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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第30話

金曜投稿です。


「リックを奉公にですか」

「ああ。うちの弟子達に噛みついたんだってな」


 翌日、カズバル村にトール君が訪れました。

 アッシュ君の使い魔さんに、呼び出されたとも言います。

 村長さんの説得には、トールが向いている。

 アッシュ君はリック少年を手酷く扱いましたので、村長さんからの信頼は受けないと判断しました。

 ここは、賢者様の出番と相成りました。

 村長さんは間近に賢者様と対面して、卒倒しそうです。

 が、いきなり切り出された提案に、何とか正気に戻られます。


「魔素中毒に罹患していた事情は聴いた。村の事情もな。だけど、村長の庇護がある限りは、無駄死にする状況は変わらないともな」

「お恥ずかしいですが、昨日皆様にお救い頂けなければ、リックは亡くなっていたでしょう。それが、何故に奉公に繋がりますか」

「孫が可愛いのは理解出来る。弟子から、一度村の外で現実を見据えた方が、生き残る確率が高いと、提案された」


 村長宅の居間で関係者が集まりました。

 騎士団付きの神官さんに、魔素中毒を緩和されましたリック少年は、随分とおとなしくなってしまいました。

 ダヤン氏と村長さんの話し合いによって、歪んだ思想を指摘され、妖精族(エルフ)の遺産を手放しました。

 リック少年は、村長の孫と言うレッテルに固執していましたのも、異父兄弟のダヤン氏を憧れて妬んでいたのでしょう。

 本音を引き出せなかったと、ダヤン氏は落ち込んでいました。

 今も、リック少年は他人事の様に、虚ろな眼差しでいます。


「リックを一人で村の外に出すのは……」

「そうやって、孫を庇うから、孫は卑屈になったんだろう。いい加減に村の風習を捨てさせて、自由な道筋を分からせてやらないか」

「村長。ぼくも提案には賛成です。リックは、村にいてはいけない。誰も知らない街で更正させましょう」


 短い時間に、トール君は問題点を割り出しました。

 リック少年を優越感に浸らせたのは、村長さんからの溺愛が為してしまっています。

 引き離した方が良いのは、誰の目を見ても明らかです。

 ダヤン氏も、賛同してくれています。


「なにも、村から追放するとは言っていない。うちの工房には、新人が店を切り盛りしている。少々、世間には疎いからな、手助けしてくれると有り難い」


 疎い処か、全く知らないのですけどね。

 昨夜遅くに工房に戻りましたアッシュ君によれば、人見知りを発揮したギディオンさんをよく助けていたとの事です。

 特に、お金の管理には凄い算術を見せて、切り盛りしてくれたそうです。

 荒くれ者の冒険者相手に値切り交渉は、一歩も引かない役目を全うしてくれました。

 セイ少年が危うい時には、ギディオンさんは威嚇した模様。

 友人に裏切られたセイ少年。

 村の風習で歪んでしまったリック少年。

 世界を越えた友誼が結ばれるのを、期待しています。


「どうだろう。一度、誰も知らない場所で、広い世界を見て見ないか?」

「……。そこに行けば、変われますか?」

「リック?」


 消え入りそうなリック少年の声は揺らいでいました。

 村長さんは、意外な言葉に驚きを隠せません。

 一夜明けただけですが、本当に静かになってしまいました。

 話し合いの場には、私達は同席していませんでしたから、何がリック少年をおとなしくさせたのかは、分かりません。


「変わりたいと、自分で思わなければ、変われない。工房があるミラルカには、君よりも幼い子供も奉公に出ているし、人族以外の種族も多いい」

「亜人って言っては、いけないのですよね」

「そうだ。種族差別は忌避される。詳しくは、工房の新人が教えてくれる」


 トール君は切磋琢磨して、二人が成長していくのを希望の様子です。

 リック少年は村長さんからの視線に堪え兼ねて、俯きます。

 両膝の上で握り締めた拳が、葛藤を表しています。


「リック。行きたくないなら、行かんでもいいんだぞ」

「じいちゃん。そうやって、じいちゃんが庇ってくれるのは嬉しい。自分を認めてくれるから。だけど、それは駄目なんだって、ダヤン兄さんが教えてくれたじゃないか」

「リック?」

「じいちゃんには、言えなかったけど。おれに精霊術の適性が無いのは、不義の子供だからって言われてた。精霊の声は聴こえない、妖精さんにも好かれない。おれは、そんな自分が嫌だ。変わりたいと思う」


