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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第32話

金曜投稿です。


「ただいま、戻りました。急ですみませんが、副団長さん。村の住人を一ヶ所に集めてください」


 よい説得が思い付かずに、まごまごしている私に救いの手が差し伸べられました。

 ラーズ君の帰還です。

 待っていました。

 ラーズ君はおぶっていた気絶している村長さんを、食堂のテーブルに乗せました。

 村長さんの手には、役目を終えた妖精族(エルフ)の鍵が握り締められていました。

 鍵の魔力は放出されて、神秘性が喪われています。

 最早、只の旧ぼけた錆びた鍵となっています。



「待ってくれ、獣人の少年。話がいきなり過ぎる。詳細な事情を話してくれないか?」

「ラーズで構いませんよ。僕は兄さんやリーゼと違い、名を呼ばれても不快には思いませんから」


 人族の方々が私達の名前を言わないのは、魔力が低い人族に呼ばれるのを忌避している種族が多いからです。

 人族の召喚魔法には真名を縛る術式が組み込まれ、強制的に使役されてしまいます。

 仕舞いには奴隷以下の扱いになっている国もあります。

 私と契約していますラーズ君達とは、五分五分の対等な契約を交わしています。

 まあ、ラーズ君とリーゼちゃんとは、兄妹関係の沿線上にありますが。

 無闇に束縛しない、使用した魔力の分を私が補填する間柄です。

 他の子達も同様に契約しています。

 たまには、召喚してあげたいですね。

 他の子達は、召喚器具の宝珠の中で休眠中です。


「助かる。ラーズ殿。瘴気が溢れ出したとの事だが、どうして急に出てきたのだ」


 副団長さんが、慎重に名を呼びます。

 そんなに、緊張しなくてもラーズ君は怒りません。

 リーゼちゃんは、許可する気はないみたいですけど。

 宿屋の女将さん一家に注目されています。

 ラーズ君は、村長さんが仕出かした出来事を話すのでしょうか。

 でも、宰相補佐官さんの視線が、村長さんの手の中の鍵にいっています。

 ばれていると思われます。


「御察しの通り、村長さんが遺跡の鍵を開けました。永年封じこめられていた魔素が一気に流出した勢いのまま歪み、瘴気へと転じました」

「遺跡の鍵? 邪神が封印されている遺跡でしょうか。そんなに簡単に開けられるものだったのですか」

「兄さんの推測ですが、遺跡の鍵は精霊術で閉じられていました。村長さんは、妖精族の遺した鍵で正規の手段で開けました。再封印は難しく、歪んだ瘴気の量も半端なくあります。兄さんは、村人の安全優先で即事の避難を提案しています」

「避難と言っても、何処に、どうやって移動するのだ?」

「忘れていますか? 兄さんの広域転移魔法です。トール先生も至急此方に転移してきます。今なら歪んだ魔素の影響も少ないです。時間が経つにつれて転移魔法の成功率が下がります。決めるなら、今すぐです」


