第25話
月曜投稿です。
鬱蒼と木々が生える森の中は危険に満ちていました。
カズバルの村人が逃げてきた道なりを歩いていますと、魔素に侵された魔物に出くわしました。
先程遭遇した熊型よりは小さいですが、それなりに重量がある魔物を排除しながら進んでいます。
ふみゃあ。
アッシュ君の肩の上に避難したジェス君が、鳴きました。
「左手後方、魔物発見」
「四つ足の獣です」
「そろそろ、飽きてきたな」
魔物を発見したら、アッシュ君が課題を下します。
私達は、課題に適した技能で対応してきました。
ネタが尽きてきたのか、本当に飽きてきたのか、 アッシュ君が威圧を発しました。
途端に、接敵しようとしてきました魔物が、距離を取りました。
魔素で狂乱していても、強者の威圧が有効でした。
緊迫していた雰囲気が綺麗さっぱりとなくなりました。
「一気に静かになりました」
「ん。魔物、逃げた」
「森の中に入りまして、漸く一息つけますね」
うにゃあん。
〔アッシュ君、強い。ジェス、頑張る〕
ジェス君が何やら対抗意識をもった様子です。
アッシュ君の域に到達するまでには、高い壁が聳え立っていますよ。
リーゼちゃんの威圧は種族性のものですし、私には真似ができません。
威圧は得意分野の方にお任せします。
「兄さん? 避難小屋はあちらです」
突然、アッシュ君が方向転換しました。
村人さんが示した避難小屋とは、反対方向になります。
「小屋には使い魔をやった。暫くは持つだろう。気になるのは、水脈に栓をした魔導具だ。井戸には、ここの領主が埋め込んだ。近場に二つも魔導具を埋め込んだ意図が知りたい」
アッシュ君は、どうやら魔導具が気になるようです。
私も、フランレティアの湖には、水竜がいるのだと聴かされまして、関連性を疑問視しはじめていました。
水を汚染して水竜を弱体化させる。
何処かの何方が、やりそうな手です。
「兄さんは、帝国が絡んでいると思っていますか」
「十中八九、そうだろうな」
外務大臣派か、駐留していた帝国騎士の仕業かわかりませんが、属国を我が物顔でやりたい放題ですね。
水竜を弱らせて竜殺しの名声目当てか、はたまた水の精霊石目当てなのか。
確かに、意図が知りたいですね。
「帝国、水竜知らない。水の汚染。リザードマン対策」
リーゼちゃんの言葉に、はっとします。
そうでした。
帝国は湖に棲息していますのは、リザードマン種族だと思っているのでした。
水竜は、秘匿されていました。
だとしますと、精霊石狙いだとあてはまります。
「ちっ。厄介な」
「どうしました?」
珍しくアッシュ君が、舌打ちします。
水脈を汚染している魔導具が見つかったのでしょうか。
ふと、水の気配の中に、あの甘ったるい匂いがしてきました。
聖女さんの、魅了魔法がこんな処に?
「止まれ」
制止されるまでもなく、足が止まりました。
目にした光景が信じられませんでした。
リーゼちゃんが、手を繋いでくれます。
ラーズ君が鼻を覆いました。
「聖女の魔力? やはり、帝国の仕業ですか」
「あれ、トリシアの二番せんじ」
涌き出る水の気配が強い中に、火の精霊が魔素に侵され、狂乱していました。
歪な赤白な火花が飛び散っています。
周囲の木々は燃やし尽くされ、木の精霊が困惑した表情で囲んでいます。
『森と海の娘。あの子を解放してあげて』
『罠に嵌まって出られないの』
精霊が盛んに要請してきます。
火の精霊は片足がトラバサミに挟まれて、水の檻に捕らわれ逃げようとして暴れたのでしょう。
そして、周りの木々を燃やしてしまった。
木の精霊は怒る気配をみせずに、火の精霊を心配しています。
大小様々な精霊が、火の精霊を案じています。
「アッシュ君。火の精霊を解放してあげたいです」
「分かっている。暫く待て」
待ちますけども、待てません。
火の精霊の生命力は、消え入りそうですよ。
早く、水の檻から、出してあげたいです。
思わず、アッシュ君の袖を引っ張りました。
アッシュ君は、消え入りそうな火の精霊に火炎石を投げ込み、火の勢いをあげました。
「これか」
反発した水の檻を構成している魔法陣に、アッシュ君は指先に魔力を集めて書き換え様としてくれています。
じきに、水の檻が消えていきます。
後はトラバサミです。
が、アッシュ君は栓をなす魔導具ごと、火の精霊を湧き水から引き離しました。
「セーラ、浄化してやれ」
「はい。分かりました」
右手の抑制指輪を外します。
固有技能【翠の浄化】を発動するには、指輪が邪魔をします。
アッシュ君が側にいてくれますので、安心して発動できます。
【翠の浄化】は、魔素の流れを停滞させる魔素溜りを正しく直したり、魔素に侵された精霊や人を浄化して癒し、元の姿に戻します。
アッシュ君が潰すしか出来ない魔素の影響を無害化して、後遺症もなく浄化できるのです。
秘匿される固有技能です。
神国に知られてしまえば、一生は浄化に駆り出されて終わりそうです。
なにしろ、正気を喪っている人を浄化できてしまうのです。
浄化技能を持つのは、神々の意向だと謳う神国です。
厄介な勧誘騒ぎではなくなります。
豊穣のお母さまは、私が神国に囚われるのを忌避しています。
私も、進んで近寄ろうとは思いません。
話がそれました。
火の精霊を解放してあげるのが、先決でした。
