第13話
月曜投稿です。
「此方の部屋をお使い下さい」
侍女さんに案内された部屋は、華美に為らず落ち着いた色合いの客室です。
あれから、フランレティア国王とトール君の話し合いには、邪魔になるお子様は遠慮しました。
会議室にはトール君とアッシュ君と、犬人族の商人さんが残りました。
トール君の問いに、フランレティア側が了承したのです。
私達が別行動になりましたのも、トール君が信用をみせた形になった為です。
ですが、何が起こるかわかりません。
フランレティア側から、宰相補佐官さんと騎士の副団長さんが警護に回されています。
お二人は従兄弟同士だそうです。
「お茶は如何致しましょうか」
「できれば、私が淹れたいのですが」
「承知致しました。此方をお使いくださいませ」
案内してくださった侍女さんは、でしゃばる事なく壁際に控えました。
もしかたら、上位な女官さんですかね。
他種族の私達を、もてなそうとしてくださっています。
帝国の人族至上主義の思想に染まっていません。
「ラーズ君とリーゼちゃんは、コーヒーですか? 紅茶にしますか?」
「僕はコーヒーを」
「ん。同じく」
部屋の片隅にお茶を淹れられるワゴンが運び込まれています。
茶葉は持参したものを使用します。
視た感じには、運び込まれた茶葉には、混入物はありませんでしたが、自衛はしなくては。
「宰相補佐官さんと副団長さんは、どうしますか?」
「あー。妖精姫お手製なお茶を飲んでみたいが、一応は職務中な為遠慮したい」
「私は紅茶でお願いします」
「分かりました。紅茶は暫くお待ち下さいね」
副団長さんには、ばつが悪い表情で断られました。
逆に私が淹れたお茶に警戒されていますかね。
トール君の顔に泥を塗るつもりはありませんが、これも職務でしたら仕方がありません。
特に、気分を害したとかはありません。
手早くコーヒーと蒸らした紅茶を淹れて、リーゼちゃんの隣に座りました。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
宰相補佐官さんは、迷いなく紅茶に口をつけました。
あっ。
お茶請けを忘れていました。
ヒップバッグから焼き菓子を取り出して、テーブルに並べました。
あとは、ジェス君専用のテーブルマットをひいて、小皿にミルクを淹れました。
「ん? 誰の分だ?」
「我が家のジェス君です」
にゃあ。
いつまでも狭いポーチの中で、おとなしくしているのも可哀相です。
ジェス君を外に出してあげました。
「猫?」
「ミラルカで噂の幸運猫ですか」
「はぁ。絶滅したのじゃなかったのか」
にゃあん。
美味しそうにミルクを飲むジェス君は、店番で慣れたのか興味深げに見る視線をものともしていません。
「絶滅していたら、ここに居ませんよ」
「それは、そうだが。妖精姫。あまり、人前に出さない方が良いぞ」
目配せで侍女さんを退出させる副団長さん。
一礼して客間を出ていく侍女さん。
恐らく、警護が厚くなるのでしょう。
神子とおぼしき妖精姫に、絶滅寸前の幸運猫の組み合わせは秘匿情報です。
忠告されました。
「暴露したのは、其方です。言わなければ分かりませんでしたよ」
「そうなんだが。アレクの悪運に巻き込まれたか」
ラーズ君が、牽制しています。
私は焼き菓子を頬張ります。
リーゼちゃんは、いつもながら我れ関せずな態度です。
ジェス君が狙われたら、確実に報復が待っていますから、手だし禁止でお願いします。
「外務大臣派が知ったら、偉い事になるぞ。妖精姫、出来る限り秘匿してくれ。頼む」
「ですから、言わなければ何処にでもいる猫にしか見えませんよ」
「それは、黙っていろと言う訳か」
「そうですね」
ミルクを飲み終えたジェス君が、膝の上に来ました。
伸びをして丸くなります。
背中を撫でると、気持ちよさげに眠りました。
「うん。そうしていると、普通の猫だな」
折り合いをつけた様子です。
ミラルカでは、噂が蔓延しているのです。
妖精姫ある処では、幸運猫も一緒だと知れ渡っていますよ。
いないと、よからぬ輩に売り渡したかと、痛くもない腹を探られます。
「アレクも、これ以上失言はやめておけよ。お前の悪運に巻き込まれて、連日徹夜で捕物なんて事になるのは御免だ」
「残念ながら、自分の意思で発露するものではありませんよ」
悪運の技能は、保持者に災いであり幸いを呼び込みます。
宰相補佐官さんには幸いの確率が多そうです。
強盗に所持金だけ取られただけで、命までは無くさずミラルカに辿り着きました。
災い転じて福なる。
を、体言しています。
にゃっ。
「どうしました?」
ジェス君が、起き上がりました。
毛並みが逆立ちしていますよ。
ラーズ君の耳も忙しなく動いています。
誰か悪意のある人物が、近付いて来ているのかもしれないです。
ふしゃ?
