第38話
金曜投稿です。
トール君とアッシュ君が戻って来ましたのは、夕暮れが過ぎて深夜と呼べる時間でした。
あれから、再度の乱入者はなく、夕御飯を部屋に運んできました女官長さんも、保護者不在には眉をひそめただけで何も質問しませんでした。
美味しく食事を頂き、リーゼちゃんとジェス君とお風呂に入り、さあ寝ましょうという時間帯に保護者様は帰還しました。
お話は翌朝にすると、気難しい表情でトール君は沈黙していました。
私達は、頷いて寝室に別れました。
きっと、男子部屋にてラーズ君は聴かせられていることでしょう。
お兄ちゃんは大変です。
そして、翌朝。
爽快までとは行きませんが、軽やかに目覚めました。
宿屋の寝台と比べるまでもない、ふかふかな寝台は気持ちが良かったです。
「昨日は悪かったな」
「いいえ。少し気になりましたけど、トール君が無事に戻って来て安心しました」
「ん。何かあったら、倍返し」
朝食はお客様用の食堂でとりました。
給仕の女官長さんは、無言で役目を全うしておられます。
他の女官さんの姿が無いのを見ますと、口が軽い女官さんしかいないのか、なるべく接する人を制限していますのか、どちらかですね。
「ありがとよ。まあ、危ない事はなかったさ。ただ、卵泥棒を逃したのが悔しいな」
「泥棒ですか」
「うん。水の聖域でな」
それって、水竜の卵の事です?
大変な出来事では、ありませんか。
悠長にしていて大丈夫なのですか。
トール君は、何処と無くお疲れの様子です。
「まあ、親が暴れ出した頃にアッシュに、拘束されたから被害はなかったがな。何故か、泥棒捜しをすることになった」
額を押さえるトール君が、溜め息を吐き出しました。
怒れる水竜さんを説得しますのに、難儀した模様です。
私達が幼い頃の誘拐擬きに、トール君が暴れたのはいい思い出です。
親の心胸が分かるだけに、同情してしまったのかもしれません。
「泥棒の素姓は分かっているのですか?」
「まあな。水の聖域に入れる資格があるのと、特徴的な魔力波形が残っていたからな。この後で、交渉するさ」
「何方か聞いても?」
聴かなくても思い当たるのが若干名います。
怖いもの見たさに聴いてみました。
「水の高位精霊を使役する、お花畑な一行だ」
やっぱり。
帝国のお客様が来てからの異変に、疑惑は確信になってしまいました。
属国と謂えど、自治は認められています。
基本他国と代わらないのですが、自分勝手に干渉して良い訳にはいきません。
もし、水竜さんが大暴れしてしまいましたら、フランレティアは大洪水に見舞われても、おかしくはありません。
立派な内部干渉です。
捕まりましたら、重たい刑が確定です。
「給仕は結構だ。後で宰相に面会したい。時間をとって貰えるか、聴いて貰えるか?」
「畏まりました。ですが、皆様方の予定が空いておられますのならば、直ぐにでも面会したいと言っておいででした」
「分かった。食事を終えたら、案内を」
「畏まりました。失礼致します」
静かに女官長さんは、退出していかれます。
その足で、宰相さんと打ち合わせするのでしょう。
アッシュ君が人払いと防音の結界を張りました。
重大な打ち合わせの始まりです。
「水竜には、三個体の幼生体がいた。その最後の卵が盗まれた」
トール君が切り出します。
「んー。城に小さな竜の気配する」
「孵っているか?」
「ない。身を守ってる」
同族のリーゼちゃんが気配を察知出来るのは、近くに卵があるということです。
ならば、聖女さんの手元に卵があるはずです。
簡単に在り処が分かりました。
取り返すには、どうしましょうか。
正面から聴いて貰えるかどうか。
昨日の様子ですと、無理ですよね。
卵に異常が起きたら、親竜が暴れだすのは必定です。
被害が聖女さん一行だけに、収まればよいですが、怒れる水竜さんに人の区別がつくか判断ができません。
「取り敢えず。水竜には短気を起こすな、ちび竜の安全に努めろと言いくるめたが。何時まで持つか分からん」
「盗み返すのも手ですが、彼方も卵から目を離さないですよね」
「そうだな」
「使い魔も、近寄れないな。何か妨害の魔導具を展開している。たまに、朱の死神の怒声が聴こえてくるだけだ」
八方塞がりですかね。
頭を悩ます問題に、私達は取れる手段が講じられないでいます。
そもそも、何故に水竜の卵を狙ったのか、動機がわかりません。
水竜を脅かして味方につける算段でしょうか。
〔セーラちゃん。あの卵ちゃん嫌がってるよ。使役の隷属魔法に抵抗している〕
以外な処から情報が入りました。
食事を終えたジェス君が、私を見ます。
と、一声鳴いたジェス君が見つめる壁に、絵が写し出されました。
〈何で抵抗するのよ。あんたは選ばれた聖女の守護聖獣なのよ〉
〈落ち着きなさい、アンジェ。冷静になれば、答えてくれるだろう〉
〈でも、お兄さま。シルヴィータでは、貴重な空間属性の守護聖獣を誰かに奪われたのよ。今度も奪われたら、邪神討伐が出来なくなるわ〉
〈この卵は、水竜の卵だろう。何が貴重なのかい?〉
〈この卵は、聖属性の竜よ。わたしの、魔法を支援してくれるの〉
聖女さんの一行です。
音声付きですが、【遠見】の魔法です。
ジェス君が成長しています。
アッシュ君の亜空間で使い魔さんに、教えられたのでしょう。
壁面に写し出す。
音声も再現する。
難易度が高い魔法を覚えていました。
