第36話
金曜投稿です。
その人の第一印象は、頭脳労働者特有な優男。
剣よりペンで闘う人。
顔立ちは端正で、柔和な笑顔が似合う美青年です。
私の好みではないですが、万人受けする目鼻立ちをしています。
髪の色は金髪と聖女さんとは違いますが、面影は似通っています。
聖女さんがお兄さまと呼びましたので、素性はハッキリとしました。
聖女さん以上に要注意人物です。
「アンジェ。何をしている。部屋で休養していなさいと、言っただろう」
「だって、お兄さま。宗敵の闇の妖精族が、いるのよ。粛清しないと」
「アンジェ。彼女はダークエルフではなく、海の妖精族だよ。それに、今回の邪神討伐の協力者だ。謝罪なさい」
「嫌よ。ダークエルフではなくても、メーアエルフだろうが、私の勇者様にした仕打ちを先に謝ってよ」
謝罪しなさいと言いますが、お兄さんは私を一瞥するだけです。
妹の不作法を先に謝罪するべきでは、ないですかね。
やはり、他種族を排斥する帝国人です。
見下していますね。
私の両隣のラーズ君とリーゼちゃんは、静かにお怒りです。
アッシュ君は、徐々に威圧を高めていってます。
「アンジェ。謝罪しなさい。君達から、先に手を出したのだろう?」
「嫌よ。わたしは悪くないわ。悪いのは、フランレティアの大臣さんよ。王宮に、ダークエルフがいるって、教えてくれたのよ」
「そうだ。ダークエルフは、勇者の敵なんだろ。俺が討伐して問題がないじゃないか」
リーゼちゃんに投げられ床に延びた勇者君が、何やら喚きます。
セイ少年と同年代の勇者君の黒い瞳は、魅了魔法に患っている者特有で濁っています。
正常な思考が出来ず、魅了者に従順です。
隷属に近い状態で、自分の意思が薄弱になっています。
そんな状態では、武術の腕前にも影響がでてきています。
リーゼちゃんにあっさりと、投げられたのがいい例です。
受け身すらとれていなかったですから、邪神討伐なんて無理だと思います。
それにしましても、ダークエルフ、ダークエルフと煩いです。
私は、森の妖精族と海の妖精族との混血です。
種族が違います。
暴れていいですかね。
膝の上の握り拳に、ラーズ君とリーゼちゃんの手が乗ります。
念話で、落ち着くよう諭されています。
私をダークエルフと断じたのは、あの外務大臣派の方でしょう。
賢者様の愛弟子を害して、王様との中に不和をもたらすつもりでしょう。
ラーズ君は冷静に判断しています。
立ち上がる勇者君と聖女さんは、憎々しげに私達を睨みます。
「私は悪くないわ。ダークエルフと紛らわしい姿をしているそっちが悪いのよ」
「メーアエルフも、ダークエルフの仲間なんだろ。どうして、そんなのが協力者なんだよ」
「何回も言わせないで欲しいな。彼女達は、賢者の弟子と薬師だ。治癒魔法が使えるのは、アンジェ一人だけでは、邪神討伐も不安があるだろう。彼女の作る回復薬は、帝国でも称賛に値する」
嫌だぁ。
私の職種は調薬師です。
態とらしい間違いに、私は沈黙しています。
命を狙われ、責任転嫁する相手とは会話したくはありません。
帝国との、交渉はアッシュ君にお任せします。
それにしましても、私の作製したポーションが帝国にまで、出回っている事実に驚きです。
ミラルカの商業ギルドと癒着していました、グレゴリー商会経由で帝国に渡ったのだと思います。
「回復薬? ああ、そっか。薬師か。なら、精々、足手まといになるなよな。俺は、勇者だから、邪神討伐が終わるまでは、生かしておいてやる。アンジェも、それでいいな」
「……。勇者様が、そう言うのなら、我慢します」
