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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第9話

「あー。花瓶は責任とって、修復させて頂きます。そんでもって、リーゼ。ラーズを呼んで来てくれ」

「了承」

「店は臨時休業でいい」


 トール君の一言に、リーゼちゃんは頷いてお店に戻りました。

 緊迫な空気を醸し出すトール君です。

 虚偽が出来ない魔導具越しの親書には、何が伝えられていたのでしょう。

 記録用の魔石は大地の精霊石が用いられ、真偽がはっきりと伝わります。

 ましてや、種族特性で虚偽を見破る賢者様には、嘘は通じません。

 フランレティアは、帝国の属国です。

 敵対する賢者様に、何を懇願したのか気になります。


「本当に腹が立つ。帝国も、勇者教も、人の命をなんだと思ってやがる」

「僭越ながら、彼の国は我が国を兼ねてから見下しております。代官すらも、良質な鉱石を産出する金の成る木としか、見えておりません」

「だろうな。資源が涸渇したら見捨てるのは、当たり前か」


 資源の涸渇?

 フランレティアは鉱山の国として、有名です。

 良質な鉄鉱石を産出しています。

 リーゼちゃんも、割高になるフランレティア産の鉄鉱石を輸入していますし、鉄製品は冒険者には必需品となっています。

 その鉄鉱石が涸渇したとは、初耳です。

 値上がり確実ですね。


「鉱石が涸渇? そんな気配は感じないが、事実なのか?」


 大陸を飛び回るアッシュ君は疑問を投げ掛けます。

 そうですね。

 お母さまも、情報は持ち合わせてはいらっしゃらないです。

 帝国側の情報は、大地の御方から筒抜けで届きます。

 フランレティアの鉱山に異常があれば、教えてくださいます。


「はい。鉄鉱石の涸渇は、帝国側が流した事実無根です。ですが、新たな鉱石の発掘が物議を呼んだのです」


 宰相補佐官さんが、トール君に目配せしました。

 すかさず、トール君は空間収納(アイテムボックス)から、ある鉱石を取り出しました。

 一抱えはある鉱石は、鈍色の塊をなしていました。


「なんだと?」

「俺も、こんなにデカイ実物を拝むとは思わないな」


 鑑定結果は、霊鋼(タマハガネ)とでました。

 霊鋼は、製鉄しないと出来ない鉄鋼なはずです。

 自然界には発生しない物質です。

 これが、産出したのですか。

 それは、物議を呼ぶはずです。

 鉄鉱石が涸渇して値崩れを起こし、霊鋼を市場に流せば、莫大な富を手に入れることが確実です。

 帝国はフランレティアの富を手放すはずがありません。

 何故に、フランレティアが賢者様を頼りにしたのか、益々わからなくなりました。

 宰相補佐官さんは苦難の途にあると、言いました。

 搾取されているのは、代わりがありません。


「先生。店は臨時休業にしましたよ。何用ですか?」

「おう。悪いが買い物を頼む」

「? 店を休業してまでの、買い物ですか?」

「リーゼとアッシュと手分けして、あるだけの小麦と野菜に肉を買い求めてくれ」

「はぁ。分かりました」

「出来るだけ、早くな。準備ができたら、フランレティアに出発する」

「はぁ?」

「トール。意味が分からん。説明を頼む」


 今すぐにでも、出発したがるトール君に待ったがかかりました。

 アッシュ君。

 ナイスな判断です。

 私も、訳がわかりません。


「ああ、悪い。急ぎすぎたな。だが、親書には一刻の猶予が与えられていない。人命が掛かっているんだ」


 トール君が、頭を掻きました。

 宰相補佐官さんも、反対はしていません。

 むしろ、推奨しています。


「フランレティアは、鉱山の国だ。自給率は低く農作物は輸入に頼るしかない。その、生命線を帝国は絶ちやがった。フランレティアの住人を邪神の民と位置付け、邪神と共に葬る腹づもりだ。そして、霊鋼の鉱脈を独占する気だ」

