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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
86/197

第35話

月曜投稿です。


 はい。

 フランレティア王宮に、戻ってまいりました。

 事前に宰相補佐官さんが、連絡しておいてくださいましたので、宰相さんがお出迎えしてくれました。


「お帰りなさいませ。カズバルの村人は東の離宮にて保護しております。帝国からのお客人は反対の西の離宮にて接待しております」

「ほんで、俺等は奥の宮でいいのか?」

「はい。以前のお部屋をご使用ください」

「分かった。ほんなら、アッシュ。暫くは任せた」

「了解した」


 トール君は湖の水竜さんの処へ転移されました。

 呼ばれている。

 目を凝らして視てみますと、確かに魔力の糸が波のように漂っています。


「賢者殿はどちらに行かれたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 騎士団の皆様が副団長さんに、解散を告げられ持ち場に戻られる中を、宰相さんに尋ねられました。


「水脈に歪みが発生していた原因を取り除いたからな。トールは、湖の汚染度を調べに行った」


 アッシュ君は、何処に帝国の耳があるか知れませんので、固有名称を使わずに、それとなく匂わせて発言しています。

 宰相さんも思い至りましたのか、頷かれました。


「左様でしたか。では、お戻りになられましたら、教えてくださいませ。帝国のお客人が、面会を求めておられます」

「今日は無理だな。明日以降なら、受け付ける」

「分かりました。その様に、先方にはお伝え致します」


 宰相さんの案内で、私達は以前使用したお部屋に歩き出します。

 帝国のお客様と鉢合せしないように、正規の道筋ではない場所を歩いています。

 使用人が歩く裏道ですね。

 苦肉の策とみました。

 きっと、彼方の方々は我が物顔をして、威張り散らしているのでしょうね。

 他国にきてまで、恥を晒しているのは、如何なものかと思います。


「では、何用がございましたら、何時でもベルをお鳴らし下さい」

「私供は隣室に控えております」


 お部屋に着くと、ベテランな女官長さんが人数分のお茶を淹れて、下がっていかれました。

 お茶菓子が美味しそうです。

 料理長さんが作る焼き菓子は、甘さが控えめでとても口にあいました。

 ついつい、食べ過ぎてしまう美味しさです。


 みゃあ。


 ソファに着くと、アッシュ君が亜空間からジェス君を解放しました。

 ジェス君は、アッシュ君の掌を経由して、私の膝に跳び移ります。


 〔セーラちゃん。ジェス、お利口にしてたの〕

「はい。お利口さんです。なにか、飲みますか?」

 〔ミルクぅ〕

「分かりました」


 小皿にジェス君用のミルクを注ぎます。

 ジェス君の尻尾が揺れています。

 ご機嫌ですね。


「どうぞ」

 〔わーい〕


 ジェス君は、一心不乱にミルクを飲み始めました。

 私も、お茶を飲みます。

 私を挟んで座るラーズ君、リーゼちゃんも喉を潤しています。

 アッシュ君は、お茶よりお酒。

 自前のワインを取り出しました。


 〔アッシュ君はお酒? 夜じゃないよ〕


 ミルクを飲み終えたジェス君は、前肢で顔を拭っています。

 ジェス君の中では、お酒は夜ご飯の時。

 と、思っているのでしょうね。

 アッシュ君は飲んべえです。

 暇があるとお酒を嗜みます。


「これ位では、酔わないさ」

 〔お酒、美味しいの?〕


 とことこと、テーブルを歩き、ワイン瓶に近寄るジェス君。