後で、誉めてあげなくては。
しかしながら、相変わらず聖女さんは、自己中ですね。
水竜さんから奪った卵を、自分勝手に使役しようとしています。
お花畑な頭は直っていません。
悪化していませんか。
〈聖属性か。どうして、アンジェは守護聖獣がいると分かるのだい?〉
〈それは、お兄さまには言えないわ。神様とのお約束だもの〉
〈それは、残念だね〉
肩を竦めるお兄さんは言葉ほど、残念だとは思っていません。
我が儘な聖女さんの扱いは、お手のものみたいです。
それにしましても、守護聖獣とは気になります。
ジェス君は、男神の旧い朽ち果てた遺跡に
幾重にも封印魔法と魔力維持の魔法に囚われていました。
少々短気な聖女さんが、上手に封印を解けるとは思いません。
あのままジェス君が囚われて、聖女さんの守護聖獣になっていましたらと、思うとやるせなさが募ります。
〈なんにしろ、空間属性の守護聖獣がいないと、転移魔法もアイテム無限収納が出来なくて困るわ〉
〈そうだね。空間属性の守護聖獣は、もしかしたら神子が所持しているのかも知れないね〉
〈あの闇の妖精族ね。魔族に囲まれて、いい気になっていて、忌々しいわ〉
〈アンジェ。表向きは海の妖精族と言いなさい。まだ、彼女には利用価値がある。アンジェの、聖女の名声を高めてくれる価値がね〉
はあ。
聴いていると、腹ただしいですね。
誰がいい気になっていますか。
兄妹に甘えているだけです。
お兄さんも、私を利用して使い捨てる気満載です。
さりげなく、ジェス君を所持なんて、アイテム扱いしています。
私やジェス君は、物ではありません。
役立つ気分は更々ないです。
「ジェス。魔法を解け。もう、充分だ」
〔はあい〕
アッシュ君が、ジェス君を撫でます。
疲れたのか、四肢を投げ出して伏せます。
見かねてスタミナ回復薬を小皿に注ぎます。
ジェス君は飲み終えたら、ポーチに自ら入り丸くなりました。
「これで、卵の行方が確定したな」
「腹立つ。乗り込もう」
「同感します」
リーゼちゃんがお怒りです。
私を軽んじた発言のやり取りに、拳を握っています。
ラーズ君は冷静沈着に見えますが、静かに闘志を燃やしています。
モフモフな尻尾が逆立っています。
「先ずは、宰相と面談だ。卵は、使役を嫌がり抵抗しているうちに、取り返す」
「ふむ。なら、一泡吹かせる罠を作るか」
「その辺は、アッシュに任せる」
アッシュ君の罠。
きっと、私達には思い付かない、エグい罠を仕掛けそうです。
一先ず、食事も終わりましたから、宰相さんとの面会です。
連れ立ちまして、食堂を出ました。
待ち構えていました女官長さんの案内で、奥の宮から政務の中心地の内の宮に移動します。
警護の騎士さんを引き連れての移動は、目立ちますね。
注目を浴びながら、宰相さんの執務室に着きました。
「失礼致します。お客様をご案内致しました」
「入れ。お茶を準備したら、人払いを」
「畏まりました」
執務室には、先客がいました。
苦虫を噛み潰した朱の死神さんです。
あらら。
アッシュ君と相性が悪い人です。
悶着がありそうです。
「申し訳ない。ハーヴェイ殿も、隣席してもらうが良いでしょうか」
「此方は構わないが、そっちは嫌そうだな」
アッシュ君は沈黙し、トール君が交渉役となります。
死神さんは、不承不承に頷かれました。
下手にアッシュ君の不興を買えば、昨日の様に転移魔法で排除されるだけです。
「それで、お話とは何でございましょうか」
「帝国のお客人が、既に厄介事をやりだした。湖の聖域から、大切な物が盗み出された。親は怒り心頭で、王宮の盗人の元へ乗り込む気だ」
「はっ⁉ それは、もしかしたら湖の主に関係がある品ですか?」
宰相さんは、湖の主に心辺りがあるのですね。
一気に汗が噴き出しました。
死神さんは疑問符から、一転理解した様で顔が赤くなりました。
「あの、阿呆どもが何をやらかした。湖はリザードマンの棲息地だろう。子供でも、拐ったか」
「ある意味。子供だな。水竜の卵だ」
ずばり、切り出すトール君です。
良いのですか。
竜殺しの名声を求めて、ハンターが押し寄せて来ませんか。
「水、竜、だと?」
「前以て宣言するが、古代竜だ。帝国の物量作戦は効かないぞ。それに、フランレティアの水の精霊石が、産出できるのも水竜がいるからだ。竜の怒りを買えば、帝国は水不足で干上がるな」
「何を呑気に構えている。ここに、水竜が襲撃してくるのだぞ。しかも、古代竜だ。勝ち目があるか」
てっきり、迎撃して名声を求めると思いましたが、違っていました。
いやに、消極的です。
死神さんの、名が廃りますよ。
〔セーラ。帝国は古代竜を討伐した経験はありません。帝国が討伐した竜は、亜種、下級、中級止りです。一度上級に大敗を喫して、古代竜には不干渉です〕
〔ん。うちの両親、相討ち〕
そうでしたか。
リーゼちゃんのご両親は上級です。
孵ったばかりの幼生体を守っての闘いは熾烈を極めて、リーゼちゃんだけが生き残りました。
ジークさんの救援は間に合わず、けれども遺骸は何一つ帝国に渡しませんでした。
その苦い記憶を、引き継いでいるのですね。
納得です。
さて、死神さんは呻きながら、聖女さん一行を罵っています。
割りと、常識人です。
胃薬、手渡したらいいですかね。
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