 ラーズ君の声には切迫した響きがのります。

 幻惑の一種で副団長さんを、惑わしていますね。

 アッシュ君とトール君の組み合わせなら、魔素に影響される事なく、転移できるのですが。

 村人を排除して、村を無人にする必要があるとみました。


「ガイル。急いだ方がよさそうです。邪神討伐の前に村人に、危害が加わる可能性が出てきた様子です。魔物相手には、彼等の判断の方が一日之長があります」

「分かった。至急、手分けして村人を集合小屋に集めよう。身の回りの品は王宮で手配しよう」

「それが、いいですね。魔人殿の魔力が何れだけあるか。わたしが心配する必要がないかもしれませんが、出来るだけ負担は軽減しましょう」


 方針が決まれば早いです。

 副団長さんの指示で騎士団が動きます。

 私達は、アッシュ君が戻るまでに、魔物相手に狩りをします。

 トール君の魔導具は、瘴気の流入は防げても、魔物相手にはやや不安があります。

 結界を抜けた先、森との境界線から魔物は村を襲って来ていました。

 迎撃しますのが私達三人だけではなく、アッシュ君の使い魔さんも力を貸してくれています。

 私達の死角となる場所を担当してくださいます。


「弓より、長戦斧(バルディシュ)の方が効率は良くないですか?」


 何時もより恐慌状態の魔物の目や眉間を、精霊銀(ミスリル)の鏃で射ぬいていきます。

 精霊銀は魔力を込めやすい為、一矢で魔物の息の根を止めます。


「リーゼには、大型の魔物中心に相手をして貰います。セーラは、飛行魔物を狙って落としてください」

「了承」

「分かりました」


 リーゼちゃんは返事をすると、魔物の群れに飛び込んで行きました。

 両手に風を纏わせて小型の魔物を切り伏せ、大型の魔物に肉迫します。


 ドンッ。


 重たい一撃を喰らわせました。

 平屋建ての一軒屋程の大型の四足な魔物は、一瞬浮き上がります。

 力で競り負けた魔物は、怒りの声をあげました。

 リーゼちゃんは、平素と変わらない調子で淡々と魔物の相手をしています。

 再び重たい一撃が、放たれます。

 魔物の横腹に穴が開きました。

 膝をついた大型の魔物に二撃目が入り、顎下から脳天目掛けて吹き飛びました。

 断末魔の雄叫びをあげて魔物は動かなくなりました。


「次は、どいつ」


 リーゼちゃんは、魔物の群れを睥睨します。

 微妙に威圧を放っていますね。

 リーゼちゃんと相対する魔物が、後退りしていきます。

 けれども、リーゼちゃんは逃がしません。

 二番目に大きな魔物に目をつけて、挑みます。

 私はラーズ君の指示に従い、飛行魔物を射ち落としていきます。

 哀れにも地上に堕ちた魔物は、ラーズ君に止めを刺される事なく、次々に沸いて出てくる魔物に踏み潰されていきます。

 リーゼちゃんより与しやすいと思われたのか、本能によるものか、私とラーズ君を狙う魔物が増えました。

 ラーズ君は、双剣を薙ぎ払いながら小型の魔物を斬り刻んでいます。

 迷宮と違い、討伐した魔物は魔素に循環しませんので、死骸が周りに積まれていきます。

 ラーズ君は足場の確保に苦心しています。


「鬱陶しい。燃えろ」


 双剣を突き刺した魔物を払い除けては燃やす。

 ラーズ君は戦術を変えました。

 それでも、討伐部位を遺す辺りは、冒険者の鑑です。

 一体、何百体の魔物が押し寄せてきていますのか、数えるのを止めました。

 粗方、飛行魔物を駆除しましたら、ラーズ君とリーゼちゃんの援護支援していきます。

 身体強化+精霊銀の鏃で一撃死した魔物を、ラーズ君が燃やして行く。

 そんな、流れ作業にも飽きてきましたよ。

 私も長戦斧で、一暴れしましょうか。

 そんな風に感じ始めた頃合に、空から魔物目掛けて光線が撃ち抜いていきました。

聖光(ホーリーレイ)】の魔法です。

 撃ち抜かれた魔物は、塵と化しました。


「おーい。大丈夫か。対魔物結界を張るぞ。一休みしていいぞ」

「トール君?」


 リーゼちゃんが大型の魔物を討伐した直後、森との境界線と私達の間に、対物理結界が張られました。

 結界に弾き返される魔物の群れを傍らに、天翼を広げたトール君が空から降りて来ました。


「良し。三人共無事だな」

「先生、結界をありがとうございます」

「ん。感謝」

「助かりました。集中力が落ちてきた処でした」

「まあ、アッシュの使い魔が様子を伺っているから、不備はないと思ったがな。やはり、心配したな」


 小型ポーチから、疲労回復のポーションを取り出します。

 序でに、水分補給の意味を兼ねています。


「ラーズ君、リーゼちゃん。スタミナポーションです。念の為に飲んでください」

「ん」

「ありがとうございます。セーラ」


 二本手渡しまして、私も飲んでおきます。

 二人の魔力回復には、私との召喚ラインを通じて魔力譲渡しています。

 たいして減ってはいませんが、魔力回復ポーションも渡しておきました。


「ガイルから聴いた。村の住人は事情を知って、気が付いた村長を非難している。暫くは、転移処じゃないな」

「素早く避難をしてくれる様に話したのですが、どれ位の人数が避難をしていましたか?」

「おおよそ、六割だな。村を離れたくいと、愛着があるお年寄りが駄々を捏ねている」

「六割、ですか」

「それでも、多い方だろ。騎士団も奮戦している。第一陣は転移しておいた。実質、村にいるのは後四割だ」


 私達が魔物と戦闘を開始して、一時間近く経過していました。

 長閑な農村を見舞いました出来事に、年配の方々は気持ちの整理がつかないのですね。

 愛着のある土地を見捨てることが出来ないのでしょう。

 ましてや、フランレティアは農業に向かない鉱山国家です。

 並々ならない努力で開拓したはずです。

 その土地を離れたくないと思う気持ちは分かります。

 けれども、命あっての物種です。

 避難をしてくれると、いいのですが。

 思案していますと、トール君に頭を撫でられました。


「土地については秘策がある。邪神討伐が終われば、村には戻れる様にするさ」

「ですが、瘴気に晒された土地を浄化しても、直ちには戻れるとは思いません」

「そこは、天人ならではの伝がある。浄化した土地を豊作間違いなしの農村にしてみせる」


 トール君の根拠は、豊穣のお母さまにありますか。

 それとも、大地母神の御方に繋がりを得たのでしょうか。

 むう。

 謎が増えました。


「大分、疲れもとれました。第二戦目に入りますか」

「うんにゃ。魔物なら、最凶な英雄に任せておけばいい」


 ラーズ君の言葉に弓を構えます。

 ですが、魔物の群れは見ない間に減少していました。

 結界に弾かれる魔物の様子が必死さを窺えます。

 魔物の背後からアッシュ君の登場です。

 長剣を振るう端から、魔物が吹き飛びました。

 一振りで十体は仕留めています。

 私達とは、確実に実力が違います。

 小型、大型の区別なく、魔物を殲滅しています。

 むう。

 私達が一時間近く討伐した魔物の数を、難なく越えていきます。

 最凶の二つ名は伊達では、ありません。


「むう」

「ここまで、実力差があると笑えてきます」

「ラーズに同意」

 〔セーラちゃんも、ラーズ君も、リーゼちゃんも、強いよ〕


 トール君とアッシュ君が揃いましたから、安全だと判断したジェス君がポーチの蓋を押し開けます。


「ジェス君は、瘴気が辛くないですか?」

 〔ちょっとだけ、苦しい。だけど、我慢するの〕


 小さく震える身体を抱き上げます。

 こっそりと、【翠の浄化】を右手に集中して撫でてみました。

 頭にトール君の掌が乗りました。

 見逃す変わりにおいておくとの、無言の忠告ですね。

 はい。

 無理はしません。

 ジェス君を落ち着かせる為だけです。

 気配に敏感なリーゼちゃんとラーズ君に見られました。

 が、トール君の掌が乗っていましたので、お小言はありませんでした。

 アッシュ君が来ましたらジェス君を預けますので、暫くは見逃してくださいな。

 暖かな温もりを確かめながら、お願いします。


ブックマーク登録ありがとうございます。


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