 リック少年は、泣き出します。

 精霊術の適性は無いですが、精霊を見聞きする能力は秘めてますよ。

 人物鑑定をしましたから、分かります。

 うーん。

 私が止めを差してしまいましたか。

 一応は、慰めてあげましょうか。


「リック。精霊がリックを拒んだのは、理由がある」

「えっ?」


 ダヤン氏に先を越されました。

 樹木の精霊さんと契約していますダヤン氏には、理由が思い当たりますか。

 精霊は、術者を選びます。

 自分にとって、有益か否か。

 判断基準は各精霊によって違います。

 司る場所から得られる自然力や魔力を捨て、術者の魔力に依存します。

 リック少年は、魔力は充分に有ります。

 これまで、契約出来ないでいましたのは、人柄に理由が有りました。

 傲岸不遜な態度で、精霊と接してしまっていたのでしょう。

 術者を主、精霊を従との考えは、精霊が嫌う理由の一つです。

 逆の立場になってしまいますと、精霊は邪霊として討伐対象になります。

 パートナーの相性が悪ければ、精霊は答えてはくれません。

 リック少年を気にする精霊の姿は、ちらほら視えています。

 基本に立ち返れば、精霊は答えてくれますよ。


「リックの回りには精霊の姿は有るんだ。ただ、視えていないだけなんだ。曇り眼ではなくなった今なら、精霊は視えるはずだ」

「でも、おれには精霊術の適性がないんだよね」

「何方が適性がないと断言したのかは、知りませんが。リック少年には、適性が有りますよ。精霊との親和性はダヤン氏より上です」


 私の説明に、リック少年とダヤン氏が沈黙しました。

 リック少年は、信じられないといった面持ちで、村長さんを見やります。

 注視された村長さんは、嘆息して肩を落とされました。


「リックに、適性が無いと告げるようにばあ様に言ったのは、儂だ」

「村長。どうして、真実を言わなかったんだ。リックは、あんなに努力して精霊との対話に苦心していたのに」


 ダヤン氏が詰め寄ります。

 精霊術を学んだ師匠は、ばあ様と言う方なのでしょう。

 これで、リック少年が精霊術を学べない経緯が分かってきました。


「じいちゃん、なんで。あれほど熱心に頑張れと応援してくれたじゃないか」

「精霊術は、儂の息子を奪っていった。リックまで、精霊の暴走に巻き込まれて、奪われたくはなかったんじゃ」


 村長さんの独白に、思い至るダヤン氏は立ちあがり掛けた身体を座り直しました。

 精霊の暴走。

 精霊術師との相性が悪く、魔力伝達に齟齬が生じて魔力枯渇に陥り、術者の魔力を際限なく取り込む現象です。

 酷い時には、生命力を魔力に換えて奪い、死に至らしめる事もあります。

 村長さんの子息は、これが原因で亡くなったという訳ですか。

 リック少年は、学びたくても学べない環境にいたのですね。

 村長さんの歪んだ愛情深さが、リック少年の成長を止めてしまい、意固地になった僅かな優越感で、自分を支えていたのでしょう。

 やはり、リック少年を村から離した方が、彼の為になります。


「分かった。やっぱりリックは、うちで預かる」

「そうして、頂けますか。村長の側にいれば甘やかしてしまう。リックをお願いいたします」


 ダヤン氏は村長さんの、異常な溺愛に気付かれました。

 精霊術師の未来を閉ざされたリック少年を、ミラルカの地で待ち受ける難題は多々あるかと思います。

 しかし、工房には厳しいながらも、過ちに気付いたリック少年を諭して、精霊術の手解きをしてくださる職人様がいます。

 彼に任せておけば、リック少年のやる気次第で、一皮剥けて成長することでしょう。


「よし、善は急げだ。荷物を纏めな。ミラルカにご招待するぞ」

「は、はい。今すぐにですか?」

「うん。決意が変わらないうちに、工房の洗礼を受けて見ようか。なにせ、店の看板娘達が不在で、人手不足だ。頑張ってくれ」


 リック少年の両肩に手を伸ばしたトール君は、軽く叩いて叱咤激励をしています。

 お店は大丈夫なのか、心配になってきました。

 新人研修もなしにいきなりの投入は、海千山千の冒険者のよいカモにならないとよいのですが。

 セイ少年の忍耐力と、ギディオンさんの我慢強さに期待しています。


「んで、悪いが精霊術を使う兄さんには、村に残って貰うな」

「はぁ」

「当初は、兄さんもミラルカで兄弟仲を円滑に良好になって欲しかったが。兄さんには、農業改革の方で村の役にたって貰うな」

「農業改革ですか?」

「そうだ。水の汚染は原因が排除された。樹木の精霊の恩恵をちょっとばかし、畑に還元しような」


 フランレティアの水脈を乱していた魔導具は、粗方取り除かれました。

 徐々に水の汚染は解消されています。

 萎びた野菜畑を目の当たりにしたトール君は、眉をひそめていました。


「アッシュ。ラーズ達と騎士団と手分けして、腐葉土を探してきてくれ」

「何をするかは、大体わかるが、どれ位必要だ」

「そうだなあ、ある程度は纏まって欲しいな」

「了解した。適度に見繕う」


 アバウトなトール君の指示に、アッシュ君は苦笑です。

 畑の規模から大まかな腐葉土の容量は図れます。

 けれども、多目に確保した方がよさそうです。


「ラーズ、リーゼ、セーラ。準備はいいか?」

「僕達なら、何時でも良いです」

「ならば、魔物を間引きがてら、行くか」

「了承。南側、魔物の気配多い」

「遺跡の反対方向ですね」

「ん。北と東は魔物少ない」


 私達が頑張って討伐してきましたから、反対方向の魔物が勢力図を塗り替えしようとしているかもです。

 出来るなら、魔物も浄化してあげたいのですが、どうしても魔物化した獣は浄化出来ないでいます。

 アッシュ君の言葉によりますと、脳神経が侵された獣は浄化ではなく、再生しないと駄目だと言います。

 生憎と、私は再生能力がありませんから、魔物化した獣は救えないことになります。

 神子も万能ではありません。

 出来ることには、限りがあります。

 聖女さんも、理解しているかどうか。

 直接対決まで、日にちが確定しています。

 早死にの傾向が強い聖女さんに、出会いましたら、何て声を掛けたら良いか悩みます。


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