リーゼちゃんの肩が跳ねました。
生かしてやるとは、何様ですか。
腹立たしいこと、このうえありません。
ここまで、貶められては、協力何てしたくはありません。
ミラルカに、即刻帰りたくなってきました。
「なあ。あんた等は、一体何がしたいんだ。協力者の不況を買いにきたのなら、契約不履行で帰らせて貰うぞ」
等々、アッシュ君が威圧を最大限にして、帝国人を睥睨しました。
蛇に睨まれた蛙よろしく、帝国人の顔色が青くなっていきます。
私達は、帝国の皇帝に要請されました協力者です。
帝国とは、縁も所縁もないミラルカ出身の魔族です。
勇者君と聖女さん方は、下に見下していますが、協力を断る事もできます。
皇帝の勅命は、なんら効力は発揮しないと、思い至ったらいいです。
「忘れているようだがな。魔族の俺達に、人族の皇帝の言葉に意義を見いだせないし、唯々諾々とかしずける義務もない。今、ここにいるのも賢者の頼みだからだ」
「皇帝陛下に逆らうと言うのか」
「勘違いするな。皇帝に阿ねる意味が何処にある。喧嘩を売るなら買うぞ」
「……け、賢者は何処にいる」
部屋に満ちていきますアッシュ君の威圧に、誰もが動きを封じられていきます。
私達年少組は、慣れています。
優雅にお茶で、喉を潤します。
「アンジェ、勇者殿。謝罪をしなさい」
「……。わ、分かったわよ。間違えて、ごめんなさい」
「ちっ。悪かったよ」
強制された謝罪に意味はありません。
不愉快さが、増すだけです。
私は無関心を貫きます。
お花畑な聖女さんと、自分が偉いと勘違いしている勇者君。
全然反省してないですよ。
態度で丸わかりです。
アッシュ君を含めて、私達の機嫌は最悪です。
「なによ。ちゃんと謝ったじゃないの。亜人の癖に……」
「アンジェ‼ もう、黙りなさい」
またもや、失言する聖女さんに、お兄さんから叱責が飛びます。
見目麗しい人々を侍らし、耳障りのよい言葉しか聴いてきていないのが、露呈しましたね。
亜人は、差別用語です。
アッシュ君の威圧は、無くなりません。
「妹が、申し訳ない。世間知らずで箱庭育ちだ。我々に君と、敵対する意思はない」
「なんでだよ。力で言うこと聴かせればいいじゃん」
「力負けしたのは勇者殿だろう。君は、力で竜人に負けたのだよ。静かに退出して、部屋に戻りなさい」
勇者君、いいえ。
勇者の暴言に笑えてきます。
アッシュ君が、実力不足だと断じたのは、正しいでした。
己の力量を図れない御馬鹿さんです。
私でも、倒せます。
「何時までもお邪魔しては、機嫌を損ねるだけだな。いちど、仕切り直しをさせて貰いたい」
「勝手にしろ」
友好的を演じているお兄さんに対して、アッシュ君はにべもないです。
まあ、あれだけ、失言暴言を聴かせられましたから。
友好的になぞなれません。
カズバル村への移動手段の、交渉は没になりそうです。
頑張って陸路を行ってくださいな。
「おい。馬鹿供は何処だ?」
鎧の擦れる音に紛れて、何処かで聴いた声がします。
衛兵さんか騎士さんが、漸く登場ですか。
しかし、現れたのは帝国の騎士でした。
「ウォルト伯爵。賢者との面会は明日以降だと、言ったはずだ。面会前に、騒ぎは止めろと忠告しただろうが。手間を増やすな」
「ハーヴェイ殿。申し訳ない。妹と勇者の二人が勘違いで、飛び出してしまった」
何処かで見た人です。
〔ルーカス=ハーヴェイ。朱の死神です〕
ラーズ君が教えてくれました。
ああ。
アッシュ君と因縁がある死神さんでしたね。
部下の帝国騎士を引き連れて現れた死神さんは、部屋の惨状に顔をひきつりました。
