第27話
月曜投稿です。
ダヤン氏が精霊術を解除しました。
代わりにアッシュ君の結界が、小屋に張り巡らせます。
ダヤン氏と樹木の精霊さんが、肩の力を抜きました。
避難小屋に私達が入りますと、床板の上に怪我人がじかに寝かされていました。
ラーズ君と手分けして、治療にあたります。
「まさか、妖精様に出会えるなんて、思いもしませんでした」
「此方も、精霊術師がいるとは思わなかったな」
ダヤン氏とアッシュ君の、和やかな会話を背にして怪我人に近寄ります。
ジェス君はアッシュ君の肩の上で待機してくださいね。
一番の重傷者は、巨蜂に十数ヶ所刺されている方です。
毒が回り呻き声が微かに聴こえます。
まずは、毒消しが必要ですね。
小型ポーチから、中級ポーションと毒消しを取り出します。
「毒消しのポーションです。飲ませてください」
「了承」
リーゼちゃんが介助して、重傷者の肩を少し持ち上げます。
横になったままですと、薬を飲み込めません。
喉に詰まらせて、窒息してしまう可能性もあります。
身体に力が入らない重傷者は、少しずつ毒消しを飲んでいきます。
身体の腫れがひいていきます。
蜂の毒に拒絶反応を示していなくて、良かったです。
本当は中級ポーションも飲んで欲しいですが、力尽きて眠ってしまいました。
リーゼちゃんに、腫れが酷い箇所にかけるように頼みました。
「セーラ。此方は足首を骨折しています」
「はい。骨折用のポーションと軟膏です」
「すみませんが、骨を繋ぎます。痛みますよ」
「わかった。やってくれ」
単純骨折なら、ラーズ君にお任せです。
舌を噛まない為にハンカチを、予め噛んでもらいます。
「いきます」
「うぐぅ」
跳ねる身体をダヤン氏が、押さえ込みました。
骨を繋ぎ終えましたら、軟膏を塗り、ポーションを飲んでもらいます。
痛みは軽減されたかと思います。
私が用意したポーションは、即時に怪我を癒す効果がない品です。
緊急時でもない限りは、使用は厳禁です。
でませんと、薬に耐性ができてしまい、必要な時に効果が発揮できなくなってしまいます。
神官の癒しの魔法も、同様です。
小さな擦り傷一つに、高位魔法を使用しなくてはならなくなります。
まあ、それは王侯貴族に言えたことですけど。
一般庶民は民間療法が、主な治療方法ですね。
「このポーションって、効果悪いんじゃないか。全然怪我治ってないじゃないか」
「リック‼」
比較的軽症な少年には下級ポーションを渡しました。
ポーションの色が違うのが、お気に召さない様子です。
「なんで、おれだけ違うんだよ」
「リック、黙れ。助けて貰ったのに、なんて言いぐさだ」
「だって、ダヤンさん。おれだって、怪我人じゃん。依怙贔屓するなっての」
誰も依怙贔屓はしていません。
怪我の程度に合わせてポーションは、配っています。
年若な少年は擦り傷程度でしたから、下級ポーションで充分です。
過度な治療は身体に悪いのですが、少年は聞く耳をもってはいないですね。
「お前が五体満足無事なのは、フレッドに庇われたからだろう。そのフレッドは、骨折までしたのに、擦り傷程度で喚き散らして、魔物を誘導した。狩りの邪魔ばかりして、皆を危険な目に会わせたのは、誰だ」
「そ、それは、おれだけど。おれだって、あんな処に魔物がいるなんて、思わなかったんだ」
「だから、森に入る資格がないリックを連れて行くのは、反対したんだ」
「おれは、村長の孫だから、妖精族の遺産の後継者だ。森の中では、おれは、守られるはずなんだ」
あのぅ。
断罪は村に帰還したら、お願いします。
少年の主張は見苦しさしか、感じません。
応急措置は、一通り終わりました。
本格的な治療は、村で行ってください。
私は調薬師であって、治療師ではありません。
ポーションで、楽に怪我を治せるとは思わないで欲しいです。
今後の戒めの為にも、上級ポーションは封印しておきます。
「なあ、妖精さん。ダヤンさんにも言ってくれ。おれは、特別な守護がある人間だって。妖精さんも、おれには友好的だろ」
「いいえ。不快感しかありません。ポーションがお気に召さないならば、返してください」
「なっ! そうか、あんたは、森の民ではないからか。やっぱり、紛い者には、効かないんだ」
ぶちっと、リーゼちゃんの堪忍袋が切れる音が聴こえてきました。
少年の手から、ポーション瓶を奪い取ります。
「なにするんだ。おれのポーション返せよ。怪我が治せないじゃんか」
「セーラ、貶すな」
「黙れよ、亜人」
「リック‼ 黙るのはお前だ!」
「おれは、悪くない。悪いのは亜人だ」
ポーションは、私の物です。
少年の物では、ありません。
どうしても、自分の愚かさを認識しない少年に、些か苛立ちが募ります。
ラーズ君が意識を奪う位置に移動していきます。
「……なら、亜人の助けは要らんな。不愉快だ。村に帰るぞ」
とうとう、アッシュ君が実力行使にでるようです。
怪我で動けない村人の回りに魔法陣が浮かびます。
転移魔法です。
「森の守護があるのは、お前が所持するアイテムであって、自身にはない。それに、魔物が跋扈する森では、アイテムの恩恵はない。一晩、小屋で過ごして反省しろ」
「はぁ? あんた何様だよ。おれは、村長の孫だぞ。偉いんだ。森の妖精は、おれに従うんだ」
「お前に従う妖精族はいないし、村長の血筋ではない」
そうなのです。
少年には悪いですが、人物鑑定をさせて貰いました。
