第35話
月曜投稿です。
はい。
フランレティア王宮に、戻ってまいりました。
事前に宰相補佐官さんが、連絡しておいてくださいましたので、宰相さんがお出迎えしてくれました。
「お帰りなさいませ。カズバルの村人は東の離宮にて保護しております。帝国からのお客人は反対の西の離宮にて接待しております」
「ほんで、俺等は奥の宮でいいのか?」
「はい。以前のお部屋をご使用ください」
「分かった。ほんなら、アッシュ。暫くは任せた」
「了解した」
トール君は湖の水竜さんの処へ転移されました。
呼ばれている。
目を凝らして視てみますと、確かに魔力の糸が波のように漂っています。
「賢者殿はどちらに行かれたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
騎士団の皆様が副団長さんに、解散を告げられ持ち場に戻られる中を、宰相さんに尋ねられました。
「水脈に歪みが発生していた原因を取り除いたからな。トールは、湖の汚染度を調べに行った」
アッシュ君は、何処に帝国の耳があるか知れませんので、固有名称を使わずに、それとなく匂わせて発言しています。
宰相さんも思い至りましたのか、頷かれました。
「左様でしたか。では、お戻りになられましたら、教えてくださいませ。帝国のお客人が、面会を求めておられます」
「今日は無理だな。明日以降なら、受け付ける」
「分かりました。その様に、先方にはお伝え致します」
宰相さんの案内で、私達は以前使用したお部屋に歩き出します。
帝国のお客様と鉢合せしないように、正規の道筋ではない場所を歩いています。
使用人が歩く裏道ですね。
苦肉の策とみました。
きっと、彼方の方々は我が物顔をして、威張り散らしているのでしょうね。
他国にきてまで、恥を晒しているのは、如何なものかと思います。
「では、何用がございましたら、何時でもベルをお鳴らし下さい」
「私供は隣室に控えております」
お部屋に着くと、ベテランな女官長さんが人数分のお茶を淹れて、下がっていかれました。
お茶菓子が美味しそうです。
料理長さんが作る焼き菓子は、甘さが控えめでとても口にあいました。
ついつい、食べ過ぎてしまう美味しさです。
みゃあ。
ソファに着くと、アッシュ君が亜空間からジェス君を解放しました。
ジェス君は、アッシュ君の掌を経由して、私の膝に跳び移ります。
〔セーラちゃん。ジェス、お利口にしてたの〕
「はい。お利口さんです。なにか、飲みますか?」
〔ミルクぅ〕
「分かりました」
小皿にジェス君用のミルクを注ぎます。
ジェス君の尻尾が揺れています。
ご機嫌ですね。
「どうぞ」
〔わーい〕
ジェス君は、一心不乱にミルクを飲み始めました。
私も、お茶を飲みます。
私を挟んで座るラーズ君、リーゼちゃんも喉を潤しています。
アッシュ君は、お茶よりお酒。
自前のワインを取り出しました。
〔アッシュ君はお酒? 夜じゃないよ〕
ミルクを飲み終えたジェス君は、前肢で顔を拭っています。
ジェス君の中では、お酒は夜ご飯の時。
と、思っているのでしょうね。
アッシュ君は飲んべえです。
暇があるとお酒を嗜みます。
「これ位では、酔わないさ」
〔お酒、美味しいの?〕
とことこと、テーブルを歩き、ワイン瓶に近寄るジェス君。
さりげなく、匂いを嗅いでいます。
〔うにゃ⁉〕
酒精を嗅いだジェス君は、驚いてひっくり返りました。
