第21話
月曜投稿です。
「おう。お疲れさん」
フランレティア王宮に戻りましたら、トール君に労われました。
私達に与えられた客室で、呑気にお茶をしていました。
トール君。
徹夜でしたか?
隈が出来ていますよ。
「トール。寝た方がいいんじゃないか?」
「俺もそのつもりだったがな。国王と食事していたら、やんごとない厄介事が起きたと連絡が来た。慌てた国王と宰相に問い詰められた王妃は、もう出発したと言いやがる。アッシュが引率者なら、心配はいらんがな。それでも、可愛い弟子達は心配するさ」
トール君に、心配をかけてしまいました。
まさか、フランレティア入りして翌日に依頼を持ちかけられるとは、思いもしませんでしたしね。
王妃様の独断に近い形での依頼でありましたから、寝耳に水だったことでしょう。
せめて、出発前にトール君に一声かけるべきでした。
反省です。
「ほんで、妖精族はは救出できたのか。連れては来ていないみたいだが」
「ああ、知人に預けてきた」
「その方が良いな。王妃も、救出後の案は、大して展望がなかったからな。保護を名目に、優越感に浸りたいだけだしな」
トール君にも、ばれているようです。
人族に虐待されている妖精族を救い、保護をして、慈悲深げな王妃を演出するつもりていたのかもしれません。
帝国には、見目麗しい奴隷を飼うのが上流貴族には流行っているとの、アッシュ君情報です。
「なんでも、妖精族の血液が美容液になるんだってな。宰相が暴露させたぞ」
「阿呆だよな。人族の女は美容の目的なら、金を惜しまないな」
「ほんとにな。セーラも気を付けろな。見ず知らずな人間に飴玉差し出されても、ついていくんじゃないぞ」
「行きません。そんな、小さなお子様では、ありませんから。それに、気を付けるなら、リーゼちゃんもです」
「そうだった。リーゼもだな。竜人も、狙われ易いな」
どちらかと言いますと、リーゼちゃんの方が危険なのですよ。
竜人は、竜族と人族との混血が祖です。
人族にしてみましたら、割と人と近い位置にいる竜族の亜種と見なされています。
竜殺しの名声に傲る人族の中には、竜人を竜族と偽り粛清するお馬鹿さんもいます。
竜人の血肉も、延命を促す素材として狙われます。
そんな、効果はないにも関わらずに、少なくない被害を被っています。
妖精族を確保出来なかったフランレティア王妃が、リーゼちゃんを狙わないとも限りません。
まあ、黙ってやられるリーゼちゃんでは、ないですけども。
「セーラも、リーゼも、不審者には近づくなよ。一人では行動するな。絶対だぞ」
「はい」
「了承。セーラ、離れない」
「良し。んじゃ、俺は寝る。アッシュ、任せた」
「了解している。ラーズを含めた子供達から、眼は離さん」
「そうしてくれ。近々、帝国から招かざるお客さんも、来るようだしな」
勇者と聖女が派遣されて来るのですね。
フランレティアを孤立させて、権力に固執する帝国の優位性を示すよい機会ですからね。
属国の自治を剥奪して、稀少金属を独占する。
確か、フランレティア王族を廃する案も提示していたはずです。
退位ではなく、物理的に排除でしたよね。
愚かしいです。
「元外務大臣の専横で、派遣要請が出されていたんだと」
「ああ。駐留している朱の死神が、言っていた。シュバルナで、ひと悶着起こした奴が、帝国のお目付け役だ」
「ほう、思い出した。あの男か。アッシュと反りが合わなくて、大事になったな」
トール君が遠い目をしました。
本当に、何があったのでしょう。
忘れないうちに聴いてみたいです。
「シュバルナで、何がありましたか?」
「ん? 話してなかったか? ギディオンが、珍しくぶち切れた事件があっただろう。犠牲になった土地がシュバルナだ」
温厚な獅子であるギディオンさんが、大暴れした事件は覚えています。
大怪我をして工房に帰還しましたから、皆さん驚いていました。
アッシュ君とジークさんの三人で出掛けた矢先のことでした。
何でも、定住していた獣人の土地を巡り、帝国の騎士団と死闘を繰り広げた、と本人は自虐的に嗤っていました。
その土地には大地属性の年老いた亜竜が住み着いていたのも、帝国に狙われた一因でもあります。
詳しい事情は教えてはくださいませんでした。
恐らくですが、聴くに耐えない事が起こっていたのだと推測できます。
「ギディオンの名誉の為に言うが、集落を焼かれた獣人に自分を重ねたのだろうな。人質になっていた子供を助けに、単身で騎士団が駐留する砦に乗り込んだ。おれとジークが気付いた時には、既に騎士団と殺りあっていた」
普段のギディオンさんからは、殺伐とした雰囲気がありませんので、勘違いしがちですけど。
ギディオンさんも、立派な武人です。
徒手空拳の体術の師です。
リーゼちゃんも純粋な体術だけでは、ギディオンさんに負けてしまいます。
組み合わせたと思いましたら、リーゼちゃんが宙を舞っています。
不思議でしたね。
リーゼちゃんは、力点が反されると言っていました。
習得したリーゼちゃんはばんばんと使用していますが、私には出来ない芸道です。
ラーズ君と二人して宙を舞っています。
受け身と交わし方は上手くなりましたね。
ギディオンさんには、鍛練前には力の振るい時を誤るなと言われていました。
ですから、帝国と事を構えたと教えられた時は驚きました。
