第29話
月曜投稿です。
昼食が終わりましたら自由時間とは、なりませんでした。
調理担当の旦那さんに、ミラルカでしか手に入らない調味料を強請られました。
ラーズ君が静かに断らなければ、何時までたっても離してはくださいませんでした。
最後には女将さんの一喝で、収まりました。
陽当たりの良い部屋に案内され、男子組、女子組に別れて宿屋から出ないように、アッシュ君に指示されました。
ダヤン氏とリック君のミラルカへの、短期就労をトール君と話し合う為に、アッシュ君が王都に向かわれました。
その間の時間は、宿屋でまったりとするように指示されました。
ラーズ君とリーゼちゃんは、私が固有技能の【翠の浄化】を連続で使用しましたから、過保護が発動しました。
お昼寝を推奨されました。
リーゼちゃんは、子守唄を謳う気満々です。
「そんなに、疲労してはいませんよ」
「確かに、魔力波形は穏やかですが、理力は相当数減少しています。体力回復に努めてください」
「ラーズに同意。ジェスも寝る」
女子組の部屋にて、ラーズ君とリーゼちゃんに諭されています。
リーゼちゃんは、心配のあまりに枕を叩いています。
〔セーラちゃん。ジェスとお昼寝、しようよ〕
ジェス君まで、上目遣いで懇願してきました。
身体を擦り付けてきます。
「はあい」
渋々、寝台に横になりました。
すかさず、ジェス君が枕元で丸くなります。
思ったより、固有技能を使用して疲れていたみたいです。
すぐに、睡魔が訪れました。
ああ。
心配性なラーズ君とリーゼちゃんに、迷惑をかけてしまいました。
少し眠るだけのつもりが、気が付いたら夕刻間際でした。
窓からは夕日が射し込んできています。
ラーズ君に【睡眠】の魔法を掛けられた様でした。
状態異常耐性の装身具は、身内の魔力には抵抗しないでいました。
むう。
寝起きな私は、少し剥れています。
「何を剥れている」
アッシュ君も、戻っていました。
備えつけのテーブルには、水脈に埋め込まれていたであろう魔導具がありました。
眠っている間に、使い魔さんが確保してきた模様です。
また、私の出番です。
意気揚々と身を起こした私は、寝台から降りてテーブルに近寄ります。
あれ?
ラーズ君とリーゼちゃんの姿が見えません。
何処に行きましたか?
「アッシュ君。ラーズ君とリーゼちゃんは、何処ですか?」
「二人なら、騎士に混ざり魔物の間引きに行っている」
「そうでしたか。まぁ、ラーズ君とリーゼちゃんなら、上位竜が現れても遅れはとらないですね」
みゃあ。
〔セーラちゃん。おはよう〕
「はい。おはようです。ジェス君」
ジェス君が、肩に飛び乗りました。
頬に暖かな毛並みがあたります。
「アッシュ君とジェス君は、お留守番です?」
「ああ。セーラを一人には出来ないしな。これも、何とかしないといけないからな」
アッシュ君が弄ぶ魔導具には、精霊の気配はありません。
既に解放されていました。
私の出番はなさそうです。
「いくつかは、精霊の存在が消失していた。何柱か解放したが、セーラみたいに上手くはいかなかった。歪んだまま、此方に移した」
アッシュ君は、各属性の精霊石を亜空間から取り出します。
純度の高い精霊石に封じられた精霊は、狂乱しています。
〔セーラちゃん。助けてあげたい〕
「そうですね。解放してあげましょう」
アッシュ君も異存はなさそうです。
精霊石を渡されました。
アッシュ君はランタンを取り出して火を着けます。
寝台に腰掛けて、ひとつひとつ精霊石に理力を纏わせた両手で包みます。
仄かに暖かくなりました精霊石の中から、火の精霊が顕現します。
『火の精霊さん。精霊界に還りましょう。路を開きます』
『森と海の娘。同胞を助けてあげて、路は自分が開くよ』
『分かりました。では、お願いします』
一番初めに助けた火の精霊さんは、精霊石の中での休養ができた様子で、力を幾らか取り戻していました。
アッシュ君が取り出したランタンは、トール君が製作した魔導具です。
天人族たるトール君の魔力波形は理力に近しいです。
火の精霊界への良い通り路になることでしょう。
ランタンの蓋を開けると、火の精霊さんが飛び込みます。
焔の色が変わりました。
精霊界の途が開きました。
慌てる事なく、新たな精霊石を両手で包みます。
魔素を浄化して、精霊さんを正気に還す。
浄化された精霊さんは、路を通り精霊界に還っていきます。
幾度か繰り返していくと、希に風属性の精霊さんが混ざっていました。
風の精霊さんは、窓を開けて解放されていきます。
地に縛られてさぞかし、苦しさに襲われていた事でしょう。
解放されて良かったです。
『森と海の娘、ありがとう。同胞も精霊王様の身許に還っていった』
『いいえ。地上に生きる民として、精霊を束縛し、自由を奪ったことを謝罪します』
『森と海の娘は、悪くない。精霊王様の御言葉を伝える。同胞を助けて貰い、礼を述べる。ワレラ火の同胞は森と海の娘を生涯に置いて友誼を結ぶ。これは、その証。何時、如何なる時も我等は助け手とならん』
火の精霊王の気配が部屋を満たします。
濃密な精霊力が、精霊さんを解放した精霊石に集います。
暖かな白焔が精霊石を溶かし、再構築して行くのが分かります。
『我等火の精霊は、森と海の娘と、魔にして聖の青年の道筋を灯さん』
一際焔が大きくなり部屋を席巻していきました。
焔が収まった後には、火の精霊さんは精霊界に還っていき、深紅の宝珠が残されていました。
▽ 火炎の宝珠
火の精霊王の理力が籠められた宝珠
友誼の証
うわお。
大変な証を手に入れてしまいました。
火を扱う職人さんが生涯に渡りまして、必ず掌中に欲しい永遠なる焔。
どんな鉱石をも溶かし、所持者に火耐性をもたらします。
あまり火を扱わない調薬師の私が、手に入れてしまいました。
直径2㎝程の宝珠は、暖かな温もりで深紅の輝きを放っています。
「見事な宝珠だな」
〔セーラちゃん。凄い〕
「現実逃避しないでください。所有権はアッシュ君にもあります」
「おれは、使い魔に魔導具を探して持ってくる様に指示しただけだ。精霊を浄化したのはセーラだ」
「ですけど、精霊王様の御言葉は、アッシュ君にも言及していましたよ」
「残念ながら、おれだと宝の持腐れになる。セーラが有効活用すればいい」
そうなりますか。
アッシュ君の言う通りなのですが、私が活用した方が良いのは分かります。
火耐性の装身具にでも、しましょうか。
死蔵してしまいましたら、精霊王様に夢枕に出てしまいそうです。
〔セーラちゃん。風さんもー〕
はい?