鼻を前肢で押さえています。
大丈夫かな。
〔変にゃ匂いした〕
「ジェスには、まだまだ酒は早いな」
「兄さん、笑っている場合ではありませんよ。ジェス、水で洗いなさい」
〔ふえーん。ラーズ君。お鼻、匂いとれない〕
小皿に水を注ぐ、ラーズ君。
ジェス君には、お酒は強烈な刺激があった模様です。
慌てて、並々と注がれた水に顔を浸けるジェス君は、涙目でした。
プクプク。
気泡が沸きました。
にゃあん。
顔をあげたジェス君をタオルで甲斐甲斐しく、世話をやくラーズ君ですが、私がやらかした迷宮スパイス事件を思い出します。
あの時は、あれが最善だと思ったのですよね。
失敗しましたけれども。
〔セーラちゃん。ジェス、お酒嫌い〕
「私も、お酒は苦手です。一緒ですね」
〔一緒? 一緒だ〕
料理でワイン煮をたまに作りますが、滅多にお酒は嗜みません。
リーゼちゃんは竜族ですから、お酒には強いです。
ざるを通り越してわくです。
ですが、弱点もあります。
その名も、竜殺しと言うお酒です。
竜すらも酔わせるお酒と言う意味です。
酒精が高く、一口飲んだリーゼちゃんは、見事に酔っ払いになりました。
普段抑制している感情が豊かになり、処構わずに魔法をぶっぱなしましたよ。
街中で、竜体に戻らなくて良かったです。
陽気に笑うリーゼちゃんは、怖かったです。
工房が半壊しましたし。
飲ませた本人供に禁酒が言い渡されました。
興味本位で飲ませるべきではありませんでした。
恐るべし竜殺し。
幼体のリーゼちゃんが、酔っ払いになるのです。
成体のジークさんが飲んだら、ミラルカは半壊でしょうか。
メル先生。
何故に錬金術師がお酒を開発したのか、未だに謎です。
脱退した悪戯好きなエリィさんの影響でしたかね。
「リーゼ、セーラ。覚悟してください」
思い馳せていましたら、ラーズ君に注意されました。
覚悟?
何の覚悟ですかね。
「聖女と勇者の登場です」
「はぁ。えっ⁉ ここにですか?」
「ええ。騒がしい一団が近付いています。ジェスはポーチに隠してください」
「ん。変な魔力来る」
いろんな意味で混乱しています。
お早い登場に呆れてしまいます。
動きが鈍い私に変わり、リーゼちゃんがジェス君をポーチに入れてくれました。
「……お待ち下さいませ。この宮は王族専用の宮です」
「武装解除して頂かねば、困ります」
私達に聴こえる様に、女官と騎士の声がします。
段々と近付いてきています。
聖女さん。
何をしていますか。
ここは、他国ですよ。
自国の我が儘を発揮出来る場所ではありません。
「さすがは、お花畑な頭だ」
「アッシュ君は、冷静ですね」
「直接対決の相手が出向いて来たんだ。待ち構える余裕ができるだろう」
一室一室、扉を開け放つ音が響いています。
王族の宮にいるのは察知しても、どの部屋にいるかは知らないのでしょう。
他国の人間が王族のプライベート空間に、突撃して来た。
幾ら、属国と言えど、赦されざる行為です。
案内された私達も、許された範囲でしか行動していません。
脳内お花畑は健在でした。
「お客様と言えど、無法は赦される事ではありません。即刻、離宮にお戻りになってください」
「煩いわね。わたしは、帝国の聖女よ。何をしても許されるのよ」
「そうだ。聖女様の言葉に逆らうなど、女官風情が無礼だな。斬って捨てるぞ」
赦される訳がないでしょう!
