第28話
金曜投稿です。
村長さんの懇願で安全な村に転移された少年は、そのまま気絶してしまいました。
根性がないですね。
涙と鼻水だらけの顔は恐怖にひきつり、歪んでいました。
表立ち不快感を露にしませんが、騎士さんに集合小屋に隔離されて行きまして、ひと安心です。
「孫が大変失礼な事を言いましたそうで、妖精様にはご不快かと存じます」
「村長さんは、悪くありません。ですが、どうしてあのように優越感に浸る過程に疑問が沸きます」
カズバルの村は、人口はそれほど大きくはありません。
言ってしまうと地方の小さな農村です。
村長さんの孫なだけで、ダヤン氏のように特出して秀でた一面はありません。
ご先祖様に精霊術師の家系はありましたが、少年自身は精霊術を学んではいませんでした。
狭い村では精霊術を行使できる方が、優遇されて然るべきです。
輸入に頼るしかないフランレティアでは、農作業は貴重な働き手です。
ダヤン氏は、樹木の精霊と契約しています。
カズバルが農村として成り立つのも、ダヤン氏の力に寄る処があるはずです。
村長さんの孫だからと言いまして、他者を見下して良い訳がありません。
少年の称号に不義がありましたから、その辺りに事情があるとみていいですね。
「それは……」
村長さんとダヤン氏は、いい淀みました。
耳目がある場所で聴いていい話ではなさそうですね。
「すみません。興味本位で尋ねてしまいました」
「いいえ。村の住人なら知っている事実です。すべての、罪は私共に有ります。それが、孫の自尊心に悪影響を与えてしまいました」
「事情を知る年配の村人が、リックを特別な存在に固執する原因を作ってしまったのです。自分は森の民人様から、友愛を受け継ぐ唯一人の人間だと」
「ですが、お孫さんには……」
言ってしまっても、良いのかわかりません。
少年には、妖精族が特別視する魅力はないです。
逆に不愉快な感情しかないです。
排他的な種族差がある妖精族は、自身を見下して偉ぶる他者には、相応の態度をとります。
友愛の情は沸かず、たった一人の無礼に森を閉ざすきっかけになります。
「はい。孫は森の番人には、なれません」
「リックは認めることを否定し、殊更血筋に固執してしまっています」
「改めさすのを、諦めたのか。だが、いずれ死を以て理解せざる逐えなくなるぞ」
アッシュ君の忠告に、村長さんとダヤン氏は、沈黙しました。
今日は、たまたま運が良かったのです。
私達が関わらなければ、狩猟に向かった村人は助からない運命にありました。
魔素に取り囲まれた村も自滅の道を辿ります。
一日遅ければ、どうなっていましたことか。
「今日のことを教訓に、もう一度話し合いたいと思います」
「妥当な判断だな」
村長さんは、力なく項垂れています。
今日の様子を見る限り、お孫さんが更正するとは思えませんが。
言葉にはだしません。
「お話し中、失礼します」
「どうした、何が起きた」
やるせない空気の中、騎士さんに声を掛けられました。
副団長さんが対応します。
「食糧の配分が終了致しました。そして、申し訳がありませんが、水が足りません。もう一度水をお出し頂けないでしょうか」
「井戸の水は汚染を除去したが、暫くは使用しない方が良いな。リーゼ。各家庭の水瓶に水を淹れていけ」
「了承。村長、案内する」
「そうですな。では、お願いいたします」
リーゼちゃんは、まずアッシュ君が出した樽に水を満たして、村長さんと各家庭を回ることになりました。
村長さんの気分転換になれば、良いですね。
「森で、何事が起きたのでしょうか」
副団長さんが、躊躇いがちに切り出しました。興味本位ではなく、仕事に差し障りがないか、知る必要があるからです。
「カズバルの村には、精霊術師の家系があります。ぼくの家と村長の家系です。ですが、村長の家系は、途絶えてしまいました。孫のリックは、寡婦となられた村長の長男の嫁と、ぼくの父親との間に産まれた希望の子となるはずでした」
重い口をダヤン氏が開きました。
「ですが、リックに精霊術の適性はなく、妖精族が遺した遺物の番人には、なれなかったのです。哀れんだ村人は、リックを別な意味で特別視してしまいました。それが、リックが森の番人に固執させてしまい、優越感に浸る結果になりました」
「森の番人とは、遺跡のことか」
「そうです。まだ、森に妖精族が棲んでいた頃から、遺跡は村にとっても祭祀の場所となりました。何の事情があったかは知らされてはおりませんが、妖精族が去った後は村長の家系と神官が管理していました。しかし、魔素溜りが発生して、森に異変が起きてしまい、リックは己の肥大した自尊心を満たす為だけに、問題を起し、皆様方を不快にさせました」
「……」
「それは、遺憾ながら、身内の問題だな」
きっぱりと、副団長さんは言い切りました。
そうなのですよね。
身内の問題なのです。
私達は、巻き込まれただけに過ぎません。
個人的には、教育の仕方が悪かったな、としか感想はありません。
「事情がどうあれ、妖精姫に害があるなら、隔離しておくか」
既に隔離状態にありますが、浄化されても放免にならないようです。
ダヤン氏が、ひいています。
副団長さんにとりまして、自国の一人間より、私達の機嫌を損ねない方が重要ですか。
