言いますなら、泳ぎたいです」


 もう、何日も泳いでいません。

 浮島の泉が恋しいです。

 何も考えずに、ひたすら泳ぎたい気分です。

 この際奥の宮の豪華な浴室にて、水浴びでも構いません。


「それなら、アッシュが回収した卵を返す折りに、湖で泳がせて貰うか」


 こくん、と頷きます。

 リーゼちゃんに、抱き付かれました。

 心配されています。


「ん。一緒に行く」


 リーゼちゃんの過保護が発動しました。

 はあ。

 トール君が言う通りに、これからは聖女さんの一行と関わるのですよね。

 初対面で、あの無作法極まりない出会い。

 いきなり、命を狙われました。

 ラーズ君とリーゼちゃんには、赦しがたい暴挙だったと思います。

 現に、リーゼちゃんは離れようとしません。


「何でしたら、当家の別荘池にも行きませんか。湖に面しております」


 宰相さんにも、気を遣われました。

 そんなに、へこんでいましたか。

 憂鬱になる今後が待ち受けていると思いますと、泳がせて貰えても気分は浮上しないものですね。

 ちょっぴり、不安になりました。


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