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森と海の娘は平穏を望む  作者: 堀井 未咲
フランレティア編
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第8話

「すみません。お代り下さい」


 宰相補佐官さんがお皿を差し出しました。

 遠慮がありません。

 三皿目です。

 リゾットだけ提供する訳にはいかなくなりました。

 慌ててお肉を焼きました。

 手抜き料理になりましたが、リーゼちゃん並の食欲です。

 この方人族ですよね。

 良い勝負です。


「気持ちが良い食べっぷりだな」


 目の当たりにしたトール君が呟きました。

 若干少年はひいてます。

 が、君もあんな感じでしたよ。

 飢えていましたよ。

 料理人としましては、味わって食べて欲しいのです。


「すみません。何しろ追い剥ぎに遇いまして、所持金が無くなり、五日ほど水と干し肉だけで過ごしました。その食料も昨日尽きました」

「あんた、よく無事に辿り着いたな」


 トール君は、呆れ顔です。

 私も同感してしまいます。

 水と干し肉だけで五日間なんて、私には無理です。

 不測の事態に備えて、調味料と保存食は常時無間収納(インベントリ)に所持しています。

 野営でも美味しい料理は、欠かせません。


「はい、これも技能(スキル)のおかげです。私は悪運は招きますが幸い半比例して幸運も招いてくれますので、使者に選抜されました」


 そういえば、この方。

 トール君、賢者様を頼りにしてきた使者でした。

 見掛けはひょろっとした線の細い文官さんです。

 長旅に耐えられるとは思いもしません。

 護衛の人はいなかったのでしょうか。


「あんた、一人でミラルカまで来たのか?」


 食事の途中ですが、アッシュ君が尋ねます。

 マナーに厳しいトール君も、声を掛けていますから、叱責はありません。

 余程、驚いていますね。


「最初は居ましたが、追い剥ぎに遇った時点ではぐれてしまいました。私は悪運のおかげで難を逃れましたけど、使命が優先です。一人でミラルカを目指しました」

「それで、ミラルカに辿り着いて役所で騒動を起こしていたそうだな」

「はい。賢者様にお会いする為には、評議会の紹介状が必要だと教えられていました。まず、役所を訪れたのですが……」

「門前払いでもされたのか」

「お恥ずかしいことに、身形が酷い素性の知れない輩には、紹介状は渡せないと言われました。私は、国王から直々に使命を言い渡されましたので。少し、激高してしまいました」


