第19話
月曜投稿です。
帝国の騎士が駐留する屋敷は、俗に貴族街と言われる区画にありました。
他の屋敷とは格別に大きな尖塔があり、謂わば離宮と説明されてもおかしくありません。
周囲は林に囲まれています。
高い塀は、見上げなくてはなりません。
勿論、出入り口には見張りの兵士がいます。
さて、どうやって忍びこみますか。
「進入禁止の監視魔法がある」
「ですね」
「魔法の腕はそこそこ有りそうに見えますが、穴もちらほら身受けられますよ」
こっそりと、魔力の流れを視て見ました。
展開されています魔法は、魔石で常時魔力の補完をしているようです。
交換を怠っているのか、それとも侵入を誘っているのか、どちらでしょうか。
「ラーズなら、どう見る?」
アッシュ君が、問いました。
今回の侵入作戦はラーズ君が、主動するようです。
私達は、屋敷が見える位置にいます。
認識阻害をしていますが、何時までも屋敷を観察していてはいけません。
貴族街の巡視の兵士に咎められること、間違いなしです。
「第一に陽動作戦を提案します。僕が観察魔法に穴を開けて先に侵入します。僕が騎士の注意を引いている間にリーゼとセーラを侵入させます」
「第二は?」
「見張りの兵士を眠らせて、堂々と表側から侵入です」
第一の案ですと、ラーズ君の危険にリーゼちゃんが反対しそうです。
リーゼちゃんは、私やラーズ君が傷を受けたら倍返しならぬ十倍にして、やり返す癖があります。
私としましては、第二案に手をあげたいです。
これですと、三人が一緒なら多少の事でも無理がききます。
「無難な策だな。だが、おれを忘れているぞ」
アッシュ君が、ラーズ君を撫でました。
解答がお気に召したようです。
「兄さんが手伝いをしてくださるなら、広域魔法で屋敷中の人間を眠らせますね」
「それが、最善な策だな」
ラーズ君の魔力では、屋敷を全域に囲む魔法は展開できません。
まだまだ、修行中の身です。
私が魔力譲渡を召喚ラインでラーズ君に流す案ですと、リーゼちゃん一人で警戒して貰わないといけません。
リーゼちゃんの索敵は雑と言わないとなりません。
張りきりすぎて、無害な無関係者も排除してしまう可能性を秘めています。
アッシュ君がいてくれますので、広域魔法が使用できます。
「では、セーラ魔力譲渡をお願いします」
「分かりました。始めます」
自分では、攻撃・支援魔法が使えないのに、無駄に余りある魔力を、ラーズ君に召喚ラインを伝って譲渡します。
【広域睡眠】の魔法が、展開して屋敷を包み込みました。
ばたばたと人の倒れる音を拾います。
戸惑い、何事か誰何する声も次第に弱まっていきました。
「若干名抵抗されました。耐性異常の護符でも、所持しているかも知れません」
「そうですね。帝国の魔法師がいるかもです」
「ん。魔法師が慌てる。素早く侵入する」
「では、行くぞ」
アッシュ君が、正門に向かいました。
正攻法です。
私達も続いて歩きだします。
それにしましても、魔法の掛かりが良すぎです。
若干名抵抗されただけに、終わりました。
曲がりなりにも、帝国の騎士です。
護符や、耐性に優れている騎士が多くいても不思議では、なかったのですが。
正門の兵士は、呑気な様子で眠りこけています。
閉じられている正門を、アッシュ君が軽く叩きました。
すると、展開していた監視魔法に穴が開きました。
人一人分の穴を開けた技は、暴力的に見えて繊細な作業でした。
「むう。兄さん無敵」
「一瞬で展開する魔法に干渉するのは、さすがです」
他者の張り巡らす魔法に、無造作に干渉するとは、年期の差ですね。
恐らく、干渉された側には蟻が触れた位にしか感じなかったと思います。
正門を潜ると、穴は元に戻りました。
むう。
リーゼちゃんではないですけど、称賛に値します。
魔力操作に優れた魔人族の中でも、アッシュ君程にこなれた技を見せる方を見たことはありません。
「さて。侵入したのはいいが、次はどうする?」
「定番なら地下牢ですかね」
「妖精族の気配は上。地下にはいない」
あら。
監禁されているのなら、地下だと思いましたが、外れました。
隷属されていましたら、ある程度の自由は許されている派でしょうか。
屋敷の中に難なく入りました。
「……何だ? 敵襲か? おい、どうした」
入口のロビーには、此方に背を向けて同僚の騎士を揺さぶる姿がありました。
ラーズ君が、音もたてずに滑るように近付いていきます。
その首筋に手刀を入れて、気を失わせました。
「呆気ない」
「抵抗しませんでしたね」
「気配を隠していないのに、気付かないとは。僕等なら、鍛練が倍処ではないですよ」
そうですね。
無様にも一撃を受けたら、地獄の鍛練が待っています。
アッシュ君は、鍛練時には容赦は何処かに行ってしまわれます。
護身術ではなく、ひとかどの武人にするつもりです。
種族特性に合わせた闘い方を伝授してくれています。
「リーゼ。何処だ」
「ん、三階のあっち」
気配察知に優れたリーゼちゃんが、三階を指差します。
私達一行は帝国の騎士の妨害に逢わず、三階にあがりました。
さて、これからどうしましょうか。
アッシュ君は、気付いて当然でしょう。
三階に上がるなり、魔力の流れを感知しました。