「ウォルト伯爵。貴方も煽ったのも、事実だな」
「言い掛かりは止めて欲しいな。私は、外務大臣と協議していただけだ」
「どうせ、妹に聴かせる様に会話していたのだろう。皇帝陛下は、魔族の協力者無くしては、邪神討伐は為らないと仰っておられる。陛下に楯突く気ならば、即刻帰還しろ」
「一騎士風情が、私に命令しないで貰いたい。私は、妹と勇者殿を諌めたのだぞ」
「そんなのは、そこの魔人には関係がない」
死神さんとお兄さんの口喧嘩は、アッシュ君を巻き込みました。
当の本人は、険呑な眼差しで諍を見ています。
死神さんは、アッシュ君の力量を知っていますので、邪神討伐を開始する前に、一戦交えるのを忌避しています。
「魔人。ここは、自分が収める。無礼は忘れろ」
「花畑な聖女と向こう見ずな勇者の監督不届きは、誰の責任だ。お前も間違えるなよ。おれは、何時でも敵対してもいいんだぞ」
「その怒りは、邪神に向けろ。勿論、ウォルト伯爵にある。おい、伯爵と聖女と勇者を連れていけ」
部屋に帝国騎士が雪崩れ込み、三人を拘束します。
手際の良さに、薄ら寒い思いをしました。
あっさりと騎士に拘束される勇者。
どれだけ、実力不足なのか、一端を垣間見えました。
邪神討伐の前に、遺跡の魔物に食い殺されますよ。
「ちょっと、離してよ。私は、聖女よ。こんな扱いは無礼じゃないの」
「おい、俺は勇者だぞ。なんで、俺が悪いんだよ」
「ハーヴェイ殿。私に対する扱いは、丁重にして貰いたい」
三者三様に喚いて連行されて行きました。
聖女さんの取り巻きも一緒です。
死神さん。
やりますね。
此方の出方を伺い、五体満足に怪我人を出さずに撤退されました。
「魔人。悪かったな。此方も、指揮命令が、紆余曲折している」
「知らんな。後少し遅かったら、煩い蝿は黙らせて、おれ達だけで邪神討伐していたな」
「ふん。その方が楽でいい」
死神さんは、鼻を鳴らします。
本当に、私達だけで攻略したいです。
あの、面子と攻略なんて、絶対に問題だらけですよ。
まともに、戦闘できもしない勇者を、お守りしないといけない死神さんに同情します。
「皇帝も何を考えて、あれを寄越したのか、分かったぞ。フランレティア一国を盗る為に、墓場とするか」
「陛下の御心は図れるか。どうせ、手柄はお前達に、いく。神子の正体を暴ければ、御の字だ」
死神さんの視線に捕まります。
やはり、妖精姫=神子の図式は成立しています。
トール君はどうやりまして、意趣返しをするのでしょう。
帝国は、勇者と供に聖女さんも排斥するつもりでいます。
後釜に、神子を据える予定みたいですが、私にはそんな気はありません。
両親を奪った帝国に囚われるのならば、自死も厭いません。
豊穣のお母さまを泣かせてしまうのが、心に刺さりますけども、意思は堅いのです。
「魔人。何を笑う」
「いや。先入観は怖いな。精々、叶わない夢にすがってろ」
「どういう意味だ。お前は、神子の正体を知っているのか」
「さあな」
「魔人。答えろ。そこの、妖精姫が神子ではないのか」
死神さんの詰問に、アッシュ君は笑うだけ。
正体は、私です。
とは、言い出せません。
アッシュ君もトール君と、なにかしら画策している模様です。
「さあな。帝国の慌てふためくのが楽しみだ」
「魔人‼」
アッシュ君は意地悪く嗤う。
先程の騒動の鬱憤を晴らしているのでしょう。
激高する死神さんの姿も目に入れず、ただただ嗤うだけ。
ほんの少し、怖いと思いました。
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