自分の耳を疑いました。
「その話には続きがあってな。半ば怒りで狂乱したギディオンをアッシュが力ずくで捩じ伏せ、代わりにシュバルナの砦を更地に変えた」
「当時は最善だと思ったのだが、少しやり過ぎたな」
「何を言うか。俺がジークに呼ばれてシュバルナに来てみたら、どうだ。でっかい獅子を一撃で昏倒させたアッシュが、高笑いして騎士団を壊滅状態にしてやがった」
高笑い。
アッシュ君には、似合わないと思います。
ラーズ君と、リーゼちゃんも首を傾げています。
アッシュ君なら、冷笑が妥当だと思います。
「兄さんが、高笑い。本当ですか?」
「おう。本当だ」
私達の視線がアッシュ君に向きます。
当の本人は苦笑しています。
やったんですね。
「あれは、魔人の本性がギディオンの気に充てられて、気分が高揚していたんだ」
「嘘を吐くな。乗り気で演出していただろうが。騎士団を壊滅させるわ、砦を更地に変えるわで、後始末が大変だった」
朱の死神さんとの出会いは、そこに繋がるのでしたか。
それなら、あの態度も分かります。
一騎当千を唄う帝国の騎士が、関わりたくないと言うのも頷けます。
「呆然とした騎士団の連中の中にルーカスだったか。朱の死神と言う奴にだな、停戦を持ちかけられたのは、何故か賢者の俺だった」
「よく、帝国が敵対している先生に、停戦を持ちかけましたね」
「ん。不思議」
リーゼちゃんに同感です。
未だに、異世界人との混血のトール君の身柄と知識の、所有権を主張している帝国です。
一騎士が提案しても、上の立場の人は認めないはずです。
「それだけ、被害がでかかったんだよ。アッシュは人的被害は出さずに、砦とシュバルナの土地を更地にしやがる。ギディオンは、片っ端から襲い来る騎士を再起不能にしやがる。二人の身柄を要求しない代わりに、シュバルナの土地での、出来事を吹聴しないと約定を交わしたんだ」
「もしや、帝国に取ってシュバルナでの事件は、不名誉な出来事だったのですか。そうなると、朱の死神の態度も納得です」
「そうだな。朱の死神は、弱者を甚振る腹芸は嫌っていたな。よく、帝国で出世できたもんだな。とにもかくにも、砦を潰された事実を隠蔽して、シュバルナでの事件は黙殺された。まあ、不名誉な出来事を理由に、朱の騎士団はフランレティアに左遷された訳だ」
へぇ。
フランレティアは、左遷の土地でしたか。
てっきり、反帝国の先鋒たるシルヴィータの隣国だから、精鋭の騎士団が駐留していると思っていました。
それにしましては、騎士団の人員が少ないとも気付いていました。
ギディオンさんに、殺られてしまっていたのですね。
練度が低いのは、新人が入隊した間に合わせの数だったからとか。
「ん? ああ、セーラ」
「はい。なんでしょうか」
「ジェスが鳴いている」
思案していた私に、アッシュ君は亜空間からポーチを取り出しました。
ふみゃあ。
ポーチの蓋が開いて、ジェス君が飛び出しました。
「ジェス! 危ないですよ」
目測を誤り途中で失速したジェス君を、ラーズ君の手の平が掬いました。
寝起きでしょうか。
悪夢でもみてしまいましたか。
ジェス君は、みゃあみゃあと鳴いています。
「どうしました? ジェス君」
〔セーラちゃん。ジェスお腹が空いたの〕
あら。
きゅるると、可愛いお腹の虫さんが鳴っています。
そうでした。
ジェス君の朝御飯はまだでしたよ。
忘れていました。
完全に忘れていました。
「ごめんなさい。ジェス君。朝御飯はまだでしたね」
予定では、私達の朝御飯が終われば、持ってきてもらうはずでした。
王妃さんからの依頼が入り、アッシュ君を不機嫌にさせられて、強引に王宮を出てしまいました。
ジェス君の、朝御飯は宙に浮いたままでした。
「ジェスの朝飯なら、呼鈴を鳴らせば持ってきてもらう手筈になっているぞ」
「ありがとうございます」
早速、トール君が呼鈴を鳴らしました。
数秒と経たずに部屋付きの女官さんが、入室しました。
「失礼致します。御用命は如何致しましたか」
「外に出ていた連れが戻った。宰相に知らせてくれ。後、可愛い仔猫のご飯を頼む」
「分かりました。すぐに手配致します」
一礼して部屋から下がる女官さん。
少し、私達に怪訝な眼差しを向けていました。
アッシュ君の転移魔法で移動していましたから、いつの間に戻ったのか不思議に思われたことでしょう。
わざわざ、宰相さんに連絡するのは、私達が城門を潜ったのではないからです。
お手数をおかけしますが、宜しくお願い致します。
程なくして、ジェス君のご飯が運ばれてきました。
〔お魚とお肉だぁ〕
テーブルに置かれたご飯に、ジェス君は釘付けです。
美味しそうな匂いがします。
温野菜と薄味な茹でた鶏肉のサラダと、蒸した魚。
お魚は骨が柔らく煮込まれていました。
仔猫のエサではなく、ちゃんとした食事を提供してくださいました。
〔ジェス。食べていいの?〕
「どうぞ。お待たせしました。ジェス君のご飯ですよ」
「ゆっくり食べろよ。骨に気を付けろ」
〔はぁい〕
お腹が空いていましたから、ジェス君はいい子のお返事。
はぐはぐと、美味しそうに食べ始めました。
城下町で買い食いをした時に、一緒に食べれば良かったですね。
失敗しました。
本日二度目の反省です。
ブックマーク登録、評価ありがとうございます。