何てお花畑な思考。
頭が痛くて仕方がありません。
お付きの取り巻きも、止める処か推奨しています。
常識はずれな一団の手綱を握る、聖女さんのお兄さんはどうしたのでしょうか。
もしや、これも策略の一端でしょうか。
そうこうしている間に、私達の部屋の扉が開きました。
「やっと、居たわね。諸悪の根源。宗敵の闇の妖精族。勇者様、あれがそうです。早く、討伐してください」
「ああ。分かった」
ストロベリーブロンドの髪を靡かせた少女。
白を基調とした金銀の糸で刺繍された神官衣を身に纏う、甘ったるい魔力を放つ聖女さん。
胸元には、大粒な水の精霊石をあしらった首飾り。
碧の瞳は私を捕らえて離しません。
そして、ごてごてした装飾が為された、絶対に実用に向かない鎧を着込んだ黒髪の少年勇者。
その他、取り巻きの面々を引き連れての登場に、何の感慨も湧きませんでした。
冷めた感情があるだけです。
「アンジェの敵は、俺の敵だ。とっとと退場しろ」
勇者君は抜剣するなり、降り下ろして来ました。
女官さんの悲鳴があがります。
が、あのう。
戸口で降り下ろしても、届きませんよ。
微かな振動が伝わるだけです。
一体、何がしたいのでしょう。
呆気に取られました。
「なっ。魔剣が発動しない。貴様等、何をした」
勇者君が喚きます。
いえ、何もしていませんが。
アッシュ君は涼しい表情でワインを飲んでいます。
しかし、勇者なのに聖剣や神剣ではなく、魔剣とは、これ如何にです。
そう言えば、トール君に勇者の装備を依頼してきていましたね。
間に合せの武装でしょうか。
「勇者様、発動の誓句を忘れています」
「あっ、そうか。我が魔力を糧に風を纏え」
誓句が必要な魔剣ですか。
レアな品ですね。
大金貨二枚はしますね。
つい、査定してしまいました。
商売人のさがです。
と、リーゼちゃんが左手を横に伸ばしました。
「せいっ」
再び降り下ろされた魔剣から、真空刃が襲ってきます。
ですが、リーゼちゃんの左手にあたり、霧散しました。
「なっ⁉ 俺の技が効かない?」
「貴女も魔族ね。勇者様、魔剣で直接斬り付けてくださいませ」
「うん。分かった。アンジェ」
魅了魔法の虜になっています勇者君は、素直に頷き私達に近付いてきます。
私は無防備に座ったままです。
いえ。
全然危機感がないのですよね。
お芝居を見ている感じなのです。
「ていっ」
「妖精姫様!」
女官長さんが、聖女さんの取り巻きを掻い潜り、前に出ようとしています。
まさか、庇おうとされています?
安心してください。
リーゼちゃんを狙って降り下ろされた魔剣は、脅威ではありませんから。
リーゼちゃんは、魔剣を掌で難なく受け止めると、ぶん投げました。
「ひやぁあ」
「勇者様!」
「リーゼ。割るな」
魔剣と一緒に勇者君も翔びました。
途中で柄から手が離れて、窓ガラスに直撃しました。
アッシュ君の注意に、風がクッションの役割を果たしましたので、窓ガラスは割れませんでした。
「技もない。三流勇者だな」
アッシュ君の批評は辛いです。
私もそう思いますけど。
単なる降り下ろしは、力任せ。
基本動作そのままでした。
これでは、邪神討伐の前に魔物の一匹も狩れないでしょう。
帝国で、何を学んできたのか分かりません。
「勇者様。大丈夫ですか?」
「痛い。背中を打った」
「魔族の癖に、勇者様に何をするの。黙って討伐されなさい」
勇者君に駆け寄る聖女さん。
身体を痛めた勇者君を労る聖女さん。
その顔は、わたしって優しいと自画自賛しています。
あのですね。
聖女さんは私がお気に召さない様子ですが、帝国の皇帝は私を取り組む気満載で、邪神討伐に協力を要請してきています。
不仲を体現してどうするのでしょう。
付け込まれるだけです。
「皆、宗敵をやっつけてください」
「了解しました」
「アンジェの敵は、自分の敵」
取り巻きさん方が抜剣します。
対して、私達は呑気なものです。
アッシュ君が威圧を始めたぐらいです。
私達は、待っているのです。
このお芝居を画策した人の登場を。
「アンジェ。止めなさい」
「お兄様⁉」
果たして、満を持して聖女さんのお兄さんが、でてきました。
さあ、何を語ってくれますか。
見物させてくださいな。
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