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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
80/197

第29話

月曜投稿です。


 昼食が終わりましたら自由時間とは、なりませんでした。

 調理担当の旦那さんに、ミラルカでしか手に入らない調味料を強請られました。

 ラーズ君が静かに断らなければ、何時までたっても離してはくださいませんでした。

 最後には女将さんの一喝で、収まりました。

 陽当たりの良い部屋に案内され、男子組、女子組に別れて宿屋から出ないように、アッシュ君に指示されました。

 ダヤン氏とリック君のミラルカへの、短期就労をトール君と話し合う為に、アッシュ君が王都に向かわれました。

 その間の時間は、宿屋でまったりとするように指示されました。

 ラーズ君とリーゼちゃんは、私が固有技能(ユニークスキル)の【翠の浄化】を連続で使用しましたから、過保護が発動しました。

 お昼寝を推奨されました。

 リーゼちゃんは、子守唄を謳う気満々です。


「そんなに、疲労してはいませんよ」

「確かに、魔力波形は穏やかですが、理力は相当数減少しています。体力回復に努めてください」

「ラーズに同意。ジェスも寝る」


 女子組の部屋にて、ラーズ君とリーゼちゃんに諭されています。

 リーゼちゃんは、心配のあまりに枕を叩いています。


 〔セーラちゃん。ジェスとお昼寝、しようよ〕


 ジェス君まで、上目遣いで懇願してきました。

 身体を擦り付けてきます。


「はあい」


 渋々、寝台に横になりました。

 すかさず、ジェス君が枕元で丸くなります。

 思ったより、固有技能を使用して疲れていたみたいです。

 すぐに、睡魔が訪れました。

 ああ。

 心配性なラーズ君とリーゼちゃんに、迷惑をかけてしまいました。

 少し眠るだけのつもりが、気が付いたら夕刻間際でした。

 窓からは夕日が射し込んできています。

 ラーズ君に【睡眠(スリープ)】の魔法を掛けられた様でした。

 状態異常耐性の装身具は、身内の魔力には抵抗しないでいました。

 むう。

 寝起きな私は、少し剥れています。


「何を剥れている」


 アッシュ君も、戻っていました。

 備えつけのテーブルには、水脈に埋め込まれていたであろう魔導具がありました。

 眠っている間に、使い魔さんが確保してきた模様です。

 また、私の出番です。

 意気揚々と身を起こした私は、寝台から降りてテーブルに近寄ります。

 あれ?

 ラーズ君とリーゼちゃんの姿が見えません。

 何処に行きましたか?


「アッシュ君。ラーズ君とリーゼちゃんは、何処ですか?」

「二人なら、騎士に混ざり魔物の間引きに行っている」

「そうでしたか。まぁ、ラーズ君とリーゼちゃんなら、上位竜が現れても遅れはとらないですね」


 みゃあ。


 〔セーラちゃん。おはよう〕

「はい。おはようです。ジェス君」


 ジェス君が、肩に飛び乗りました。

 頬に暖かな毛並みがあたります。


「アッシュ君とジェス君は、お留守番です?」

「ああ。セーラを一人には出来ないしな。これも、何とかしないといけないからな」


 アッシュ君が弄ぶ魔導具には、精霊の気配はありません。

 既に解放されていました。

 私の出番はなさそうです。


「いくつかは、精霊の存在が消失していた。何柱か解放したが、セーラみたいに上手くはいかなかった。歪んだまま、此方に移した」


 アッシュ君は、各属性の精霊石を亜空間から取り出します。

 純度の高い精霊石に封じられた精霊は、狂乱しています。


 〔セーラちゃん。助けてあげたい〕

「そうですね。解放してあげましょう」


 アッシュ君も異存はなさそうです。

 精霊石を渡されました。

 アッシュ君はランタンを取り出して火を着けます。

 寝台に腰掛けて、ひとつひとつ精霊石に理力を纏わせた両手で包みます。

 仄かに暖かくなりました精霊石の中から、火の精霊が顕現します。


『火の精霊さん。精霊界に還りましょう。路を開きます』

『森と海の娘。同胞を助けてあげて、路は自分が開くよ』

『分かりました。では、お願いします』


 一番初めに助けた火の精霊さんは、精霊石の中での休養ができた様子で、力を幾らか取り戻していました。

 アッシュ君が取り出したランタンは、トール君が製作した魔導具です。

 天人族たるトール君の魔力波形は理力に近しいです。

 火の精霊界への良い通り路になることでしょう。

 ランタンの蓋を開けると、火の精霊さんが飛び込みます。

 焔の色が変わりました。

 精霊界の途が開きました。

 慌てる事なく、新たな精霊石を両手で包みます。

 魔素を浄化して、精霊さんを正気に還す。

 浄化された精霊さんは、路を通り精霊界に還っていきます。

 幾度か繰り返していくと、希に風属性の精霊さんが混ざっていました。

 風の精霊さんは、窓を開けて解放されていきます。

 地に縛られてさぞかし、苦しさに襲われていた事でしょう。

 解放されて良かったです。


『森と海の娘、ありがとう。同胞も精霊王様の身許に還っていった』

『いいえ。地上に生きる民として、精霊を束縛し、自由を奪ったことを謝罪します』

『森と海の娘は、悪くない。精霊王様の御言葉を伝える。同胞を助けて貰い、礼を述べる。ワレラ火の同胞は森と海の娘を生涯に置いて友誼を結ぶ。これは、その証。何時、如何なる時も我等は助け手とならん』