威嚇の声をあげるジェス君をポーチに隠しました。
小皿とマットも仕舞います。
「お利口さんでおとなしくしていて下さいね」
〔分かった。ジェスお利口さんする〕
「? どうかしたか」
「招かざる客ですよ」
扉の外でいさかいが起こっています。
警護の騎士と、誰かが威高げに命令を下しています。
リーゼちゃんが、立ちあがりました。
「代官が此方に来たようです。それも、将軍を連れてです」
人族より鋭敏な耳が、声を拾います。
トール君ではなく、私達の方が与し易いと判断されたですかね。
それとも、人質にでもするつもりかです。
ラーズ君の指摘に副団長さんが、険しい眼差しで扉の前で仁王立ちしました。
盾になる気ですか。
扉の外では、金属音が響いています。
争う声に苦悶が混じり始めました。
どうやら、戦闘をしているようです。
「邪魔」
「なっ? なんだ」
内開きの扉が開いた瞬間、リーゼちゃんが副団長さんを足払いしました。
背後からの強襲に、副団長さんは転びました。
その、頭があった場所に槍が突き出されていました。
誰何もなしに開いた扉。
お構い無しに、突き出された槍。
殺す気ですか。
そうですか、敵対するのですね。
容赦はしませんよ。
室内ですから、腰の短剣を抜きました。
雪崩込む敵対者は、誰彼構わずに槍と剣を振り回しています。
「妖精姫を捕縛しろ。手柄をあげた者には、報酬金を出すぞ」
「なっ? 止めろ、陛下の客人に何をしている」
敵対者の背後で指示をするお馬鹿さんが、帝国の代官か将軍ですか。
徒手空拳のリーゼちゃんが、暴れています。
人族ですから、手加減を忘れては駄目ですよ。
捕縛しろとの命令なのに、私にまで槍を突き出してきています。
穂先を短剣で払い除けます。
何だか、様子がおかしいです。
兵士らしき敵対者の目が血走っています。
肉体強化を施し、突き出した腕を取り背中に捻りあげます。
そして、足払い。
簡単に転がります。
槍を取り上げて、顔を近付けました。
呼気から、花の香りがしました。
愕然としました。
手刀を首筋にかまして意識を刈り取りました。
宰相補佐官さんが隅に避難していましたから、そこにフォローに回ります。
「リーゼちゃん。ラーズ君。禁止麻薬を摂取しています。恐らく、肉体強化と興奮剤です」
「了承」
「では、僕は外に出て制圧します。室内はリーゼに任せます」
素早く室内を抜けたラーズ君は、兵士の群れに向かいました。
素手での闘いかたは、習っています。
命令者を潰すには、ラーズ君が適任です。
リーゼちゃんだと、私を狙った輩には手加減を忘れてしまいがちです。
禁止麻薬を使用している兵士は、中々手強いですが、二人の敵ではありません。
次々と意識を刈り取っていきます。
「何をしている。たかが、子供に何を手子摺る。早く妖精姫を捕まえろ‼」
「煩い。黙れ」
「ぐわっ」
一際目立つ鎧を着ているのは将軍ですかね。
喚き立てる将軍に、リーゼちゃんの魔法【空気弾】が見舞われました。
その、一発で崩れ落ちました。
弱いです。
さては、実力で今の地位にいるのではなさそうです。
兵士に禁止麻薬を使用させていますから、部下の手柄を独り占めするタイプでしょう。
「じ、自分は皇帝陛下から認められた代官だぞ」
「だから、何ですか。僕達は帝国やフランレティアの住人では、ありません。貴方の言う事を聴く義務はありませんよ」
粗方、兵士を叩きのめしました。
リーゼちゃんは、鬱憤を武器に対して晴らしています。
床には、折れた槍や剣が転がっています。
その上に、兵士が折り重なっていました。
「皆さん、お強いですね」
呑気な宰相補佐官さんの声が掛けられました。
荒事に慣れていますね。
私は、小型ポーチから中和剤を取り出して、転がる兵士の口に容赦なく含ませて行きました。
麻薬を摂取している兵士は、禁断症状の出る前に中和剤を飲めば、習慣性が緩和されます。
戦闘の度に摂取していたのでしたら手遅れですが、調薬師としては見過ごす事は出来ません。
一時凌ぎにしかならないのは、理解しています。
更なる治療は、フランレティアの医師に任せます。
「妖精姫。何を飲ませている」
襲撃に対応出来ず、リーゼちゃんに転がされた副団長さんが問い質してきました。
鎧の形状から、フランレティアの兵士だと分かりました。
副団長さんにとりましては、部下なのかも知れません。
安否が気になりますのでしょう。
「禁止麻薬に対する中和剤を飲ましています」
「麻薬だと。成る程。だから、代官に従ったのか」
「違うと思いますよ」
「何故だ。兵士は我が国の出身だ。帝国の代官に従う謂れはない」
「兵士が服用した禁止麻薬は錠剤です。それに、効果は肉体強化と興奮剤です。精神を操る成分はありませんし、これだけの人数に無理やり飲ませるのは不可能ですよ。自ら服用したと思われます」
副団長さんには悪いですが、報酬に目が眩んだと思いますよ。
ポーションなら飲料水に混ぜてしまえば、気付かずに摂取してしまうかもです。
ですが、錠剤では一人一人摂取させるには時間がかかりすぎです。
私達がフランレティアに転移してくる時間を見計らい、事前に摂取させていたのでしたら、宰相補佐官さんが間諜だと、疑わなければいけません。
人物鑑定の結果は白でした。
宰相補佐官さんは、国王派です。
だとしましたら、進んで摂取したと結論できます。
多分ですが、帝国派が彼等の思う以上にいるのだとわかります。
案外、副団長さんの信頼する部下の中にもいそうです。
「離せ。自分は代官だぞ。獣人風情が触るな……。ぎゃっ」
喚き立てる代官にリーゼちゃんが、キレました。
鳩尾に一発、拳をいれて倒しました。
早業でした。
ラーズ君は、淡々とロープを出して代官と将軍を縛り上げていきます。
トール君。
立派に囮役を務めましたよ。
大物を釣り上げました。
後は、お任せ致します。
ブックマーク登録ありがとうございます。
誤字脱字ありましたら、ご報告お願いいたします。
感想もお待ちしています。