「隔離より、現実を見せた方が良いねではありませんか?」
「ラーズ。何か策でもあるのか」
「策と言いますか、隔離していては、成長は見込めません。要は井の中の蛙なのですよね」
ラーズ君は大海を見せるのが、一番だと思うのでしょう。
ですが、どのように大海を見せるのか、不安です。
「幸いにも工房には、新人店員がいます。セイと供に教育をしたら良いと思います。工房の常連には妖精族もいますし、ちょっとのことでは、逃げられないです」
「トールに聴いてみないと、判断はつかないな」
アッシュ君は顎に手をやり、ラーズ君の提案を思案しています。
私は賛成も反対も出来ません。
一概に、お孫さんを信用出来ないからです。
亜人発言に常連の皆さんが、お怒りになるのが目に見えています。
「勿論、一人では工房に送りません。ダヤン氏も、同行して貰います」
「えっと、理由を聴いてもいいかな」
「全く見ず知らずの場所で、生活が出来るとは思っていません。ですから、比較されているダヤン氏と一緒に行けば、少しは冷静に受け止めるしかないと思います」
そうでしょうか。
逆に、鬱憤が貯まるだけだと思いますよ。
「成る程。喧嘩を推奨させるのか」
「はい。ダヤン氏も負い目があるから、リック君を腫れ物扱いをしていますよね。兄弟なら、真正面でぶつかってみては、どうですか?」
あら。
そうきましたか。
ならば、ラーズ君に賛成です。
よそ様の家庭事情には首を傾げてしまいますが、一度村から引き離してみた方が良いのかも知れません。
お膳立てした喧嘩で、本音が漏れるかどうかは分かりませんけど。
〔それに、聖女につけこまれて、敵に回すと厄介ですから〕
ラーズ君の本音が念話で聴こえてきました。
孫には甘い村長さんが、聖女側に付くのを警戒していました。
妖精族が遺した遺物が、どれだけ私達に悪影響をもたらすか、秤に掛けましたね。
「ふむ。ラーズの策に、乗るのも手だな」
「喧嘩、ですか。確かに、兄弟なんですよね。村長に気兼ねして、避けていましたけど」
アッシュ君もダヤン氏も、折り合いをつけたようです。
気弱ですが面倒見の良いギディオンさんに、丸投げしています。
少年同士励ましあい、成長、更正していくことを願います。
「魔人殿。是非、リックに更正する機会をください。ぼくも、改めて接しなくてはならない状況に置いて、リックの不安を和らげたいと思います」
「分かった。トールに掛け合う」
「ありがとうございます。そして、お願いいたします」
ダヤン氏が、深々と頭を下げられました。
まだ、決定した訳ではありません。
トール君が、反対してしまえば、話は流れてしまいます。
アッシュ君の説得で、二人の未来が掛かっています。
頑張ってくださいな。
ダヤン氏の話を聴いてしまいましたら、多少は同情してしまいました。
不憫な生い立ちに、哀れだと思いました。
村長さんが甘やかすのも、無理がありません。
馬鹿な子程可愛い、と言うのですね。
「ラーズ、セーラ。俺達も食事にしよう。この村には宿はあるか?」
「一応は、あります。案内しますが、食事は出ないと思います」
「調理場を貸して頂けましたら、私が作ります」
「では、竜人のお嬢さんが戻りましたら、案内します」
「リーゼなら、心配は無用です。僕達の気配を探り、辿りますから」
本当は、念話で会話が筒抜けなのですが。
リーゼちゃんも、お腹が空いたと訴えてきています。
飢えを満たすには、大量の食事が必要となります。
頑張って作りますよ。
「分かりました。此方です」
「では、自分は森の監視と巡回に戻ります」
「何事が起きたら、呼んでくれ」
「了解致しました」
副団長さんは、敬礼して離れていかれました。
私達は、宿屋に向かいます。
献立は何にしましょう。
お肉料理は外せません。
食糧は、ミラルカでしこたま買い込んできています。
自前の食糧ですから、村には影響はありません。
やがて、宿屋に着きました。
「アイネスさん。お客様を案内しました」
「はいな。あたしらに食事を作ってくれた、妖精さんたちだね」
「そうです」
「いらっしゃいませ。妖精さんと、魔族の方々。お待ちしていたよ」
宿屋は、一階は食事処で、二階が宿泊室になっています。
典型的な宿屋になります。
「生憎と食事は満足に出せないから、宿泊料金はその分お安くするよ」
「厨房を貸して貰えれば、自前で用意する」
「普段は貸せないけど、時期が時期だからね。厨房は此方だよ」
良かったです。
宿屋や食事処では、客が調理場に出入りするのを嫌われます。
衛生面を第一に考える厨房にとりましては、部外者が土足で入り込むのは忌避されても、仕方がありません。
今回は、村には妖精族と誼を通じていたことと、炊き出しを行っていたことが、友好に捉えられました。
宿屋の女将さんは、快く応じてくださいました。
なにが、幸いするかわかりませんね。
念の為に調理道具も自前で賄います。
さあ、張り切って作りますよ。
ジェス君は、アッシュ君と待機ですよ。
暴れても駄目です。
おとなしく、待っていてくださいね。
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