随分と森の妖精族を意識していましたから、その自己優越感が何処にあるのか、知りたくなりました。
鑑定結果は意外にも、妖精族との親和性がありました。
ですが、旧い家系に精霊術師がいたとの、情報です。
そして、村長さんが飢餓状態にありましたのに、少年には飢えた情報がありませんでした。
少年が所持する腰袋には、非常食とあるアイテムが入っています。
▽ 森の鍵
森の妖精族との友情の証
迷路を抜けるアイテム
これが、少年が優越感に浸る理由ですね。
アッシュ君の言う通りに、少年の血筋を遡ってみましたが、村長さんに行き当たりません。
嫌ですね。
不義の子の称号があります。
父系はダヤン氏と、同じ名前があります。
「嘘を言うな。おれは、村長の孫で間違いがない。これだから、亜人は卑しい輩だ」
「そんな、卑しい輩に助けられたくはないだろう。此方も助けたくはない。先程も言った。森の怒りを身を以て知れ」
転移魔法が起動します。
次々と怪我人が転移していきます。
「なっ。村人は何処にやったんだ。魔界か。おれは、行かないぞ」
「リック。謝罪しろ」
樹木の精霊さんに転移魔法だと教えられたダヤン氏は、アッシュ君の本気に訴えました。
「強制された謝罪は要らない」
アッシュ君は、無情にも有言実行する魔人です。
ダヤン氏も転移していきます。
さて、味方が一人もいない、魔物が取り囲む小屋で一晩過ごせるか。
見物ですね。
非常食も所持していますから、余裕でしょう。
せめてもの情けに、水は置いてあげます。
驚愕に歪む少年に、言葉は要りません。
少なからず、私も不愉快でした。
転移魔法が私達を包みます。
一人残される恐怖に、少年が私達に近寄ります。
もう、遅いです。
転移魔法が起動して、カズバルの村に戻りました。
起動した転移魔法に身体の一部が巻き込まれなくて、良かったですね。
中途半端に身体の一部が転移して、スプラッタは遠慮したいでしたから。
「魔人殿。村人の保護ありがとうございます」
「怪我人は、纏めて収容しておけよ。怪我から、魔素が入り込んでいる。神官の浄化が必要だ」
「分かっております。集合小屋がありますから、そこへ収容しております」
私達の到着に気がつきました副団長さんが、騎士の皆さんに指示を出していました。
騎士団付きの神官さんが浄化を担ってくださいますので、私の出番はないですね。
人前で浄化はできませんが、万能薬があります。
一気に魔素を排出させますから、人体に少し負担がかかります。
薬とは、本来そう言うものです。
「皆さん。リックはどうなりましたか?」
「ダヤンから、聴きました。あんな愚か者ですが、孫です。助けてはくださいませんか」
村長さんが頭を下げました。
アッシュ君は、一晩過ごせと言いました。
本気になりましたアッシュ君の考えを、翻すのには労力がいりますよ。
「実の孫ではないのにか?」
「はい。それでも、可愛い孫です」
苦渋に満ちた面持ちな村長さん。
部外者があれこれ、言う必要はないのでしょう。
アッシュ君のことです。
使い魔さんが監視しているはずです。
不愉快極まりませんが、村長さんは何ら瑕疵はありません。
矛を納めましょう。
「アッシュ君」
「兄さん」
ラーズ君も同意見なようです。
上目遣いで見上げます。
ジェス君も、お願いしてみてくださいませんか?
〔ジェス。あの子嫌い。セーラちゃん、馬鹿にした〕
あらら。
ジェス君もお怒りでした。
アッシュ君が、逆立つ毛並みを撫でます。
村長さんも、いつまでも頭を下げたままですよ。
「魔人殿。森の様子がおかしいです」
不意に、うなじがチリチリと痛みを感じました。
騎士さんに促されて森の方向を見ます。
「馬鹿が、小屋から出た」
「? リックが小屋から出たのかい」
「肯定。魔物に狙われている」
リーゼちゃんの気配察知に、皆さんの顔色が青くなりました。
村長さんは、倒れる寸前です。
安全な小屋から出たのは、少年の意思です。
ちゃんと、魔物が跋扈していると宣言してあります。
小屋に避難したのも、魔物から逃げる為でしたよね。
大人数でも魔物に追われましたのに、単独でやり過ごすことが出来ると過信しています。
お馬鹿な行動に溜め息が漏れます。
これも、あのアイテムを所持しているからですね。
「アッシュ君。村長さんと、約束しましたよね。村人を保護すると」
「……したな」
「このままですと、約束破りになりますよ」
「兄さん、そろそろ赦しません? セーラもお怒りを鎮めましたよ」
「はあ。分かった」
アッシュ君が右手を振ります。
転移魔法の陣が宙に浮かび、不躾な少年を吐き出しました。
やはり、使い魔さんがついていました。
「……助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
少年は囈言を呟いて、地面に転がりました。
たった数分の間に傷が数ヶ所出来ていました。
アッシュ君が溜飲を下げる出来事が起きていたようです。
「リック‼」
村長さんが少年を揺さぶります。
どれも、掠り傷です。
しかし、魔素を含んでいますから、収容をお願いします。
特別扱いを希望でしたから、特別な薬を是非提供してあげますよ。
とっても苦いお薬を用意してあげます。
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。