 さりげなく、匂いを嗅いでいます。


 〔うにゃ⁉〕


 酒精を嗅いだジェス君は、驚いてひっくり返りました。

 鼻を前肢で押さえています。

 大丈夫かな。


 〔変にゃ匂いした〕

「ジェスには、まだまだ酒は早いな」

「兄さん、笑っている場合ではありませんよ。ジェス、水で洗いなさい」

 〔ふえーん。ラーズ君。お鼻、匂いとれない〕


 小皿に水を注ぐ、ラーズ君。

 ジェス君には、お酒は強烈な刺激があった模様です。

 慌てて、並々と注がれた水に顔を浸けるジェス君は、涙目でした。

 プクプク。

 気泡が沸きました。


 にゃあん。


 顔をあげたジェス君をタオルで甲斐甲斐しく、世話をやくラーズ君ですが、私がやらかした迷宮スパイス事件を思い出します。

 あの時は、あれが最善だと思ったのですよね。

 失敗しましたけれども。


 〔セーラちゃん。ジェス、お酒嫌い〕

「私も、お酒は苦手です。一緒ですね」

 〔一緒? 一緒だ〕


 料理でワイン煮をたまに作りますが、滅多にお酒は嗜みません。

 リーゼちゃんは竜族ですから、お酒には強いです。

 ざるを通り越してわくです。

 ですが、弱点もあります。

 その名も、竜殺しと言うお酒です。

 竜すらも酔わせるお酒と言う意味です。

 酒精が高く、一口飲んだリーゼちゃんは、見事に酔っ払いになりました。

 普段抑制している感情が豊かになり、処構わずに魔法をぶっぱなしましたよ。

 街中で、竜体に戻らなくて良かったです。

 陽気に笑うリーゼちゃんは、怖かったです。

 工房が半壊しましたし。

 飲ませた本人供に禁酒が言い渡されました。

 興味本位で飲ませるべきではありませんでした。

 恐るべし竜殺し。

 幼体のリーゼちゃんが、酔っ払いになるのです。

 成体のジークさんが飲んだら、ミラルカは半壊でしょうか。

 メル先生。

 何故に錬金術師がお酒を開発したのか、未だに謎です。

 脱退した悪戯好きなエリィさんの影響でしたかね。


「リーゼ、セーラ。覚悟してください」


 思い馳せていましたら、ラーズ君に注意されました。

 覚悟?

 何の覚悟ですかね。


「聖女と勇者の登場です」

「はぁ。えっ⁉ ここにですか?」

「ええ。騒がしい一団が近付いています。ジェスはポーチに隠してください」

「ん。変な魔力来る」


 いろんな意味で混乱しています。

 お早い登場に呆れてしまいます。

 動きが鈍い私に変わり、リーゼちゃんがジェス君をポーチに入れてくれました。


「……お待ち下さいませ。この宮は王族専用の宮です」

「武装解除して頂かねば、困ります」


 私達に聴こえる様に、女官と騎士の声がします。

 段々と近付いてきています。

 聖女さん。

 何をしていますか。

 ここは、他国ですよ。

 自国の我が儘を発揮出来る場所ではありません。


「さすがは、お花畑な頭だ」

「アッシュ君は、冷静ですね」

「直接対決の相手が出向いて来たんだ。待ち構える余裕ができるだろう」


 一室一室、扉を開け放つ音が響いています。

 王族の宮にいるのは察知しても、どの部屋にいるかは知らないのでしょう。

 他国の人間が王族のプライベート空間に、突撃して来た。

 幾ら、属国と言えど、赦されざる行為です。

 案内された私達も、許された範囲でしか行動していません。

 脳内お花畑は健在でした。


「お客様と言えど、無法は赦される事ではありません。即刻、離宮にお戻りになってください」

「煩いわね。わたしは、帝国の聖女よ。何をしても許されるのよ」

「そうだ。聖女様の言葉に逆らうなど、女官風情が無礼だな。斬って捨てるぞ」


 赦される訳がないでしょう!