両手に理力を集めまして、暴れる火の精霊に触れます。
熱いとは、感じません。
程よい暖かさが伝わります。
狂乱していても、悪意がないと感じていてくれます。
『もう大丈夫です。今直ぐに解放してあげます』
『ほんとほんとほんとほんとほんと本当……』
『はい、本当にです』
火の精霊を歪め狂乱化させる過剰な魔素を、排出させて魔力の流れを正します。
次第に、精霊が発する火花が収まっていきます。
アッシュ君が、トラバサミを全力で開けました。
するりと、火の精霊が解放されます。
『あっ』
『良かった。火の子』
『火の子が解放された』
『火の子。大丈夫?』
木々の精霊が、万歳と両手をあげます。
焼かれる心配がなくなり、火の精霊が暴れなくなりましたので、喜んでいます。
「セーラ。火の精霊にこの石のなかで休養するのを、提案してくれ。俺達がカズバルに戻れば、火に返す」
「はい」
アッシュ君の提案に、私も了承しました。
渡されたのは、純度の高い火の精霊石です。
弱まった精霊の休息場所には持って来いです。
『火の精霊さん。暫くこの精霊石で休んでください。豊穣の女神の御名に誓い、あなたを精霊界に還します』
『うん。ありがとう。森と海の娘。魔人のお兄さんにも、お礼を伝えて』
『はい。必ず伝えます』
ぺこり、と私とアッシュ君にお辞儀をして、火の精霊は精霊石に潜りました。
トラバサミに挟まれた痛々しい足を、存分に癒してください。
精霊石に少しだけ、理力を籠めました。
抑制指輪を嵌めます。
リーゼちゃんの表情が元気ありません。
大丈夫ですよ。
【理の瞳】とは違いまして、ふらつきもありませんし、視界は良好です。
理力も心配される程は、消耗していませんから。
「アッシュ君。火の精霊さんが、ありがとうと言っていました」
「分かっている。必ず精霊界に還す。それに、まだまだこれはありそうだしな」
アッシュ君が効果を無くした魔導具を指します。
火の魔晶石を用いた魔導具は、カズバルの井戸に埋め込まれた魔導具と似通っています。
制作者が同じなのでしょうね。
怒りが湧きます。
粉々に壊してやりたいです。
まだ、フランレティアの水脈に埋まっているのですよね。
ひとつ残らず回収しましょう。
精霊さんを、浄化しますよ。
「トールに解析してもらう前に、一気に回収するか。使い魔達。これを回収してこい。手に負えない奴は発見報告だけでいい。行け‼」
アッシュ君の影や亜空間から、使い魔さん達が翔んでいきます。
にゃん。
〔お兄ちゃん、お姉ちゃん、行ってらっしゃい〕
ジェス君が前肢を振ります。
憤る気分が和みました。
亜空間で面倒を見て貰っていたのですね。
仲良しな相手が出来て喜ばしいです。
白銀の毛並の飛天虎が、空中に停止して前肢を振り返してました。
「あれは、子供を亡くした使い魔だ」
〔うん。優しいお母さんだよ〕
率先してジェス君の面倒を見てくださるそうです。
ジェス君もなついてます。
少しジェラシーを感じました。
「ジェス君が成長している証しですが、何やら
少し嫉妬を感じます」
にやっ⁉
〔ジェスの一番はセーラちゃんだよ。ジェス離れないよ〕
アッシュ君の肩から、ジェス君が胸元に飛び込んできます。
ケープに爪をたてて、鳴きました。
涙だ盛り上がり、しがみついています。
ああ、泣かせてしまいました。
「セーラ。小さな子を泣かせてどうする」
「ジェス君、ごめんなさい。こんなに、動揺するとは思いませんでした」
精霊を罠に嵌めて酷使する。
そんな、魔導具の制作者がいるのですよね。
腹立だしい怒りが修まらず、八つ当りしてしまいました。
本当にごめんなさい。
背中を撫でて、落ち着かせます。
〔ジェス。離れないもん。セーラちゃんと、一緒にいるもん〕
「はい。私もジェス君がいないと、寂しいですよ。ごめんなさい。精霊さんに悪戯する罠を見て、気分が悪かったです」
「そうですね。セーラには、酷だったと思います」
「ん。セーラもジェスも悪くない。いい子」
ラーズ君と、リーゼちゃんに慰められます。
ささくれだつ気分が、幾らか和らぎます。
精霊術を行使できなくても、精霊さんとは交流できますから、仲は良好です。
良き隣人なのです。
〔セーラちゃあん〕
「はい。ジェス君。何ですか?」
〔ジェス。アッシュ君の使い魔さんと、仲良しだめ~?〕
「駄目でないですよ。困らせてごめんなさい。精霊さんが、何方かに貶められていたのを見て、気分が悪くなりまして、皮肉を言ってしまいました。ジェス君は、なにも悪くないですよ」
〔じゃあ、仲直りのチュウする〕
はい?
ジェス君が素早く肩に移り、頬を舐めました。
チュウとは、何方に教えられましたか?
それに、舐めるのはチュウとは、言わないのでは?
〔お兄ちゃんが、チュウしたら仲良しで、いい子何だって〕
犯人はアッシュ君の使い魔さんです。
純真なジェス君は、言葉通りに受け止めた模様です。
「あいつら、何を教えている。これは、お仕置が必要か」
アッシュ君が、額に手を当てています。
いえ。
ジェス君のお陰さまで、気分が和みましたから、結果的には大丈夫です。
使い魔さんには、魔導具発見にせいを出して頂けたら良いです。
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。




