第34話
金曜投稿です。
アッシュ君の転移魔法で、村人さんの第二陣が王宮に転移していきました。
あちらで、聖女さんの一行と諍がないといいですね。
と、思っていましたら、呆気なく戻ってきましたよ。
「おう。お早いお戻りだな」
「ああ。聖女の兄がいたが、話しかけられる前に戻ってきた」
「その様子だと、転移魔法目当てか」
「だろうな」
単身の転移魔法は、一流の魔導師ならば可能です。
しかし、複数人や荷物を沢山転移可能にするには、魔力豊富な魔族や天人族に頼らないとなりません。
転移門は、魔術を刻んだ陣が双方向にないと、使用不可です。
フランレティアが帝国の属国になって、一年あまり。
まだ、転移門は設置出来ていません。
聖女さんの一行は、転移門が設置してあります近場の国から、陸路でフランレティア入りしました。
本日と明日は休養日となっています。
カズバル村は魔素溜りと遺跡の瘴気で、現在は孤立しています。
移動手段がありません。
どうやって、カズバル村まで到着するのでしょう。
「こりゃあ、カズバル入りするには時間がかかるかな」
「情報は朱の死神が収集しているだろうから、奴がなんとかするだろう」
ええと。
アッシュ君と知己な帝国の騎士さんでしたね。
彼が聖女さんの一行の引率者になります。
また、なにかしら一悶着ありそうです。
「魔人殿。お戻りでしたか」
「村人の避難に尽力頂きありがとうございます」
「ああ」
広場にたむろしている私達の元へ、副団長さんと宰相補佐官さんがやって来ました。
この方達は無人となるカズバル村に、駐留する気で残られました。
幸い、食料は運んできたばかりです。
トール君の結界魔法で瘴気は防いでいますが、本当は避難して欲しかったのですよね。
ですが、帝国の騎士もカズバル村に来る事を思いますと、緩衝役は必要です。
此方には、帝国を大嫌いなトール君がいます。
絶対に、穏やかではいられません。
「宰相閣下から、伝言があります。聖女の一行は、貴方方の転移魔法をあてにしているだろ。一度、交渉したい、との事です」
「俺は、嫌だ」
「交渉次第だな」
トール君は、にべもないです。
役立ちたくないと、はっきりしています。
対して、アッシュ君は態度が軟化しています。
心中の変化は何処にあるのでしょう。
「アッシュが肩入れするなんて、どうしたよ」
「いや。朱の死神に対する嫌がらせだ」
「! なーる。危険な陸路を回避するはずが、忌避する相手に貸しを作る。充分な嫌がらせだな」
成る程。
そういう、理由でしたか。
朱の死神さんの、アッシュ君に対する態度は、投げやりでした。
関わりを持ちたくなないと、訴えていました。
それが、頭を下げなくてはならなくなる。
嫌がらせ、確実です。
「朱の死神が、此処に来るのですか。彼方は、金銭を対価に持ち出していますよ」
「その対価は、フランレティアに出させる腹づもりだろう。おれは、金銭では受け取らない。そう、連絡しておけ」
「分かりました。一言一句間違えなく伝えます」
宰相補佐官さんは、踵を返しました。
魔導具で、王宮に返信するのでしょう。
通信魔導具は宿屋に置いてありましたから、宿屋に向かっています。
アッシュ君の答えで、朱の死神さんは憤慨間違いなしですね。
「んで、お前さんの用はなんだ?」
「はい。今後の予定についてです」
残られた副団長さんは、切り出しました。
ただいま、カズバル村に駐留している騎士団は三十名ほどです。
なかには、騎士団付きの神官と魔術師も含まれています。
「申し訳ありませんが、騎士の中に体調を崩した者がおります。神官の神聖魔法の効果も、落ちているのが現状です」
「そうだな、カズバル村は魔素と瘴気に囲まれ、閉鎖空間になっているしな。孤立感による、精神異常が出てくるか」
「はい。部下を思いやれずお恥ずかしいです。村人の前では気丈にしておりましたが……」
「村人がいなくなった安堵の反動が出てきた、か。アッシュ達が遺跡攻略を開始したら、村の安全は騎士団任せになるからなぁ。いっその事、騎士団も王宮に返そうか」
「それが、いいだろうな。異界化した遺跡に潜れば、時間経過が狂いだす。体感時間が一日でも、外は何週間も経っていたのは、ざらにあるからな」
異界化の厄介さを、 見に染みて体感していますのがアッシュ君です。
トール君と二人して異界化した迷宮に潜り、三ヶ月も帰らない事がありました。
あの時は、まだ私達も幼くて同行は許されていませんでした。
帰らない保護者様に過去の痛い傷が蘇り、迷宮に突貫しようかとしていました。
勿論の事に、留守番していた保護者様に見つかり、お説教を頂きました。
そんな中に、飄々と帰還した二人もまた、お説教を受けました。
五人仲良く正座でお説教です。
私達年少組は安堵で泣きながら聴いていました。
苦い記憶です。
「こうなったら、一度皆で王宮に戻るか?」
「トール?」
「いやなぁ。なんか、呼ばれてる気がするんだわ」
頭を掻くトール君は、何処か一点を見つめています。
瘴気と魔素の漂う向う側には、水の気配がします。
湖の水竜さんでしょうか。
水脈に埋め込まれた魔導具は、すべて取り除きました。