ラーズ君も、扉越しに潜む息づかいの音を拾います。
〔ここから、二つ目の扉に複数の人間がいます〕
〔ん、まだ違う。魔法師がいる〕
〔奇襲攻撃ですか。私達に察知されているとは気付いてないですね〕
〔リーゼ。適当な魔法で、扉を壊して見てください〕
〔了承〕
作戦が決まりました。
私達に待ち伏せや、奇襲攻撃は効果がありませんよ。
「【空気弾】」
「な、扉が……」
「何だと」
「ぎゃあ」
部屋の中へ吹き飛んだ扉越しに、悲鳴があがりました。
待機していただろう魔法が炸裂しました。
自分の【麻痺球】の魔法で、麻痺を引き起こしています。
「煩い」
リーゼちゃんが意識を刈り取ります。
部屋にいたのは魔法師が四人でした。
あっさりと制圧されていきます。
ですが、侵入者がいると知られました。
副団長さんの話では魔法師がいませんでした。
情報が秘匿されていたのか、敢えて提供しなかったのか微妙です。
副団長さんの態度を見ると前者かと思います。
そうであって欲しいです。
「お前達何者だ。何しにここへ来た」
「この屋敷は帝国の代官の屋敷だぞ」
一目で上級騎士だと分かる鎧兜を身に着けた騎士が、目的の部屋から出てきました。
どうやら、突き当たりの部屋では、魔法が無効化される造りになっていました。
そして、鎧には状態異常耐性の陣が刻まれています。
実質的、普段から鎧を着込んだ騎士はラーズ君の魔法に、抵抗したと言う訳ですね。
リーゼちゃんが誰何の声を聞き付けて、私の背後に回りました。
先陣はアッシュ君とラーズ君に任せます。
「もう一度問う。何しに来た。返答によっては、斬り捨てる」
「依頼だ」
「何だと」
「あんた等が見世物にしているから、エルフを救えと依頼された」
「ハンターか。依頼者は誰だ」
「馬鹿か。教えると思うのか」
「貴様、帝国に逆らう気か」
威圧高に命令してきますが、アッシュ君は飄飄と対応しています。
そう言えば、私達は人族に偽装したままでした。
だから、ハンター呼びでした。
アッシュ君の本性を晒すと人族は、畏怖をしますから不思議でした。
このままで、いく腹づもりでしょうか。
「帝国に逆らうつもりがなければ、依頼は受けんぞ。愚者に説教をするつもりはない。朱の死神に合わせろ」
直球勝負です。
騎士も、言葉を無くした模様です。
強者でなければ、出来ない芸当です。
「愚者は、貴様の方だ。ルーカス様が一介のハンター風情に合うものか」
「なら、押し通るまでだ」
「ふん。出きるものか」
あらら。
騎士はとうとう剣を抜きました。
アッシュ君に斬りかかりました。
ガツン。
鈍い音を響かせて騎士が吹き飛びます。
斬りかかる腕を払いのけ、横面を殴りましたのです。
一直線に死神さんがいると思わしき部屋に、飛んでいきました。
「貴様‼」
ガツン。
二人目も飛んでいきました。
これでも、アッシュ君は手加減をしています。
本気で殴れば胴体に穴が開いて、絶命してしまいますから。
「単純」
「相手の力量を図れないのは、騎士としてどうかと思います」
「僕達、着いてくる必要がありましたか?」
ないですね。
アッシュ君一人で充分な気がします。
「愚痴るな。敵地だぞ。気を抜くな」
アッシュ君に叱られました。
愚痴りたくもなります。
私の出番なんて、魔力譲渡しただけですよ。
生きた魔力貯蔵庫です。
やるせなさを、痛感してしまいます。
「ルーカス様が合うそうだ。武器を渡せ」
次に出てきた騎士が、また命令します。
アッシュ君は無言で、顔面を兜ごと掴み持ち上げました。
「や、止めろ。痛い痛い痛い」
そのまま、前進していきます。
騎士が掴む腕を叩きますが、アッシュ君は気にしてないです。
蹴りも入りました。
腕は揺るぎなく騎士を掴みあげています。
「邪魔するな」
異変を察知した騎士が、部屋から出て来ようとしています。
見やったアッシュ君は、騎士をぶん投げで進路を確保しました。
「ルーカス=ハーヴェイ。朱の死神に用がある」
「聴こえている。ハンター風情が威勢がいいな。わたしと敵対するとは、ハンター資格が剥奪されても良いのだな」
部屋の主は執務机に寄り掛かりながら、出迎えてました。
朱の死神さんは、外見は赤毛の優男に見えます。
けれども、上位者並の威圧を掛けてきています。
私達はアッシュ君で慣れていますから、萎縮はしていません。
右手には金髪碧眼の森の妖精族の首に繋がれている鎖が握られています。
妖精族は床に蹲り生気のない衰弱した様子を見せています。
粗末な衣装に隠されている肢体には、暴力を受けた痕跡が残されています。
「おい。23番。こいつらを弱体化させろ。序でに、人物鑑定で情報を読み取れ」
命令に、虚ろな眼差しが私達に向けられました。
精霊言語が微かに聴こえてきます。
私は、番号で呼ぶ様に怒りが沸いてきました。
帝国人の、亜人の扱いを生で体感してしまいました。
『貴女は助かりたいですか?』
精霊言語で話し掛けますと、呪文が止まりました。
途端に隷属の首輪が締まりました。
命令に違反したのです。
『……ぁ。た、す、け、て……』
それだけ聴ければ充分です。
リーゼちゃんと私は飛び出しました。
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