 宰相補佐官さんは、苦笑いでカトラリーを置きました。

 フランレティアからの使者に、アッシュ君は警戒しているようです。

 一挙一動に、気を配っています。


「すみませんが、私の荷物から木製の箱を取り出しては頂けませんか」

「あっ、はい」


 荷物は少年の直ぐ側に置いてあります。

 そのせいか、少年は自分で取り出そうとしました。

 警戒心がありませんね。

 まぁ、何か細工がしてあれば、怪我をするのは少年です。

 異世界の常識を学んでいない証でもあります。

 見ず知らずの他人を信用するには、まだ早いです。


「これですか?」

「有り難うございます。君は純真ですね」

「? 何かまずいことをしてしまいましたか」


 木製の箱を手渡した少年は、首を傾げています。

 さすがに、誉められたとは思わないでした。


「こういう場合は家主の意向を聴かないと、痛い目に遭います。私が貴方達にとりまして、都合の悪い敵でしたら危ないですよ」

「えっ。でも、悪い人ではないですよね。箱も、黒い靄がなかったですし」


 宰相補佐官の忠告に真っ向から否定されています。

 ああ、少年は危機管理に敏感になっているのですね。

 黒い靄を、他者の悪意と認識しているみたいです。

 状態異常耐性が、発揮しているようです。


「あれ? ぼく変でした?」

「いや。セイは悪くない」

「そうですね。穿った見方をした私が悪かったですね。私が皆様方を味方だと思いましたのと、同じです」


 恐縮される宰相補佐官。

 少年は、トール君に頭を撫でられています。

 疑問だらけでしょうが、受け入れてあげて下さい。


「改めまして、賢者様。フランレティア国王からの親書をお受け取り下さい。我々、フランレティアは只今苦難の途におります」


 身繕いをした宰相補佐官さんが、箱から小さな指輪を取り出しました。

 魔石が二個嵌め込まれています。

 一つは記録用の精霊石です。

 親書なのに指輪だと思われてしまいがちですが、紙媒体ではない親書は、それだけ重要な事柄を記していると示しています。

 そして、もう一つは。


空間収納(アイテムボックス)か」

「はい。僭越ながら、一定以上の魔力がありませんと、収納物を取り出すことは出来ません」

「盗難避けか。それか、中身が外部に出たら困る輩対策か」

「私には、その問いに応える権利がありません。どうぞ、我等に救いの手を」


 宰相補佐官さんは、席を立ち右手を心臓の上にあて、頭を下げられました。


「分かった」


 神妙な面持ちな宰相補佐官さんに、トール君は了承の意を返しました。

 親書の中身を吟味しないまま、手を貸すつもりです。


「セイ、ここに座れ」


 アッシュ君が隣を示します。

 今の少年の位置だとトール君に近すぎです。

 万が一にも、危害が加えられましたらギディオンさんが、怒り出します。

 それは、回避したいです。

 しかし、少年はアッシュ君に馴れていません。

 少し怯えを見せて、躊躇しています。


「セイ。アッシュは怖くないから、側に行っていろ」

「はい、分かりました」


 トール君に言われ、渋々アッシュ君の隣に座ります。

 いかにも人族ではない容姿は、受け入れ難いですか。

 トール君の言う通り、アッシュ君は怖くありませんよ。

 たまに、武術訓練でオニになりますが。

 そんな少年が、安全地帯に移動したのを確認して、トール君は指輪を装着しました。

 指輪の魔石に魔力を込めて記録している情報を読み取りしています。

 次第に眉間に皺がよります。

 何が記録されているか気になります。


「……ふざけやがって」


 ある時点でトール君が吐き出しました。

 魔力が膨れ上がり、制御の箍が外れて来ています。

 咄嗟にアッシュ君が宰相補佐官さんの腕を引きました。

 ぶんと、頭があった場所に花瓶が通り過ぎて壁に当たりました。


「トール。落ち着け。でないと怪我人が出る」

「ちっ。悪い」


 八つ当たりの魔力が、ひいていきます。

 私達の周りには、アッシュ君が結界を張り巡らしてくれています。

 アッシュ君がいますので、トール君の魔力暴走に巻き込まれずに済みそうです。

 少年をトール君から離したのも、魔力暴走から身を守る為でもありました。


「アッシュ君。有り難うございます」

「すみません、有り難うございます」

「あっ。有り難うございます」


 いきなりのことで、目を回している少年も事態の把握が出来ました。

 食堂に割れ物は沢山あります。

 未だにぶんぶんと飛び交う割れ物に、掃除が大変と思います。

 高価な品があるリビングではなくて、良かったです。


「何事?」


 お皿やコップが飛び交う中を、リーゼちゃんが音を聞き付けて姿を現しました。

 お店番はラーズ君にお任せですか。

 ですが、渡りに舟です。


「トール君の魔力暴走です」

「了解した。先生、ていっ」

「痛っ。リーゼ、手加減しろ。頭が割れる」


 リーゼちゃんがトール君の頭に手刀をかまします。

 衝撃に魔力暴走が落ち着きました。

 なんて、力業。

 宙を舞っていた食器が床に墜ちていきます。

 割れる寸前でリーゼちゃんの風魔法が、クッションの役割を果たしてくれましたので、割れ物は原型を留めています。

 ホッと一安心です。

 トール君の頭より食器の方が大事ですよ。

 割れてしまいましたら、せっかく作った料理が盛れません。

 木製の食器で我慢してもらう他ありません。

 それに、有名な工房製の陶器シリーズは、お高い値段でした。

 気に入って買い求めたのに、残念なことになりました。

 むう。

 私は怒っています。

 リーゼちゃんを誉めてあげたいです。


「トール君。お皿が割れました」

「いてぇ。あ? 皿?」


 私は床に散らばったお皿の成れの果てを、指差します。

 涙目なトール君は、頭を押さえつつ視線をお皿にやります。


「セーラのお気に入りシリーズ。台無し」


 まさか、魔力暴走にお皿が巻き込まれるとは、思いもしませんでした。

 お客様に出したのが運のつきでした。

 何らかの怒気が沸くとは思いましたが、魔力暴走に迄至るとは。

 親書を運んだ宰相補佐官さんに、恨みがましい視線を向けてしまいました。

 ご当人は、少年と同様に目を回していました。


「おおう。悪い。あー、弁償させていただきます」

「はい。シシリー工房の雛菊シリーズです。予約が三ヶ月待ちです。よろしくお願いしますね」


 ニッコリと笑います。

 工房の食器購入は料理人の私に一任されていました。

 お鍋やフライパンといった、調理器具はリーゼちゃんやトール君が作製してくれます。

 工房の職人さんの中には残念なことに、陶器を専門に扱う方はいません。


「シシリーだぁ。そんな、高級な皿がうちに有ったとは」

「ちなみに、はじめに割れた花瓶は蔦薔薇シリーズです」

「げっ。大金貨を積んでも手に入らない品が、何故にある」


 雛菊シリーズは、お高いながらもお小遣いを貯めて、少しづつ購入していきました。

 蔦薔薇シリーズは緻密な才色がなされた逸品な為に、数は其れほど出回りません。

 幻の品です。

 我が家にある理由は簡単です。


「職人さんのお子さんを助けた報酬です」


 大きな声で言えませんが。

 魔力過多症状を患いましたお子さんを、高価な薬で快復させました。

 薬の名は秘薬の一種で、神秘な霊薬エリキサーです。

 価格は天井知らずな値段です。

 賢者の石と価格は同じです。

 私は魔力過多症状を快復する薬を、エリキサー以外の薬で開発中でした。

 が、目論みはことごとく外れてしまい、容態を悪化させるだけでした。

 最後の頼みの綱となったのがエリキサーでした。

 お子さんは、快復に向かいました。

 あの時ほど悔しい涙を流したことはありませんでした。

 力及ばすお子さんを死なせるとこでした。

 思い上がった私に降された罰となりました。

 私は、歓喜する職人さんから報酬を受けとる訳にはいかなくなりました。

 だって、お子さんで未開発な薬を試したのです。

 貶されても仕方がありませんでした。

 すべてを聴いた職人さんは、蔦薔薇シリーズの花瓶を手渡してきました。

 これをみて、反省しなさいと。

 頭を下げる他ありませんでした。

 だから、調薬室にも花瓶を置いてあります。

 慢心しないように、気をつけています。

 食堂に置いてあった花瓶は、エリキサーの値段を知るやいな、毎年にひとつ報酬の対価だと渡される品のひとつです。

 ああ。

 退避する時に抱えればよかったです。

 まさか、トール君が魔力暴走に陥るとは思いませんでした。

 怒気で魔力が膨れ上がるとは思いましたが。


「シシリーの蔦薔薇が、報酬の対価。あり得るな。いや、どうするかな」


 ぶつぶつと呟いているトール君。

 放心していないで戻って来てくださいね。

 お得意な復元魔法の出番ですよ。

 さては、驚きのあまり忘れていますか。

 早く結論を出してくださいな。


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