自然の自浄作用を期待して、アッシュ君は浄化を指示してはいないです。
ですが、次第に水の汚染は薄れてきています。
「ふむ。一考に値するか。遺跡の異界化は新たに魔素を取り込んで進化しているしな。今、乗り込んでも、時間の狂いに巻き添えになるだけか」
アッシュ君は思案しています。
遺跡を攻略し終わりましたら、かなりの年数が経っていた。
なんて事は、ご免です。
ここは、慎重に時期を見計らいした方が、良さそうです。
戦略的撤退ですね。
「作戦を練り直すか」
「では、聖女の一行と直接対決は、王宮にてですか」
「ん? ラーズは反対か?」
「反対とかではなく。心構えをしないと、あれに関わりたくないのが、本音です」
「ラーズは、聖女と会ってるしな。かなり、強烈な魅了魔法だったな」
「あの、甘ったるい匂いは勘弁して欲しいでした」
シルヴィータ国のトリシアにて、ラーズ君は出会っていましたね。
魔導具越しでも不快な魅了魔法を感知していましたから、直接対面したラーズ君はかなり辛かったことでしょう。
なんだか、会う前から鳥肌がたってきました。
嫌だなぁ。
心が萎えてきています。
「出会うなり魅了魔法は、また封じるかな」
「いや。ラーズには悪いが魔法は封じるな。聖女には、そのままでいて貰おう。自分の魅了が魔族には効かないと、理解して貰うのは、良い機会だ」
「あのう。それでは、王宮に勤める人間が被害に遇う可能性が高いのでは」
副団長さんの、意見は尤もです。
聖女さんの魅了魔法で、独立を望むフランレティア王宮に皹が入りそうなのですが。
国王様が籠絡されたら、元の木阿弥です。
「国王と王太子と宰相には、状態異常を感知して対抗する魔導具を渡してある。身に付けているなら、魅了魔法に対抗するさ。俺も万能ではないから、全員には配れない」
「いえ。陛下と閣下が無事に過ごせれば、騎士団では自前の状態異常耐性のアイテムがあります」
「なら、騎士団は聖女に対抗できるな。後は臨機応変に対処していくか。んじゃ、騎士団も集めて、王宮に一時退避だ」
「了解致しました。直ちに、準備をします」
一礼して、副団長さんは走り出されました。
甲高い笛の音が聴こえました。
巡回する騎士さんに、集合を掛けているのでしょう。
ラーズ君が、耳を伏せました。
「アッシュ。俺は呼ばれてるから、ちょっくら聖女一行との折衝は任せた。ラーズは、適度におちょくってろ。リーゼはセーラから離れずにいろ」
リーゼちゃんが軽く抱き付いてきます。
大丈夫です。
決して一人にはなりません。
なった途端に、勧誘とかありそうですから。
私はリーゼちゃんとラーズ君から離れません。
「セーラは、何を言ってきても相手にするな。例え、無関係の人間を質に取られても、一人で動くな」
「分かっています。闇の妖精族と詰られようと、気にはしません。ただ、聖女さんとの、諍は避けられないと、思います」
「口喧嘩くらいなら許す。派手に対応して不仲を強調してろ。そのうちに、聖女の兄貴が動き出す。そうしたら、アッシュに逃げて良し」
外見はお子様な私です。
与し易いのを理解しています。
油断を装い懐に入り込んで、情報を引き出してみても良いかもです。
多分、アッシュ君に止められること、間違いなしですけど。
まぁ、彼方も警戒はしていると思われます。
好奇心も過ぎると、痛い目に遭いそうです。
策略とかは、大人組やラーズ君に任せます。
私はリーゼちゃんの後ろで、警戒心丸出しで威嚇してれば良いかもです。
広場に向かって歩き出します。
いよいよ、聖女さんとの直接対決を控えています。
未だに、治まらない鳥肌をさすります。
心構えは大切ですね。
「腕、大丈夫?」
「あっ。大丈夫です。ただの、鳥肌ですよ」
リーゼちゃんに心配されました。
ラーズ君も見ていました。
「やっと、聖女さんとの対決が待っているかと思いましたら、鳥肌がたってきました」
「ん。あれ、気味が悪い魔力。分かる」
「そうですね。なるべく、セーラとは関わりを持たせたくはないですが、仕方がありません。あのお花畑な思考で、会話が一方通行にならないと良いです」
「うわぁ。そこまで、言ってしまいますか」
「言いますよ。自分は正しいから、何をしても許される。叶えられる。間違えているのは、相手の方。歪んだ思考の持ち主ですよ」
辛辣はラーズ君の言葉に、リーゼちゃんが頷きます。
会話が通じない相手に、何を言っても無駄になるなら、初めから関わりを持ちたくはないです。
しかし、彼方は関わる気満載で来るようです。
リーゼちゃんと私の忍耐力が試されるかと思いました。
平穏無事に過ごしてきた毎日が、少しずつですが、変わってきています。
帝国の権力争いに巻き込まれた私は、無事にミラルカに戻れますのか不安になってきました。
そっと、チェーンベルトのアミュレットに触ります。
休眠状態の三柱の召喚体。
君達の出番が出てくるかも知れません。
ラーズ君とリーゼちゃんとは違い、常時召喚出来ない彼等の眠りを妨げる事がありませんように。
祈らずにはいられませんでした。
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