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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
88/197

第37話

月曜投稿です。


「兄さん、セーラが怯えていますよ」


 アッシュ君の魔人としての、一面を垣間見てしまいました。

 朱の死神さんと揃って、硬直してしまいました。

 ラーズ君が声を出さなかったら、アッシュ君の威圧に負けていました。

 うう。

 怖かったです。


「魔人。貴様、何を企んでいる」

「おれは、忌々しい帝国の勧誘が根本的に無くなればいいと、企んでいる。トールは、愛弟子に集る虫の完全な排除さ」


 どちらも、同じ意味かと思われます。

 アッシュ君も、帝国の拉致紛いな勧誘に腹をたてているみたいです。

 普段はトール君が声高に吹聴していますから、アッシュ君がここまで暴露する暇はなかったですね。

 それだけ、想われている証しです。

 有り難いです。


「獣人。お前は、妖精姫が神子だと知っているか」


 鉾先がラーズ君に向きました。

 微妙な魔力が死神さんに、纏わりつきます。

嘘発見(センスライ)】の魔法です。

 言葉巧みに、見破ろうとしています。


「まさか。僕はセーラが神子としてのお務めをしている姿は見たことありません。僕の妹はミラルカの妖精姫です。神子と間違えて欲しくはありません」

「ん。ラーズに同意。セーラは、調薬師。お薬屋さん。神子見たことない」


 けれども、ラーズ君とリーゼちゃんには悪手ですよ。

 二人は人型をしていますが、幻獣です。

 保有する魔力は莫大です。

 例え嘘をついていても、生半可な魔力では、見破れません。

 現に、死神さんは、目を見張っています。

 二人の言葉が真実だと判ったのでしょう。

 まあ、ただ今の言葉に嘘はありません。

 私が、神子のお務めをしています時は、正体が分からないように別行動していますから。

 神子衣装を御披露目した事はありますが、行動を共にした事はないです。


「真実が判明したのならば、とっとと皇帝に進言しろ。ミラルカの妖精姫は、神子ではないと」

「……では、神子は誰で、何処にいる」

「豊穣の神子は、ハーフエルフで、豊穣神の作り出した箱庭にいる」


 再度の問いに、アッシュ君は答えます。

 神国が公にした僅かな情報です。

 名前と氏素性は、誓約による秘匿がなされています。

 そのおかげで、私はミラルカで活動できるのです。

 神国の聖王と謂えど、誓約は破れません。

 豊穣のお母さまは、私が神子の柵に捕らわれるのを、由としません。

 自由に生きるのを、望んでおられます。

 トール君も保護者として、私の望む未来を帝国から勝ち取ろうとしてくれています。

 今回の一件は、負ける訳にはいきません。


「……妖精姫は、神子ではないと言うのか」

「聖女の神託が、何を言ったのか知らんが。此方は、いい迷惑だ。お粗末な勇者を旗頭にして、おれの身内に攻撃をするのなら、手加減なくやり返すだけだ」


 惑う朱の死神さんに、ラーズ君の幻惑がかかります。

 聖女さんの神託は、要注意です。

 私を神子だと断言してしまえば、勇者教を妄信的に信仰する信者が何をしてくるか、未知数です。

 私を害して、豊穣のお母さまの信仰力を貶める。

 なんて事になりかねません。


「……聖女の神託は、神子は亜人としか、伝えられていない。至高神も、正体は言えないと」

「だろうな。そもそも、神子は秘匿事項が多い。神々も、おいそれと神託は降ろせない。降ろするのなら、神格を剥奪されるからな」

「何故だ。貴様は、何を知っている」

「代理戦争時に、何十人と神子が殺されたと理解している。神々の信仰を掠奪するには、神子を害するのは効果的だと宣う神がいたのさ。そこからは、地上に神子が一人もいない状態になった」