 火の精霊王の気配が部屋を満たします。

 濃密な精霊力が、精霊さんを解放した精霊石に集います。

 暖かな白焔が精霊石を溶かし、再構築して行くのが分かります。


『我等火の精霊は、森と海の娘と、魔にして(ひじり)の青年の道筋を灯さん』


 一際焔が大きくなり部屋を席巻していきました。

 焔が収まった後には、火の精霊さんは精霊界に還っていき、深紅の宝珠が残されていました。


 ▽  火炎の宝珠


 火の精霊王の理力が籠められた宝珠

 友誼の証


 うわお。

 大変な証を手に入れてしまいました。

 火を扱う職人さんが生涯に渡りまして、必ず掌中に欲しい永遠なる焔。

 どんな鉱石をも溶かし、所持者に火耐性をもたらします。

 あまり火を扱わない調薬師の私が、手に入れてしまいました。

 直径2㎝程の宝珠は、暖かな温もりで深紅の輝きを放っています。


「見事な宝珠だな」

 〔セーラちゃん。凄い〕

「現実逃避しないでください。所有権はアッシュ君にもあります」

「おれは、使い魔に魔導具を探して持ってくる様に指示しただけだ。精霊を浄化したのはセーラだ」

「ですけど、精霊王様の御言葉は、アッシュ君にも言及していましたよ」

「残念ながら、おれだと宝の持腐れになる。セーラが有効活用すればいい」


 そうなりますか。

 アッシュ君の言う通りなのですが、私が活用した方が良いのは分かります。

 火耐性の装身具にでも、しましょうか。

 死蔵してしまいましたら、精霊王様に夢枕に出てしまいそうです。


 〔セーラちゃん。風さんもー〕


 はい?

 ジェス君に言われて、開け放した窓をみます。

 窓辺に翡翠の宝珠を見つけてしまいました。

 えええ?

 風の精霊さんは、窓を開けて解放しただけなのですが。

 なにが、風の精霊王様の琴線に触れましたのでしょう。


「アッシュ君。宝珠が増えてしまいました」

「増えたな。この分だと、他の宝珠も増えそうだな」

「やめてください」


 コンプリートする気は有りませんよ。

 二つの宝珠でさえ、もて余すこと間違いなしです。

 またもや、風耐性の装身具に回しましょう。

 私ですと、装身具意外の使い途がありません。


「そう言えば、トール君とのお話し合いはどうなりました?」

「うん? 特に反対はなかったが、ミラルカに行くのはリック一人だけになりそうだ」

「あら。ダヤン氏は駄目ですか」

「ああ。トールの危惧は分からんでもないがな。リックの更正にはダヤンがいない方が良いとの事だ」


 比較される対象がいない方が、成長を見込めると判断されましたか。

 今の工房には、此方の世界に疎い同年代の少年がいます。

 優越感に浸る間もなく、工房の職人様方に揉まれることかと思います。

 見放されたと自暴自棄にならないと、いいのですが。


「今頃は、ダヤンが村長を説得しているだろうな」

「村長さんは甘やかしてしまいますから、引き離してしまった方が結果は見込めますね」

「そうだな。リックが増長したのも、村長に原因があるな」


 精霊術の適応がないのにも係わらず、妖精族の遺産を渡していましたしね。

 異父兄弟の仲を裂いていたのは、村長さんに有りそうです。

 ダヤン氏も慮り、弟と向き合っていない様子でした。

 カズバルには聖女対策に赴いた訳ですが、何時の間にか壊れた家庭を修復する羽目になっています。

 まぁ、聖女さんの魅了魔法にダヤン氏が囚われても、対策に不備はないかと思われます。

 幻獣種のラーズ君は間近に対面しても、甘い匂いに不機嫌になっただけでした。

 最強種のリーゼちゃんが、魅了魔法に負けるとは思いません。

 アッシュ君は、あっさりと抵抗するでしょう。

 ジェス君は、ポーチの中でおとなしくしてもらいましょう。

 最終手段として、アッシュ君の亜空間にて待機して貰います。

 面倒を見てくださる使い魔さんとの仲は良好ですから、私も心配はないです。

 ダヤン氏には樹木の精霊さんが、契約しています。

 樹木の精霊さんは、幻惑には耐性を持っています。

 事前に魅了魔法を伝えておきませば、何らかの対策はしてくださるでしょう。


「聖女一行は明後日には、フランレティア入りする予定らしい」

「それまで、村で待機していますか。遺跡が多少は気になりました」

「待機だな。少しばかり、遺跡を見て来たが。妖精族(エルフ)の精霊魔法で、囲まれていた」


 ずるいです。

 私も見てみたいです。


「あれは、正統な鍵が無くても、妖精族がいたら簡単に開くな」

「聖女さんの一行には、妖精族はいないと思いますが」

「いない、とは言い切れないな。村長が彼方側に魅了されれば、鍵を差し出すか、口伝を伝えて強制的にセーラを駆り出すだろう」


 アッシュ君の表情は渋いです。

 聖女さんの一行が、村に訪れる前に探索したい気持ちが沸き上がります。

 ですが、トール君の指示は待機です。

 どうやって、意趣返しするのでしょう。


「セーラが拒否した場合は、村長を何としても味方につけて、遺跡に乗り込むかも知れん」

「その場合ですと、道案内はダヤン氏でしょうね」

「だろうな。最悪、彼方側に取り込まれても、おれ達には、痛くも痒くもない。トールの指示通りに、半日後に攻略に乗り出すだけだ」

「同行を願われたら、どうします?」


 アッシュ君は肩を竦めます。

 これは、同行を拒否しないつもりですね。


「条件付きで、同行するさ」


 条件付き。

 言質を取るのはどちらに軍配があがるか、見物です。

 ラーズ君、頑張ってくださいね。



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