 何てお花畑な思考。

 頭が痛くて仕方がありません。

 お付きの取り巻きも、止める処か推奨しています。

 常識はずれな一団の手綱を握る、聖女さんのお兄さんはどうしたのでしょうか。

 もしや、これも策略の一端でしょうか。

 そうこうしている間に、私達の部屋の扉が開きました。


「やっと、居たわね。諸悪の根源。宗敵の闇の妖精族(ダークエルフ)。勇者様、あれがそうです。早く、討伐してください」

「ああ。分かった」


 ストロベリーブロンドの髪を靡かせた少女。

 白を基調とした金銀の糸で刺繍された神官衣を身に纏う、甘ったるい魔力を放つ聖女さん。

 胸元には、大粒な水の精霊石をあしらった首飾り。

 碧の瞳は私を捕らえて離しません。

 そして、ごてごてした装飾が為された、絶対に実用に向かない鎧を着込んだ黒髪の少年勇者。

 その他、取り巻きの面々を引き連れての登場に、何の感慨も湧きませんでした。

 冷めた感情があるだけです。


「アンジェの敵は、俺の敵だ。とっとと退場しろ」


 勇者君は抜剣するなり、降り下ろして来ました。

 女官さんの悲鳴があがります。

 が、あのう。

 戸口で降り下ろしても、届きませんよ。

 微かな振動が伝わるだけです。

 一体、何がしたいのでしょう。

 呆気に取られました。


「なっ。魔剣が発動しない。貴様等、何をした」


 勇者君が喚きます。

 いえ、何もしていませんが。

 アッシュ君は涼しい表情でワインを飲んでいます。

 しかし、勇者なのに聖剣や神剣ではなく、魔剣とは、これ如何にです。

 そう言えば、トール君に勇者の装備を依頼してきていましたね。

 間に合せの武装でしょうか。


「勇者様、発動の誓句を忘れています」

「あっ、そうか。我が魔力を糧に風を纏え」


 誓句が必要な魔剣ですか。

 レアな品ですね。

 大金貨二枚はしますね。

 つい、査定してしまいました。

 商売人のさがです。

 と、リーゼちゃんが左手を横に伸ばしました。


「せいっ」


 再び降り下ろされた魔剣から、真空刃が襲ってきます。

 ですが、リーゼちゃんの左手にあたり、霧散しました。


「なっ⁉ 俺の技が効かない?」

「貴女も魔族ね。勇者様、魔剣で直接斬り付けてくださいませ」

「うん。分かった。アンジェ」


 魅了魔法の虜になっています勇者君は、素直に頷き私達に近付いてきます。

 私は無防備に座ったままです。

 いえ。

 全然危機感がないのですよね。

 お芝居を見ている感じなのです。


「ていっ」

「妖精姫様!」


 女官長さんが、聖女さんの取り巻きを掻い潜り、前に出ようとしています。

 まさか、庇おうとされています?

 安心してください。

 リーゼちゃんを狙って降り下ろされた魔剣は、脅威ではありませんから。

 リーゼちゃんは、魔剣を掌で難なく受け止めると、ぶん投げました。


「ひやぁあ」

「勇者様!」

「リーゼ。割るな」


 魔剣と一緒に勇者君も翔びました。

 途中で柄から手が離れて、窓ガラスに直撃しました。

 アッシュ君の注意に、風がクッションの役割を果たしましたので、窓ガラスは割れませんでした。


「技もない。三流勇者だな」


 アッシュ君の批評は辛いです。

 私もそう思いますけど。

 単なる降り下ろしは、力任せ。

 基本動作そのままでした。

 これでは、邪神討伐の前に魔物の一匹も狩れないでしょう。

 帝国で、何を学んできたのか分かりません。


「勇者様。大丈夫ですか?」

「痛い。背中を打った」

「魔族の癖に、勇者様に何をするの。黙って討伐されなさい」


 勇者君に駆け寄る聖女さん。

 身体を痛めた勇者君を労る聖女さん。

 その顔は、わたしって優しいと自画自賛しています。

 あのですね。

 聖女さんは私がお気に召さない様子ですが、帝国の皇帝は私を取り組む気満載で、邪神討伐に協力を要請してきています。

 不仲を体現してどうするのでしょう。

 付け込まれるだけです。


「皆、宗敵をやっつけてください」

「了解しました」

「アンジェの敵は、自分の敵」


 取り巻きさん方が抜剣します。

 対して、私達は呑気なものです。

 アッシュ君が威圧を始めたぐらいです。

 私達は、待っているのです。

 このお芝居を画策した人の登場を。


「アンジェ。止めなさい」

「お兄様⁉」


 果たして、満を持して聖女さんのお兄さんが、でてきました。

 さあ、何を語ってくれますか。

 見物させてくださいな。


ブックマーク登録ありがとうございます。


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