 地上から神々が去った原因ですね。

 神国では、教典に記載されている事実です。

 神子とは、世界を運営をしています神々と、地上の知恵ある種族との橋渡しをする立場の役割を示します。

 地上に生きる種族が棲息しやすい様に、環境を整え魔素を大地に巡らしていきます。

 神子は魔素溜りを浄化すると共に、地上の民の代弁者でもありました。

 神が奇跡を起こし、地上の民は信仰する。

 両者は寄り添いあい、共存共栄してきました。

 そこへ、横槍が入っていきました。

 善神と呼ばれた神が、他神の信仰心を奪っていったのです。

 先程アッシュ君が語った理由で、神子は地上からいなくなってしまいました。

 魔素溜りを浄化出来なくなった大地は、疲弊して行きました。

 環境変化に適応出来ない弱小種族は絶滅し、益々神が地上から去る悪循環を生みました。

 世界の運営が滞る。

 この代理戦争に休眠していました世界神は、目覚め激怒しました。

 そして、ある種族の中に、自身の神子を誕生させました。

 神殺し。

 名の通りに、代理戦争に邁進する神々を滅ぼす存在です。

 数多の神々が、神殺しに粛清されていきました。

 神子殺しに走った神々は例外なく、善神も滅ぼされました。

 空いた神位の次代を産みなおした世界神は、再び眠りにつきました。

 新たな世界の(ことわり)の法と、神殺しを遺して。

 理において、神子の素姓は世界から秘匿される事になりました。

 神々はその誓約によって、神子の素姓を神託で降ろせない状況にあります。

 だからと言って、安全視は出来ません。

 法の掻い潜りはあるからです。

 神格を放棄する代償に、神託を降ろしても構わない、捨て身にこられるとも限りがないです。

 トール君とアッシュ君は、これを警戒しています。

 今のところは、そんな暴挙に至る可能性は低そうです。


「至高神とやらも、神子を守護する世界神を怒らせる訳にはいかないのだろう。今地上に生きる神子は、片手の数しかいない。おれ達が暮らす大陸には二人だ。神子に何事か起これば、おれ以上に最悪な奴が目覚めるだけさ」