ジェス君に言われて、開け放した窓をみます。
窓辺に翡翠の宝珠を見つけてしまいました。
えええ?
風の精霊さんは、窓を開けて解放しただけなのですが。
なにが、風の精霊王様の琴線に触れましたのでしょう。
「アッシュ君。宝珠が増えてしまいました」
「増えたな。この分だと、他の宝珠も増えそうだな」
「やめてください」
コンプリートする気は有りませんよ。
二つの宝珠でさえ、もて余すこと間違いなしです。
またもや、風耐性の装身具に回しましょう。
私ですと、装身具意外の使い途がありません。
「そう言えば、トール君とのお話し合いはどうなりました?」
「うん? 特に反対はなかったが、ミラルカに行くのはリック一人だけになりそうだ」
「あら。ダヤン氏は駄目ですか」
「ああ。トールの危惧は分からんでもないがな。リックの更正にはダヤンがいない方が良いとの事だ」
比較される対象がいない方が、成長を見込めると判断されましたか。
今の工房には、此方の世界に疎い同年代の少年がいます。
優越感に浸る間もなく、工房の職人様方に揉まれることかと思います。
見放されたと自暴自棄にならないと、いいのですが。
「今頃は、ダヤンが村長を説得しているだろうな」
「村長さんは甘やかしてしまいますから、引き離してしまった方が結果は見込めますね」
「そうだな。リックが増長したのも、村長に原因があるな」
精霊術の適応がないのにも係わらず、妖精族の遺産を渡していましたしね。
異父兄弟の仲を裂いていたのは、村長さんに有りそうです。
ダヤン氏も慮り、弟と向き合っていない様子でした。
カズバルには聖女対策に赴いた訳ですが、何時の間にか壊れた家庭を修復する羽目になっています。
まぁ、聖女さんの魅了魔法にダヤン氏が囚われても、対策に不備はないかと思われます。
幻獣種のラーズ君は間近に対面しても、甘い匂いに不機嫌になっただけでした。
最強種のリーゼちゃんが、魅了魔法に負けるとは思いません。
アッシュ君は、あっさりと抵抗するでしょう。
ジェス君は、ポーチの中でおとなしくしてもらいましょう。
最終手段として、アッシュ君の亜空間にて待機して貰います。
面倒を見てくださる使い魔さんとの仲は良好ですから、私も心配はないです。
ダヤン氏には樹木の精霊さんが、契約しています。
樹木の精霊さんは、幻惑には耐性を持っています。
事前に魅了魔法を伝えておきませば、何らかの対策はしてくださるでしょう。
「聖女一行は明後日には、フランレティア入りする予定らしい」
「それまで、村で待機していますか。遺跡が多少は気になりました」
「待機だな。少しばかり、遺跡を見て来たが。妖精族の精霊魔法で、囲まれていた」
ずるいです。
私も見てみたいです。
「あれは、正統な鍵が無くても、妖精族がいたら簡単に開くな」
「聖女さんの一行には、妖精族はいないと思いますが」
「いない、とは言い切れないな。村長が彼方側に魅了されれば、鍵を差し出すか、口伝を伝えて強制的にセーラを駆り出すだろう」
アッシュ君の表情は渋いです。
聖女さんの一行が、村に訪れる前に探索したい気持ちが沸き上がります。
ですが、トール君の指示は待機です。
どうやって、意趣返しするのでしょう。
「セーラが拒否した場合は、村長を何としても味方につけて、遺跡に乗り込むかも知れん」
「その場合ですと、道案内はダヤン氏でしょうね」
「だろうな。最悪、彼方側に取り込まれても、おれ達には、痛くも痒くもない。トールの指示通りに、半日後に攻略に乗り出すだけだ」
「同行を願われたら、どうします?」
アッシュ君は肩を竦めます。
これは、同行を拒否しないつもりですね。
「条件付きで、同行するさ」
条件付き。
言質を取るのはどちらに軍配があがるか、見物です。
ラーズ君、頑張ってくださいね。
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