「……。馬鹿か」


 重苦しいアッシュ君に、同意します。

 さんざん搾取しておいて、富に目が眩んだ訳ですか。

 帝国は属国を食い潰すつもりなのですね。

 まるで、蝗のようです。

 ですが、私達に何が出来るでしょう。

 食料を自給出来ないフランレティアの住人を、飢えから救うには人手が足りません。

 資金力もバカには出来ません。

 トール君も理解しているはずです。

 焼け石に水です。

 一時凌ぎにしかならないと思います。


「トール。賢者の域を越える範囲だ。おれ達だけでは手に余る」

「理解している。ラーズ」

「はい」

「手に入れることが出きる分だけ手に入れてきてくれ」

「分かりました」

「アッシュ。頼む。魔王領から、人族が口に出きる食料を買い求めてくれ」

「……。何故、トールが頭を下げる」

「フランレティアは、親父を助けてくれた。だから、属国になっちまったんだ。恩は返してやりたい」

「魔人殿。私からもお願い致します。賢者様のご恩顧にすがるしかない、フランレティアの民をお救いください」


 トール君は、だから見捨てることが出来ないのですね。

 宰相補佐官さんと、揃って頭を下げるトール君。

 アッシュ君は何を思うのでしょう。


「分かった」


 溜め息を吐き出したアッシュ君は、転移魔法で魔王領に転移しました。

 食料支援をするのが決定しました。


「セーラは、薬品類を頼む。各種揃えてくれ。代金は支払う」

「はい、わかっています」

「それと、母親に繋ぎを頼む」

「お母さまにですか?」

「ああ、俺が入れる領域で話がしたい」


 なんでしょう。

 滅多に神族には頼らないトール君ですから、驚きです。

 繋ぎをとるのは簡単です。

 神子の私の願いをお母さまは、叶えてくださいます。

 保護者を務めてくれるトール君の頼みにも、きっと応えてくださいます。



「妖精姫の母君にご協力いただけますでしょうか。フランレティアには海がありませんが」


 世間には妖精姫の呼称が、すっかり定着していますね。

 宰相補佐官さんは、私の母が海の妖精族(メーアエルフ)だと思われ、怪訝な様子を見せています。

 トール君は、豊穣のお母さまのことを言っているのです。

 畑でも作るつもりですかね。

 お母さまの協力で、豊作を狙うのでしょうか。


「海はなくても、湖はあるだろうが」

「ありますが、あの湖はリザードマンの聖地です。漁や養殖には適しません」

「あんたらには出来なくても、此方には策がある。あの湖のリザードマンの守護者は上位の水竜だ。会話が可能なんだよ」

「水竜!」


 トール君、詳しいです。

 もしかしましたら、フランレティアの内情を探っていて、恩返しの時期を待っていたとか。

 あり得そうです。

 竜関連ならリーゼちゃんに、分があります。

 いきなり、戦闘にはならないでしょう。

 私も、及ばずながら手助けできます。


「驚きました。建国当時から湖は不可侵を貫いて来ました。まさか、竜が棲息していたなんて」

「元々、フランレティアの土地は湿地帯なんだ。帝国から追放された親父は、フランレティアの先住民とリザードマンの抗争に巻き込まれ重傷を負った。助けてくれたのが、先住民だ。だから、親父は湖の水竜と話をつけて、棲み分けを提案した」

「その話はお伽噺として、伝わっております。ですが、リザードマンと建国王の話となっております」

「親父は巻き込まれただけだ。それに、帝国に近いフランレティアが侵略されないように配慮したんだろうな。水竜が棲息している。帝国が、狙わないはずがない」


 竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の称号と富を求めて、属国にではなく侵略を忌避したのですか。

 帝国近隣には討伐出きる竜や種族が、最早いないです。

 肥大した権力欲を満たす仮想敵を見出だすのは、難しくなっています。

 リザードマンが討伐出来ないのには、何かからくりが有りそうです。

 まさか、邪神関連でしょうか。


「確かに、我が国はリザードマンからもたらされる真珠や水の魔石を、帝国に上納することで排除されずにいます。希に、精霊石が持ち込まれ、代官が兵を派遣しては返り討ちに遇っています」


 水の精霊石には癒しの効果があり、大地の精霊石は記録の効果があります。

 特に水の精霊石は、老化防止に美容な目的で王侯貴族には重宝がられています。

 大地の精霊石は虚偽が出来ない為に、会議の議事録にでしたり、重要な親書がわりになります。

 風の精霊石は、離れた距離にいる相手と話す通信魔導具に組み込まれます。

 火の精霊石は、その火力で扱いが極めて難しい金属を精練するのに役だたれています。

 どの精霊石も、魔石より遥かに高額で取り引きさるています。

 帝国としては、侵略して精霊石が手に入る機会を無くすよりは、属国にして上納を待つ方がお得になります。

 天秤に掛けるまでもありません。


「だろうな。背後に水竜がいるんだ。対策も無ければ、無駄に命を亡くすだけだ」

「仰有る通りです。皇帝は湖のリザードマンに対しては不可侵協定を結んでおります」

「利潤をとったか」


 頷かれる宰相補佐官さん。

 下手に戦力低下に陥るより、楽して利をとるのは当たり前です。


「だか、帝国も一枚岩ではないだろう。お人好しな代官が派遣はされていないだろう?」

「代官の横領が表沙汰になりました以降は、真面目一辺倒な文官と、皇帝に忠実な将軍が派遣されております。両者は、定期的に精霊石を上納することで、意見が一致しております」

「そうか」


 腕を組んで思案するトール君。

 代官を出し抜いて、帝国に意趣返しをする案を練っているようです。


「代官は、あんたが賢者に救援を求めて来ているのは、知っているのか」

「私は、秘密裏に国王から親書を受けとりました。ですが、フランレティアも揺れております。突然、我が国に邪神が封印されている。私達が祀る神も、邪神の仲間だと謂われなき弾劾をされました。国王一族を処刑し、神殿も破壊し、新たな王を抱き、信仰する神も違えるよう布告してきました」


 宰相補佐官さんは、憤りながら鬱憤を吐き出されました。


「愚かなものです。私達を邪神の民と謗る帝国に亡命する貴族もおります。輸入に頼るしかない我々は、三倍にまで膨れ上がる値で、農作物を買い取るしかありません。国王に、賢者様に頼るように唆したのは、帝国の将軍です。フランレティア一国を利用した盛大な罠を仕掛けて来ております。我々には、止める術がありません」


 暴露がされました。

 やはり、見逃されていましたか。

 何処かで、フランレティアと賢者様の父親との繋がりを調べられているようです。

 用意周到なことです。


「トール君。どうしますか?」

「どうもしないさ。親父の遺言通りに、一度は助ける。が、二度はない。賢者を易々と利用出きると思われたくはない。邪神関連が、収まるまでは面倒見てやる」

「! ありがとうございます」

「いい加減に帝国が煩わしいのは事実だ。俺も、フランレティアを利用して、やり返すからな」


 利用するなら、利用し返す。

 トール君ならでは、ですね。

 私も、一因になれたらよいです。

 頑張りますよ。

 では、ポーション作製に入ります。




ブックマーク登録ありがとうございます。

次回投稿はストックがたまりましたので金曜日行います。


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