「貴様は、その神殺しか?」

「いや。おれは違う。が、何処に眠るか知っている番人だ」


 はい。

 アッシュ君は、神殺しではありません。

 最凶な英雄たるアッシュ君すらも、凌駕する能力を秘めた神殺しは、世界神の神子です。

 大陸にいる神子は、私と彼だけとなります。

 私が神子ではないと欺ける事が出来たなら、帝国は彼の捜索に乗り出すでしょう。

 しかし、彼の行方を知るアッシュ君は、沈黙します。

 彼が目覚める脅威は、アッシュ君も看過できない要因です。

 神子繋がりで一度お会いしましたけど、彼を何と表現したらよいか分かりません。

 ただ、神を殺す役割を与えられた彼は、深淵に一人でいました。

 何処と無く、厭世的でした。

 地上にて、過保護な保護者様に囲まれている私と違い、冥い果ての底で孤独に囚われていました。


「魔人。場所を言え」


 朱の死神さんも、二人目の神子に気が付かれたようです。

 それも、世界神の神子。

 大陸統一処か、世界を牛耳ることができる。

 喜色に歪む表情になっています。

 対して、アッシュ君は冷静沈着です。


「人族が到達出来ない未踏の地にて、()の神殺しは眠る。()が目覚めし刻は、争乱の刻。ゆめゆめ、()は目覚めることなかれ」

「何だ、それは」

「彼の墓標だ。頑張って探せ」


 そこまで、教えて大丈夫でしょうか。

 帝国の覇権争いに、油を注ぐだけにはならないでしょうか。


「ふん。貴様が代償無しに教えると言う事は、俺が生きている間には見つけられん辺境に眠るのだろうな。そんな、不確かな情報、皇帝陛下に奏上出来るか」


 揺れていた眼差しが、また私に向きます。

 ラーズ君の幻惑が振り払いのけられました。

 怯えた振りでもしてみましょうか。

 リーゼちゃんの腕に掴まります。


「ん。いい子いい子」


 朱の死神さんに、何ら関心がないリーゼちゃんは、頭を撫でてきます。

 ラーズ君が苦笑しています。


「不確かか、どうか。至高神にでも、実りの女神にでも聴いてみろ。面白い神託が降るさ」

「貴様。やけに饒舌だな。何を企んでいる」

「忘れたか。帝国が鬱陶しい。世界の禁忌に触れて、自滅を誘う企みだ」

「貴様‼」

「いい加減、お前とのやり取りにも飽きた。さっさと、聖女や勇者のご機嫌取りに、戻ったらどうだ?」


 死神さんの足下に、転移の魔法陣が光ります。

 態とらしいアッシュ君の陽動に、死神さんは飛び退きました。

 そこに、再び魔法陣が。


「魔人‼」

「飽きた、と言った。退場しろ」

「……」


 転移魔法に捕まりました死神さんは、何かを喚いて強制転移させられました。

 部下の皆さんも一緒に退場です。

 さようなら。

 でも、また近いうちに再会するのでしょうけど。


「皆さんも、仕事に戻ってください。次に、帝国の方が見えても、妨害せずに通してください。此方で、対処します」


 ラーズ君が、扉口にて待機する女官長さんと、警護の騎士さんに近寄り話しかけました。

 にこやかな笑顔の姿勢は、騒動が起きたとは思わせないです。

 幻惑使ってますね。


「畏まりました。お湯やお酒のお代わりはお持ち致しますか?」

「そうですね。どうします、兄さん」

「いや、結構だ。充分堪能した」

「と、言ってます」

「畏まりました。失礼致します」


 できた女官長さんは、頭を下げつつ扉を閉められました。

 人払いを、婉曲に伝えます。

 警護の騎士さんは戸口に待機されますので、防音の結界が張られました。


「兄さん。良かったのですか、彼の話までしてしまって。奏上しないとは限りませんが」

「構わない」


 ラーズ君の問いに、アッシュ君は呆気ない即答です。

 帝国が本格的に捜索に乗り出したら、墓標は見つかるかと思います。

 人跡未踏の地だと明言したのですから。

 魔王領か辺境の地に、人海戦術で冒険家なりを言葉巧みに誘導して送り出すと思われます。

 死地に送り出される方が、可哀想ですよ。


「彼も神子の目眩ましになるのなら、本望だろうさ。なにしろ……」

「兄さん、どうしましたか」


 アッシュ君が言い淀むのは、珍しいです。

 窓方向に視線がいきます。

 使い魔さんの、報告でしょうか。

 釣られて窓を見てしまいました。

 と、濃密な水の魔力が、膨れ上がり消失したのを感知しました。


「水竜の怒り、悲しみ」


 リーゼちゃんには、魔力の持ち主の感情が伝わってきたようです。


「湖の水竜に何かが起きたな。水竜の魔力によって、使い魔との共有化が上手く伝わらない。ラーズ、トールが気になる。暫く、留守にする」

「はい。了解しました。僕達は部屋からは出ません」


 アッシュ君が立ちあがり、転移していきました。

 私達はおいてけぼりです。

 関与はさせないようです。

 湖の水竜も気になりますが、トール君が心配です。

 無事でしょうか。


「リーゼ。兄さんの不在時は警戒してください。どんな輩が襲撃してくるか、分かりません」

「了承。覗き屋排除」


 ラーズ君とリーゼちゃんは、早速警戒し始めました。

 また、帝国のお客人の来襲を示唆しています。

 保護者がいないと知れたら、絶対に乗り込んで懐柔するのでしょう。

 与し易いと思われるのは業腹です。

 返り討ちにしてあげます。

 来るなら来い、です。


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